黒田慎平はいつものように事務所の中に入る。  
中のドアは二重になっている。一つ目のドアには鍵がない。  
二つ目の扉の鍵を開け、中に入る。  
ロングコートと帽子を脱ぎ、事務所のイスに腰を下ろす。  
そして、もう何度目かわからないが、病院での少女とのやりとりを思い出す。  
「なればいいじゃん……か」  
気軽に言ってくれるよ、まったく――  
少女の真っ直ぐな瞳を思い出しながら、慎平はここ数日間で集めた情報を頭の中で整理した。  
自分の中でもうすでに答えは出ている。そのための準備も整った。後は実行するだけだ。  
例えそれが誰から見ても馬鹿げていて、本当に救いようのないことだったとしても――  
「えらくくたびれてるじゃない?どうしたの案山子さん?」  
聞きなれた声のしたほうを振り返ると、見た目は十七かそこらの少女が立っていた。ジーパンにジージャンというラフなスタイルだった。  
「名探偵も大変なんだぜ。浮気調査と身内の粗捜しで足が棒だ」  
「それはご苦労様」  
そういうと彼女はいつものようにソファーにどすん、と勢いよく座り込んだ。  
「事務所の札を見なかったのか、ピジョン?今日は休業中だぜ?」  
「つれないわね。せっかく用もないのに来てあげたのに」  
「なんだ、てっきり寺月の調査を延長しろってお達しが出たのかと思ったよ」  
慎平は会話しながら流しの薬缶に水を入れる。  
「何か飲むか?」  
「あら、注文は聞かないんじゃなかったの?」  
ソファーにもたれかかり、笑いながら彼女が言う。  
「せっかくプライベートの時間を割いて来てくれたんだ。ささやかなおもてなしさ」  
「じゃあ、前と同じのでお願いね」  
改造したコンロは物凄い火力で、あっという間に水は沸騰した。  
 
依頼者用のソファーでくつろぐ彼女にコーヒーを持っていく。  
「で、今日はどう言った依頼でしょうか?お嬢さん」  
すると彼女はニヤニヤしながら話に乗ってきた。  
「実は、最近夫が仕事だって言っては、他の女のところへ入り浸ってるみたいなんです!」  
芝居がかった言い方をする彼女に顔が綻ぶ。  
統和機構のラボについて探りを入れて以来、組織の人間相手にも決して気を許せない。  
自分の探偵としての腕に自信はあったが、やはり不安がないといえば嘘になる。  
だが目の前にいる彼女に関しては、慎平のここ数日の"裏切り行為"に対して尻尾を掴んだといった様子はない。  
「ところでさっきの独り言はどういう意味?"なればいいじゃん"て、慎平は何になりたいの?」  
「いや、ちょっと仕事で知り合った女の子がいてな――」  
そこまで言いかけて、楽しそうに話ていた彼女の表情が変わった。  
「へぇ〜、女の子ねぇ〜。で、その子と黒田名探偵はどういったご関係で?」  
まるで夫の浮気の尻尾を掴んだ妻のような笑みを浮かべる彼女。  
「そんな勘ぐられる仲じゃないさ。相手は中学生だぜ?」  
まさかその少女のために組織を裏切るなんて言える訳がない。  
それに俺には少女趣味なんてない……はず。でも何か後ろめたい気持ちはある。  
「その子はどんな子?かわいいの?」  
身を乗り出して興味津々といった表情で聞いてくる。  
やれやれ、と思いながら少女の顔を思い出す。  
長い髪と整った顔立ち、そして力強い眼差し――100人が100人とも美少女と認めるだろう。  
「ああ、なかなかの美人さんだったよ」  
「あらあらあらあら!黒田名探偵にそんな趣味が合ったなんて驚きですわ!」  
彼女はえらく大仰に言う。笑顔の中にやや嫉妬の色が濃くなっててきた。  
慎平は冗談、いったジェスチャーをしてコーヒーに口をつけた。  
そして、さっきまでバカな話をして時とは違い、畏まった顔で彼女に尋ねた。  
 
「なあ……ピジョンは何かやりたいことや、なりたいものってあるか?」  
「えっ?」  
突然の問いにピジョンは口ごもった。  
「さっきの話?何って言われても……合成人間の私達がなれるものなんて何があるの?」  
ピジョンは机の上のコーヒーカップに目を落とす。  
「私達の行動は常に組織の監視下なのよ。余計な行動をすればどうなるか――寺月なんかいい例だわ」  
顔を上げた彼女表情は、やや寂しそうなものになっている。彼女の言うとおり、合成人間である自分達に自由なんてものはない。  
慎平はまっすぐに彼女の目を見る。  
「なれるかどうかはわからない……でも俺は"正義の味方"って奴になってみたいと思ってる」  
慎平のとても冗談を言っているとは思えない雰囲気に、彼女の表情が不安に曇る。  
「ちょっと……何を考えているの?」  
「言葉のまんまさ。何のしがらみもなく、ただ事件を解決する。そんな正義の味方になってみたい、って思ってね」  
慎平は彼女の不安そうな顔を見て、わざとおどけた風に言う。  
しかし、ピジョンは表情を崩さずに、  
「冗談でもそういうことを言わないほうがいいわ。組織の意に反する言動や行動を見せたらどうなるかわかってるでしょ?」  
と、強い、説得するような口調で言った。  
慎平はなぜ彼女にこんなことを言っているのか自分でようやくわかってきた。  
そう、これは遺言なのだ。  
自分は彼女の言うとおり、組織に裏切り者として必ず消されるだろう。  
それをもう自分でも覚悟しているのだ。  
彼はもう腹をくくっている自分に気付き、改めて馬鹿な男だと自嘲の笑みを浮かべた。  
二人の間に沈黙が流れる。  
沈黙を破ったのは彼女だった。  
「私は――あなたと一緒にいたい」  
 
ピジョンは、自分と目の男とのこれまでのことを思い出していた。  
彼女は多くの組織の合成人間と関わってきた。スケアクロウもその一人だ。  
付き合いはかなり長い。と、いっても組織からの任務を伝える時以外に彼と会うことはほとんどなかった。  
あくまで仕事上の付き合いだった。  
しかし、彼女は他の合成人間とは違った気持ちを彼に持っていた。  
それがなんなのかはかわらなかったが、彼と話していると気が安らぐというか、とても穏やかな気持ちになれるのだ。  
 
偶然だった。彼の事務所の前を通りかかると休業中のはずなのに、事務所のあるビルに入っていく彼を見つけたのだ。  
彼女は直感的に、何か小さな不安を感じて彼の後を追って事務所に入った。  
そして、彼と話しているうちに、その不安はどんどん大きくなっていった。  
"自分が何がしたいのか"  
そんなことは深く考えたことなんてなかった。  
しかし、冗談とは思えない真剣な顔でそんなことを問いかけてくる彼を見ていると、何というか……  
もう今の逃したら彼に二度と会えなくなる――そんな不安に駆られた。  
そんなことは絶対に嫌だ。私は耐えられない……彼にずっとそばにいてほしかった。  
今までなぜこんな簡単なことに気付かなかったのだろう?  
このときになって、初めて私は自分の気持ちに気付いた。  
なら、答えは簡単だ。  
「私は――あなたと一緒にいたい」  
 
今、私はどんな顔をしているのだろう?  
彼は一瞬驚いたような表情を見せたが、すぐに真剣な表情に戻った。  
「あんたが正義の味方なら、さしずめ私は正義の味方のかわいい助手ってところかしら?ヒロインを務める自信はあるわよ」  
さっきの彼のようにわざとおどけた風に言う。  
でも彼は表情を崩さず、まっすぐ彼女を見ている。  
「どう、正義の味方さん?」  
もちろん、私も彼と同じように自分が言ってることなんて絵空事だとわかっている。  
そんな勝手な行動を組織が許すわけはない。  
でも、もし彼と一緒なら、彼がそれを望んでくれるなら、私は迷うことはないだろう。  
私は返事を待った。彼の表情から思案していることが窺えた。  
「一緒にいたいの……私じゃ駄目かな?」  
不安を振り払うように、もう一度自分の気持ちを伝える。  
すがるような表情で彼の顔を凝視する。  
すると彼はふっ、と表情を崩し笑顔を見せた。そして二人の間にある空のコーヒーカップを手に取って立ち上がった。  
「悪いな、変な冗談に付き合ってもらって。戯言と思って忘れて――」  
流しで二つのコーヒーカップを洗いながら言う彼の言葉を遮るように、私は背後から彼を抱きしめた。  
「あんたが何を見ているのかはわからないけど――私はあなたが好き。」  
自分のしている行動と、発した言葉に顔が真っ赤になる。まさか自分がこんな恥ずかしい台詞を言うなんて……  
Yシャツ越しに彼の体温を感じて、鼓動が早まる。前に回した手が彼の厚い胸板に触れる。  
彼は私のほうへ向き直った。そして両肩に手を置き、私の目をまっすぐに見つめた。  
その表情には、私を穏やかにさせてくれる、彼の優しい笑み笑みが浮かべられていた。  
そして私は――生まれて初めての口づけをした。  
 
「んんっ……ぷぁ、はぁはぁ――」  
私はソファーの上で彼に覆いかぶされていた。  
そして一度目とは違う、お互いの舌を絡めあう強い口づけ彼と交わす。  
彼の唾液と私の唾液が混ざり合って、私の頬を伝って溢れる。  
「ハァハァ……えらく上手じゃない。正義の味方が聞いて呆れるわね」  
息も絶え絶えで、そんな悪態をつく。まだキスだけなのに、もう体が芯から溶けてしまいそうだ。  
「ヒロインに満足してもらわないと、正義の味方も形無しだからな」  
彼は余裕の笑みを浮かべて、私のTシャツを捲り上げ、手馴れた手つきでブラをはずす。  
あっという間に私の上半身は露になった。小振りだが形の良い胸が激しい呼吸のため上下している。  
彼は口づけのときと同じように、激しく私の胸を攻めた。  
「ひぁ!……あうぅ……!」  
手と口での激しい愛撫に耐えられなくなって、私は身をよじって逃れようとしたが、彼の大きな体が覆いかぶさってそれを許さなかった。  
外からもはっきりとわかるほどに、彼女の秘部からは愛液が溢れ、ジーパンを汚していた。  
そして徐々に彼の手が胸からへそを通り、彼女のジーパンの内側に侵入してきた。  
「駄目!そこは……ああああ!」  
「すごいなピジョン、もうこんなに濡らしているのか?」  
秘部に触れた彼の指にはべっとりと透明な液体がついていた。  
「スケアクロウ……私、もう……」  
私は潤んだ目で彼に媚びた。  
 
彼と向き合う形でソファーに座り、ジーパンと一緒に下着も脱いだ。下着にはべっとりと愛液が染み付いていた。  
そして彼のズボンのチャックを開けると、いきりたったものが眼前に飛び出した。  
「うわ!お、思ったより……お、大きいのね。男の人のアレって……」  
その迫力に、思わず素に戻ってそんなことを言ってしまった。  
「俺だってお前の体を見て興奮してないわけないだろ?」  
彼のその言葉を聞いて、ちょっと安心した。  
私はもちろん初めてだったが、彼はそうではないことはすぐわかった。  
全くこっちのこと無知だし、体も決して豊満とはいえない。  
自分から誘っておいてあれだが、もし彼を満足させられなかったら……とずっと不安だったのだ。  
「私の魅力ってわけね」  
私はお高くとまってみせた。  
「じゃあ、そろそろいいかな?お嬢さん」  
そういうと彼は再び彼女をソファーに押し倒し、彼女の秘部に指を這わせた。  
「!ちょ、それは駄目……!んん!!」  
静止を無視して、彼の指は彼女の中に進入してきた。  
そして誰にも触られたことのない内側を犯していく。  
もうソファーの上は彼女の体液でぐしゃぐしゃに濡れていた。  
「お願い……私、もう限界……」  
潤んだ瞳で、愛しい人に懇願する。  
彼は私の秘部に自分のいきり立ったものを押し付けた。そして徐々に私を貫いていった。  
「――いっ!」  
半分くらい彼のものを飲み込んだあたりで、突っ張るような激しい痛みに襲われた。  
「大丈夫か?」  
「だ、大丈夫……平気よ。だから、最後まできて……」  
彼は少し不安そうな顔をしたが、私はそんな彼に口づけした。  
彼がぐっ、と腰を前に進めた。  
ずん、と体の芯を杭で打ち抜かれたような痛みが全身に走った。  
思わず目から涙が溢れ、彼を抱きしめる手に力がこもった。  
最初は痛みが強すぎてわからなかったが、徐々に体が彼のものを受け入れ始め、自分の内側を蹂躙されるような快感を感じ始めた。  
「もう……大分慣れてきたみたい。もっと動いて大丈夫だよ」  
私がそう言うと、彼は私の涙に口づけをして、動きを速めた。  
肉と肉がぶつかる音が響く。甘い口づけをしながら、彼の熱いものを中に感じて――私の初めては終わった。  
 
高かった日はすっかり陰り、あたりは薄暗くなっていた。  
事務所の扉が開いて、彼が紙袋をぶら下げて入ってきた。  
ややくたびれた表情の彼を、彼女は手をひらひらさせながら迎え入れた。  
「で、店員さんの反応はどうだった?」  
「妹のなんだ、って言っておいたが……二度とこんな買い物はゴメンだな。」  
彼は紙袋の中から、女物のジーンズと上下の下着を取り出して私にぽん、と投げた。  
「あはははは!ハードボイルドも形無しね」  
「本当だな。どうも俺はハードボイルドな探偵には向いていないらしい」  
笑って言う彼女の言葉に、彼は自嘲的な笑みを浮かべて答えた。  
「ごめんね。私のほうから誘ったのに。ありがとう、ステキな案山子さん」  
「小鳩さんに満足してもらえて何よりだ」  
「案外、案山子と鳩って相性悪くなさそうね」  
クスクス笑いながら、真新しい下着とジーンズを身に着け、  
「そうそう、まだ肝心な答えを聞いてなかったわね」  
と、立ち上がって彼の顔を覗き込みながら言った。  
「私は正義の味方のヒロインに抜擢してもらえるのかしら?」  
「ヒロインも大変だぜ。悪党に誘拐されるなんて日常茶飯事だ。」  
「そんな時こそ、正義の味方の腕の見せ所じゃない」  
そういって彼の胸の部分をどんっ、と叩く。  
そんな彼女の行動に、彼は微笑んだ。  
そして二人は別れの口づけをした。  
 
 
事務所を出た後、彼女の足取りはいつになく軽かった。  
自分の気持ちに気付いたこと。  
そして何より、その気持ちを彼が受け止めてくれたこと――  
初めて自分の"本当の居場所"を見つけた気がした。  
組織も任務に支障がなければ、末端の合成人間同士が接触したぐらいで事を荒立てたりしないだろう。  
結局、彼は彼女に"好きだ"とは言ってくれなかったが、最後の口づけを彼女はその言葉だとして受け取った。  
心配なんて要らない――そう、彼との時間はこれからいくらでも持てるのだから。  
「今度、服のお礼にあいつの好きなコーヒーでも買ってあげようかな……」  
帰路を行く彼女の背を、沈みかけた夕日が赤く照らした。  
 

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