…口調からもしかして、とは思っていたけど、まさかなぁ。
そんなベタでストライクな事がある訳…って蝉ヶ沢さん手!
手、どこ触ってんだ!いや、ちょっと、待って!ってか助けて!
――コンコン。
「せ蝉ヶ沢さん!人が!」
「ん?…ああ、気にしないでいいわ」
「気にしましょうよ!ぅわーーーっ!」
―――ゴィンッ!
「いたいけな勤労少年を毒牙にかけんじゃないわよ!このド変態が!」
フロントガラスも割れよとばかりに殴って怒鳴る女性。
蝉ヶ沢さんはやれやれと溜息を吐いて、車のドアを開けた。
「貴女が来る、と連絡をいただいておりませんが?」
「私もアンタの変態ぶりを、確認したくはなかったわよ」
「…失礼ですね。冗談に決まってるでしょう?」
「それ、彼の表情を見ても言える?」
――蝉ヶ沢さん。あなたは"冗談だ"って言うけど、僕は聞いたよ。
彼女が来た時、チッって舌打ちしたでしょう。物凄く悔しそうに。
もし、彼女が来なかったら。僕は確実に、人生の全てを変えられていただろう…。
「…すみません。ここからは自分で帰りますんで、失礼します」
「あらそう?それじゃまた、今度のプレゼンの時にね」
僕は力なく車から降りると、彼女がふわりと近付いてきた。
「…ごめんなさいね」
耳元に微かな謝罪を残して車に乗り込む彼女。
赤いイタリア車はいななきひとつあげて、颯爽と去っていった。
あぁ、疲れた。何も考えたくない。とにかく今は、家に帰ろう―――。