「やあ、また来たんだね」
そう言うと彼は、まあな、とだけ応えた。
昨日までとの反応の違いが気になったが、また僕らは話し始める。
とは言っても彼が話すことに僕が応えるという形だったが。
「今日はなんだか元気がないようだが、宮下藤花とけんかでもしたかい?」
会話もとぎれがちになり、明らかにおかしいようだったので僕は聞いてみた。
彼は、
「いや、してないけど。その顔でそんなこと聞くなよ」
とだけ言って目をそらした。
僕もそうかい、とだけ言って聞くのをやめた。
しばらく特に何をするでもなく、口笛を吹いたり見張りを続けたりしていた。
彼も壁にもたれ掛かって、ぼーっとしているようだった。
やがて見張りの時間も終わり、そろそろ戻ろうかという時だった。
「なあ、ブギーポップ……」
「なんだい?」
「いやなんでも……無い」
僕は、ふぅと息をついた。
彼のそばへ行ってしゃがみ込み、顔をのぞき込む。
「なんだよ」
少し機嫌が悪そうだ。
「君は……今、何を考えているのかな?」
「さあな。自分でもよくわからないんだよ」
竹田君は、僕と目を合わせようともしなかった。なんだか、もやもやした感じだった。
「君がそんなんじゃ、宮下藤花も心配するぜ?」
「………………」
やれやれ。相当重傷のようだね。
「竹田君。悩み事があるなら、話してごらん。つきあってくれているお礼だ、聞いてあげよう」
僕がそう言うと、彼は少し震えた。
そのことに疑問を少し持ったが、彼が反応してくれたことには変わりないので僕は続ける。
「僕は君の力になれないかい?」
彼はしばし動かなかった。僕は、無駄だったかと少し落胆した。
少しでも、君に感謝の形を表せればと思ったんだがね……。
僕は立ち上がって、宮下藤花に戻ろうとすると、
「―――なんでも、か?」
と小さくいった。反応があった。
僕は再びしゃがみ込む。
「そうだね、僕のできる範囲でなら」
自動的な身なものでね、と付け加える。
そう言ったあと、竹田君は再び黙り込む。
「僕のいる時間は、今日はあと少しだよ」
また明日かな、と言うと彼は、
「そう……だな。また、明日」
僕らはそこで別れた。
次の日。
いつも通り監視をしていると、竹田君がやってきた。
「やあ、今日の調子はどうだい?」
「……そこそこ」
「これから寒くなるからね。風邪には気をつけるんだよ」
「ああそうだな」
きのうよりはだいぶマシのようだ。逆光で彼の顔はよく見えないが。
でも、声の張りは少し―――いや、かなり僕を不安にさせた。
なぜだろう。
僕は浄化槽のあるところから飛び降りると、彼に背を向け柵に歩み寄る。
「しかし君は、きのうより反応があるとはいえ元気がないようだ」
彼は応えない。ただ近づいてくる足音と、部活動をやっている生徒達の声が聞こえる。
がしゃん、と言う音を立てて彼の手が両手が柵にかかる。僕を囲むようにして。
「なんでもしてくれる?」
「できる範囲で、と言ったはずだよ」
竹田君のあたまが僕の肩の当たりもたれてくる。不安の正体はこれか。
「……残念だが、君のそういった欲求不満に応えてあげるのは……」
僕が言い終わらないうちに、彼は自分の方に向き直らせる。
「できるだろ」
顔を近づけてくる。
「ちょ、ちょ……」
きすされた。
「ん」
深く、ゆっくり。
耳を、首筋をなぞる彼。
「んん……」
キスくらいなら、そう思っている自分と、こんな事をしている場合じゃないだろうと思う自分と。
次第に、それもだんだんどうでもよくなってくる。
額に口付け、そしてもう一度口唇を触れ合わせる。
最初、肩のあたりにあった彼の手は背中へ、腰へと……って、
「おいおい、待ちたまえっ」
ぼすっ。
「ぐっ!?」
僕の膝蹴りが彼の腹部に見事に決まったようで、くぐもったうめき声を上げてそのまま崩れ落ちていった。
「竹田君?おーい」
気絶したらしい。
空に、藍の色が深く混じる。
だいぶ冷たくなった風を受けながら、僕は監視を続けていた。
今日もはずれだ、と思いながら僕は自分の腿にある重みに手を触れた。
一向に起きる気配がないので、髪を撫でたり頬をつついてみたりしたが反応はなかった。
むしろ完全に寝入っている、と言ったほうがいいかもしれない。
僕はまた彼の髪を撫でる。
さらさらとした感触。温かい体温。心地のよい重み。
―――このまま連れ去ってしまいたい。
ふとそう思った自分に気付き、ふぅっと息をつく。
「僕も……ずいぶんと変わってしまったのかな?」
今日の時間はもうおしまいだ。
空はもう闇へと変わりかけていた。
「また明日」
「せんぱーい、起きてくださーいっ」
「んぁっ!?」
「寝過ぎですよ、もう。あたし今日は予備校ないからいいですけど……」
「あ、ああわりぃ。かえろっか」
「―――それに、気絶させたまま放っておく訳にもいかないしね」
「へ?」
「なんです?先輩」
「い、いやなんでも」
「早く帰りましょう」
そして、また明日も、この場所で君と。