肩に触れる空気の冷たさで意識が浮上する。  
レースのカーテンの向こうは、既に深い闇に沈んでいた。  
 
 ベッドの左側をまさぐるとそこに紙木城直子の姿はなかったが、微かにぬくもりが残っていた。  
残り香をかき集める様にしてうずくまる。  
 甘く、少し切ない余韻。  
やっぱり好きなんだよなぁ、とガラにもなくしみじみ想う。  
 
 ぼんやりと辺りを見回すと部屋のドアは開いていて、そこからリビングの灯りが柔らかく差し込んでいた。  
 
「キムくーん、起きたー?一緒にシャワー浴びよっ」  
 バスルームの方から水音と彼女の元気な声が聞こえてくる。  
その声に誘われるように、おれはのっそりと歩いていった。  
   
 途中、テーブルに並ぶ料理が目に入る。  
肉じゃがはふんわりと湯気が立ち、所狭しと並んだ色とりどりの小鉢。  
特に気張った風でない、普通に美味しそうなそれらに彼女の凄さを垣間見る。  
 一体、いつの間に。本当に、頭が上がらない。  
 
 バスルームのドアを開けると、彼女は髪を洗っていた。  
「お疲れさんみたいだったけど、よく寝れた?」  
「お陰様でぐっすりっスよ。あ、髪洗いますよ」  
 
 髪に指を絡ませると、彼女はおれに軽くもたれた。  
 
 
 ふわふわに泡立つ、明るい色の長い髪。そのとろけそうな感触が、おれの密かなお気に入りだ。  
 
「やっぱキムくん違うな。美容院の人より上手かも」  
「そりゃ、愛がこもってるから」  
「よく言うー。口も上手だね」  
「この溢れんばかりの気持ちが、解んないスかね?」  
 お互いに ぷ、と噴き出す。おれはシャワーを手に、泡をきっちり洗い流した。  
 
 そしてトリートメントを馴染ませる。毛先から少しずつ、丁寧に。  
しっとりと艶めくそれに、どこか後ろめたい官能を感じるおれは変だろうか?  
指に柔らかく絡みつく髪。このまま囚われていたい気持ちになる。  
 そんな思いも知らずに、彼女は無邪気に目を閉じたままだ。  
 
 たっぷりと感触を堪能した後、簡単にまとめてクリップで留める。  
そのまま悪戯をするように、指を首筋へ滑らせた。  
 
「んー、おイタは駄目よん」  
「折角だから、身体も洗わせて下さいよ」  
「キムくんのは気持ちいいんだけど、気持ちよくなっちゃうから困るのよ」  
「そんなに褒められると、腕によりをかけたくなるな。このゴッド・フィンガーで」  
 大げさに指をわきわきと動かすと、彼女は爆笑しながら後ずさった。  
 
「うわ、目が怖いって」  
「いい仕事、しますよ?」  
 おれはスポンジを取ると、ボディーソープを盛大に泡立てる。  
その泡だらけの手を、彼女は苦笑しながらゆっくりと自分の方へと導いた。  
 
 
 
 悩ましいうなじ。たおやかな背中。細いけれどしなやかで、まるで猫のようだ、と思う。  
 
 おれはスポンジを肌に触れないよう滑らせて泡を塗り、じっくりと指で彼女の身体を辿った。  
首筋に、肩に、背中に。焦らすような指が滑るたび、上気した肌が覗き微かに震える彼女。  
ん、と小さく漏れる声にじわじわと煽られる。  
 
 後ろから抱きとめるように引き寄せ、スポンジをぽふっと胸に置く。  
指で丁寧に泡を広げ、掬い撫でるように辿ると、一層仰け反る喉元。  
 
「先輩、すっごいやらしい顔してるな…」  
「…だって、気持ちいいんだけど、何だか焦らされてて、つらいの」  
「そこが職人のワザでしょ」  
「自分で言うかな…もぅ……んっ」  
 
 たわわな胸の重みを楽しみつつ、スポンジを彼女の腰へと落とす。 
固く閉じられた腿に乗るスポンジはそのままに、胸を執拗に攻めたてた。  
柔らかな胸の頂はだんだんと形を変え、確かな感触を伝えてくる。  
   
 普段の「それ」の時とは違い、あくまで優しくじりじりと触る。  
いつからだか決めていた、お風呂でのおれルールだ。  
   
 辿る指に煽られても、こもる熱の逃げ場がない。  
その拷問めいた気持ちのよさに、耐える彼女の顔はまた、格段に魅せられる。  
 
 くすぐるように彼女の耳を舐める。震える膝は力をなくし、スポンジがぽとん、と彼女の足元へ落ちた。  
 
 
 
 抱えてた彼女の身体をずらし、横抱きにする。  
彼女はのぼせたような荒い呼吸で、ぐったりとおれの首にしがみ付く。  
 上気した肌に纏わり付く泡が、この上なく官能的だ。  
 
 おれは落ちたスポンジを拾い上げ、彼女の腿から膝裏、足首へと滑らせる。 
そして足の指を、1本ずつ捕らえた。探るように、焦らすように。  
 
 やぁっ、と彼女は喘ぎ声をひとつあげ、おれの肩を噛んだ。  
甘やかな痛みは熱を集め、困ったことにおれのものを更に元気にする。  
張り切って自己主張するそれに、彼女は気づいて軽く触れた。  
 
「あたしばっかりじゃあれだし・・・キムくんも洗ってあげる」  
 おれの胸にもたれながら、ふらふらと手は彷徨う。  
スポンジを取り上げると、肩から背中へ彼女の指が力なく行き来した。  
 
「何か、くすぐったいっスね」  
「仕方ないでしょ。誰かのせいで力が入んないんだから」  
「それじゃ力の入る洗い方で、お願いしようかな」  
「…それって、とってもえっちぃ方法でしょ」  
「さて、どうでしょう?」  
 
 向かい合って見詰め合うと、彼女はむー、と口を尖らせた。  
ちょっと怒ったように、スポンジでおれの胸を叩く。やばい。マジで可愛い。  
 
 おれは衝動に突き動かされるまま、力一杯彼女を抱きしめた。  
 
 
 
 泡まみれの胸が、密着する。  
彼女を膝で押し上げて、がくっと揺らすと魅惑の弾力がおれの胸を洗った。  
 
 求めるまま、貪るように何度も揺らす。  
そのしなやかな肢体のスポンジからは、揺らす度に泡が流れ胸だけでなく、 
腿やおれのものも、悩ましく洗った。  
   
 耐え切れなくなった彼女が、手を伸ばしておれのものを彼女のへあてがおうとする。  
それを遮るようにおれは膝を開き、下から指を滑らせ彼女のひくつくそこへ触れた。  
 
 暖かく、しっとりと誘う場所。  
泡とは違うぬめりを指に絡ませ、ひとつひとつ確かめるように辿る。  
突起を押さえつつ指を彼女の中へ潜らせると、一層激しくなる呼吸。  
 彼女もおれのを掴み、急き立てられるようにしごいていく。  
 
 普段のそれとは違う、泡の滑りも手伝って刺激はダイレクトにおれの脳天を直撃した。  
負けじと指を動かすと、それに従い彼女の中は柔らかく絡みつく。  
 
 狭いバスルームで反響する嬌声。荒い鼓動。このまま溶けてしまいそうだ。  
 
 彼女の中の更に窪みを指で引っ掻いた時、おれはものを握り締められた刺激で、 
お互いにぶちまけ果てた。  
 
 
 
 すっかり出し切り洗い流した後、彼女を後ろから抱きかかえて湯船に沈んだ。  
盛大に溢れるお湯に、思わず「うぃー…」と親父くさい声が漏れる。  
その声に彼女が息だけで笑った。  
 
「それにしても…」  
「何スか?」  
「キムくん、変な所でジェントルよね」  
「ジェントルって、それは…」  
「いや、だって、どんなに切羽詰ってても絶対直ではやらないでしょ?」  
「…そりゃ結局、自分の為ですよ」  
 
 苦笑いしながら彼女の肩に顔をうずめる。  
そう。実は最初に付き合った女の子とヤッた時に、ブツの回収を しくじって、中身をこぼした事があった。  
 一応事なきを得たが、女の子とはその後ぎくしゃくして気まずいまま別れてしまった。  
 
 もう、あんな思いはこりごりだ。  
 
「遊んで貰ってるんだから、気持ちよくしてあげて、めーいっぱいおれで楽しんでもらう。 
 それが遊び人の最低限のマナーっしょ」  
「高校生の台詞じゃないよ、それ」  
「そうかな?でも、楽しんでもらえれば、おれも楽しいし、嬉しい。結局、全部自分に返ってくるんスよ」  
「何か方向が違う気もするけど、やっぱりジェントルだね」  
 
 彼女は軽く笑うと伸びをして、おれの唇にちょん、とキスをした。  
 
 
 
 暖かい湯の中で、のぼせたように柔らかな身体を抱きしめる。呑気に流れる、幸せな時間。  
ふと、彼女のもう一人の男が頭に浮かんだ。  
 
「これはおれのしょーもない遊び哲学だけど、先輩はどう?おれと遊んでて」  
「んー…、思いっきし甘えさせてもらってる、かな?ほら、シロくんとはこんなことできないし」  
「いや、でもいつかはヤツと」  
「ううん。何かこう、"侵されざるもの"って感じがするのよ。手を触れることも躊躇われるような、 
 清冽で凛とした、ね」  
 
 彼女は更に頬を染めて、夢見るようにささやく。何だか、ちょっと面白くないな。  
 
「そんなご大層なモンかなぁ…」  
「知らないだけよ。そうね、例えるなら…新緑の桜、って感じかな。伸びやかで、綺麗で、 
 あの弓を射る時のイメージと重なるんだよね」  
「花の桜じゃない所がミソだよな。坊ちゃんにそんな色気ないし」  
「あら、雨上がりの夜の葉桜なんて、ぞくぞくする程官能的よ。…でも本人の自覚のない色気って、 
 ちょっとした暴力よね」  
「まぁそうかもな。不意打ちで、ガツンっとやられる感じだし」   
「そう、それそれ」  
 
 事故にでも遭うようにガツンっとやられて、今に至るってワケか。  
それを言うならおれも彼女に、相当がっつりやられてるワケだが。  
 
 やれやれと溜息を吐いて、おれはだらしなく脱力した。  
 
 
 
 田中のボーヤが、新緑の桜。ならばおれだと何なのか、ちょっと気になるところだ。  
 
「じゃ、おれを例えるとしたら?」  
「そーねぇ、…けやき、かな。それも既に伐られて、バーのカウンターになってるヤツね」   
「…それ、ちょっと酷くないっスか」  
「褒めてるんだよ。みんなを受け止めて癒してくれる、優しい"止まり木"みたいな感じだし」  
 
 ふいを突かれた彼女の言葉に、らしくなくおれは赤面する。  
その様子に彼女は目を細め、両手でおれの頬を包むように触れた。  
 
「本当に、いつもありがとね」  
「…それは、おれの方こそ」  
 
 ゆっくりと、優しい眼差しに誘われるように、キスをひとつ。  
今この瞬間だけは、全てがどうでもいいと思えた。  
何も考えない。ただ目の前の彼女だけで、全てが満たされる。  
 
 甘くて、甘い。  
たとえそれが傷の舐め合いだとしても、別にいい。おれが、この気持ちを本物だ、と思えるから。  
 
 本格的にのぼせそうになり、ふらふらしながらおれ達は湯船からあがった。  
 
 
 
 
 
 バスルームを出て食事をし、彼女のマンションから去った時には既に22時をまわっていた。  
初秋とはいえ、ひんやりと夜風が火照った身体を冷ましていく。  
 
 ちなみに。出された料理は、身体中に染み入るくらい美味かった。  
一体いくつ隠し球持ってんだ、あのひとは。  
 今日も懲りなくガツンとやられる、自分のアホさに苦笑がこぼれた。  
 
 ふと見上げると、灯に照らされ浮かび上がる、街路樹のケヤキ。思い出すは、彼女の言葉。  
 
「優しい、"止まり木"ねぇ……」  
 そんな、ご立派なモンじゃない。  
本気で彼女を好きな筈なのに、田中のことはどうでもよくてせっせと他の女の子とも遊ぶ自分がいる。  
   
 来る者拒まず、去る者追わず。  
この状況を何とかしたいとは頭の片隅で思いつつも、覆そうとするだけの体力も、根性もない。  
 おれは、無気力な博愛者か。  
 
そんな一際バカなフレーズを思い付いた時、ポケットの携帯が着信を告げた。 
相手は、彼女ではない女の子だ。  
 
「"男は痩せこけた犬。いい女の周りを、ただうろうろとするだけ"――は、誰の台詞だったかな」  
 
 おれはそうぼやいて、躊躇いもなく携帯の着信を受けた。 

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