恋愛。およそ自分に相応しくない単語ではある。
だが、例え普通ではない――世界の裏側に関わるような――生活をしていても、
人間である限り、誰かを好きになったり嫌いになったりするのは当然だし、
彼も当然例外ではない。
かつて相棒だったユージンという合成人間がいるが、彼は彼のことが好きだった。
それは恋愛と呼べるような代物ではなかったし、向こうにその好意が
届いていたとも思えない。
結局のところ、誰かを好きになることはあるが、恋愛をしたことはないのだ。
そんなことをするよりは、自分と対等に戦える相手を探す方が、
彼にとっては最優先事項であったというのもある。
だが、性交の経験がないということではない。
任務の与えられていないffに、勝手にうろつかれない様に、
暇潰しの相手として派遣された女性なら何人か抱いたことがある。
それは何も知らない端末だったり、重要度の低い女性の合成人間だったりする。
埋れてしまいそうな位柔らかなベッドに、レインを横たわらせる。
彼女は何も言わなかった。
どうやって彼が彼女を口説いてこの状況にまで持ち込んだのか。
それは二人だけの秘密である。ただひとつ確かなのは、気持ちが
通じ合ってこの状況に至っているというわけではない、という事だ。
始める前にレインは言った。
「キスだけはしないで、他のことならいいけど」
ffは了承した。気持ちが通じ合っているわけでは決してなく、
この女が好きだから抱くわけではないのだから。
首筋に舌を這わせて、反応を確かめるようにゆっくりと行為を開始する。
「あっ……」
吐息の様な声が唇から漏れる。
服の上から形を確かめるようにその身体に触れて、その輪郭をなぞる。
「くっ……」
愛撫というには程遠い触れ方に、レインは眉を顰めた。
唇を噛んで声が漏れないように。
何ゆえ少女はかくも我が強いのか。
殆ど根拠というものがないその強さ、その不遜さ。
初対面の頃からそうだった。
「あ」
彼は思い出したように、いつもぶら下げているエジプト十字架を外し、
ベッドの端へ放った。その際、下卑た笑い声が聞こえたが、
聞かなかったことにする。
彼は表情を変えず、彼女の思ったより柔らかくしなやかな身体に触れ続ける。
そんな様子をもどかしく感じていたのはレインの方である。
この自己中心的な男が、どんな風に女を抱くのか。
多少興味のある事柄であったが、まさか自分で直接確かめるとき
が来るとは流石に予想していなかった。
彼の触れ方は優しくは無いが乱暴でもなかった。
少しずつ触れて、衣服を剥ぎ取り、反応を確かめるように触れる。
首筋に唇が触れて、背筋がぞくぞくする。
ちろりと舐めて反応を伺っている。
少なくとも、独り善がりの愛撫をする気配は今のところない。
と、彼の唇が首筋を通過して、胸の頂点に触れた。
「ふっ……うっ…」
零れ落ちそうな喘ぎを、口の中で噛み殺す。
気持ちが通じてなくとも、この男に対する嫌悪はない。
だから声を出してもいいのだが、やはり癪に障る。
彼もそのことに対して何も言わない。
ただ、この男の端正と呼べる顔に、時折翳りのようなものが
浮かんで消えるのが気になった。
だが、そのことについて言及はしない。
睦言すらなく、ただ何かの儀式のように二人は交じり合う。
この女の歳はいくつだろうな。ふとそんなことを思った。
自分より二つか三つは上だろうとは思う。
身長は向こうの方が上なのがカッコつかないな、などと暢気なことも
考えたりする。身長160cmほどの自分より背の低い女を抱いたことは
一度もない。そして、彼に幼女趣味はなかった。
唇を肌を押し付け、微かに跳ねようとする身体を両腕で押さえ込む。
「ふぅっ、くっ、あっ…んん…」
どうも、向こうも喘ぎが堪えきれなくなりつつあるらしい。
気持ちが通じてなくとも、一度官能の炎に包まれれば、お互いに快楽は得られる。
過去の経験からそれを理解していたffは、彼女の身体に火をつけて、
焦らずそれを炎に育て上げようとした。
好きではなく嫌いではなく、だが愛してもいないし憎んでもいない。
そんな相手でも、どうせ抱くならお互いに気持ち良い方がいいだろう。
意外とボリュームのある乳房を掌に包み、優しく繊細な手つきで揉む。
「ん、んん、んぅ……ふぁ……」
かりっと、自分の指を噛んで、堪えている。堪えようとしている。
吐息が荒くなりつつある。瞳も潤んできた。
我慢するな、とは言わなかった。この女の意地の張り方は尋常ではない。
強引に暴いて晒すより、少しずつ鎧を溶かす方が疲れなくてすむ。
残っていた下着を抜き取り、全裸にする。
太股を閉じるが、彼は焦らず太股を撫で回して、その感触を愉しんだ。
何かが変わったのだと自分でも思う。
イナズマとの二度に渡る闘いの後、何かが変わったのだ。
それが何なのか、冷静に考えを巡らせてみても、言葉には出来なかった。
そして、ビートとのカーメンを巡る戦いの果てに、自分はまだ知らぬ何かを
探すことを自分に課したのだ。
そして今、この女を抱いている。
愛情でもなく欲望でもない、自分でも理解できない何かのために。
彼の抱き方は、冷静であった。触り方も欲望に突き動かされた動作
ではなく、マニュアルで決められた手順を、的確になぞっているという
感じがある。そのくせ、わざとポイントをずらした部分を責めて焦らす
のが、癪に障った。
「くっ……ふっ、あっ…んむぅ…はっ…」
乳輪を指先でなぞって、焦らすように撫で回して、期待が高まったところで
乳首に触れる。
「ふぁぁ…」
もう、声を堪えるのが辛くなってきている。
冷静ということは、こちらの反応を観察する余裕があるということである。
「ご満悦だな」
その言い方は、或いは彼らしいと言うべきだろうが、何かが違っているような
気もする。何か言い返そうとしたのだが、それより先に首筋を再び襲われた。
チロチロと舌先で舐めまわして、強く吸われる。
「やっ、跡が、残る…」
短く抗議するも、唇は既に耳に移動している。
耳を舐められて、耳たぶを甘く噛まれる。
舐められる音が、思考を犯してゆく。
彼は冷静なままである。
耳を舐めながら、胸への愛撫も怠らない。
やわやわと揉みしだかれ、乳首を擦られる。
「ふっ、やっ、ぁぁ、もう、そんなに…だめっ…」
快楽に溺れる。何もかも忘れて愛撫に身を委ねる。
男に抱かれるのは久しぶりだが、ここまでの快感は絶えて久しかった。
そんなことをしていられる立場ではなかったということもある。
それを差し引いても、この男の愛撫は心地よかった。
心地よいと、感じてしまった。
今時、恋愛感情を否定するのって流行らないわよ。
人間ってのはさ、守るべき相手がいて、初めて強くなれるものなのよ。
結局、あんたには力だけがあって、でもそれを支える理由がないのよ。
要するに、肝心な部分がスカスカなわけ。
わたしに言わせれば、そんな人間は強いとは言えないのよ。
あんたもさ、好きな相手見つけたら?
何時の折だったか、この女にそんなことを言われた事がある。
なんでそんなことに話題が及んだのか、もう覚えていない。
その時、自分はどう答えたのかも覚えていない。
レインの身体は温かくて柔らかかった。
こんな場合においては、普段の折り合いの悪さも気にならない。
耳に舌を這わせて軽く噛む。
首筋をぺろりと舐める。
乳輪を指でなぞって、指の腹で乳首を擦る。
レインは、面白いように反応した。
太股を撫で回して、その感触を愉しむ。
閉じた太股を、少しずつ開かせるように仕向ける。
跳ね回る白い身体の反動は、豪奢なベッドが全部吸収する。
切なげに瞼を閉じて、濡れた吐息を漏らすレインは、正直何処にでもいる
女にしか見えなかった。
或いは、彼女は最初からただの女に過ぎなかったのでは、とも思う。
指先を秘所に伸ばして、しゃり・・・と恥毛に触れる。
指先を下に移動させると、そこは熱く湿っていた。
頃合、だろうか。しかし、何か釈然としなかった。
「朱巳」
初めて彼が、名前を呼んだ。耳元で優しく囁かれた。
「なっ・・・・」
必死にそむけていた顔を、彼に向けてしまった。
腕を首の後ろに回して、逃げられないようにされる。
「キスしようぜ」
いきなり何を言い出すのか。ここまで身体を自由にさせておいて何を
今更と言われるだろうが、人には他人に越えさせてはならない一線というのが
ある。そして今の場合、それがキスなのだ。
「やっ・・・」
抵抗しようにも、首は動かせない。左手は彼の右手が正面から握って
絡んで離せない。右手一本だけでは、体勢的に押しのけることも不可能だ。
「朱巳・・・」
優しく、甘く、彼には似つかわしくない声音で、名前を呼ばれる。
レイン・オン・フライディこと紅連内朱巳は――あっさりと陥落してしまった。
「ん・・・・んっ・・・」
最初は形式どおり、軽く触れ合うだけの口付け。
いつもはこちらを馬鹿にするようなことしか言わない唇も、こうして触れ合う
際になると、柔らかくて愛しく感じる。
舌先を唇の隙間にするりと侵入させる。
「んんっ・・・・んっ・・・・」
レインは――朱巳は拒まず受け入れた。
舌先が触れ合って、その感触が刺激的で官能的だ。
やがて舌先を絡ませあって、舌だけで戯れる
「んっ、ちゅ・・・・ん、ふあっ・・・」
抱きしめて、深く深く口付けをする。
「んっ・・・・んんむっ・・・・ふっ・・・」
何か足りないと思っていたが、やはりこれが必要だったのだと、彼は
自分の行動が正しいことを確信した。
触れ合う舌。唾液を啜りあう。他人の味が官能的で、思考を麻痺させる。
長く長く口づけすると、酸欠で頭の芯がぼーっとする。
堪らない。フォルテッシモことリィ舞阪は、激しく勃起していた。
いつしか彼も服を脱ぎ、お互い一糸纏わぬ姿で睦みあっていた。
こんな風に誰かと触れ合うのは、本当に久しぶりだった。
彼の裸体は、綺麗だった。筋肉質ではないが、無駄な肉も付いていない。
びとく中性的な身体と呼べた。
そして、勃起した肉棒は不釣合いなぐらい、長くて太かった。
「ここが、例のイナズマにやられた場所?」
胸の右の部分を撫で擦る。醜い痣ができていた。
この最強と呼ばれた存在が、イナズマという男に敗北したことを、風聞で知っていた。
「まあな」
彼は、意外にも落ち着いてそれを認めた。肯定したということは、負けたというのは本当
らしい。だが、それも当然という気がした。確かに彼は最強かもしれないが、それは無敵
ということではないのだ。
朱巳はその部分に口付けをした。
「ん・・・・なんだよ」
「んーん、別に」
ぺろりと舐めてやると、びくんと震えた。面白い。
「やめろ」
「あ、責められるの慣れてないんだ。意外と可愛いわね」
くすくすと笑うと、彼はそっぽを向いた。
お返しするように臀部を撫でられた。
「デカイ尻だなぐっぁ!?」
「なんか言った?」
袋をむぎゅうっ・・・・と掴んで尋ねる。
彼は中国語で何か捲くし立てている。謝罪をしている、らしい。
お互いに恥ずかしい部分を撫であって、大分気分がほぐれてきた。
セックスを覚えたばかりのカップルのやりとりだなぁ、などど思ってしまう。
愛撫をして、官能の炎を育て、湿らせる。
柔肌を指と舌で刺激する。敏感な箇所を丁寧に、時に乱暴に弄り回す。
精神を解放させて、享楽に耽る。
好きだとか大好きだとか愛してるとか、そういう言葉にはとんと縁がなくとも、
セックスすること自体は気持ちいい。気持ちが通じ合ってないのなら、お互いの
身体を使った自慰行為なのかもしれないが、気持ちいいことに変わりはない。
ようやく、気分が昂ぶってきた。これなら大丈夫だろうと、自分に確認する。
「ん・・・・んん・・・」
脚を開かせて、濡れた花弁に指を這わせて位置を確認する。
「んー・・・・っっ・・・・」
膣の入り口に亀頭を宛がい、正面からゆっくりと挿しいれた。
「ふっ・・・・あっ・・・・」
朱巳は切なげに眉宇を寄せ、挿入の感覚に耐えた。
溢れ出した蜜が潤滑油となって、さほど抵抗もなく挿入できた。
柔らかな襞が肉棒を擦り立てる。朱巳の膣壁はざらざらとしていた。
「堪らねえな・・・」
ぐぐぅ・・・と押し込んで、先端を子宮の奥にまで届かせる。
「あっ・・・奥に、奥に、当たってるっ・・・」
息を吐いて、悶えるように朱巳が呟く。
「男に抱かれるのは、久しぶりのようだな」
腰を振って、軽く突き入れると、面白いように朱巳は啼いた。
腰を掴んで、欲望の赴くままに腰を振って抽出を繰り返す。
「あっ、やっ、やだっ、もっとっ、あっ、ゆっくりぃっ・・・・!」
こちらの身体にしがみついて訴える朱巳。一旦動きを止めて、
「ちっと離せ」
片足を抱え、肩の上に乗せて、
「えっ、何。どうしてそんなっ・・・あっ・・・」
横から挿入するような形になる。
「やっ、あっ!そんなっ、やっ・・・あっ、あっ、あっ・・・!」
角度を変えて突かれた朱巳は、もう何も言えずただ喘ぐだけだった。
喘ぐ朱巳は正直言って可愛らしかった。肉棒の硬度が増した。
「あっ、またっ、硬くっ、んっ、あっ・・・・ふぁっ!」
朱巳の性器は、熱くてきつくてざらざらとしていて、吸い付くようにモノを
責め立てた。はっきり言って名器だと思った。
正直に言って、そんなに余裕がない。欲望の狂熱に浮かされながらも
何処か冷静な部分がそう分析する。
もう一度正常位に戻して、ぐりぐりと捏ねる様な動きに切り替える。
「んっ、ふっ、んんっ・・・」
朱巳が、堪らないと言った様に背中に腕を回してきた。
ぺろりと唇を舐めると、笑って舐め返された。
「あっ、だめぇ、もうだめっ、あっ、あっ・・・」
ぎゅう・・・と膣が限界を訴えて締め付けた。
「・・・・いくぞ」
短く厳かに告げて、腰の動きをピストン運動にしてラストスパートをかける。
「あっ、あっ、あっ、あぁ!」
次の瞬間、二人の男女はほぼ同時に絶頂を迎えた。
吐き出された精液が、結合部から溢れ出た。
「ふぁぁぁ・・・・」
朱巳が、長いため息のような声を漏らした。
「・・・なんだっけ?」
「どうしたの?なんか忘れてた?」
「何かあったような気がしたが・・・・思い出せん」
「その歳でアルツハイマーなの?」
「言ってろよ。まあ大したことじゃあるまい」
「ふーん・・・ねぇ、このエジプト十字架、はっきり言って趣味悪いわよ」
「・・・・知ってるよ」
「あら、じゃあなんで付けてるの?」
「事情があるんだよ、詮索すんな。つーか返せ」
悪い冗談の様な一夜も、過ぎてしまえば過去のことだ。
その日、フォルテッシモは、某デパートの地下にあるクレープ屋で
ピーチコンボをむしゃむしゃと食べていた。
その隣に、もう一人の男が座った。
片目を前髪が覆っていて、ゲゲゲの鬼太郎のような男を、その名を柊と言い、
オキシジェンというコードネームで呼ばれていた。そして機構の殆どの者が知らない
ことだが、統和機構の中枢(アクシズ)の管理者が、この男なのだ。
フォルテッシモも、この影の薄い、ただの連絡係のような仕事をしている彼が
世界の支配者だとは知らない。だが、以前関わったビートのカーメン探索の件の中で、
この男が中枢で、重要な位置就いている者なのではないか、と思うことがあったのだ。
「中枢が俺に下したカーメン探索ってのは、俺にアレを見せるために仕組まれたことだったんだな」
それが疑問ではなく断定である。オキシジェンは何も言わない。
「お前、俺がこれから何処に行けばいいのか、知ってるのか?」
オキシジェンは何も言わない。虚空を眺めている。
やがて――随分な間を置いて、彼は放し始めた。
【リィ舞阪の奇妙な冒険に続く】