『夜更かし』
深夜の2時を回った頃だろうか。
霧間凪は黙然とテレビを見ている。テレビの画面には、卑猥な映画が写し出されていた。
彼女は眠れなくて暇だったので、綺が寝たのを見計らって深夜放送を見ているのだ。
豪胆ではあっても、彼女とて女である。画面の淫らな映像や音声が確実に凪を刺激していた。平然としているように見えたが、頬がほんのりと、飲酒したように紅潮していた。
「……ん」
凪がかすかに呻く。無意識なので、彼女自身は気が付かない。
息もやや荒くなってきて、唇が自然と開いてくる。
次いで、その手がそっと股間を服の上からなぞる。
「ん……ぁん」
甘い声が凪の口からもれた。彼女は、自分の声に恥じらうように軽く目を伏せた。
しかし彼女の手は、さらに大胆に股間をなぞり、大事な部分を人さし指の先でこすりつけた。
「ふぅ……っく…」
ますます恥ずかしい声をもらし、凪は困惑したような複雑な表情になる。服の上からでも、指の動きが激しくなるにつれて喘ぎが高まってくる。
ややあって凪は深く溜息をつき、ズボンの端をそっと手で持ち上げてみた。見ると、その部分はすでに潤い、下着に染みが出来ている。
凪は恥じらうように視線を巡らしてから、ズボンの両端に手をかけた。とその時、
「まだ起きてるんですか、凪?」
急に声がかけられたので、さすがの凪も仰天した。あわててズボンの端から手を放して、テレビのスイッチもさっと切る。間一髪の差で、パジャマ姿の綺が目をこすりながら部屋に入ってきた。
「う、うん。まぁ……いろいろとね」
引きつった笑いを浮かべながら言った。
凪はきわめて大胆なうえ臨機応変な少女だったが、こうした場面にはとことん弱い。いつもの彼女とも思えぬ、しどろもどろのごまかしだった。
けれども綺は特に疑いを持ったわけでもないらしい。眠そうな目にやや憂いを含んで凪を見つめた。
「凪…徹夜するのはいいですけど、あまり無理すると体を壊しますよ」
その言葉は心からのものであることが感じ取れるものだった。凪もそれを知ったが、今は取りあえず鄭重にお引き取り願う方が先決であった。微笑を浮かべて綺の前に立ち、その肩を両手でぽんぽんと叩く。
「有難うよ。何、オレは徹夜に慣れてるから平気さ。綺こそ夜更かししてないで早く寝な」
「でも…」
「いいから。さ、お休み。オレにはやらなきゃいけない事があるんだ」
「やらなきゃいけない事」が何なのか、凪は無論綺に説明しなかった。しかし、そう言われると綺としては、黙って引き下がる他はない。
「なるべく早く寝て下さいね」
などと言いながら寝室へ戻っていった。
凪はこっそりその後をつけて、綺が無事に寝室に入ってまた寝付くのを確認してから、やっと部屋に戻った。そして、またテレビを付けた。
「ああっ…はぅん…いいよぉ…」
「気持ちいいかい…」
「うん…とっても…」
話の筋はさっぱり読めない。ただシているだけ、のようでもあるが、行為をしている男女がとても愛し合っている雰囲気なのが凪は気に入った。彼女は強姦ものやSMは大嫌いだった。こうした行為は愛と思いやりがなければ本物ではない、というのが彼女の信念だった。
凪はしばし微笑を浮かべてそれを見ていたが、やがてズボンと下着の中にソッと手を差し入れた。
「ん」
軽く呻いて、直にソコに手を触れた。じわり、と滲むような快感が広がる。凪はゆっくりとした淫らな動作で、時間をかけて愛撫を加えた。
空いている方の手を上半身に着ている服の中に差し入れて、乳房をゆっくりと揉みしだいたりもする。
凪はなんだか自分で自分を犯しているような気分になってきた。
緩やかな前戯が終わった頃には、彼女の秘所はすでにしとしとに濡れそぼっていた。
「ふぅ…」
息をついて、凪はそっと立ち上がる。台所へ行って、キュウリを一本持ってきた。
水洗いしたそれをためらいがちに見つめ、そっと口を開いて、つややかなモノを口腔内に迎え入れた。舌を使って舐め回しながら、ゆっくりと口でしゃぶる。自分の姿を男性の股間にかしずいて奉仕している姿と重ね、凪は顔を赤らめた。
ややあって凪はキュウリを口から放し、そっと息を吐くと、腰を持ち上げ、ズボンを下着ごと脱いだ。すでにじっとりと潤っている秘所を恥じらいを含んだまなざしで見つめて、片手をそっとあてがう。その手が、微かに震えている。
ぬめぬめと濡れ光る秘所に、指先を当ててグッと押し付けた。
「んあ…!」
快感が滲み出て、凪は思わず声を洩らしてしまい、あわてて先ほど綺が来た入口に目を向けるが、幸いにして今度は起きて来なかった。それで安心し、指で襞をなぞる。
「ああっ…、ぁう」
凪は声を上げて身悶えた。
緩慢な動作で豆を刺激し、内部にはなかなか指を触れさせない。緩やかに手を動かしているうちに凪はすっかり興奮し、恥じらいを含んで伏せがちな瞳は、淫らな待望で濡れた光を放っていた。
やがて彼女はキュウリをとって、先端を秘所にあてがった。それがソコに触れるとひんやりとした感触がして、まだ入れていないのに陶酔が全身を駆け巡った。
息を詰めて、グイッと突き入れる。
「…ッア!」
先ほどの指とは比べ物にならないほどの快感が突き上げ、凪は快楽の声を上げた。熱く火照った膣内に感じる冷たくてゴツゴツしたキュウリの感触が、恐ろしく心地よかった。
そのまま、子宮の奥をつつき、小さな突起のついている表面で内壁を掻き回す。
「んくぅっ…あッ…くぁ!」
ひっきりなしに口から淫らな喘ぎがもれるが、彼女はもはや気付いていない。強すぎる快楽で全身に鳥肌が立った。
その手はさらなる快楽を求め、出し入れを繰り返す。くちゅ、くちゅ、という淫靡な音がソコから響く。その音までも凪の快楽中枢を刺激し、凪はぎりぎりと歯を食いしばった。
「うッ、イク…ッ…、アアッ!」
やがて凪は絶頂に達し、膣が激しく収縮する。同時に、ソコの奥からどっと透明な液が溢れ、床がびしょびしょに濡れた。
翌朝。
「―――っんっ、と」
凪は大きく伸びをして床から起き上がり、全身に活力が漲る心地よさを存分に味わった。
「凪、おはようございます」
ちょうどその時、綺が入ってきた。白いエプロンを付けている。朝食を作っていたらしい。
「んと…今、何時?」
目をこすりながら凪は聞いた。もう九時ですよ、と綺は答え、
「健太郎さんも来てますよ。朝ごはんももう出来てますから、凪も早く着替えて来てください」
「んー」
のんびりと凪は答えた。
それから彼女は手早く顔を洗って服を着替え、食堂に行った。朝食はもうすでに並んでいて、健太郎が椅子の一つに座っている。
「や、おはよ」
「あんた、一体いつ来たんだよ?」
「七時頃かな」
頭をかきながら彼は答えた。その服や髪がどことなく乱れているのを見て、凪は眉をひそめながら聞いた。
「もしかしてあんた、夕べ寝なかったのか?」
「んーまあ、いろいろとな。でも、あんただって人のこと言えないんじゃないか?」
言われて凪はやれやれと肩をすくめ、テーブルの上の料理に目をやる。目玉焼き、トースト、コーンスープ、サラダなどが並んでいるのだが…。
(……ん!?)
健太郎のサラダをちらりと見た凪は、不意に何かが気にかかり、その皿の中をじっと見た。
「どうかしましたか、凪?」
「何かいたのか?」
いきなり血相を変えてサラダを睨みつけている凪に驚いて、綺と健太郎が声をかけるが、凪はそれにも気付かない様子である。
サラダの中身はごくありふれたもので、生トマト、サニーレタス、キュウリ、などなのだが…。
比較的大きく切ってあるそのキュウリの表面は、『何故か』どことなくふやけている。家にあったキュウリは二、三本しかなかったが、どれもまだ新鮮で、しなびていたりするものはないはずだ。
自分のサラダの中も見てみる。
…ふやけてなどおらず、何の異常もなかった。
「ま、いいや。いっただきまーす」
健太郎が呑気な声を上げながらフォークをサラダの皿に向ける。
(〜〜〜!!!)
凪は心の中で声にならぬ絶叫を上げた。
「わああっ、待て待て待て!」
喚き騒ぎながら凪は健太郎の皿をサッと取り上げた。
「ど、どうしたんだよ?」
訳がわからず健太郎が目を白黒させる。凪は無言で皿を自分のものと取り替え、
「あんたはこっちを食え」
と、取り付くしまもない口調で断言した。
「何だってんだよ?」
「いいから黙って食え!」
凪の顔は真っ赤になっている。
事情を知らない健太郎と綺は何がどうなっているのかさっぱりわからず、不審そうにするばかりだった。
「いただきます!」
憤然と言って、凪はさっさとサラダを片付け始めた。
(トホホ…夜更かしなんてするもんじゃないな…)
自分の味のするキュウリを噛み締めながら、それはそれは複雑な気分になる凪であった。
(終)