しずるさんと偏屈な死者たち  
 

たとえそれがどれほど私が望んでいたことであったとしても、やはりそれは不条理と呼ぶに相応  
しい出来事だった。  
 しずるさんの病気が突然完治したのである。  
 ある日いつものように私がお見舞いに行くと、主治医の先生がわたしに――ほとんど困惑してい  
るとしか思えない表情で、私を呼び止めた。実際彼は困惑していたのだけれども。  
「実はね――、お姫さまの病気が完治しているんだよ」  
 先生は唐突に言った。私はその言葉の意味を悟るのに幾ばくかの時間を要した。  
「え?」  
「だからね、治ったんだ」  
「ええ?」  
「どこにも異常が見当たらないんだ」  
「えええ?」  
「とりあえず、おめでとう――と言うべきなのかな?」  
「ええええ!?」  
「僕なんかが言うより、君の口から伝えてあげた方がいいんじゃないのかな。彼女と一緒に病気と  
闘ってきたのは、誰よりも、君なんだから」  
 そんなことを先生は言って、その気持ちは十分に嬉しいのだが、しかし、  
 ……どう伝えれば、いいのだろう?  
 その不安を先生に伝えると、彼は頷いた。  
「確かに、唐突に言っても信じてはもらえないだろうね。怒り出すかもしれない。僕なら、ね」  
「どういうこと……ですか?」  
「彼女にとって君の存在がどれほどまでに大きかったか、君はまだ気付いていないのかな?」  
 私は黙る。  
「彼女は君のことを信じてくれるさ。君が嘘の報せで騙すような娘じゃないっていうのは、彼女が  
一番よく知っているんだからね」  
「でも……」  
 先生は私の肩を叩いた。  
 反駁は薄くなって消えてしまう。  
 私はどうやってしずるさんに病気の完治を伝えるか、そればかり考えていた。  
 結局。  

 いつものように病室のドアをノックする。少し、手が震えているのに気付いた。気付いてしまう  
ことによって、意識してしまうことによって、それはより肥大化していく。  
(まずい……)  
 あまり不自然な態度をとってはいけない。そう自分に言い聞かせる。  
 ――少しして。  
「――どうぞ」  
 という声がドアの向こうから聞こえてきた。  
 いつも通りに、できるだけ不自然にならないようにドアを開けてできるだけ不自然にならないようにしずるさん  
の隣に立った。  
 が、無駄だった。  
 よく考えなくても相手はしずるさんなのだから、どんな小細工をしても無駄なのは当然なのであ  
る。私はそのことを忘れていた。  
 しずるさんは眉を顰め、言ったのだった。  
「どうしたの――なんだか、こう――“不自然”よ?」  
 あらら。  
 私はその場に倒れこんでしまいたい衝動にかられた。  
「どこが?」  
 それでも一応そしらぬふりをして訊いてみる。  
「なんだか、自分で“自分はこうだ”と規定して、それに忠実に従っているような、そんなに見え  
たから……。“ぶれ”がまったく見えなかったのよ」  
 つまり、私は不自然になるまいと意識しすぎたのだ。不自然でないという不自然。  
 そしてしずるさんは表情に不安を覗かせて言った。  
「何か――あったの?」  
「あ……えっと……」  
 心の準備ができていなかった。  
「その、先生から、伝えてくれって言われたんだけど……」  
「何で?」  
「え――」  
「先生から何かあるならば、直接伝えればいいのに、何でよーちゃんを経由するのかしら? つま  
り私により親しいよーちゃんを使わなければいけないほど、重大なことなの? まさか――?」  

 しずるさんの表情が明らかに曇ったので私はとにかく慌てた。  
「い、いや、そんな悪いことじゃなくて、そう……」  
「じゃ――、 何?」  
「治ったのよ」  
 私は遂に口に出してしまった。  
「え?」  
「しずるさんの、――病気が」  
 呆けたような表情。  
 でもそれも仕方がない。  
 一生背負っていく覚悟で、それとともに、――死んでいくつもりで、しずるさんは  
それと向き合ってきたのだから。  
 それが、その“宿敵”が、目の前からふっ、といなくなってしまったのだ。  
 しずるさんは何も言わず、ただ、窓の外を見ていた。  
 それから、眼に手をやった。  
 笑顔も作れなかったし、  

 涙も出なかったようだった。  

 それからいくばくかの時が経って、しずるさんは私の家に来ていた。  
 学校が終わってから寄り道して、他愛のない話をしているうちに夜になっていて、  
今日は泊まっていくことになったのだった。  
 ――もう、夜も遅い。  
 一体、なんでこんなに話すことがあるのだろう。  
 それもしずるさんの声色が私にとって気持ちいいからで、それをもっと聞きたいが  
ために私はつきかけた話題をなんとか持たせようとしてしますのだった。  
「じゃあ――そろそろ、寝ようか」  
 私はベッドに向かった。何故だか私のベッドはやたらと大きくて、しずるさんと二人  
で寝られるようになっている。  
「うん――」  
 そう弱弱しく頷くしずるさんを見て私は少し訝しく思った。別に二人で寝るのは初め  
てじゃない。繰り返すようだがスペースは十分すぎるくらいにあるのだ。何を躊躇っ  
ているのだろう?  
 寝巻きに着替えて、二人してベッドにもぐりこんだ。蛍光灯を消す。私はそれでもな  
んとなく気恥ずかしい気がして、しずるさんの反対の方を向き、眼を閉じた。  
 ――しばらくして……大体三十分くらいだろうか。  
 しずるさん(じゃなかったら怖い)の掌が、私の背中に触れた。背中を擦る。微かに  
、その部分が熱を持つ。その手が上に昇って、首筋を撫でる。  
「な……なに――?」  
 振り向いた瞬間、抱き締められた。反射的に眼を瞑る。肩に、液体が触れる、――  
涙? ではない……。  
「ちょっと……――」  
 混乱。  
「ごめんね……」  
 呟くように、しずるさんの口から僅かに言葉が漏れる。  
 肩から首筋にかけて、さわさわとした感触。それで……、やっと、気付いた。  
 ――舐められてる。  
 いくら私でもその行為がセクシャルな意味合いを持つということぐらいは――殆ど本  
能的にだが――感じ取れた。困惑で正常に頭脳が働かない。……どういうこと?  
「もう……どうしても、我慢できなくて――」  
 我慢って……何を?  
「いや? ――だよね……」  
 いやって……何を……。  
 眼を、開けた。しずるさんの顔が近くにあって、私の身体を舐めている。しずるさんの香りがす  
る。頬が、紅潮していた。私は――。  
 ……しずるさんを、抱き寄せた。  
「ううん――いい、よ……しずるさんだったら――」  
 これから何が起きるか、起ころうとしているか、私は薄々わかっていた。それは当然の帰結だっ  
たのかもしれないし、あるいはあまりにもイレギュラーなことだったのかもしれない。しかしそこ  
に私としずるさんは向かっていた。間違いなく。引き寄せられていた。微弱な刺激はやがて快感と  
なり私の身体を震わせた。  
「ね……」  
 私は小さく呟いた。そのまま何も言わずに唇を重ねた。  
 ――してほしい。その言葉はお互いの唇の中に閉じ込められた。  
 しずるさんの腕が私の背中に回された。私もそれに倣う。身体を、できるかぎり重ね合わせてい  
たい。しずるさんの舌が私の唇を這う。それに応えて口を少しだけ開き、舌を受け入れた。しずる  
さんの舌が私の舌に触れる。水同士が撥ねる音がした。  
 自然な流れ。  
 数十分前には想像もしていなかったことを、ごく自然に私はしていた。  
 なんでだろうか――……?  
 多分、そうなったから。それ以外に理由はない。ごまかしだけ? 違う。  
 そこにあるのただお互いの身体を求め合う純粋な欲求だけ。  
 純粋な。美しく、淫らな。  

 ――気が遠くなるほどの時間、互いの舌を擦り合わせていた。  
 私は、触れあうたびに自らが欲情していくのを感じながら止められずにいた。  
 私は唇を離した。少し不満げなしずるさんの表情。恥ずかしさを堪えながら、呟いた。  
「早く――もっと、して……」  
 微笑。  
 しずるさんの手が私の着ていた寝巻きのボタンを外す。身体が露になっていく。汗ばんでいた。  
――しずるさんは服を着たままなのに、少し不平等だ。  
 ――考えてみれば、あまりにあまりな不自然がここには横たわっていた。私もしずるさんも――  
その、同一の性染色体を所持しているのであって――ああ、もうそんなことはどうでもいい。  
 気持ちよくしてもらいたい。一刻も早く。  
 はじめて……なのに、なんでこんなに興奮しているんだろう、私は。  
 その疑問は――結局、放棄された。  
 何故ならしずるさんが私の露になった胸に舌を這わせたからだった。  
 もう、あと戻りはできないんだ。何かが改変され確定される。そう思うと、一層昂ぶりは強くな  
っていく。  
「は――あっ」  
 溜息にも似た声が漏れる。しかしそれは紛れもなく快楽によって生み出された嬌声。その存在を  
確認することで、より、お互いに昂ぶっていく、加速していく。  
 左手を左の胸に這わせ、舌は右の乳房を刺激する。しばらくそのくすぐったいような感覚に身を  
委ねていると――突然、両方の乳首に快楽と痛みが走った。  
 つまりどういうことかというと、しずるさんは舌を乳首に這わせると同時に、左のそれを軽く摘  
んだのだ。快感と痛みが同時に走り、何故だか泣き出しそうになった。  
「ん……っ、あっ、あああ――」  
 もう固くなったのが自分でも知覚できる両の乳首をしずるさんは――もう痛みを伴わせることも  
せずに――愛撫し続けた。  
「ああ、いやぁっ、あああ、あん――」  
 やがて、私が我を忘れて悶えている、その瞬間を狙って――しずるさんは左手を移動させ始めた。  
胸から、脇腹、太腿まで下がって、内股(ああ、なんて所を……いまさらだけど)をいとおしそう  
に擦って、また、上がっていく。つまり、ここまで起きてきたことの、それこそ当然行き着くべき  
帰結に辿り着こうとしていた。それなのに、やはり私はそれまでとはまったくレヴェルの違う恥辱  
を感じその手を止めるべく脚を閉じた。  
 何故なら、そこは、もう……。  
 一瞬、遅かった。  
 その手はすでに私の――じっとりと濡れた秘部に到達してしまっていた。軽く指が触れるだけで  
それまでとは比べ物にならない刺激が私を襲った。  
「く、いやあ、っあああいやあああああっ!!」  
 私の声帯から発せられてるとは思えない嬌声が耳をつんざいて脳の最も原始的で動物的な部分を  
刺激する。私は自分の喘ぎでさらに興奮していった。  
 私、今、えっちなことしてる――。もの凄く、感じてる、私がいる……。  
 指を敏感な部分に這わさせて、喘ぎ声を出している……。  
 普段と違う私がいる……。えっちな、私が――。  

 何往復か、しずるさんは私のそこを指で愛撫していた。ぐちゅぐちゅという淫らな音と一緒に。  
木の葉のざわめきのような快感が私を攻め立てる。もう、正常な状態じゃいられない。身体が痙攣  
し、未知の感覚に戸惑うように、畏怖を表すように、震える。  
 あまりの快楽に瞑っていた眼を開けると、何時の間にか眼の前にいたしずるさんがいなくなって  
いた。胸への愛撫も止んでいる。え――?  
 まさか。  
 脳内にある淫靡な知識の片隅。  
 舌。  
 ……まさか。  
 予想は当たっていた。  
 その部分を。  
 舐められる、舌で。  
 動きを持って。  
 そして、挿し入れられる。  
「いやぁあああ!! ぅんっ、ああ、はああっああああっ!!」  
 何、これ?  
 中で、中に、しずるさんの舌が在る。  
 私に圧倒的な快楽を享受させるために。  
 それは自在に動きあらゆる弱い所を攻め立てる。  
 おかしくなってしまう。  
 私が私でなくなってしまう。  
 私の中の淫らな部分が私から独立してくる。  
 そんな妄想が生まれる。  

 やだ、やだ。  
 私は高みに昇っていく。  
「あん、あんっ、くぅっ、あ、ああっ」  
 そしてそれは突然に起こった。  
 あ、私。  
 いっ、ちゃう。  
 予感。予測。  
 息を吐いた。  
 その瞬間の為に。  
 すべてを虚空へと解き放つ為に。  
 身体を仰け反らせて。  
「ひっ、いっ、ああああああああああっ!!!」  
 その叫びは何処かへと抜けていくように響き渡った。  

「かわいかったわ」  
 まだ荒い息を吐いている私の横で、しずるさんが言った。  
 私は何も言わずに俯いた。  
 恥ずかしかった。  
 あんなに乱れて。  
「よーちゃんがあんなにえっちだなんて知らなかった」  
「しずるさんが上手だからだよ……」  
「違うって、やっぱりよーちゃんが……」  
 その先を言わせないために、私はしずるさんの唇を自分のそれで塞いで、自分から舌を入れた。  
 
 

 数日が経って……、私はベッドの上でしずるさんと向かい合っていた。  
 どちらともなく眼を閉じる。身体を寄せ合って、それぞれの手を背中に回して、お互いの体温を  
感じる。ずっとそうしていたいような気もしたが、しかし次の段階を結局は両方とも求めていた。  
 唇を、重ね合わせる。少しだけ擦り合わせるように動かす。それだけで、気持ちよかった。  
 しずるさんの舌が、私の唇を這う。身体を押し付けるように動かして。少しだけ、苦しくて、し  
かしそれが、適度な窮屈さが、私の心と身体を火照らしていく。私は少しだけ唇を開いた。  
 そのまま押し倒される。  
 舌の粘膜を擦り合わせる、それだけでなんでこんなに気持ち良いのだろう。しばらくそれを続け  
て、唇を離す。  
 そして見つめ合う。  
 今日はこの間とは違う。それをする為に逢い、私の家に出向き、夜になるまで待った。途中で交  
わされる会話も、なんだかぎこちなかった。  
 そして、闇が訪れた。  
 しずるさんの眼は潤んでいる。  
 今すぐにでも私を可愛がりたいというふうに。  
 でも――。  
 私はさっきから心に決めていた。  
 それまで、まったく、考えもしていなかったことが不意に浮かんで私の心を一瞬で占領していた。  

 だって、その服、この間とは違って――なんだか、露出度が高かった。二の腕が露になっていた。  
丁度、しずるさんが入院中に着ていた服に近いような感じだ。さっきまではまったく意識していな  
かったのだが……いざ抱き合ってみて、素肌が艶かしく動いているのを見ると……、その、なんだ  
か変な気分になってくるのだった。  
 いや……清純ぶってみても始まらない。  
 要するに私は……、欲情してしまったようだ。しずるさんに。  
 一旦そのことを意識し始めると、それはとめどなく溢れるように感じられた。  
 下半身に体温が集中するように感じられ、そうすること以外に選択肢がないように思える。  
 だから私は、――どうしようもなかったから、服を脱がすために手をかけているしずるさんの肩  
を掴んで逆に押し返し、耳朶を甘噛みしながら服に手をかける。瞬間、少し、しずるさんの身体が  
震えた。手が止まる。私は耳元で囁いた。  
「そのまま続けてていいから……、しずるさんだけ脱がないのは不公平、だからね? 脱がしあい  
っこしよ……」  
 そんな言葉が、自然に出てきた。思い返すと赤面ものだが、まあ、雰囲気というものがあるのだ。  
 しずるさんは俯いてまた私の服を脱がし始めた。頬が紅潮している。恥ずかしがっているようだ。  
この間、あんなことをしておきながら……。でも、そんなところも可愛く思える。  
 やがて上着が外れ、下着だけになる。自分の素肌が露になるのと感じながら、相手の肌を空気に  
晒す。二乗され、異様な興奮が私たちを包む。  

 私もしずるさんも――裸に、なった。  
 私は二回目だが、しずるさんが脱いだのは初めてだ。頬を紅潮させて、俯いている。  
隠したいのを必死で堪えているようだ。  
「きれいだよ――」  
 そう呟きながら私はしずるさんを抱き寄せた。  
 素肌同士が触れ合う感触を始めて味わって、私はその感覚に浸った。唇を首筋に寄  
せて、舌を這わせる。微かにしずるさんの身体が震える。  
「“される”の、はじめて?」  
 しずるさんは少しだけ首を縦に振った。私だってしてあげるのは初めてなのだ、別に  
気にすることではないし、大体私以外の人としているのとは思えないのだから、これは  
しずるさんを昂ぶらせるための質問だ。  
 私は背中に回していた腕を放し、右手でしずるさんの――私よりはるかに大きい――  
乳房を包んだ。しずるさんは眼を瞑っている。  

 体重を掛ける。ゆっくりと後ろに、ベッドの上に、重なり合って倒れた。何かがぱちん、と  
音を立てて切断されたような気がした。唾を飲み込んだ。  
 もう、しっとりと、なんて思えない。  
 乳首に指を這わせると、そこが次第に固くなっていくのがわかった。私の愛撫で感じてく  
れているというのが無性に嬉しくて、私は顔をしずるさんの頬に寄せて口づけた。普段より  
熱を持っているようだ。  
「気持ち――いい?」  
 もう完全に固くなっている乳首を触ればそんなことはすぐにわかるのだが敢えて訊いてみ  
る、不安そうに。しずるさんは少し――ほんの少し、それでも渾身の力を込めたかのように  
頷いた。  
「知ってたよ――だって」笑顔を作って、そこを摘んでみたりして。「こんなに固くしてるんだ  
から」  
「やだ……」しずるさんは手を顔にやって首を横に振った。  
 その一瞬を狙って。  
 私は、舌を、乳首の先端に、あてがって、それから、それを唇で挟んで、そのなかで、舌を  
何度か動かして。  
「は、ぁ――あぁん」  
 初めて聞くしずるさんの嬌声。鼓膜を心地よく刺激する。  
 私はわざとらしく首を傾げて、「これだけで、そんなに感じちゃうの?」と言った。  

 

「じゃあ、こうしたら、どうなっちゃうかな」  
 私はそう呟いて――ああ、もう歯止めなど利かない――しずるさん  
の肩に置いていた右手を動かした。腕から腰のラインをなぞるようにし  
て、脚の付け根まで来たところで中心に。ざらざらとした感触。――そ  
して、その、部分に、軽く、触れてみる。湿っていた。  
「あ――ぁっ、うぅん」  
 何かに耐えるようなうめき。  
「我慢する必要なんて、ないよ」  
 そう言いながら、私は中指を上下に動かし始めた。  
「きゃっ、ぅうん、あ、あっ」  
 指に粘性のある透明な液体が絡まっている。感じてるんだ――そう  
思うと嬉しくて。もっと――感じさせてあげる。  
 この間しずるさんがしてくれたことをするのもいいけれど、それだとし  
ずるさんの顔を見ることができない。  

 私はその場所に沿えた中指を――その中に、少しずつ、滑り込ませていく。  
心臓の鼓動が聞こえてくるような気がして、私はしずるさんの胸に顔を近づけ  
た。なかは液体で充たされていて、抵抗はあまりない。けれど、最後まで入れ  
終えると、その液体が私の指に絡み、それと同時に壁がぎゅっと私の指を締  
め付けた。まるで意志を持っているかのように。  
「締め付けてるよ……指、しずるさんの、そこ」  
 荒い息を吐き、顔を上気させて、何処とも言えない場所に虚ろな視線を送り  
ながら、しずるさんは微かに首を振ろうとしたが、そのタイミングを見計らって  
私が指を動かし始めたので、動きは中断され喘ぎが形の良い唇の隙間から迸った。  
「あっ、あ、はん――あ、あ!」  
 私は更に指の動きを速め、口を半開きにして涎を垂らして快楽にただ身を任  
すしずるさんの様子を、私は何処かここではない場所にいるような心地で眺め  
ていた。なんて、蠱惑的で。なんて、綺麗で。なんて、可愛くて。それが今自分  
の手にあるということが、どれほどの幸福か、私にはとてもわからなかった。た  
だ、それがとてつもなく大きいものであるということがわかるだけ。  
 私はふと「それ」の存在を思い出して、親指を動かしてその小さな突起を押さ  
えた。  
「――うんっ! あ、そこ、そこは……」  
「そこは?」  
「弱い、よわいから……やめ」  
 親指で強く擦る。  
「ああっ! ――あっ、や、ああっ!」  
「やめてほしいの――本当に?」  
 間が、ただ喘ぎと水の撥ねる音が響く。  

 

 しずるさんは、ゆるゆると首を振った。  
 しばらくそのまま私は刺激を与えつづけた。  
 出し入れする指と擦れる突起。  
「あ、あぁあ、あ、だめ、もう、限界……」  
「何が?」  
 判りすぎるくらいに、よく判っているのに、私は白々しく訊いた。  
「いっ――ちゃう……よ……あ、ああっ」  
 それを聞いて、私は限界まで指の速度を高めた。  
「いって――私の指を咥えたまま……いって!」  
 どうせいくのなら、早く、瞬間的にそこを見せてあげたい。  
 この間、しずるさんが私を連れて行った場所へ。高みへ。  
「……ああっ、ああ、ああっ!! あ……ああん! …………――いやあああ  
ああっ!!!」  
 ふと、指を締め付けていた力が抜けた。  
 ゆっくりと抜いた指から、雫が落ちて。ふと見ると、しずるさんの両眼からも、  
雫が溢れていて。眼のしたの窪みに、水溜りを作っていた。  
 私はまだ茫然としているしずるさんに抱きついてそれを舌で舐め取った。  
「やだ……くすぐったい……」  
「大好きだよ、愛してる」  
 なんでもないように。やっと、それを、言えた。  
「私も」  
 しずるさんが言いながら、唇でキスをした。背中に手を回して、お互いの身体  
を愛撫しあう。  
 これ以上の幸せがあるだろうか?  
 柔らかい身体を感じながらその時は、そう思った。  

 

「そう……、そこの壁に手をついて、四つんばいになって」  
 闇のなかで、いくらか高揚したような少女の声がする。  
「――こう?」  
 先ほどとは別の少女の声がした。  
「うん、それでいいよ」  
「それで……?」  
 少女の声には少しの恐怖と、それを上回る期待が滲んでいた。  
「しばらくそのままでいて」  
 そう言って、指示したほうの少女は押し黙る。  
 時間が過ぎる。  
 緊張が解け始めた瞬間、  

             *  

 私は裸で四つんばいになっているしずるさんのその場所に、後ろから容赦なく指を突っ込んだ。  
「あああっ!!」  
 悲鳴をあげて崩れ落ちる。  
 それでも私はその場所をかき回しつづける。  
「あふっ、あ、いやあ、やめ……ああっ!」  
「ほら、だめでしょ、壁に手をついてなきゃ」  
「で、でも――」  
 縋るように手を壁に押し当てるが、しかし結局それは虚しく失敗に終わる。  
 私はなおも指を動かしつづけ、やがて。  
「ああ――だめ……いっちゃうよ……。……よーちゃ……、ああっ、よーちゃん! いい、いいよ  
……あうぅん、……ああっ!!」  
 指を締め付けていた壁が緩む。引き抜くと、指には粘液がまとわりついていた。  
 しばらく時間が経って、ゆるゆると私のほうにしずるさんが顔を向けた。その表情。私をそれ以  
上興奮させるものは存在しない。  

 いとおしい。  
 スローな動作で私のほうに向き直ると、しずるさんはいつもするように私の乳首を口に含み、右  
手でゆっくりと私の場所を擦る。“お返し”だ。私は胸にあるしずるさんの頭に手をあてた。  
 微弱で、継続する快感に身を委ねながら、私は考えていた。  
 最初は私を可愛がるつもりだったしずるさんが逆に私にされてしまってからというもの、当初の  
しずるさんの予定とは何もかもが反対になってしまった。それというのも、すべて私がずっと隠し  
持っていて、自分ですらその存在に気付いていなかった獣性のせいにほかならない。そしてそれは  
しずるさんも然り。彼女は私に攻められて初めて自分の適性に気付いた。もっともそれは夜だけの  
話だけであって、昼間はそれ以前と同じような関係を続けているのだが。  
 それ以来、――一歩間違えればSMにすらなってしまいそうな――今のようなことも日常的に行  
われるようになったのだった。  
「――んあっ」  
 快感の波に、私はくぐもった喘ぎを漏らした。  

 ことが終わり、私は胸にしずるさんを抱き寄せて眠る。  
 至福の瞬間。  
 ふと、私はある悪戯を思いついた。  
「……ねえ」  
 私はしずるさんに声をかけた。  
「……なに?」  
 この間読んだ小説のラストシーンを思い出したのだ。ふと、その台詞をしずるさんにかけてみた  
くなったのだ。  
「しずるさん」  
「だから……」  
 何、と言いかけたのを遮る。  
 私はしずるさんの眼を見て、言った。  
「言ってみてよ」  
「――え?」  
「……あなたは誰のものなの?」  

 少しの間のあとで、しずるさんは戸惑いながら、しかし迷わずに、ただ一つの名を呟いた。  
「よ」という字の含まれた。  

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