反統和機構組織『ダイアモンズ』が、アジトの一つとして使用しているマンションの一室。
合成人間ピート・ビートが浅い眠りから覚めると、彼の横たわる寝台の傍ら、人影があった。
すでに日は落ちて部屋の中は薄闇に包まれており、その姿を見定めることは困難だったが、
その鼓動には覚えがあったので、誰何することもなく影の名を呼んだ。
「パール、か?」
「ご名答。どう、気分は」
空の雲が切れ、月明かりが窓から差し込む。悪戯っぽく光る瞳が二つ、こちらを見つめていた。
妖艶な笑みを浮かべた女、『百面相の(パールズ)』パールだった。
ビートは上半身を起こし、少し動いてみる。鈍痛が身体を縛っているが、それほど酷くはない。
「まあ、ぼちぼちだな。……戦闘は無理そうだが」
馬鹿正直に教えてやることもないと思い、サバを読んだ体調をパールに伝える。
それを聞いて、彼女は満足そうに頷いた。
「そう、良かった。実はね、ピート・ビート、ちょっとあなたを拷問しようと思うのよ。
あまり無理して、傷が悪化したら嫌だなって思ってたとこ」
空恐ろしいセリフを、事もなげな口調でさらっと言ってのける。
「外出したいけど雨が降ったら嫌だな」とか、そんな軽いノリだったので、
危うく聞き逃しそうになり、一瞬遅れて聞き返す。
「なんだと?」
「だからさ、拷問よ。あなた、強情そうだから、体に聞いてみようってワケ」
言うが早いか、パールは体を折り曲げ、ビートの唇に己の唇を押しつけた。
予想外の『攻撃』に戸惑うビートの口蓋をこじ開け、パールは舌を蠢かせて、彼の舌を吸う。
その柔らかく甘い感触に気を取られ、ビートの対応が遅れた。
パールの唾液の味、その異常なまでの『甘さ』を認識したときは、既に状況が変化した後だった。
奇妙な衝動に体が支配されている。感覚が冴える割に体が重い。下腹部に熱さを伴う鋭い痛み。
やっとパールはビートから離れた。寝台のシーツに、染みが一つ二つと落ちる。
口の端から垂れる唾液を拭う彼女の顔には、勝ち誇った笑みが張りついていた。
「ピート・ビート、あなたは知っていたはずだよ?
私が、ある種の化学物質を体内で合成・分泌できる、『マンティコア』タイプの合成人間だって、ね」
「……なにをした?」
ビートの険悪な声などまるで気にせず、パールは講釈口調でこんなことを言った。
「大事なのは、ね、ピート・ビート、『自分に素直になること』なの。
誰だって死にたくない、痛い思いをしたくない、自分に正直でありたい。
私が統和機構を抜けたのだって、自分の素直な気持ちに従っただけなの。
偽りの、取り敢えずの生き方に流され続けて、どうしようも無い状況に陥ってから、
やっとこさ自分を取り戻した、間抜けで可哀想なスプーキー・Eの最後は知っているかしら?
いい? 自分に素直になるの。例えそれが行き当たりばったりの道しか示してなくて、
その歩みが苦境(ディシプリン)の連続だとしても、自分自身を裏切るよりかはマシでしょう?
で、さて、そんな素直なあなたに聞きたいのは――って、ビート、苦しそうね?」
確かにビートの呼吸は荒くなっていたが、パールの言葉はそれを指したのではない。
ビートの股間が、服の上からでも分かるほどに、硬く大きく怒張していた。
やや呆れ顔で、パールはその膨らみに手を伸ばす。
「いや、確かに、今飲ませた『毒』には性欲を活性化させる作用もあるけどさ。
それって二次的なもので、本来は拷問とか、そーゆー外圧からの抵抗力を奪う為のモノなんだけど」
爪を少し立てて、膨らんだ布地を優しく撫でる。そのもどかしい痛痒感に、ビートは眉をしかめた。
「それがこんなになるなんて……普段、よほど抑圧されているのね。それとも、溜まってただけ?
ま、いいわ。苦痛だろうが快楽だろうが、最終的にあなたが素直になってくれて、
あることないこと洗い浚い私に喋ってくれればそれでいいから」
パールは撫でる手を止め、代わりにその手をきゅっと握った。ビートの口から思わず声が漏れる。
「くっ……」
「言っとくけど、余計なことは考えないほうがいいわよ
変な素振りを少しでも見せたら……噛み付いてやるから」
くすくす笑いながら、ビートのモノを取り出し、それを口に含んだ。
何度か舐め上げてたっぷりと唾液を付けると、パールはブラウスをはだけて豊かな胸を露出させる。
二の腕を使って棒を胸に挟み込み、そしてゆっくりと上下運動を開始した。
「ふふ……こーゆーの、経験ないでしょう?」
断定的な口振り。癇に触ったが、事態は深刻だった。
白々と光る肌に包まれた、赤黒い自分の分身。飲み込まれそうな快感がビートを襲う。
感覚は冴えて甘美な触感を余すことなく伝えてくるが、あろうことか、その感覚の乱反射によって、
合成人間ピート・ビートの命綱たる『NSU』の効果が事実上低下している。
パールの体に直接触れれば彼女の鼓動を探知できそうだが、今は指一本動かすのも難しい。
背筋に汗を浮かべてしなやかに動きながらも、その目は油断なくビートの挙動を探っているからだ。
こいつはかなりまずい状況だ、とビートは焦った。
月はまだ輝いていた。
パールは相変わらず胸をビートの股間に押しつけ、彼を快楽に誘おうとしていた。
ビートは瞳を閉じて、それに耐えている。深く、規則的な呼吸を繰り返す。
「……ビート、あなたってホントに強情ね。どうしたって逃げられないんだから、
ちょっとはこの状況を楽しむとか、前向きな発想はないわけ?」
動きを止め、不満そうにパールが言う。自分の思い通りの反応を見せないのが気に食わないらしい。
「あんたとこんなことしたって、別に楽しくねーよ」
半分強がりだと自覚しつつ、そう毒づく。
「……あそう。じゃあ、こーゆーのはどうよ?」
と、パールの声音ががらりと変わった。
「こっちを見て、世良くん?」
聞き覚えのある声。驚いて眼を開く。
そこには、ビートと奇妙な因縁で結ばれた少女、浅倉朝子その人の姿があった。
「てめえ……!」
能力を発揮して浅倉朝子の外見を借りたパールは、ニヤリと笑った。
「世良くん、私となら、楽しい?」
パールはビートの手を取り、そして、身を屈めて先程よりも勢いを増した彼のそれに淡く口付けた。
「すごい、こんなに大きくして……」
亀頭にキスを繰り返し、先端から溢れる粘液を舌ですくい取る。
ぞくぞくするような痺れが脳内を掻き回す。
「世良くん、目を逸らしちゃダメだよ?」
パールはビートの瞳を見つめたまま、フェラチオを始めた。
こいつは浅野朝子ではない、『NSU』が知らせる鼓動も、それを裏付けている。
だが、浅野朝子の姿をした者が、一心に自分のモノをしゃぶっている、そう思うだけで、
訳の分からない感覚が込み上げてきて、ビートの境界は崩れそうになる。
「ふ……ん、くちゅ……気持ちいい?」
ころころした可愛い声で、そんなことを訊く。ビートは答えない。口から漏れるのは呼吸音だけ。
「あら、だんまり? ……でも、ここはびくびくしてるわよ」
パールはまた運動を再開する。わざと湿った音を立て、ビートの意識を乱す。
「ちゅぷ……む、ん……くちゅ、じゅぷ……」
上顎に亀頭を擦り付けられ、唇と舌が執拗に竿へと絡み付く。
温かい感触がビートの内面を這い回り、やがて限界が来た。
「……そろそろだな」
ビートは誰に聞かせるでもなく呟いた。パールの視線がクエスチョンマークを発する。
「あら、もう出るの?」とでも言いたげに、射精に備えてさらに深くくわえ込んだ。
ビートの怒張が跳ね上がり、射精を開始した瞬間、ビートは行動に移った。
パールの頭部を掴み、自分から引き離す。白濁した液が浅倉朝子の顔を汚した。
「な……!」
パールは反射的に攻撃に移ろうとして、体の動きが鈍くなっているのに初めて気が付いた。
鼓動を制御されている……だが、そんな素振りは……?
「呼吸だよ。呼吸だって立派な『鼓動』だ」
ビートはパールの疑問を読み取って、ぼそぼそと答える。
「他者への鼓動の制御に、呼吸を使うのはうまくない。空気の流れ一つでおじゃんになるからな。
だが、ここまで長時間接近している状況なら、話は別だ。むしろ、秘密裡に制御を行なえる。
これで五分五分だな、パール。まだ続けるか?」
パールは変身を解き、膨れっ面で横を向いた。悔しそうに顔を拭う。
状況は引っ繰り返り、パワーバランスはビートに傾いた。
あと一押しで、パールは拷問とやらを諦めて立ち去るだろう。だが。
パールの乱れた着衣、上下する胸、赤く火照った横顔、それらから目が離せなくなっていた。
リビドーが高まるのが感じられる。まだ、『毒』の影響から脱しきれていないようだ。
「おい……『これ』、なんとかならないのか? 解毒薬とか」
「ないわ。その内切れるから、それまで我慢できないなら自分で処理すれば?」
その明け透けな返答に、ビートは鼻白む。……なんか、頭に来た。
ビートは乱暴にパールの襟を掴み、寝台に押し倒した。彼女はきっ、とこちらを睨む。
「……なにするのよ」
「……離しなさいよ。私とするつもり? 楽しくないんでしょ?」
パールは湿った目でビートを睨んでいる。その彼女の奇妙な鼓動を、ビートの『NSU』は感知した。
(この鼓動が示す感情……『期待』……?)
その意味を悟り、ビートはくつくつと笑う。嘘を見抜かれた子供のように、パールの顔が歪む。
そしてビートにまた一つの難問が持ち上がる。パールの策略は潰えたが、それとは別の現象として、
あの悪名高い『百面相の(パールズ)』パールに素で欲情してしまっている、という問題だ。
若干残る『毒』の効果と相まって、ビートの感情がパールの期待に引きずられようとしている。
理性と欲求が葛藤するなか、パールは居心地悪そうにしていた。
(ええい、ここは素直になるべきか!?)
ビートは内心で気合いを入れ、パールへと手を伸ばす。彼女は僅かな抵抗を見せ、身じろぎした。
「離してよ。私、他人のいいようにはされたくない」
鼓動は依然として変わっていない。それどころか、『期待』はなおも高まっていく。
ビートはパールの秘部に手を差し込んだ。そこは熱く、そして濡れぼそっていた。
「ひぁっ……ビート、やめてぇ……」
かまわず膣内を指で掻き回し、その一方、彼女の耳元で言い放つ。
「素直がどーのこーのってのはあんたが言ったんだろ?
嘘つきのあんたには、躾(ディシプリン)が必要だな」
「ビート、こん……なこと、くぁ、し、して、ぅ、く……ただで……済む、と……ひ、あ、あ、あ」
形だけの拒否を続けるパールだったが、それが観察のエキスパートであるビートに通じる訳もなく、
その虚勢の下ではビートの愛撫に身を任せ、深い悦楽に沈んでいることも、ビートは承知していた。
そして『NSU』の能力は、的確にパールの弱点を探ってゆく。
ビートは彼女の萌芽を摘み、同時に胸の突起を軽く噛む。
「や、そこ、ダメぇ……」
圧倒的な快感に防御本能が働いたのか、パールは背中を丸めてビートの胸に潜ろうとする。
少なくとも、ビートから離れる、という選択肢は彼女の中に存在していないらしい。
左腕でパールの背中を支え、さっきと同じ動作を彼女に加える。今度はゆっくりと。
「ん、んん」
パールも指を噛んで動きを堪え、少しでも長くその刺激に浸ろうとする。
「う、ふぇ、あ……。――――っ!」
パールの体が寝台の上でぴくんぴくんと痙攣し、少量の失禁を伴った分泌液が放出される。
放心状態のパールは、力なくシーツに仰向けで倒れた。息は荒く、瞳は淫らに輝いている。
涙と涎でべとべとになったパールの顔を、ビートはそっと拭ってやり、そして、苦り切った顔で訊ねる。
「な、パール……いいか?」
「……なんで訊くの? あなたの好きなようにすればいいじゃない。
それに、『NSU』とやらで分かってるんでしょ、私がどんな状態にあるか?」
「いや、そりゃそーなんだが……時として、素直なだけじゃ割り切れない状況ってあると思う。
越えてはいけない一線の為、『崩壊のビート』を避ける為に、嘘をつき続けなければならない状況。
もし、今のあんたが『そう』なら、俺は……」
ビートが話している間、パールは、どうしようもなく馬鹿な話を真面目に聞かされている生徒、
そんなうんざりした面持ちでビートを眺めていた。が、涙を一筋流し、くすりと微笑むと、話を遮った。
「甘ちゃんのピート・ビート君、私ね、あなたのそういうところ、嫌いじゃないよ。
そんなあなたに免じて、ちゃんと言ってあげる。
いいわ、来て、ピート・ビート」
ビートはパールの腰を持ち上げ、ゆっくりと自分の腰にあてがった。
ビートの張り型が挿入される間、パールは緊張した面持ちでそれを見つめている。
その緊張のためか、意外にも肉壁は固く、ビートを拒んでいた。
「もっと力を抜けよ。おぼこじゃあるまいし」
パールは素直に頷くと、息を長く吐く。抵抗が緩み、比較的楽に奥まで導かれる。
「ん……ビート、いいよ、もっと奥まで……」
先刻とはうってかわって柔らかい態度に、ビートは少し調子が狂うが、とりあえず挿入を進める。
「ふ……入っちゃった……」
パールは恍惚と囁き、ビートの背中に腕を回す。ビートは彼女の胸の谷間に顔を埋める格好となった。
パールの体内は静かに蠢いてビートを締め付ける。その優しい責めだけで、ビートはイキそうだった。
「動くぞ」
「……うん」
引き抜くと、外気がひやりと触れる。押し込むと熱い体温が包む。
その温度差が快く、ビートはだんだんと抽送のスピードを早めていく。
「……う、うう……ビート、もっとゆっくり……壊れちゃう……」
じゅぷ、じゅぷ、と淫らに湿った音がマンションの一室に響く。
パールは自ら腰を振り、ビートのピストン運動をさらに強めていた。
「ビート、私のおっぱいも触って……」
ビートは彼女の胸を鷲掴み、それを揉みしだきながら胸の谷間を舌でなぞる。
「や、んんっ……」
パールはもはや感情を隠そうともせず、悦びに震えた嬌声を放つ。
「ビート、ゴメン、私……もう……う、ダメぇ……」
ビートは動きを止める。パールは不審そうにビートを見つめ、それでも快感を求めて腰をくねらせる。
「なにがどうダメなんだ?」
ビートがいじわるでそんなことを言うと、恥ずかしそうに視線を泳がせ、それでもはっきりと答える。
「だ……から、気持ち……ゃ、良すぎて……も、もう、イッちゃう……
お願い、イカせて……」
ビートの胸元を唾液で汚し、涙をぽろぽろ流しながら哀願する。
なにか仕返しを果たしたような気分で、ビートは再び動き始めた。
「う、ゃ、んぅ」
唇を噛み締め、迫る波に耐えるパール。瞼が痙攣していた。
「ひ、ぁぅぅぅっ!」
腰を浮かせ、弓なりに背中を反らせる。はしたなく舌を突き出し、涎が首筋へと流れた。
こうして、合成人間にして反逆者たる『百面相の(パールズ)』パールが、
二度目の、そして先程よりも高いオルガズムを得た瞬間、それは起きた。
パールの体が、するすると縮んでゆく。髪も筋肉も、骨格すらも驚くべき速度で縮小していった。
「な……」
豊満だった乳房は平たくなり、顔面に瞳が占める割合が大きくなり、締め付ける膣はきつくなり――
要するに、パールはどう見ても10才くらいの幼女へと変貌していた。
「これが、あんたの『素体』状態か……!?」
驚くビート。実年令はどうあれ、見た目が幼い女が自分に抱かれているのは、さすがに具合が悪い。
その微妙な心境を、肉体は正確に写し出す。そして当然に、それはパールに伝わる。
「なによ。やる気なくしたって訳? もう一度、さっきの姿に戻る?」
パールは悲しそうに、だが、どこか諦めた色の瞳で、窓の外を見る。月は陰っていた。
その仕草は、ビートに眠る遠い記憶、見た目より遥かに大人びていた少女、ミンサーに似ていた。
ビートはパールの顎に触れ、こちらを向かせた。その憂えた目尻にキスをする。
「いや、これでいい。これが、あんたの『素直な姿』、なんだろう?」
「ビート……」
パールは詰まった声でそれだけ呟くと、瞳を閉じてビートの唇を求めた。
いきなりサイズが変わったので、最初のほうこそ戸惑ったが、徐々に慣れてきた。
座位の形をとり、密着する。激しい抽送は不可能となったが、代わりに深い挿入が可能となった。
「は、ぅ、奥まで届いてるよ、ビート」
パールは体全体でビートにしがみつき、首といわず顎といわず、手当たり次第にキスを繰り返す。
そんなパールを、ビートはほんの少しだけ愛らしいと、そう思ってしまった。
「ひゃ……また、もっと大きくなったよ……?」
ビートの腕の中で、か細い肢体が踊っている。壊してしまわないよう、優しく抱き締める。
膣が狭くなった分、彼の分身が受ける圧力も跳ね上がっていた。
粘膜は熱を帯びて、恥骨はこつこつ音を立てて触れ合う。
「パール……俺……」
「うん…………このまま、一緒に……」
パールの脚はさらに閉じられ、ビートの陰茎は根元まで飲み込まれる。
ビートはパールの唇を吸い、彼女もそれに応じる。互いの舌が複雑に絡み合う。
「ん、うちゅ……ぴちゃ……ピート………くちゅ……ビート―――あ、んっっ!」
パールが絶頂に達したのを確認し、ビートは必死に堪えていた感情を解き放って――射精した。
「ねえ……あなたの精子、温かいね?」
余韻に浸る潤んだ声でそんなことを言われ、一足先に平静を取り戻していたビートは赤面した。
「ね、もう一度……」
「もう一度って……無理」
「馬鹿ね、も一度キスしてって言おうとしたのに」
パールは可笑しそうに笑い、唇を重ね、それからビートの腕の中に潜り込んで、
やがてすうすうと寝息を立てはじめた。
ビートが目を覚ますと、そこにパールの姿はなかった。
「帰ったのか?」
その疑問はすぐに解けた。『NSU』により、パールが浴室でシャワーを浴びていることが感知される。
と、大して掛からずにシャワーを浴び終え、服を着てこちらへ戻ってきた。
「あら、お早よう、ピート・ビート」
パールは、元の(? いや、とにかく成人女性の)姿だった。
のみならず、性格まで元通りだったのには、さすがにまいった。
「分かっていると思うけど、ピート・ビート君、このことは他言無用よ。
私の正体はもちろん、私としたこともね。――え? なんで?
あのねえ、私にも組織内での立場ってモンがあんのよ。分かるかしら?
その意味で、この忠告は、あなたの為でもあるのよ。
特に……青い馬と騎士がどうのこうのってのが口癖のヤツが組織にいるけど、
もしも彼に出会っても、決して悟られないように。……殺されても知らないわよ」
それだけまくしたてると、パールは部屋から出ていった。
「うーむ、さすがは『百面相』だ」
とかなんとか、よく分からないことを呟き、ビートは寝台に寝転がった。
昨日は鼓動の調整で高いテンションを維持していたが、それを施していない今は、さすがに体が痛む。
傷が感知するのは当分先だろう。
ピート・ビートは、一時の眠りに就いた。
ジィドは焦っていた。
ピート・ビートとラウンダバウトの元を離れたのち、彼はパールとの合流地点へと向っていたのだが、
そのパールから予定にない電話連絡を受けた。なにか買い物を頼みたいようだった。
異変は、その電話中に起きた。
なにしろ電話越しでよく分からないのだが、どうやら何者かの襲撃を受けたらしい。
件の買い物の品、『なんでもいいから安物の――』と言い掛けたパールだったが、
悲鳴とともに会話が途絶え、呼べど叫べど応答がない。回線が生きていたのが唯一の救いだろうか。
パールは電話器を手放したらしく、声が遠い。はっきりと聞き取れる言葉は少なかった。
『なにをする気!?』『首を突っ込まないで!』『これ以上したら殺すわよ!』『舐めるんじゃない!!』
……断片的な情報から推察するに、襲撃者は好まれざる介入者、
しかも相互的に認知度の低い、ほとんど遭遇戦に近い状況のようだ。
『どこで……そんな技を……?』『嘘、なんでこんな奴に……』『うう……熱いよぉ……』
まずいぞ、とジィドは歯噛みする。
敵は合成人間でもMPLSでもない、後天的に特殊能力を獲得した、いわゆる改造人間に違いない。
この短時間でパールを追い詰めるとは、かなりの強者だろうに、油断を誘う事も怠っていない。
『熱い』。襲撃者の能力は熱エネルギーか強酸、いや、幻覚等の精神活動を操る能力の可能性もある。
『ひ、ひぅ、立ってられない……ん』『あ、や、噛まないで』『ぅく、痺れちゃう……』
そうか、神経毒だ! 蛇かなにかを操り、パールを文字通り毒牙に掛けたのか!
合成人間のパールが、それしきで死に至るとは思えないが、大きなハンデを抱えるのは決定的だ。
くそ、急いで駆け付けなければ!
『はぁ……はぁ……ふ、ん』『どんどん溢れてる……止まらないよぅ』『ひっ、激し……すぎ、だよ』
呼吸の乱れ、激しい出血、戦闘は熾烈を極めているのか……!?
『も……限界……堪えきらない……』
ジィドは我を忘れて叫ぶ。「パール! おい、パール!!」
気の遠くなるような数十秒の空白を経て、電話口から不機嫌そうな声が漏れた。
『……なによ、ジィド』
それは、紛うことなきパールの声だった。
「パール、無事か!? 今行くからな!」
『イッてないわよ!』
……会話が噛み合っていない。
どうやら戦闘は終了したが、パールはまだ若干混乱しているようだ。
「状況は? どうなっている!」
『どうもこうもないわ。人を煽るだけ煽っておいて、肝心のところでプイッと離れてったわ。
お陰で不完全燃焼の欲求不満よ』
状況がよく飲み込めないが、パールの不敵な発言に触れて一応安堵する。
「しかし、何故、相手は決着を避けたんだ? 際どい情況まで追い込まれたんだろ?」
『そうよ、こっちはもうちょっとで意識が飛びそうだったのに、
【飽きた】【お腹空いた】【しょっぱいのはもういいから甘いものが欲しい】だって。本当、馬鹿にしてる』
「……ずいぶんと気紛れな襲撃者だな」
『なにか言った?』
「いや、あんたが無事ならそれでいいんだ。とにかく、今すぐ戻る。じゃあな」
ジィドは電話を切ろうとする。と、パールから制止が掛かった。
『あ、待って』
「どうした!」
『お店で一番――高いドッグフードを買ってきて』
「ドッグ……フード、だと?」
訳が分からない。
『そ。一番高いやつよ。それからもうひとつ……えーと、その、つまり』
「なんだよ、はっきりしねえな。なにが欲しいんだ?」
『ハチミツ』
さらに意味不明。
「……あー、なんだ、パンにでも塗るのか?」
『あ、いやいや、パンじゃなくてパー……って、なに言わすのよ!!』
「な、なに怒ってるんだよ」
『とにかく、急いでよ! 私、もう待てないんだからね!』
ガチャン、と回線の切断音。
首を振りふり、ジィドは爽やかな青空を仰いだ。
「そして、不思議ィ――」