どうしてこんな事をしているのか、俺は未だに判らない。  
ただ少女に出会っただけ――彼女のまっすぐな眼差しに、あてられてしまったのだろうか?  
判るのは、俺のしようとしている事がとんでもなく馬鹿だ、ということ。  
 
 でも、不思議と悪くない気分だった。  
 
 
 
 
 
 
 黒田慎平がそのホテルに着いたのは、まだ陽も高いのどかな午後だった。  
都内に幾つも存在する、いわゆる「一流」と呼ばれる類のホテルだった。  
 エントランスに入って軽く周囲を見渡すと、高い天井に計算されたソファのレイアウト。 
そこから望む外の景色は、完成された1枚の絵画のよう。  
 
「まぁ、何と言うか・・・・・・はまり過ぎだよな」  
 
 すっきりとした、それでいて高い美意識に基づかれたこのホテルは、確かに彼女によく似合っていた。  
もちろん俺だってそれをいいとは思う。だが残念なことに、思う事と相応しいかは、また別の話。  
 普段なら埋没してしまうダークグレーのコートも、ここでは少々悪目立ちしてしまっていた。  
 
 足早にエレベーターに向かい、躊躇わずにボタンを操作する。  
指示階に着いたことを知らせるベルが、妙にクラシカルな響きで思わず苦笑がこぼれた。  
そして目的の部屋へノックをする。果たして彼女は居てくれるだろうか?  
 
 
「本当に来るとは思わなかったわ。・・・とりあえず、どうぞ?」  
 呆れた様な笑みを浮かべ、瀬川風見は部屋に招き入れてくれた。  
 
 
 その部屋は普段、彼女が家代わりに使っている物の一つだった。  
充分な広さを誇るそれだが、非常識な程ではない。  
「女優がスイートを使うなんて、ありがち過ぎて下品極まりないでしょ」とは彼女の弁だが、 
そんな所も好ましいと思った。  
 その彼女が俺にコーヒーを勧めつつ、溜息をつく。  
 
「連絡もらった時も念を押したけど・・・どうなっても知らないわよ」  
「判ってる」  
「それで私にまで累を及ぼす事になっても?」  
「君にはすまないと思ってる」  
「そこまでする、何か意義みたいなものがあるのかしら」  
「いや・・・ただの感傷かもな」  
「馬鹿ね」  
「馬鹿だな」  
   
 香り高い湯気の向こうで、揺れる眼差し。  
それが何なのか、敢えて問いたいとも思わない。彼女も、言わない。  
 
「俺も調べた。でもブラックボックスが多すぎるんだ、あの施設は。ゲートが5重、 
 そして番人のチェックまでは判る。その先、"薬品室"まではどうすりゃ辿り着けるんだ?」  
 彼女は、何も言わない。  
 
「だから・・・教えて欲しいんだ。"瀬川のお嬢さん"・・・?」  
 
 かちり、とカップを置く音だけが響いた。  
 
 
 
 瀬川風見が身に着けているのは、ベルベットのタイトなスーツ。  
その濃紺のしっとりとした艶と、滑らかな白い肌の対比が、目に痛いほど鮮やかだった。  
 彼女がほっそりとした指を耳に滑らせ、サファイアのピアスに触れる。  
 
「ここで・・・例え私が教えなくても、止めないのよね」  
「そうだな」  
「中枢に報告するかもしれないのに?」  
「それで君の安全が守られるなら、そうしてもらって構わない」  
 伏目がちに、ピアスを外す。  
 
「そんな事しても意味がないって判ってるくせに・・・思わせぶりなこと言って」  
「本当さ。こんなつまらない事で、いい女を失うのは惜しい」  
「それも探偵としての矜持?」  
「いや、正義の味方として、さ」  
 ふわりと彼女の腕が首にまわされる。艶やかな唇に目を奪われた。  
 
「・・・小鳩ちゃんが悲しむわね・・・・・・」  
「その時は君が、慰めてやってくれ」  
吸い寄せられるように、その唇にキスをひとつ。  
「本当に仕様がない男・・・」  
 
 噛み付くような深いキスとともに、彼女は俺のネクタイを一気に引き抜いた。  
 
 強引に割り込んでくると思えば、やんわりと逃げる舌。戯れるようにお互いの中を行き来する。  
そのゆっくりと味わうものと対照的に、指は性急にボタンを外していく。  
長い長い口付けの後、二人を繋ぐ銀色の糸が俺のはだけた胸に落ちた。  
 
 糸の跡を慈しむ様に、彼女は唇を滑らせる。胸、首筋。そして思いついたように甘噛みをする。  
 
「本当に・・・このまま私が殺してあげようかしら」  
「それも悪くないな」  
   
 彼女の薄い耳たぶをぺろんと舐めると、らしくなく彼女は赤面した。  
ああ、それは反則だろう。そんな顔されると後戻り出来なくなる。  
   
 髪に指を絡め、もう一度口付けを。  
折れそうな首筋を辿り、鎖骨とベルベットの感触を堪能する。  
ジャケットの下は光沢のあるシルクのブラで、その刺繍など余計な物がない、シンプルな色気に 
彼女を感じた。  
 肩を滑るジャケット。微かに震えたのは気のせいか。  
   
 ゆっくりと彼女がベッドへと促す。その背中に腕をまわし、俺達はそのまま縺れるように倒れこんだ。  
 
 
 
 何も言えない。何も、言わない。急かされる様にお互いの衣服を剥ぎ取ってゆく。  
 
 あらわになった胸に指を這わせると、彼女は小さく喘いだ。  
悩ましく揺れる眼差しに誘われる。淡く色づく頂を口に含むと、微かに漂う女のにおい。  
   
 悲しさが流れてくる。その傷を癒すように丁寧に丁寧に舐めた。  
首筋に、肩に、手首に、指に。胸に、脇腹に、そしてまぶたに。  
 包み込むように手を滑らせながら、舐めていく。  
   
 彼女の手が背中に触れる。伏せられたまつげが震え、白かった肌が徐々に色づいてゆく。  
 
 綺麗だな、と思った。例え作られた贋物だとしても。  
この行為に全く意味がないのだとしても。  
 それでも荒くなっていく呼吸や、潤むまなじり、汗ばむ肌を唯一のものだと思えた。  
俺も、彼女も、まがい物だ。だから、何だ?  
 
 彼女の指が背中を滑り、尻から俺のものに触れる。  
「・・・私にも、触らせて・・・?」  
 
 甘い囁きが、耳元をくすぐった。  
 
 
 
 俺の腹にまたがり、髪を振り乱しながら頬張る彼女。この上なく官能的な眺めだった。  
   
 丹念に舐め上げられたその周辺は唾液が光り、一層感覚を鋭くする。  
太腿を這い、袋のほうへ伸びる指。柔らかく触れるそれとは対照的に、時々きつく吸い上げられる口。  
根元から先の方へ、そして入り口を舌でつついて戯れた後、またその暖かい中へと吸い込まれる。  
 
 そして悪戯を思いついたように、指は袋から更に後ろの方へ滑り、別の入り口をノックする。  
 
「あっ・・・それはっ」  
「可愛いーい声出しちゃって・・・・・・んんっ!」  
  
 悪戯を止めない彼女の太腿を抱え、その根元にキスをする。  
そこは既に充血していて、誘うようにてらてらと潤んでいた。  
 
 掬うように舐めてはつんと尖ったものに擦り付ける。  
更に手で広げて、悪戯された所から順番に、舌で抉るように辿っていく。  
後ろも、周りを覆うものも、潤みを増すそれも、ひくつく突起も。  
 
 夢中になって舐るうちに、彼女は喘ぎ声をひとつあげ、力尽きた。  
 
 
 
「それは反則よ・・・もう・・・」  
 大きく胸を上下しながら、息も絶え絶えに彼女が呟く。  
 
「それはそっちだろう。そこまで触らなくていいのに」  
「でも気持ちいいでしょう?」  
「・・・困ったことに、とっても、その・・・良かった」  
 脱力しきった彼女の体を持ち上げ、腹の上に座らせる。  
 
「今更だけど・・・ちょっと照れ臭いわね」  
 彼女はゆっくりと腰を浮かせ、俺のものをあてがう。  
「・・・・・・だな。確かに」  
 ははは、と軽く笑って見つめあう。照れ笑いが本当に可愛い。  
俺は腰に添えた手に力を入れて、彼女を思いっきり引き寄せた。  
 
 背中を駆け巡る感覚に、一瞬身動きが出来なくなる。  
彼女も胸に置いた手を握り締め、何とか倒れないように堪えていた。  
 はぁっ、と大きく漏れる喘ぎ声。  
俺はその声ひとつにぞくぞくして、変な汗が吹き出てくる。  
 
 少し波が収まるのを待って、彼女が腰を動かし始めた。  
浮かせては深く沈め、擦り付ける様に前後させる。  
彼女が倒れないように左手は腰に、右手は揺れる胸の感触を味わう。  
 
 リズミカルにあがる水音。締め付けられるような呼吸。  
我慢が出来なくなって、俺は起き上がり彼女の喉元に噛み付いた。  
一層密着する身体。彼女も俺の首筋にしがみ付き、貪る様に跳ねる。  
 
 聞こえる鼓動は俺のか、彼女のか。  
求めた舌は濃密に絡まりあい、何度目か忘れた込み上げる快感に  
俺は全てをぶちまけて、彼女とともに果てた。  
 
 
 
 
 
 着替えをしようとYシャツを羽織ると、彼女が背中から抱き付いてきた。  
 
「コードは―――。その後3つ目のゲートを左に潜って―――――・・・・・・」  
 囁かれる裏切りの情報。そして絡め取られる右手。  
彼女は俺の手首に、キスをひとつ落とす。  
 
「首筋に付けるのが王道なんでしょうけど、自分じゃ見えないものね。  
 精々いざという時に、気を取られてしくじればいいわ」  
 
 くっきりと刻印された手首のキスマークに、思わず苦笑いする。  
「それもまた、色男っぽくていいかもな」  
 服を全て身に付けた後、彼女を見つめながらその刻印にキスをした。  
 
「ほら、色男のカフリンクスだ」  
「馬鹿ね」  
「馬鹿だろ」  
 ガウン姿の彼女を柔らかく抱きとめる。  
 
「それじゃ・・・元気で」  
「あなたのこと・・・割と好きだったわ」  
「俺はとっても、君が好きだった」  
「嘘でしょ」  
「どうだろな」  
 
 ひとしきり笑い合いキスをした後、俺は振り返らずに部屋を去った。 

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