正樹の無事を確認した後、高代 亨は霧間邸へと戻った。  
最低限のすべき事は済ませた。後は、どこか遠くへ立ち去るだけだった。  
 
 誰もいない筈の玄関をくぐると、2階の方に微かな人の気配を感じる。おそらく、彼女だ。  
そのままリビングを抜け、客間の荷物を手早く纏める。  
カバンひとつで収まる人生は、薄いと嘆くか、身軽と喜ぶべきか。  
 
 すっかり身支度を終えて、最後にとリビングを見渡す。  
部屋の隅には放られた電気コード。感慨深く手にとっては丁寧にたたんだ。  
 ああ、ここから始まったんだよな。もう戻ることは出来ないが。  
 
 ゆっくりと立ち上がると、ドアには霧間 凪が待ち構えていた。  
 
「おい、どこに逃げるつもりだ」  
「まだ決めてないが。…世話になった」  
「それで罪滅ぼしのつもりか?無駄な事をするな」  
「俺の勝手な行動があんた達に迷惑をかけた。これからもっとそうなる。その前に」  
「だからそれが、いらん事だと言ってるだろう!」  
 
 怒りを露わに彼女が歩み寄ってくる。振り上げられる、拳。  
渾身の一撃を甘んじて左頬に受けると、胸倉を強く掴まれた。  
 
 
 首をきめるように締める腕よりも、その眼差しの強さにたじろいだ。  
 
「…何を勘違いしてるんだろうな、あんたは」  
「事実だろう」  
「正樹も綺も、健太郎やオレだって自分の好きなようにしただけだ。  
 それを全部自分のせいだ?何様のつもりだ」  
 
 彼女は更に詰め寄り、鋭い脚払いが一閃する。俺は体重がかかるまま床へと倒された。  
 
 全ての欺瞞は許さない、と揺らぎのない瞳。逃げられない。  
捕われたように、俺はただ見つめ返すだけ。  
 
 張り詰めた、長い刹那。彼女の髪が肩から一筋、音もなくこぼれて頬に当たる。  
その瞬間、電話の着信音が鳴り響いた。7回のコールの後、留守番電話に切り替わる。  
 
「何だよ凪、どこ行ってんだ!?これ聞いたらすぐ病院に来てくれ!正樹が目を覚ました! 
携帯にも連絡入れたからな」  
 
 彼の声が性急に告げると、唐突に伝言が切れた。  
 
 再び漂う、静寂。  
頬をくすぐる髪に目を細めると、彼女は呆れたように溜息を吐いた。  
 
 
 
 締め落とさんばかりの腕を緩めて、デコピンをひとつ。  
思わず顔をしかめると、彼女も同じように苦笑した。  
 
「あんたも馬鹿だな。何かやっただろ」  
「…まぁ、借りてた物を返しただけだ」  
「敢えて詳しくは聞かないけどね。それで心置きなく逃げるつもりだったのか」  
「心置きなく、は酷くないか?」  
「その通りだろ」  
 
 彼女の指がゆっくりと、頬の腫れた跡をなぞる。労わるように確かめた後、らしくなく目を逸らした。  
 
「これは、謝らないぞ。あんたがくだらない事言うからだ」  
「これ位で許して貰えるなら、安いもんだ」  
「許すも何も、逃がす訳ないだろ」  
「俺がいて害はあっても、役には立たないぞ?」  
「あんたに頼みたい事なら山程あるさ。その"強さ"が必要なんだ」  
 
 彼女は指を頬から胸へと滑らせ、とん と軽く突いた。  
その感触に身体が強張り、急に彼女の事を意識する。  
 
 腹に感じる、彼女の重み。彼女の香り、そして眼差し。  
 
 一度自覚すると身体は勝手に反応し、抑えられない。  
硬くなるそれは彼女の尻を押し上げ、あからさまに主張した。  
 
 
 
 何とか隠そうと足掻く程、不自然に汗が流れ出る。彼女はそんな状態に気付き、ほのかに顔を赤らめた。  
 
「…えーっと、その、なんだ」  
「…済まない。悪いが退いてくれないか」  
 やっとのことで告げると冗談のように頭が茹だる。  
そのまま項垂れていると、彼女は気まずく頭を掻いた。  
 
「いや、その、オレは別に構わないけどな」  
「…何が?」  
「何なら、するか?」  
「何をだ!駄目だろ!」  
 
 思わず叫ぶと、彼女は弾けたように爆笑した。  
その振動さえも今の身体には、毒だ。  
彼女を降ろそうとウエストに手をかけると、またひとつデコピンを頂戴する。  
 
「…おい、どこ触ってんだ」  
「えっ!?いや、違っ」  
「冗談だ。あんまり笑わすなよ」  
「頼むから、もうそれ位で勘弁してくれないか…」  
 
 ぐったりと脱力して抵抗を諦めると、彼女はしばらく肩を震わせて笑った。  
 
 
 
 彼女も年頃の娘なんだよな、と初めて見る屈託ない笑顔にぼんやりと思った。  
そんな俺の視線に気付いて、彼女は真顔に戻る。胸に置く手を軽く握り締めて囁いた。  
 
「なぁ本当の所、何が駄目なんだ?相手がオレだからか?」  
「だからそうじゃなくて…」  
「…他に好きな奴がいる、からか」  
「……いや」  
「嘘だな。まぁ、それだけじゃなさそうだけど」  
「だから、そういうのは簡単にしたらいけないだろう」  
 
 何を言い出すんだ、と内心焦りながら答えた。今もそれは硬さを増し、懲りなく熱さを伝えてくる。  
本当に辛抱堪らん。助けてくれ。  
意地でも彼女を退かそうとすると、彼女は両脚に力を入れてへばり付く。  
そして片眉を微かにあげて、意味深に溜息を吐いた。  
 
「オレはあんただったら、別にいいと思ったんだけどな」  
「あまりからかわないでくれ。本当にキツイんだ」  
「からかってないさ。…あんたの身体に触りたい」  
 
 強い眼差しはそのままに、縛りの言葉を紡ぎ出す彼女。その長い髪に、指に、絡め取られて沈んでいく。  
 
「もう1度聞く。…オレでは駄目か…?」  
 
 俺は衝動に突き動かされるまま、彼女を抱き寄せて陥落の証を唇に落とした。  
 
 
 
 歯と歯がぶつかる、激しい口付け。  
求められるまま舌を絡めると、頭の芯から痺れていく。  
 
 忙しなく空気を求めては位置を変え、そのたび境界線は深くなった。  
聞こえるのは、荒い息遣いと淫らな唾液。  
 流れる髪を掬いあげ、彼女の首筋に手を滑らす。小さな喘ぎを漏らし、しなやかに弓反る背中。  
離れた唇からは妖しく名残の糸が光り、二人の胸の間へ落ちていく。  
 
「…本当に、知らないぞ。やめろと言われても止めないからな」  
「大丈夫だ。あんたがどんだけがっついても、オレなら壊れないさ」  
「がっつくって…」  
「まぁ、こっちも遠慮はしないからな」  
 
 彼女は不敵な笑みを浮かべて、ツナギのファスナーに手をかける。  
焦らすように降ろしていくと、徐々に露わになる白い肌。  
思わず手を伸ばしツナギを肩から剥がすと、抑えられてた胸がふるん と揺れた。  
 
 華奢な肩、細い腰。だが鞭のようなしなやかな筋肉が覆う、躍動感溢れる身体。  
俺は彼女の腕を首にかけると、そのまま抱き上げて客間へと移動した。  
押入れを開けて、敷布団を乱暴に引き出す。畳に放られた布団を見て、彼女は目を丸くした。  
 
「…なんでわざわざ、そこまで」  
「あのまま床だったら、俺はいいがあんたは痛いだろう?」  
「ぷっ、…駄目だ、耐えられない…ぷはははっ!」  
「…俺だって恥ずかしいんだから、笑うなよ」  
 
 布団の上にふわりと彼女を降ろすと、俺は引き寄せられるまま彼女の笑い声を肩で聞いた。  
 
 
 しがみ付く腕はいつまでも震え、まなじりには涙すら浮かべる彼女。  
いい加減居たたまれなくなって、俺は唇で笑いを遮った。  
 
「そろそろ止めないと、本当に襲うぞ」  
「ん?ああ、悪い。でもなぁ…あんたいい奴だな。普通そこまで気がまわらないだろ」  
 
 彼女は啄ばむように口付けを落とし、俺のタートルシャツを捲り上げる。  
首から引き抜かれると傷だらけの上半身が露わになった。  
その傷跡を愛しむように、ひとつひとつ指でなぞり、舐める。 
少しずつ、確実に灯される快感に息が上がった。  
 
 彼女の指がベルトにかかり、下着も全てあっけなく脱がされる。  
抑えがなくなって痛い程張り詰めるそれ。そこに刺さる彼女の視線に、今更ながら恥ずかしくて項垂れた。  
   
「何照れてんだよ」  
「これで照れない方がどうかと思うぞ…」  
「こんなになっといて、何を今更」  
「だから、そんなまじまじと見ないでくれ」  
 
 視線から逃れる為に、彼女のフロントホックに噛み付き引き剥がす。  
スライドした金具は勢い良く外れ、たわわな胸がこぼれた。  
柔らかなそれに顔を埋めると、びくんと反応する身体。  
首筋に、耳に指を滑らせ彼女の逃げ場を塞ぎ、胸を貪る。  
下から舐め上げて口に含み、舌で吸い上げ甘噛みすると応えるように硬く震える頂き。  
 
 隙を狙ってショーツも脱がすと、それは微かに濡れて糸を引いていた。  
あ、と真っ赤になり俯く彼女。  
   
「…何、照れてるんだ。今更」  
「…前言撤回。あんた、いやな奴だ」  
 
 軽く殴ろうとする腕を捕らえて、俺は拗ねる唇に口付けをした。  
 
 
 
 鼓動を確かめるようにきつく抱きしめる。  
彼女の指は俺の髪に触れ、首筋から肩を辿り筋肉をひとつひとつなぞった。  
 
「ちゃんと"使われてる"筋肉だよな」  
「そうか?それはあんたの方だろ」  
「オレも多少は鍛えているけどさ。やっぱり"女"ってハンデがな…」  
「少なくとも俺と勝負して、どっちが勝つか判らない程度にはあんたは強いと思うぞ」  
「例えば、こうか?」  
 
 いきなり指を伸ばし、彼女はいきり立つそれを握った。  
不意打ちの刺激に思わず声が漏れる。  
彼女は俺の反応を満足げに見下ろすと、そのまま口に咥え込んだ。  
暖かい中に包まれて、ベルベットのような舌で嬲られる。  
彼女の長い髪を掻きやると、挑むような眼差しとぶつかった。  
 
 煽られて売られた勝負ならば、逃げる訳にはいかないだろう?  
 
 彼女の身体を反転させ、潤みを帯びる中心へ口付ける。  
逃げる脚を押さえつけて夢中で啜ると、彼女は咥えたまま喘いだ。  
襞を開いて覗く突起を舌で抉るたび、ぴたりと閉じていた入口は柔らかく緩み、潤みを吐き出す。  
 滴り落ちるそれを指に絡ませて、内に差し入れる。  
吸い込まれるように1本、2本と増やしては内壁を丁寧に確かめた。  
 
 やぁっ、と一際高い喘ぎを上げて、彼女は俺のを手放す。  
それを合図に、彼女の身体を下敷いて有無も言わさず突き立てた。  
 
 
 あまりにきつい締め付けに、まさかと身体が強張った。  
彼女は眉根を寄せて俺の肩にしがみ付き、確かに痛みを堪えていた。  
 
「ん、ちょっとキツイ、かな」  
「…どうして」  
「別に気にするな。オレがしたかったんだから。…あ、でも少しこのままで、待ってて」  
 
 彼女は力なく笑みを浮かべ、俺を引き寄せる。  
堪らなくなって彼女を思いっきり抱きしめると、苦しい馬鹿、と文句をひとつ投げつけられた。  
 彼女の髪を梳き、口付けを落とす。  
舌はお互いの口内を戯れに動き、名残の糸を彼女がぺろんと舐め取った。  
猫のような小さな舌は、俺の耳も甘噛みして囁く。  
 
「もう、いいよ」  
 
 甘美な囁きは脳天を直撃し、目の前が真っ白になった。  
彼女の指が俺の胸を滑り、そして とん、と軽く突く。その感触で堰を切ったように、彼女を攻め立てた。  
 
 何度か抽出を繰り返すうち、彼女の腰が苦しそうに浮いているのに気づく。  
傍にあった枕を腰の下に敷いて角度を調整すると、動きは格段に  
スムーズになり、彼女は照れてデコピンをお礼にくれた。 
 深く突き立てては、突起に擦り付けるよう掻きまわす。  
揺れる胸に誘われてかぶりつくと、彼女は俺の肩に快感の証をつけた。  
 
 喘ぐ彼女を更に転がしてうつ伏せにし、背中から強く抱きしめる。  
長い髪は淫らに乱れ、色づく背中に夢中で赤い花を散らした。  
穿つ水音はいよいよ切なく、俺たちを限界までかきたてる。  
 
 彼女が振り向いた刹那その艶めく唇を奪い、俺は彼女の背中に搾り出して果てた。  
 
 
 
 
 
 どろどろになってしまった背中を綺麗に拭い、力なく項垂れる。  
布団と枕に残る、彼女の破瓜の血。こればかりは、どんな言い訳も許されないだろう。   
 
「気にするなって言ったのに、またぐちゃぐちゃ考えてるな」  
「いや、本当に…済まない」  
「謝ればそれでいいのか?オレがやりたいと言った。やった。そしたらオレは気持ち良かった。…あんたは?」  
「…我を忘れるぐらい、だったよ」  
「だったら言う言葉が違うだろ。礼を言え礼を」  
 
 彼女は俺の頭をぐりぐりと掻きまわして、にっかりと笑った。  
ああ本当に、彼女には頭が上がらない。 
 思わず苦笑すると、彼女は急に面を正しぽつんと小さく呟いた。  
 
 
 
「…なぁ、オレ達は1度、失敗してるよな」  
「……?ああ」  
「だからできる事も、できなくてもやらなきゃいけない事も判ってる。…守りたい人も、な」  
「そうだな」  
「だから、逃げるな。失敗した分も、守れなかった人の分も、な」  
 
 真っ直ぐに訴える、強い眼差し。  
彼女の強さは、そこから来ているのだろうか。  
だとしたらそれは、どんなに脆く、優しく、そして確かなものなのだろう――。  
 俺は込み上げる想いに頷くと、彼女から口付けをひとつ受け取った。  
 
「とりあえず、失敗してへこんでる男の護衛を頼む。  
 あいつの事は少々厄介なんだが、あんたなら大丈夫だろ」  
 
 彼女は簡単に依頼を告げると、俺の手を引き立ち上がる。  
俺は承諾し、そのまま彼女と一緒にバスルームへと歩いて行った。 

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