この生活が、何時までも続くとは思わない。ただ守りたいと思った気持ちに、嘘はなかった。  
 
 
 
 
 
 連日の深夜残業で身体中が悲鳴をあげていたが、それはどこか心地よかった。  
今回のクライアントは"判ってる"奴で、確かな手応えが感じられる。  
少なくとも裏の仕事にはない、充実感があった。  
 家のドアを開けると、遠くから響くドライヤーの音。彼女の音に、思わず身体が強張る。  
愛飲しているバーボンを片手に書斎へ逃げ込むと、椅子に力なく項垂れた。  
 
 九連内朱巳の監視の命を受けて、早2年。  
たとえ今、抹殺命令を受けようと実行は決して出来ない。そんな風に変わり果てた、自分がいた。  
 
 ドライヤーの音が止まる。今日もまた、彼女は自分を強請るんだろうか?  
更に緊張を高めていると、程なくして彼女が書斎のドアを開けた。  
 
 上気した肌で湯上りの香りを運ぶ彼女。危ういそれに、心乱されそうになる。  
 
「今日も随分遅いわね」  
「…ええ。すみません」  
「別に謝んなくてもいいけどね。その分あたしは好き勝手出来るし」  
 
 彼女は溜息を吐くと、こちらへ歩み寄って来た。  
おざなりにネクタイに手を伸ばし、一気に引き抜く。  
ネクタイは小気味良い音を立て、カラフルなボタンホールが露わになった。  
 
「…毎度思うけど、あんた妙な所で洒落てるわよね」  
「まぁ、それが商売ですし」  
 虹の七色になっているそれに、彼女は呆れつつも上から順に外していった。  
 
 紫、藍、青、緑。  
 
 そして誘うように指が頬を滑り、彼女からのキスを唇に受けた。  
 
 
 "裏の仕事"が終わった後、彼女は私に当たるようになった。  
それから始まった、不毛な関係。でもそれを拒むことは、出来なかった。  
 
「…シャワーを浴びたいのですが」  
「あたしが、今、したいのよ」  
「いや、今日かなり汗かいたので」  
「構わないわ。あんたの匂い、嫌いじゃないし」  
 
 ふいに告げられた言葉に、思わず鼓動が激しくなる。彼女は嫣然と微笑み、残りのボタンを外していった。  
 
 黄、橙、そして赤。  
 
 しなやかな指は首筋から胸へと滑りシャツを性急に落としていく。  
はだけた胸に刻印を刻みながら、か細い身体は柔らかくもたれた。  
 
「今更ですが…本当にいいんですか?」  
「何がよ。子供に性欲がないとでも思ってる訳?…それとも、あたしじゃ不満かしら」  
「あの、いやそうでなく」  
 
 口封じのように噛み付かれ、執拗に舌を求められる。こんなにも甘いのに、酷く痛い。  
結局、自分の無力を思い知るだけだ。  
 
「あんただって知ってるでしょうが。"傷物の赤"が本当だってこと」  
 
 暗い光を目に宿し、彼女は忌々しげに吐き捨てた。  
 
 
 任務ある毎に受けさせられる、統和機構の診察がどれ程屈辱的か。 
確かにこの身を以って、知っている。  
 
「ジジイ共に勝手に弄りまわされる事を思えばっ!…どんな奴とだって、どうでもよくなるわ」  
 ぎり、と腕に爪を立てる彼女。そのまま指は手首へと辿り、腕と爪にうっすらと血の跡を残す。  
 
「皮肉よね。学校の連中に吐いた偽装が、実は本当でした、なんて」  
「……ですが」  
「うるさいわね。クソったれな事が多すぎて苛々するのよ」  
 
 彼女は腕の傷を、嬲るように舐めた。じんわりと広がる甘美な痛み。  
何も考えず、この少女に溺れられたなら。そんな出来もしない、虚しい願いが頭を過ぎる。  
 
「だからまぁ諦めて、あたしとしてよ。ね?」  
 
 彼女の投げやりなおねだりに、拒む術を全て失う。  
溜息を吐いて彼女を抱き上げると、ベッドへと運び横たえた。  
 
 
 
 パジャマを剥ぐと、露わになる悩ましい肌。まだ堅さを残すラインと相まって酷く官能的だった。  
服従の証に、キスをひとつ。舌は貪欲に口内をかきまわし、歯列を辿っていく。  
 
 彼女に喰われる自分。それとも、与えられているのか?  
 
 指を肩から背中に滑らせ、彼女を引き寄せる。  
柔らかな身体を確かめるように、たくさんの口付けを落とした。  
 
 頬に、首に、そして胸へ。  
唇が辿るたび、火照りを増す身体。胸の頂きに吸い付くと、微かな喘ぎと共に震えていた。  
 
 夢中になって攻め立てる。  
たっぷりと唾液に濡れる頂きは硬さを持ち、誘うようにてらてらと光った。  
 速い息遣いは甘く、更なる深みへと嵌っていく。  
 
 彼女の爪が、腕の傷を力一杯えぐった。  
痛みに顔をしかめつつ、指を彼女の太腿から茂みへと動かす。  
 
 しっとりと潤うそれに触れると、彼女は一層高い声を上げて果てた。  
 
 
 
 荒い呼吸の彼女をそのままに、サイドテーブルの酒に手を伸ばす。  
頭がくらくらする。こんな事、何度繰り返しても素面では堪えられそうになかった。  
 
「相手を放って酒を飲むとは、いい根性してるじゃないの」  
 
 激しく胸を上下させ、こちらを睨む彼女。  
拗ねた唇も、滲む汗も、どれ程男を煽るか判っているんだろうか。  
 彼女は面倒臭そうに起き上がり、グラスを引ったくった。  
 
「あんたいつも飲んでるけど、美味しいの?これ」  
 無防備にあおって、むせる彼女。  
普段とは違う、少女らしい反応に思わず笑みがこぼれた。  
 
「…馬鹿にしてるでしょ」  
「いいえ。でも子供の飲むものではありませんね」  
 彼女からグラスを取り上げるとカラン、と氷の鳴る音だけが響く。絡み合う視線。絡みつく指。  
 
「これの飲み方は、手の中でゆっくりと溶かして味わうんです」  
 彼女と握り締めたグラスを傾け、それを彼女に口移しした。  
 
「…苦い位で、丁度いいでしょう?」  
 
 溢れた酒は首筋を伝い、彼女の鎖骨で艶かしく溜まっていった。  
 
 
 
 鎖骨を器に、酒と彼女に酔う。どこの官能小説だ、と半ば呆れる自分がいた。  
溢れた跡を丁寧に舐め取り、器から飲み干す時に刻印をひとつ。色付く身体に散る、赤い花。  
 
「…そうね。悪くないわ」  
 彼女もグラスを傾け、にやりと笑う。  
その笑みに不吉なものを感じて後ずさると、勢いよく倒された。 
そして琥珀の液体とともに、咥えられる陰部。  
 
「――――っ!」  
 焼け付くような刺激に、身体中から嫌な汗が噴き出る。  
溢れる酒を巧みな舌使いで掬い取る彼女。  
すっかり舐め取ると、まだ足りないと言わんばかりに搾りたてる。  
根元から先端へ、舌を絡めては何度も吸い込まれた。  
 激しくしごかれるたび、上がる水音が羞恥と快感を煽られた。  
 
 あまりの刺激に耐えられなくなり、彼女を無理やり引き剥がした。  
 
 
 
 勝ち誇るように笑う彼女。情けないが、確かに限界まで追い詰められた。  
 
「勘弁して下さいよ…」  
「いいザマね、スクイーズ。ぞくぞくする位色っぽいわよ」  
 ぐったりと倒れていると、彼女が自分のにあてがった。微かに触れる、お互いの中心。  
 
「…あたしも、もっと気持ち良くして」  
 挑むような眼差しに、囚われる。  
 
「…手加減は、しませんよ?」  
「よく言うわ。そっちこそ先に音を上げないでよ」  
 見つめ合い、宣誓のキスを唇に。そのまま力一杯、彼女を引き寄せた。  
 
 背中を駆け登る快感に、身動きが出来なくなる。彼女の口からも、悩ましい吐息がこぼれた。  
しばらくして、挑発的な彼女の視線とぶつかる。それに応えるように、彼女の腰を激しく揺さぶった。  
 
 彼女の身体を思うまま、貪る。今この時だけは、不道徳だの統和機構だの関係ない。  
 
 揺さぶるたび彼女は跳ね、結合の刺激を強くする。  
ただ深さに物足りなくなり、身体を入れ替え彼女を下敷いた。  
 より奥へ穿つものに、嬌声が上がる。更に、突起に擦り付けるようにかきまわした。  
 
 もっと奥へ。もっと強く。彼女の両脚を肩にかけ、限界まで中に入る。 
脈打つようにうごめく中に、気を抜くと全てを持っていかれそうだ。  
 
「ん、ぜんぶ、だし て」  
 
 甘く切なげな彼女の声に、どうしようもなく煽られる。  
彼女の脚を片方下ろし、捻るようにして抱き寄せた。  
 何度も打ち付けるたび幼い胸は揺れ、快感の兆しを主張する。  
 
 激しく抽迭を繰り返した後、彼女の胸を鷲掴み全てを吐き出して力尽きた。  
 
 
 
 
 
 
 気だるく身体を横たえてると、彼女は恍惚の笑みで微笑んだ。  
 
「まあまあかしら、ね」  
「厳しいですね…精々精進しますよ」  
「どうやって?オカマ言葉を使う男に、寄り付く女はいないわよ」  
「余計なお世話ですよ。あれは色々と便利だから使ってるんです」  
 
 額をごつんとぶつけて、彼女を睨む。彼女は余程面白かったのか、弾けるように爆笑した。  
しばらくそうした後、彼女はベッド脇にあった見慣れないハンカチへと目線を移す。 
 
「あと、そうそう。今回のクソったれな任務でね、可愛い仔犬を拾ったのよ」  
 まなじりに浮かぶ涙を拭きながら、思い出したように、彼女が告げた。  
 
「面白いコで、とっても気に入ったわ。いずれそのコとここを出て行こうと思うの」  
「……そうですか。じゃ、私はお役御免ですね」  
「実は、ちょっと淋しい?」  
「ええ。でもこれからも、見てますからね」  
 
 パジャマを肩にかけ、彼女の髪を梳く。彼女はその手に頬を寄せ、静かに目を閉じた。  
 
「別にこれが最後じゃないけど、言っておくわ。…今まで世話になったわね。ありがと」  
「…らしくないですね。『あたしが世話してやった』くらいの事を言われる覚悟でしたのに」 
「そう?まぁ世話して貰ったし、世話してやった。だから、相殺かしら?」 
 
 そう囁いて、ゆっくりと目を開ける。  
照れ笑いをひとつ残し、彼女は寝室へと帰っていった。 

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