いつの間に寝ていたのか、アパートの中を黄昏が染めていた。  
 
 部屋の中にはベッドと背の低い机、他に家具らしい物は一切無い。  
冷めた空気と描き散らかしたスケッチだけが充満する中、辻希美は溜息を吐いた。  
 
「・・・・・・何やってんのよ」  
   
 机に項垂れたまま手元の紙をかき寄せる。描かれているのは彼女の仲間達。  
そしてその殆どが、神元功志だった。  
 
 
 彼特有の揺らぎない決意を秘めた強さと、張り詰めた脆さをもつ眼差し。  
それは決して、彼女に向けられることはない。  
だが敢えて欲しいとも思わなかった。単純に彼を求めるには、余計な事を知りすぎている。 
  
 結局彼を苛む全てから、助ける事も代わる事も出来なかった。 
出来たのはただ寄り添うだけ。そんな、情けない精一杯。  
 
「でも・・・仕方ないの。私は無力な卑怯者だから・・・」  
 彼方を見つめている、決してこちらを向かないスケッチの功志を抱きしめる。 
 
「向き合う事も出来ずに、ただ偶像に縋るだけ。本当に愚かよね」  
 そのまま鉛筆のついた手を、ゆっくりと自分の唇に触れた。  
 
 
 
 目を閉じて思う。この指も、この唇も、彼のものだったらいい。  
ならばきっと大事に大事にして。出来うる限りの優しさで触れるだろう。  
そして彼に安らかな、不安のない眠りをあげたいのに。  
   
 唇から頬、首筋へと指を滑らせる。  
夕闇の空気に粟立つ肌。研ぎ澄まされる感覚に、鼻の奥がつんとなる。  
 
「・・・・・・功志・・・どうしてだろうね・・・」  
 
 彼女の指はひとつふたつとボタンを外し、カットソーの中の下着を 上にずらした。 
顕わになる、胸の形。その控えめな、柔らかな感触を確かめる様に辿っていく。  
 最初はその外側を。そして時折その頂上へ。  
   
 だんだんと苦しくなる息は、快感なのか罪悪感なのか。  
布越しの刺激は徐々に熱がこもり、下から掬い上げつつも硬くなる頂を執拗に責め立てる。  
すっかり形を変えたその頂上に、ずり落ちた下着が触れた途端 、 
 
「っ・・・――――ぁああっ!」  
 
 唐突に訪れた全身が脈打つ感覚に耐え切れず、彼女はその肢体を仰け反らせ力尽きた。  
 
 
 
 荒い息、乱れた胸元。1度達してしまうと、身体は更に貪欲に求める。  
捲くれたスカートに触れ、白い太腿から求める先へと。じんわりとした潤みに思わず苦笑がこぼれる。  
   
 行き場のない、屈折した恋心。  
薄っぺらな見栄で取り繕う心を、嘲笑うかの様に疼くモノ。  
 本当は彼に滅茶苦茶にされたいんでしょ?  
身体中を隈なく蹂躙する、私の他は何も見えてない彼が欲しいんでしょ?  
 
 そう、その通り。潤みを辿りぷくんと主張するそれに触れる。  
 
 左手は脇腹を撫で上げ胸に、右手は潤みとその蕾に。  
布越しから乱暴に擦り付ける。敢えて無骨なその手つきは、功志の手だと思いたいがため。 
たとえかりそめでも、滑稽でも。  
   
 鼓動がやけに耳につく。太腿に、背中に、快感の兆しが駆け巡る。  
右手が潤みに突き立て引っかいた時、左手は功志のスケッチを握り締め2度目の絶頂に声もなく果てた。  
 
 
 
 
 
 
 空を染めるグラデーションは、既に深い藍色になっていた。  
 
「本当に・・・・・・何やってんのよ・・・」  
 気だるく体を起こし、ずれた下着をおざなりに直す。  
机の上には千切れたスケッチと、折れた鉛筆が散らばっていた。  
 
「あー・・・芯も折っちゃってるし」  
 カッターナイフを取り鉛筆を削ろうと力を入れた途端、滑った刃は彼女の指に深く刺さった。  
 
 
 流れる血が、彼女の手首からスケッチの功志へ。  
ぽたりぽたりと描くそれは、禍々しくも美しく―――"オートマティック"のように何故か思えて。  
 
 不意に涙が込み上げる。今まで彼の傍にいたくて吐いた嘘の数々。  
でもこれは、きっと本物だ。だからこんなにも胸を締め付ける―――  
 
「――みっともなく足掻いても、結局報われず朽ちていくだけなのよ。でも、だからこそ・・・祈りたいの。 
 功志・・・だめかな・・・?」  
 
 彼女は血塗れた彼に軽く口付けをして、暗闇の中にいつまでも佇んでいた。 

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