ノア 1. 風船を追いかける  
 
 
 
「あっ…………」  
 
 彼女の口から小さな声が漏れた。繋いだ指を解いてふらりと風船の後を追う。  
僕は一瞬呆気に取られ、去っていく彼女を見送った。  
 
――ってああもう!  
 この間もこんなことになったよな! 業か、宿命か、全部僕が悪いのか!?  
消えてく彼女と転んだ女の子を交互に見遣って、葛藤すること数秒。  
残ってたポップコーンを片手に女の子の方へと走り出した。  
 
「大丈夫?」  
「ぅわあああんっ、……ぅっく、おにいちゃん、だれ?」  
「そこのベンチにいたんだよ。……立てる、かな?」  
「うぅ――……いたーい……」  
「ほら、拭いて。かわいいお顔が台無しだよ」  
 
 女の子を助け起こしてみると、ズボンを穿いていたせいか幸い怪我はなかった。  
服についた土を払って顔をハンカチで拭いてあげると、どうにか嗚咽も下火になってきたようで。  
恥ずかしそうな表情で何かぼそぼそと呟いてた。  
 
「よしっ、きれいになった」  
「……ん――……おにいちゃん、ありがとう……」  
「どういたしまして。痛いの我慢できたごほうびに、はい、お口あーん」  
「あ――?」  
 
 ぱかっと開いた口にポップコーンを放り込んで頭を撫でると、女の子がにっこりと顔を綻ばせた。  
よし、取り敢えずこっちは大丈夫だ。次は本題の――  
 
「じゃ、バイバイ」  
「うん、ばいば――いっ!」  
 
 ぶんぶんと元気一杯に手を振る女の子を背に、僕は急いで彼女が消えた方向へと駆け出した。  
 
 思ったより時間を食ってしまったのか、それとも彼女が俊足なのか。  
無駄に広い公園を抜けた所で見渡しても、彼女の姿を見つけることは出来なかった。  
 この間の悪夢をきっちりなぞっているようで、何だかとても嫌だ。  
いや、この間と一緒なら見つかるし、意地でも見つけるに決まってるけど。  
 
「あ――……何の嫌がらせだよ」  
 
 愚痴ひとつこぼす権利くらいは、僕にもあるよな?  
もし運命の神様なんて奴がいるんなら、そいつはきっと姉さんみたいなんだろうな、と思う。  
だって絶対、人のことからかって楽しんでるだろう、これ。  
 
 公園を出て街路樹の見事な通りで立ち往生すると、春色の服がずっと遠くで揺れるのが見えた。  
やっぱり、とよかった、のないまぜな思いのまま走り出す。  
街路樹を抜けると、建物が大きな格調高いものから徐々に秘密めいたものへと変わった。  
年季を感じる佇まいや瀟洒な店が並ぶ、昼よりも夜、子供より大人が相応しい通り。  
足を踏み入れる程に、自分の場違いさが際立ってくる。  
 一方彼女は、そんなこと気にも留めない様子でふらふらと風船を追っていた。  
ヘリウムが中途半端なのか、風船は決して高く舞い上がらず波を描くように中空を漂う。  
手を伸ばせばふい、と逃れ、風と戯れるように先へと流れていった。  
 
「織機…………」  
「っ、正樹!」  
 
 彼女が振り向く横を抜け、全力でジャンプする。  
はた迷惑な案内者は簡単に僕の手で捕らえられた。  
揺れる風船と僕を交互に見つめ、彼女は小さく息を呑む。そして、俯いた。  
 
「……ごめんなさい……私……」  
「うん、まぁ……。これ、どうする?」  
 
 風船を差し出すと、彼女が僕の手を包み込むようにして掴んだ。  
指が絡み、持っていた紐がするりと抜けていく。  
 
「ありがとう……でも、もういいの」  
「……そっか」  
 
 ゆるゆると風船が風に流されていくのを、僕らは何も言わずに眺めていた。  
 
 どの位時間が過ぎたのか。彼女が視線を目の前の建物へとずらした。  
僕もそれを辿り……あからさまに狼狽する。  
よく話しに聞くような、"いかにも"なものじゃない。むしろ周りの景観に馴染むような洒落た建物だ。  
入口の、控えめに掲げられた看板さえなければ。  
 
――2H 5,800円 4H 8,900円 フリータイム AM11:00〜PM6:00まで 6,400円  
 
 これは、その、いわゆるアレだよなっ……!   
慌てて元来た道へと帰ろうとした僕に、何故かぐっと手を握り返された。  
おおおお織機――っ!? 一体何を――  
 
「…………正樹」  
「ぅあい!? な、何?」  
「私……入りたい」  
「ええっ!? でも、ほら、いきなり、そんなっ」  
「…………正樹は、嫌……?」  
「…………………………」  
 
 これは何の冗談、でなけりゃどんな罰ゲームなんだ!!  
ただでさえ今日も懲りなく劣情と闘っていたのに、これはないだろ神様!  
理性と本能、せめぎ合う秤が彼女の眼差しで一気にぶれる。  
僕はうー、だとかあー、なんて締りのない声を漏らして冷汗をだらだらと流すだけ。  
逃げ場がない。助けもない。自分の呼吸音がやけに耳につく。  
 そして彼女は、決意を込めた腕で僕を抱き寄せた。  
 
「私は、正樹を知りたい。もっと、触れたい。……駄目?」  
 
 ここまで言われて、僕に何が言える。言える、訳がない。  
微かに首を振ると彼女の腕が離れ、頬にあったぬくもりが遠くなる。  
絡めた指先に引かれるように、彼女の後を追って建物の中へと入っていった。  
 
 お金を入れて壁のパネルから部屋を選び、ボタンを押せばキーが出た。  
さっきの風船のように、エレベータに、廊下に、部屋へと誘うように灯りが点る。  
 僕はそんな光景を、まるで他人事のようにやり過ごした。  
 
 セピアで統一された部屋の内装に、正直拍子抜けた。  
もっとギラギラしたのを想像してたら実際は普通のホテルと大差ない。  
強いて違いを上げるなら、窓がないことだろうか。  
スリッパに履き替えぼんやりとしていると、背後からの施錠音で我に返った。  
 
 ドアの前には、俯きがちに佇む彼女。  
視線が絡むと一瞬動きを止め、僕の方へと倒れてきた。  
薄いワンピース越しから伝わる彼女の熱。首元をくすぐる髪が、抗う意識を削っていく。  
背中にまわされた腕がぎゅっとジャケットを掴み、僕に何かを催促した。  
 でも……本当に、いいのか?  
肩に置いた手を僅かに浮かすと、彼女が顔を上げ素早くキスを奪っていった。  
あの時のように深く引き込み、混ざり合うキス。  
一通りお互いの口腔を辿った後、離れた唇に残るのは名残の糸。  
――駄目だ。このままだと、流されてしまう。  
 
「えっと……織機。あのさ、……僕」  
「……ごめんなさい。先にお風呂、使わせて」  
「あっ、ああ、うん、どうぞっ」  
 
 するりと身体が通り過ぎ彼女が浴室へと消えていく。  
微かな水音を確認して、僕はやたらとでかいベッドにへたり込んだ。  
 スプリングが妙に効いてて、心地よく身体が沈むのが実に居心地悪い。  
流されてるよ。駄目だとか言いつつ、思いっきり流されてるよ僕……。  
大の字に寝転ぶと、天井に映るのは間抜け顔の男。  
 
「――っ、んなっ……!」  
 
 前言撤回、やっぱり普通のホテルと違う!何でこんな所に鏡なんかあるんだよ!?  
ベッドを隈なく映す鏡の下で、僕はまた妄想を逞しく働かせた。  
具体的には、この鏡の存在理由とか。恐らくこれから映るであろう織機や僕のそれ、とか。  
それを眺めてる彼女の姿を思うだけで、下半身に血が集まってくのを感じた。  
 僕って奴は……いや、男はみんなバカなのか?  
節操なく硬くなるそれを持て余しながら、僕は右に左にとベッドの上で悶えていた。  
 
 知らず水音が消えている。  
程なくして、僅かな水滴のみを纏った織機が姿を見せた。  
 
「うわああああああああっ!?」  
「? まさ」  
 
 彼女の言葉を待たずに慌てて浴室のドアを閉める。  
固くドアノブを握り締め、ぜーぜーと荒い息を吐いた。  
 何の気負いもなく現れた彼女の姿が、ばっちり脳裏に刷り込まれて離れない。  
抜けるように白い肌、思ったよりふくよかな胸……ってあああ――っ!  
 追い討ちをかけるように、彼女の声が降りかかる。  
 
「正樹? 開けて」  
「だああ――っ、織機っ! 何か着て!」  
「……どうして?」  
「いいからっ! お願いします!!」  
 
 涙目で懇願する僕に気圧されてか、向こうでごそごそと衣擦れの音がする。  
暫くの悶着の後、現れたのはバスローブ姿の彼女。浮かぶ表情は、心なしか不機嫌だ。  
でもこれだけは僕に同情の余地あるだろ!いきなり全部って、いや今だって!  
ローブは病院着のように薄い布地で、色も白で、それを無造作に腰の紐で結んでるだけでっ……!  
 透けて形状を余さず浮き立たせてるそれは、却って扇情的だった。  
うううっ、前が痛い。視姦してしまう目を必死で引き剥がすと、更に彼女の眉根が寄った。  
 
「………………」  
「そのっ…………」  
「……正樹も、お風呂に入ってくる?」  
「う、うん。そうするっ」  
 
 逃げるように浴室へ駆け込んでがちがちに鍵をかける。  
これで、退路は完全に断たれてしまった。  
目の前に鎮座するのは、優に大人2人は入れそうな広い浴槽と泡の山。  
……ここで、織機が身体を……っていうか泡風呂なんてどうすりゃいいんだ。入ったことないぞ!  
 僕は現金にも隆起してるそれを見下ろして、心底脱力しきった溜息を吐いた。  
 
 さて、よい子は見ちゃ駄目大人の時間です。  
……無理におどけても事態が変わる筈もなく。途方に暮れた表情が鏡に容赦なく映っていた。  
彼女に倣ってバスローブを纏った姿は、一言で言うと "レントゲン撮影待ちの患者"。  
色香なんて端から求めてないが、せめてそれらしい男っぽさとか、何で欠片もないかね?  
まるで毛を刈られた羊さながらの頼りなさに、気分が底まで落ち込んだ。  
 まぁ、ないものを望んでも今更仕方のないことで。  
 
 このドアを開けたら、彼女が待っている。  
何の覚悟もけじめもなく流されてきたけれど、今ならまだ間に合う筈だ。  
告げる想いはただひとつ。それが免罪符のつもりではないが、このままだと自分が許せない。  
 ドアノブに伸ばす手がみっともなく震える。  
それでも意を決してドアを開けると、彼女はベッドに腰掛けて僕を真っ直ぐに射抜いた。  
 
 沈黙が、重い。  
1歩2歩と彼女へ歩み寄り、ベッドの隅で足を止めた。  
見上げる眼差しが、不安で揺らいでる。当たり前だ。僕だって情けない程怖気付いてるんだ。  
女の子なら、尚更だろう?  
 馬鹿野郎、早く言え。彼女に何時までもこんな顔をさせるな!  
 
「……僕は……織機が、好きだ」  
「――――っ」  
「だから、織機のこともっと知りたいし、ずっと一緒にいたいと思ってる」  
「…………うん」  
「今日のことは突然だったけど、正直に言えば何時だって触れたいと思ってた」  
「………………」  
「……軽蔑、する?」  
 
 彼女が目を見開いた後、衝撃と共に視界がまわる。  
抱き締められてベッドに倒れたのか、と胸に感じる彼女の重みで僕はやっと理解した。  
 胸元を掴む手が、性急にローブを剥いでいく。  
露になった胸に口付けをひとつ落として、彼女は小さく呟いた。  
 
「……正樹は、綺麗……私と違って」  
 
 反論を込めて彼女の頭に触れると、柔らかく唇を塞がれた。  
 
 ゆっくりと舌が絡む。ただ唾液を混ぜ合わせてるだけなのに、今までで一番甘い。  
それが先程の言葉のせいかは知らない。でも彼女の伏せられたまつげに、受け止める僕に、  
見えない壁がひとつ崩れたのを、確かに感じてる。  
 
 微かに漏れる吐息が、何処か甘えるような響きを持っている。  
唇を離し見つめれば、はにかんだ笑顔を返された。  
 胸が、苦しい。彼女に許されているのが、とてつもなく幸せで。  
そしてもっと強く、もっと貪欲に彼女を蹂躙したいと、どうしようもなく煽られてる――。  
 
 手を伸ばし、彼女のローブに触れる。  
肩から腕を辿り背中へと。柔らかくて、細くて、綺麗な身体。綺麗な、織機。  
指に力を入れローブを引っ張ると、簡単にはだけて肩を滑り落ちた。  
一気に欲望に火が入る。彼女を引き倒し馬乗りになった。  
驚いたような彼女に喰らい付く激しいキスをして、胸を鷲掴む。  
 くぐもった悲鳴が唇の中で響く。それにすら欲情して手の中の膨らみを弄んだ。  
硬さを残す胸は指に合わせて健気に形を変える。吸い付くような質感と、その硬さにのめり込む。  
何度も何度も揉みしだき、更に味わいたくて今度は淡く色づく頂きに噛み付いた。  
 
「ゃああっ、……んぅ――――っ」  
 
 跳ねる身体を押さえつけ、唇で捕らえ舌で丹念に舐る。  
すぐに頂きは柔らかいそれから硬い突起へと形を変えた。その変化を確かめるように舐め上げ押し潰す。  
もう片方の膨らみも手で寄せれば僅かに震える。唇を移し吸い上げれば、同じように硬くなった。  
 唾液に塗れた胸を包みこみ、起立するそれを優しく摘む。  
一際高い喘ぎが漏れて彼女の身体が強張った。  
 止まらない、止まりたくない。自分の手で彼女が乱れてる。その陶酔感が、身体を猛烈に蝕んでく。  
 
 自分のそれが、信じられないくらい大きく張り詰める。  
薄くて柔らかな彼女の腹にめり込んで、今にも暴発しそうに訴えた。  
 それだけじゃ足りない、早く、もっと彼女の中へ――  
 
 身体を少し浮かし指を脇腹から微かに茂る場所へ。  
ほとんど癖のない産毛に指を絡ませて、更にはその奥の襞へと滑らせる。  
 指に感じるのは、粘りつく水気。  
 
「っ……やあっ……まって……」  
   
 乱れた吐息の中に、彼女の制止が混ざった。  
 
 振り切るように指を動かすと、くちゃと水音が響いた。  
 
「――っ、まって……まさき」  
「…………やだ」  
「……おねが い、…………んああっ」  
 
 ぬめりを絡ませて襞の内側をなぞる。彼女はびくりと震えながらも僕の腕にしがみ付いた。  
上気したまなじりに涙が浮かぶ。困ったように下がる眉を見て、僕は我に返った。  
うあああああ――っ僕は何を! 慌てて飛び退くと、彼女はくたりと弛緩した。  
乱れて頬に張り付く髪だとか、薄闇でも判る上気した肌とか、中途半端に纏わり付くローブだとか、  
それら全て自分のやらかした結果というのが、物凄い羞恥と罪悪感を連れてくる。  
 
「あっ、ああっ織機ごめん!」  
「……? どうして?」  
「いや、だって、がっついて……ごめんっ!」  
「…………………ちがうの」  
 
 めり込むように頭を下げる僕の手を取る彼女。  
へ? と顔を上げると彼女は僕の指にキスをした。そして指を食み、ちろりと小さな舌が見えるように舐める。  
人差し指から中指へ。纏わり付いてた彼女の粘液を丁寧に舐め取り、軽く歯を立てられた。  
 
「〜〜〜〜っ!!」  
「……私も、触りたいの。……正樹に」  
 
 彼女はまつげを伏せ、舌を指から手のひらへ滑らせた。  
まるで大切なものを扱うかのように、慎重に、優しく触れていく。  
手首から肘へ、柔らかく引き寄せられて肩から胸に、そして唇へ。  
繰り返す羽根のようなキスにじれったさと快感が込み上げてくる。  
物足りなくて彼女の頭を押さえ深く口腔に押し入れば、宥めるように迎えられた。  
 
 口付けに、動きに油断して彼女の指が辿る先を失念する。  
いつの間にか胸を滑りいきり立つそれを握られて、僕は思わず腕を放す。  
彼女は口付けの残滓を艶かしく光らせ、挑むような表情を浮かべていた。  
 
 眼差しのあまりの甘さに、身動きが出来ない。  
彼女はゆっくりと身を屈め僕のそれへと唇を寄せた。そそり立つ幹に舌を這わせ、ひと舐め。  
刹那ぞくぞくする感覚が背中を走る。その様子に、彼女は目を細めた。  
   
 指が震える幹を捕らえ、唇が尖端から徐々に咥えていく。  
熱くて柔らかくて湿っていて、変な汗が噴き出る。漏れそうになる声を堪えて唇を強く噛んだ。  
すっかり彼女の口に入ると、舌が絡み付き強く執拗に扱いていく。  
ざらつく舌の感触が僕を追い詰める。きつく吸い上げながら唇を離し、尖端を食んではくびれを攻める。  
抽迭する速度をだんだんと上げ、限界がすぐそこまで近付く。まずい、このままじゃ――  
 彼女の頭を退けようと掴んだ瞬間、尖端が彼女の歯に触れ僕は一気にぶちまけた。  
 
   
 脈動に合わせて暴れるそれを、彼女は懸命に咥えて飲み込む。  
それでも口の端に溢れる欲望の証。すっかり出し切ると力なく解放された。  
青臭い馴染みの臭いが鼻につく。彼女は喉を押さえ何度も飲み下しては、顎へ伝うそれを指で拭った。  
 
「……これが、正樹の……」  
「――――――っ!」  
 
 陶酔した表情で呟かれて、ぶちまけた申し訳なさが脆く消え去る。  
出したばかりなのにまた硬く立ち上がるそれを見て、彼女が身を起こした。  
僕の腹にまたがり、尖端を彼女の潤むそこへあてがう。  
 
「もっと……欲しい」  
 
 ふっと膝の力が抜けて、全てを彼女に飲み込まれた。  
急に圧迫され快感が脳天をぶん殴る。うごめく内は舌以上の複雑な動きで僕に絡み苛んだ。  
彼女が胸に手を置き、倒れそうな身体を何とか支えてる。その面に浮かぶのは、きっと恍惚。  
甘い喘ぎを吐いて腰を浮かし、擦り付けるように何度も潜らせる。  
角度を変え激しく攻める彼女の動きに、僕はただ翻弄されるだけ。そして呆気なく果てまで押し上げられた。  
 
「ぅあっ、おりはた、だめだ!」  
「いや……」  
「ほんとにまずいよ! このままだと……っ」  
「いいの! それに、まさきなら――」  
 
 逃げようとする僕を押さえ、更に強烈な刺激を叩き込む。  
我慢は簡単に決壊し、僕は2度目の迸りを彼女の胎内へと吐き出して果てた。  
 
 頭が真っ白で、心臓の音がうるさい。  
彼女が気だるげに身体を持ち上げると、繋がってた所から白濁がだらりとこぼれた。  
慌てて拭くものをとヘッドボードへ視線を走らせると、彼女が冷静にティッシュを取り拭った。  
 その行動に、何か得体の知れない不安が過ぎる。  
何も言えず、何も言わず、されるがままに身をゆだね彼女を見つめる。  
すっかり拭い去った後、僕は自分の犯した過ちを謝った。  
 
「……今更だけど、ごめん織機……」  
「どうして?」  
「自分のことで一杯で、何もしてないのに中に……」  
「……私、出来ないから」  
 
 告げられた言葉に驚いて見上げると、淋しそうに顔を歪ませる彼女の視線がぶつかった。  
馬鹿なことを言った、と自分を悔やんでも遅い。堪らず彼女を抱き締めると、躊躇いがちに腕をまわされた。  
 
「……正樹、ありがとう」  
 
 柔らかな拒絶を残し、彼女は浴室へと消えていく。  
後から響く水音が、僕を責めるように叫んでいる、気がした。  
 
 
 
 何処か気まずいまま建物を出ると、辺りは既に宵闇に包まれていた。  
さっきは手を繋ぐことで近づけたと思えたのに、今では悲しい位に遠い。  
それでも離すことは出来なくて、縋るように指を絡める。  
風が、身を切るように冷たい。歩く度にふたりの影が街灯に照らされ、短くなっては長くなり――  
今日が終わろうとしてることに、何故だかとても泣きたくなった。  
 もう目の前には静まり返った公園がある。バス停に辿り着くと、彼女が足を止めた。  
 
「……じゃ、ここで」  
「……送っていくよ」  
「いいの。……正樹、今日はありがとう……私、凄く嬉しかった」  
「…………うん」  
「それじゃ、……またね」  
「――――っ、……うん、また、今度」  
 
 指が解かれぬくもりが遠くなる。  
離したくなくて、追いかけたくて、でもそれはしてはいけないこと。  
 僕は馬鹿みたいに手を握り締めて、彼女の後姿を何時までも見つめていた。  
 

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