仕事を終えて会社を出ると、既に二十時をまわっていた。  
足早に駅前のバス停へと進むと、そこには目当ての人物――宮下藤花と、その友達がいた。  
ふたりして仲良く笑っているところに、友達の方が僕に気付き視線を向ける。  
その友達の、まるで害虫でも見るかのような表情に、僕は思わず顔をしかめた。  
 
 何か、やらかしたか僕。……どう見ても敵視されてるよなぁ……。  
そのまま歩を進め声をかけると、藤花も気付いて振り返る。  
彼女の晴れやかな笑顔と、傍らの友達の渋面、心の痛くなるような対比だった。  
 
「先輩、おつかれさまっ!」  
「…………」  
「ああ、そっちも終わった?」  
「もぉー、くったくたですよ。何か単語、詰め込みすぎて吐きそうなくらい」  
「そっか。……で」  
 あまり見たくはなかったが、友達の方へと視線を向ける。  
友達は頑なに僕を無視し、藤花との会話を続行しようとしていた。  
 途端に流れる微妙な空気。けれど僕にはどうする事も出来ない。  
そして原因となる友達は、空気など悪くなろうが一切構わないらしい。  
 
「えっと……」  
「それで明日のリーダーだけど、多分第2章が終わったとこから――」  
「――ねえ、末真っ!」  
 なおも続こうとする言葉を断ち切るかのように、藤花は彼女に向けて実に綺麗に、  
照れ笑いを浮かべた。  
 その瞬間、僕と友達は二人同時に息をのんだ。  
 
「えへへ。――あのさ、先輩来たから、もう行くねっ!」  
「……。そう、……ああ、宿題出てるとこ、解んなかったら電話してきていいから」  
「うん、ありがと! やっぱり持つべきものは末真大先生サマサマよねっ」  
「でも自分で出来る所までやらなきゃ、駄目よ」  
「はい、善処致します。……多分?」  
「多分じゃ駄目。まったくもう……」  
「わかってますって。それじゃ、ばいばーいっ!」  
「……うん。また明日ね」  
 
 見蕩れるような、そして有無も言わせない藤花の笑顔に、友達も僕も膠着した空気を断ち切られる。  
友達はひとつ溜息を吐き、藤花にだけ疲れたように微笑んでは駅の方へと歩いていった。  
 
 その間、僕はまさに空気だった。何が一体彼女にそこまで嫌悪されるのか判らないが、  
いっそここまで徹底していると感銘すら覚える。  
 無邪気に手を振る藤花を横に、僕は苦い気持ちのまま去っていく友達を見送る。  
少し肩を怒らせた背中は、帰宅を急ぐ人波ですぐに紛れて見えなくなった。  
 
「さて」  
「さて。……帰りますか」  
 
 差し出した手に、彼女が指を絡めてくる。  
その細い指をしっかりと握り、僕たちは到着したバスへと乗り込んだ。  
 
 
 混み合うバスから吐き出されて数分、僕たちは人気のない夜の街を歩いていた。  
指を絡めた手はそのままに、ふたりの姿を街灯が照らす。  
追いかけるように影が長くなり短くなり、それは歩を進めるたびに繰り返される。  
 あと少しで、彼女の家に着く。  
このままでいたい気持ちと帰さなければという分別が、心の中でせめぎあう。  
 時間が、もっとゆっくり流れればいいのに。  
握る手に力を込めると、彼女が不思議そうに顔を上げ、僕を見る。  
 
「……あのさ」  
「はい」  
「その……」  
「ちょっと、寄ってきますか?」  
「ああ、うん。……でも、時間大丈夫?」  
「もちろんですよ。そのために送ってもらってるんですからっ!」  
「そっか。……ありがと」  
「もー、何でそこでお礼?」  
「いいんだよ、受け取っといて」  
「はーい」  
 
 彼女が笑みをこぼしながら、僕の半歩前を行く。  
道をそれて向かう先は、いつもの公園。木々が多く街灯がひとつしかない園内は、  
恋人たちを隠すのに丁度いい空間だ。   
 まばらに配置された遊具を通り過ぎ、砂場を通り過ぎ、一番奥のベンチへと。  
辿り着くなり彼女はベンチに座ろうとしたが、朝方降った雨のせいで座面がどこもびしょびしょだった。  
 ベンチをぺたぺたと触ってはぷうっ、と少しむくれる彼女。  
そんなしぐさも、かわいいなぁとしみじみ思う。  
 
「んー、座れない」  
「いいよ別に。……それとも、疲れた?」  
「そういう訳じゃないですけど……」  
「何なら寄りかかってもいいよ。ほら」  
「えっ……て、わっ!」  
 
 自分でも無茶な事を言ってるなぁ、と思いつつ、チャンスとばかりに繋いだ手を  
思いっきり引き寄せる。軽い身体は簡単に僕の腕の中へ飛び込んだ。  
 そのまま逃がさないように抱きしめる。すると彼女は、判りやすく緊張して俯いた。  
 
「……先輩」  
「ん……」  
「…………ばか」  
 彼女の髪に顔を埋めると、シャンプーと微かに汗が香る。  
その匂いに僕は少しずつ、確実に理性を削り取られていく。  
 
 いい、よな? うん、いいにしとけ。  
 彼女がおずおずと腕を、僕の背中にまわしてくる。  
更に密着する身体。でもまだ足りない。頬にかかる髪を耳にかけ、そして顔を僕の方へと上げさせる。  
 夜闇の中でもはっきりと判る程に、頬が赤い。多分僕も、同じような事になっている。  
ごまかすように、誘われるまま彼女の唇にキスをひとつ。  
すぐに離れた唇は、更なる熱を求めて疼く。  
 抱きしめる腕に思わず力が入ると、彼女は困ったような表情を浮かべた。  
 
「……先輩の、ばか」  
「うん。そうだね」  
「……もう知らない」  
「それは困るかな」  
 もう一度触れるだけのキスを。  
離れる前にちろりと唇を舐めると、悪戯を咎めるような眼差しが僕に絡む。  
 
「全然、困ってないじゃないですかっ」  
「そんな事ないよ。……触るの、いや?」  
「………………」  
「いやだったら、止めるよ」  
「………………」  
「……どう、かな?」  
 彼女の顔を覗き込めば、ふいと背けられる。  
その頬も、耳も、僅かに見える首元―鎖骨まで、綺麗な朱に染まり熱を帯びる。  
 
「……最近学校でも会えなかったから、今日は絶対に会いたかったの」  
「うん」  
「いっぱい話したいコト、あったの」  
「うん」  
「先輩にも聞きたいコト、たくさんあったの」  
「うん」  
「なのに……」  
 
 彼女の手が、恨めしく僕の背中をつねる。そして、噛み付くように唇を奪われた。  
 
「っ、どうしてすぐ、こういうコトするかなっ! 全部忘れちゃったの、先輩のせいだからね!」  
 恥ずかしいのか視線は合わせず、微かに震えながら僕を責める彼女。  
ああもう、何でこんなに可愛いんだろう。このままバリバリ食べちゃいたい衝動にかられそうだ。  
 
「またゆっくり、思い出せばいいよ」  
「〜〜〜〜先輩のそういうトコ、むかつく!」  
 喚く彼女をなだめ、額に、頬に、耳に、唇を滑らせていく。  
途端に力を失くし従順になる身体を抱きなおし、そしてまた唇に。  
 僅かに口を開き舌で彼女の唇をつつく。彼女は頑なに閉ざしたまま。  
しかし背中を撫ぜる指にびくりと震えた瞬間、緩んだ抵抗を押し切って彼女の中へと滑り込んだ。  
 
「う……んっ、……」  
 逃げる舌を追いかけて、彼女の口内で唾液が混ざり合う。  
ぴちゃりと上がる音は卑猥で、更に僕を駆り立てる。目を開けば、焦点が合わない程に彼女が近い。  
その瞳は固く閉じられ、この行為にいっぱいいっぱいなのが見えた。  
 
 もっと欲しい。もっと、めちゃくちゃにしたい。  
やっと触れ合えた舌を執拗に絡ませ、ざらつきを味わう。  
それは少し苦しく、そしてとてつもなく気持ちよくて、僕の思考を削っていく。  
 荒くなる呼吸も、胸に響く速い鼓動も、震える身体その全てが、甘い。  
逃げぬように押える腕が、知らず彼女の身体を傾げさせていた。  
 
「……あっ……まって、んっ――っ」  
「……だめ。待たない」  
 
 空気を求め離れていこうとする唇を、力ずくで深く貪る。  
歯が当たり鈍い痛みが走る。それすらも快楽を強めるだけだった。  
 ぐちゃぐちゃに混ざる唾液が口の端から溢れて顎へ伝う。  
薄明かりにてらてらと反射するそれは、普段の彼女からは想像出来ない程に、淫らだ。  
 唇だけでは我慢が出来なくなって、腕を背中から下へと辿り制服の裾を捲る。  
口づけに手一杯で、彼女は僕の企みに気付かない。  
抱いている方の手でそれの位置を確認しつつ、中に滑り込ませた手でフックを一気に外した。  
 
 ふっと緩められる胸元。そこでようやく彼女は、自分の身に起こった事態に気付いた。  
 
「――――っ!?」  
 声にならない叫びが口内に響く。それを丸ごと絡め取り、動きを封じる。  
僕の背中にまわされた手は学ランをちぎれんばかりに握り締め、  
彼女の動揺と抵抗を如実に伝えてくる。  
 そんな姿に、余計に煽られる。もっといじめたくなって、僕はわざとゆっくり唇を離した。  
 
「……触るの、いや?」  
 直に触れる手はそのままに、自分でも胡散臭い笑みを浮かべて彼女に問う。  
「――っ、……」  
 彼女は答えない。答えられない。でも、許さない。逃げさせたり、しない。  
 
「いやなら、止めるよ」  
 見上げるまなじりにはうっすらと涙が浮かび、心配になる程肌を朱に染めている。  
何かを紡ごうとする唇は、言葉を発する前に噛み締められた。  
 
「……どう、する?」  
 優しい声音で、容赦なく追い立てる。  
彼女は逃げ場を失い、それでも「いや」とは思っていない自信が、何故だか僕にはあった。  
 彼女の目が、伏せられる。  
 
 
「…………い、や」  
 震える唇から、小さな声がこぼれる。  
「……そう。なら、止めるね」  
 名残惜しさを振り切って、僕は彼女から腕を離す。すると更に強く背を握られた。  
 
「そうじゃなく、て……っ」  
 制服が軋む。彼女は僕の胸に顔を埋めて、告げる。  
「……いや、じゃないのが……いや」  
 
 小さく小さく紡がれた言葉に、脳天を殴られた。  
何この壮絶な可愛らしさ。こんなのは、反則だ。本当に、どうなっても知らないからな。  
 再び彼女を強く抱きしめる。髪を撫で、肩から背中のラインを辿り、そしてささやかに  
主張する膨らみへ。  
手に丁度収まる程のそれは、何ともいえない柔らかさと弾力で僕の動きに添う。  
 
「んっ――、やぁっ……」  
 漏れる吐息が僕の胸に当たり、甘く溶ける。  
制服の下では拘束を失った下着が、僕の手で少しづつずり上がっていく。  
何度も撫でるように形を確かめ、揉みしだく。  
 ついに下着は完全に役目を終わらせ、隔てるものが制服一枚となった。  
 
 手のひらに、よりはっきりと感じる彼女。柔らかな膨らみも、固くなった頂きも、全部判る。  
 
「見たいな。……これ、外すね」  
「――んっ」  
 
 また弱く抵抗しようとする彼女をキスで封じ、制服の襟元を探る。  
スカーフはそのままに、胸当てのスナップを引きちぎる。  
性急にまさぐる指はファスナーを探り当て、それを一気に引き下げた。  
 ジッと高い音を立てた後、ゆっくりとはだけていく制服。  
首元に丸まった下着、谷間を彩るスカーフ。すっかり露わにされた白い胸と小さな乳首、  
そしてそれに触れる僕の手。  
 どんなエログラビアより、淫靡で腰にくる光景だった。  
 
「……っ、はっ。……すごい、ね」  
「〜〜〜〜見ないでっ」  
 
 固く目をつむる彼女の表情も、僕を煽るだけ。  
指を滑らせ丸みからつんと立つ頂きへ。淡く色づくそれに触れた瞬間、彼女はびくりと身体を震わせる。  
 もうどうしようもない。貪る事だけしか、考えられない。  
屈んで、乳首を口に含む。悲鳴とも嬌声ともつかない吐息が彼女の口から鋭く漏れる。  
舌で突起を弄れば更に固く、そして僕に従順に動く。  
舐めて吸い込み、時折柔らかく歯を立てる。彼女の手が僕の髪を乱し、肩には爪が食い込んでいる。  
 
 それは拒絶か、恐怖か。でも僕には甘美な誘惑にしかならない。  
もう片方の膨らみに手を伸ばし、力任せに揉みしだく。  
手のひらに感じる彼女の鼓動が、煩いまでに速い。さんざん弄った乳首を放し顔を上げれば、  
そこには羞恥で歪めた彼女の泣き顔が。  
 まなじりから溢れそうな涙と、顎を伝う口付けの跡、そして片方の胸が、濡れて光る。  
 
 彼女を全部喰らい尽くしたら、どんなにイイだろう。  
浮かんだ妄想に思わず笑みが込み上げる。彼女がまた短い悲鳴を上げ、身体が逃げた。  
 背中に腕をまわし動きを封じ、まだ手付かずの方の胸に食らいつく。  
噛み付いて思い切り吸えば、白い肌は簡単に赤い跡を付けた。  
 口をずらし、思いつくままに吸い、跡を刻む。そのたびに震える彼女が、愛しくて堪らない。  
もう自分では立っていられないのか、腕に掛かる重さが更なる嗜虐を呼ぶ。  
 
 視線を下にすれば、小刻みに震えるスカート。この中は、今どうなっているんだろう?  
この唾液塗れの胸のように、熱く濡れているんだろうか。  
 両の乳首を同時につねり、噛む。その瞬間、彼女の身体は硬直し、そして。  
 
 
「――――っ!?」  
 
 あれ程力なく翻弄されていた身体は、僕の拘束を簡単に解き、  
左右非対称の強い眼差しを向けた。  
 たった数歩分、それだけの距離がとてつもなく遠い。  
彼は腕を交差すると一瞬にして制服の乱れを直し、そして次の瞬間には鞄から取り出したマントが  
僕の視界に翻った。  
 
 先程までの痴態の跡は微塵もない。  
まさしく今ここにいるのは彼女――宮下藤花ではなく、彼――ブギーポップだった。  
 
 
「――すまない、竹田君。危機が訪れたようだ」  
「はあっ!? 何だよそれ!」  
「僕は行かなくては。――本当にすまない」  
「ちょっ、おい、待てってっ! 一体何が――」  
 
 僕の追求を振り切り、彼は突然に駆け消えた。あまりに急な展開に、とてもじゃないが  
頭がついていけない。  
 
 
 
 一体何なんだ。なんで今、彼が表に出てきたんだ。  
そもそもアレは、本当に別人格なのか?  
 
 答えてくれるものなんていない。  
僕は混乱した頭をめちゃくちゃに掻いて、傍のベンチに腰掛けた。  
 
「……あ」  
 忘れていた。このベンチは雨に濡れていた事を。  
 
「はっ……どうでもいいやもう……」  
 腰掛けたそばから尻がじわじわと湿ってきているのが判る。  
それでもそんな事はどうでもよくて、ただひたすら先程の彼女の感触とこの事態に途方に暮れた。  
 
 腕時計の指し示す時間は二十二時半。今夜は長い、眠れない夜になりそうだった。  
 
 

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