なーにがクリスマス、よ。こちとら、相も変わらずお勉強だっつーの。 
 
 世間では"恋人と過ごす"なんて浮かれてるのに、あたしは今日も予備校でカンヅメだ。 
講習は英語。テキストはご丁寧に「賢者の贈り物」。 
 
"贈り物はまったく役に立ちませんでしたが、2人は幸せでした" 
――じゃねーわよ。 
渡すことすら出来ない、自分の境遇が腹立たしい。 
 
 何度目かわからない溜息を吐くと、隣に座っていた末真和子は呆れた様に軽く笑った。 
 
「藤花…後もう少しだから集中しようよ。気持ちは判るけど、先生睨んでるよ」 
「そうだけどさぁ…」 
 
 前のホワイトボードの方で、一際かたん と大きな音が響く。 
顔を上げると、先生がこちらを見て苦笑いしていた。 
わぁーごめんなさい!と視線をノートに戻すも、胸のモヤモヤは治まりそうにない。 
 
 "恋人と過ごす"なんて誰が決めたんだか。実際は拘束されて、いつもの様に過ぎていく。 
あそこの先生だって、こんな日に講習なんか入れたくなかったろうに。 
 本当にご苦労様、だ。 
 
 懲りずにまた盛大な溜息を吐くと、講義終了のチャイムが鳴った。 
 
 
 
 苦痛の時間は終わったけど、ジレンマの時間はまだ、終わらない。 
ロビーでコーヒー片手に、だらんと脱力した。 
 
「そういえば末真は、今夜どうするの?」 
「私?まっすぐ家に帰って、家族とケーキでも食べるわよ」 
「やっぱりそうなっちゃうか…」 
「所詮高校生なんて、そんなもんよ。それに家族と過ごせるのも、きっとあと何年かだしね」 
「…あたしの場合、おばちゃんになるまで強制一緒ってカンジだけど」 
 
 過保護なお母さんのことが、頭をよぎる。 
本当は先輩をきちんと紹介して、家に連れて来たりしたい。 
でも人の日記を盗み見したり、街で会った時に内緒で後をつけるような人に 
そんなこと、出来る訳がない。 
 
「まぁ、それも親孝行と思って我慢ね」 
「わかっては、いるつもり。なんだけどさぁ」 
 
 残りのコーヒーを一気に飲み干して、紙コップを握り潰す。 
無力だ。理不尽だ。でも、しょうがない。精々お腹一杯食べて、フテ寝でもしてやるか。 
 あたしは覚悟を決めて立ち上がり、紙コップをゴミ箱へ投げ込んだ。 
 
「それじゃー、いっちょ親孝行しに帰りますか」 
「そうね。じゃ、また明日」 
 
 あたし達はひらひらと手を振って、予備校の出口からお互いの帰路へと別れていった。 
 
 
 
 寒い。とにかく、寒い。 
全く来る気配のないバスを待ちながら、噛み合わない歯を鳴らし続けていた。 
 
 末真はさっさとスクーターで帰っちゃったし。 
それにしてもいいな、あれ。免許があれば、いろいろと便利そうだ。 
ただし、ガソリン代をお小遣いでやりくりできるのか、という別の問題がある訳で。 
あーバイトしたいなぁ。 
 
 だんだんと、気持ちがささくれ立ってくる。 
それに寒さのせいで、油断すると垂れる鼻水があまりに情けない。 
 17の乙女が、本当にこれでいいの? 
 
「ううう…寒いよう」 
「じゃ、これでも飲んで暖まって」 
 差し出された缶に驚いて振り向くと、そこには先輩が、いた。 
 
「な んで、せんぱい…」 
「せっかくのクリスマスだしさ。末真さんに予備校の終わる時間、聞いといたんだ」 
 
 照れ笑いする先輩の鼻も、赤い。 
この寒い中、わざわざ会いに来てくれたんだ。あたしに。 
かじかむ手でコーンスープの缶を受け取ると、じんわりと伝わるぬくもり。  
 やだ、どうしよう。ものすごく嬉しい。 
 
 少しずつ、凍りついた心が溶かされていく。 
突然の幸せをかみしめていると、通りの向こうからバスが到着した。 
 
 
 
 さっきまで落ち込んでたのに、急に浮上する気持ち。 
先輩がすごいのか、あたしがお手軽なのか。 
 
 揺れるバスの中で、繋いだ手。 
コートで隠すように絡めた指が、くすぐったくてにやにやしちゃう。 
バスはあっけなく終点に到着し、また寒さの中へ放り出された。 
 でも、もう寒くない。 
 
「スープだけじゃあれだし、何か買っていこうか」 
「そうですね。あ、新作のプリンまん食べてみたいな」 
「…普通の肉まんにしないか?」 
 
 結局コンビニで買ったのは、先輩用の肉まんとあたし用のあんまん。 
プリンまんは「家に帰ったら甘いもの食べられるでしょ」と先輩に諭されて止めといた。 
ちぇ、ちょっと残念。 
 
 優しい湯気を手に、先輩と並んで歩く。 
この素敵な時間が少しでも長くなるように、と足取りが嫌でも重くなった。 
 前を見ると、見慣れた街並みが広がる。あの通りを抜けて角を曲がれば、家についてしまう。 
 
「あのさ、ちょっと寄り道いいかな」 
「…あたしも、そう言おうと思ってたトコです」 
 
 へへへ、と顔を見合わせて笑う。繋いだ手に力がこもった。 
あたし達はそのまま横にそれて、いつも立ち寄る児童公園へと入っていった。 
 
 
 
 木で出来た、大きな滑り台。その昇った所に、ちょっとした小屋の様なスペースがある。 
2人座ればやっとのそこへ、先輩と並んで腰掛けた。 
 
 ここなら寒風もいくらかしのげて、冷たい視線からも守ってくれる。 
すぐ側に感じる先輩の匂い。どきどきするのに、すごく落ち着く。 
肩にちょっともたれて、そのまま軽くキスをした。 
 
「いつもと一緒で、変わり栄えしなくてごめんな。本当はどこか行けたらいいんだけどさ」 
先輩の申し訳なさそうな囁きに、あたしはううん、と頭を振った。 
 そんなどこかに行くよりも、2人きりなれるここがいい。  
 
 先輩の手が、優しく髪を撫でる。 
彼の胸へ顔をうずめる様にすると、ポケットの異物に気がついた。   
 
「先輩、これ…」 
「ん、ささやかだけど。プレゼント」 
「開けてみていいですか?」 
 
 震える手で可愛いラッピングを解いていく。 
中から出てきたのは、白地にカラフルなドット模様のレザーバンド。 
 すごく嬉しいんだけど、疑問がひとつ。 
女の子にあげるプレゼントって、普通アクセサリーとかじゃないのかな?何ゆえ、これなんだろう。 
 
「…その、さ。いわゆるお約束なのも思いついたんだけど、そういうの宮下、家では大っぴらに 
 出来ないだろ?これくらいだったらお目こぼしして貰えるかなー、と思ったんだ」 
 
 微妙な表情を察して、先輩が困ったように説明する。 
その姿にぐっと込み上げてきて、バンドと一緒に先輩を抱きしめた。 
 
 
 
 力一杯抱きついた後、あ!と肝心なことを思い出す。先輩へのプレゼントを、 
結局何も用意してなかった。 
 
 どうせ会えないしーと拗ねてた自分を殴りたくなる。 
どうしよう。せっかく貰ったのに、何もお返しできない。 
 
 先輩の手がふわりと背中にまわされる。 
見上げると、先輩の前髪が額に触れた。誘われるようにキスをひとつ。 
 
「あの、ごめんなさい……」 
「…何が?あ、もしかして気に入らなかった?それ」 
「そうじゃなくて!そうじゃなくて…実はあたし、プレゼントとか何も用意してないんです」 
「なんだ、そんなことか…。別にいいって」 
 
 安心した様にほ、と息をだして微笑む先輩。 
本当にこの人は。自分の笑顔が、どれ程高い殺傷能力を持つのかちっとも自覚できてない。 
 ワンスマイルでノックアウト。あたし、早すぎ。 
 
 熱に浮かされたように、キスを繰り返す。 
ついばむ様に求めるうちに、だんだんと長く、深く絡み合った。苦しくなって一旦離れると 
名残の糸が2人を繋ぐ。 
 
「ん、そうだな…じゃあ俺の方からプレゼント、ねだってもいい?」 
 
 先輩は悪戯っぽく笑って、あたしの唇をぺろん、と舐めた。 
 
 
 
 先輩の腕が、ゆっくりと首筋を辿っていく。 
ひやりとしたそれに、心と身体がそれぞれ別の意味でぞくぞくした。 
  
 ぷ、プレゼントって、アレですか!? 
先輩とは最近べろちゅーとかするようになったけど、それ以上のことは、まだしてない。 
  
 そんな嬉しいんだけど、いろいろ準備っていうか、心構えというか、あっ耳を舐められた! 
や、恥ずかしい、けど気持ちいいっ。 
 頭の中はパンク寸前で、真っ赤になって震えていた。 
 
「その、……触っても、いいかな」 
 
 囁くようなその問いに、ただ頷くことしか出来ない。 
先輩はあたしの手を絡め取って、はぁ と息を吹きかけた。 
 
「手、冷たくてごめん。嫌だったらちゃんと言って」 
 
 その手の大きさに、少し安心する。あたしも先輩の手に息を吹きかけて微笑んだ。 
ああ、もう。本当に好きだなぁ。 
 
 腕を首へとまわして、甘えるようにキスをする。 
先輩は優しく受けた後、ゆっくりとダッフルコートの留め金を外していった。 
 冷たい空気が流れ込んでくる。 
でも身体はより感覚を鋭くし、彼の手によって火照っていく。 
 
 先輩の手がセーターをめくり、直に背中へ触れた瞬間、思わず首にまわした腕に力が入った。 
 
 
 
 ぬくもりを馴染ませる様に、触れたまま動かない手。 
最初は冷たさに驚いても、だんだんと慣れてくるうちにもどかしく思えてきた。 
 
「もう、大丈夫ですよ。寒く、ないです」 
「…そんなこと言っていいの?知らないよ」 
 
 先輩は嬉しそうに笑って、頬から首筋へ唇を滑らせる。 
背中に添えられた手は、あろうことかブラのホックを外してしまった。 
 
「――――っ!」 
「ほら、本当にいいの?止めないよ俺」 
「〜〜っ意地悪だ!判ってるくせにっ」 
 
 なけなしの精一杯で睨むと、先輩はお構いなしにご機嫌でキスをくれた。 
何か、ものすっごく悔しいんですけど! 
 
 悪戯な指はじりじりとお腹の方を辿り、もう片方は肩へ触れてブラの紐をするりと落とす。 
中途半端にずれてセーターが直に胸にあたり、その感触に息が荒くなる。 
 耳には吐息と唇を。胸にはセーター越しに触れる指。 
優しく包むように触れたかと思うと、探るように先端を辿る。 
 お腹をうろうろしていた片手も、上へと滑らせ掬い上げる様に胸に触れる。 
 
 セーター越しでもはっきりと判るくらい硬くなった先端を、先輩は屈んで直接口に含んだ。 
甘い痺れが全身を駆け巡る。ぺちゃ、とあがる小さな水音に恥ずかしさと気持ちよさで、 
変になってしまいそうだ。 
 
 もう力が入らない。壊れたようにがくがくと震えるだけ。 
先輩の髪が鼻に触れた途端、あたしは思わずくしゃみをした。 
 
 
 
 はっとなった後、気まずそうにブラを直す先輩。 
手早くセーターを下ろし、ダッフルの金具を留めて、あっという間に表面上は元通りになってしまった。 
 
「ごめん…ちょっと調子に乗りすぎた」 
「そんなことないですよ。でも、どうして」 
「俺の我侭で、風邪引かせちゃまずいだろ」 
「大丈夫ですってば。っていうか…」 
 
 別の意味で、全然大丈夫じゃない。 
すっかり蕩けさせられた身体は、力が入らないだけじゃなく引かない熱を持て余していた。 
 どうしてくれよう、この男。 
 
「悪かったって。でもプレゼントありがと。とっても、よかった」 
 
 だから、どうしてそう煽る!? 
傍らのバンドを握り締めると、行き場のない感情の暴走にふっと眩暈がした。 
 
 
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――― 
 
 
――…やあ、久しぶりだね、竹田君。バンド、ありがとう。 
――…ああ久しぶり。藤花とお前、両用にと思ったんだけど、判ってたか。 
――本当に君は優しいね。残念だが、僕は何もお返しできないよ。 
――いいんだよそんなのは。藤花にすっごいの貰ったし、…そうだな。またこうして話したい。 
   それでいい。 
――そんなでいいのかい?ただ、案外それは難しいおねだりかな。 
――そうか。まぁ、気長に待つさ。 
――ご期待に添えるか判らないけど、それじゃまた。 
 
 
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――― 
 
 
 
 
 目がチカチカして、うまく息が吸えない。 
あまりにテンパってて軽い過呼吸を起こしたみたいだった。 
意識して深呼吸をする。少し落ち着いて先輩を見ると、何か物言いたげな顔をしていた。 
――何か、変なの。 
 
「先輩?あたし、本当に大丈夫ですから」 
「…そっか。じゃ、もう遅いし帰ろう」 
 
 軽く伸びをしてゆっくりと立ち上がる。 
暖められた空気が一気に逃げて、改めて外の寒さを実感した。確かにあのまましてたら、 
本当に風邪でも引いてたかも。 
 
 つくづく先輩って余裕で、正しくて、ムカつく。 
あたしはいーっと先輩にしたあと、勢いよく滑り台から滑り落ちた。何だ?と疑問を浮かべた顔して 
先輩も後から降りてくる。 
  
「先輩…いつか、キッチリ責任とって貰いますよ」 
「んなっ!?もしかして思いっきり怒ってる?」 
「そうじゃなくて、だからそうで、あーっもう!とにかく、次はいつ会えますか?」 
「そうだなぁ…今度MCEの新しいビルでも見に行くか」 
 
 頭をかきながら、どこかとぼけたことを言う先輩。でもいいや、今日先輩からはいろいろ貰ったし。 
おかげで眠れそうにないけれど、それも多分、幸せな夜だ。 
 
 
「期待して待ってます。…それじゃ、今日はありがとうございました。先輩も、いい夜をね!」 
 
 あたしは素早くキスを奪うと、家へと一目散に駆けていった。 

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