リュウ達が「空」にたどり着いてから2ヶ月ほどがたった。  
日にちが経つにつれ彼らの地上における行動範囲は徐々に広がっていったが  
必ず夜にはジオフロントに戻ってきてそこで眠ることにしていた。  
彼らが空を開いたことがシェルター内の人々に知られていないのか  
彼らに引き続いて地上に昇ってくる者はいなかった。  
 
その日は「月」が綺麗な夜だった。  
地下世界の中ではおとぎ話の中だけに存在した「月」は、馬鹿らしいほど真ん丸く、そして明るく、真っ黒な夜の空に浮かんでいた。  
リュウはふと目を覚ました。彼の目に月の光が差し込んでいた。彼は目をこすりだるそうに身を起こしながらぶるっと身体を震わせた。  
見るとかけていた毛布がずり落ちている。恐らくこのせいで目を覚ましたのだろう。  
彼は再び毛布に包まり眠りに落ちようとした。  
「ううん……どうも、寝付けないな……」  
妙な時間に目を覚ましたためか、それともさっき丸い月の姿をまともに見たからか  
何故か彼の頭は覚醒し、眠ろうとすればするほどかえって目がさえてしまうのであった。  
彼が寝ていた踊場よりも少し階段を上がったところで、リンの静かな寝息が聞こえていた。  
彼はむくりと起きだし、なるべく静かに、リンやニーナを起こさないように階段を降りていった。  
 
「……?」  
彼がジオフロントの最も下部まで降りていったとき、何かの物音が聞こえたような気がした。  
何か、人が激しく息をつき喘ぐような……  
彼は月の光が細く床に映されているその空間に、再び耳を澄ませてみた。  
「はぁ…ふぅ……ん……んん……」  
確かに、聞こえる……  
突然リュウの鼓動が早くなった。足はすくみ、手は震え、それでも全身に血が物凄い速さで行き渡るような、そんな感覚に襲われた。  
月の光に照らされていない暗闇に、何か見てはいけないものがあるような、そんな気がした。  
やがて彼は意を決したようにその声のする方へと近づいていった。  
ひょっとしたら、地下から誰かが上がってきて、怪我をしているのかもしれない。もしそうだとしたら手当てをしてあげなければ……  
彼はそんなことを思いつつ、暗がりの中にうずくまったような一つの人影を認めたとき  
何故かとっさに手近な物陰に身を隠した。  
(ニー…ナ?)  
暗闇にうっすらと浮かぶ華奢な身体、そして背中から生えたその身体には決してあるべきではない「羽」。  
「ニーナ、いったい何して……」  
物陰から様子を窺っていたリュウは、相手がニーナと判るともう隠れることもないと思い  
声をかけようとしたが、大きく目を見開いたかと思うと再び物陰に引っ込んでしまった。  
まさに彼は異様な光景を見た。  
 
その薄い衣服は腰の上まで捲り上げられ、粗末な下着は脱ぎ捨てられ  
そして左腕は小さな胸のふくらみに、右腕は二本の足の間に伸びていた。  
「んん………ふ…ん………はぁ……」  
その細い、白魚のような指先が動くたびに小さな口からは甘い溜息が漏れ  
よく耳を澄ますとぴちゃぴちゃという水音が聞こえてくるような気がした。  
物陰からそっと覗いていたリュウの目は、目の前の光景に釘付けされたようになり  
どうしても自分の意思で視線を外すことが出来なかった。  
全身が熱く、心臓の鼓動が激しすぎて痛みすら感じる。  
彼はこれまでにない程に興奮し、混乱していた。  
(そ、そんな……ニーナが…いったい、いったい何をやってるんだ…やっぱりオナ…まさか…で、でもあれは……)  
冷静さをなくした彼は思わず身を乗り出していき、そしてその拍子に足を一歩踏み出してしまった。  
その瞬間に金網を踏みつけた大きな音がし、ニーナがこちらに振り返ったように思った。  
「!!」  
リュウはまるで電撃に撃たれたように飛びのき、階段を駆け上がってその場から逃げ出してしまった。  
 
それからというものの、リュウはまさに気が気ではなかった。  
ニーナに対して自分では何事も無く振舞っているつもりだが、どうも避けられているような気がする。  
(それに……)  
意識しないよう思えば思うほど、ニーナへの劣情ともいうべき熱い感情が湧きあがり  
とても直視など出来なくなってしまう。  
夜中に自分自身を慰める時も頭に浮かぶは、あの夜のニーナの小さな肩や  
細くしなやかな手足、そして官能的な喘ぎ声。  
(ニーナが、あんなことしてるから……)  
ニーナをそういった対象として自分が捉えていることに、リュウはかなりの自己嫌悪を感じると同時に  
ニーナへ対して一種の逆恨みをしていた。  
(ニーナを、ニーナを自分のものにしたい……)  
しかし、その欲求は自分でも抑えきれないものへと成長していった。  
 
そして再び、満月の夜。  
 
リュウは再び夜中に目を覚ました。  
青い月の光、風の音も聞こえない静けさ、ひやりとした空気、全てがあの夜と同じだった。  
彼は起き上がり、半ば祈るような気持ちで階段を上がっていった。  
(同じような夜だからって、いつもやってるわけじゃないだろう……  
俺に見られたんだから少しは慎重になるんじゃないか……)  
そしていつもニーナとリンが眠っている所には、リンががいつもどおり毛布に包まり  
あとは空の毛布が転がっているだけだった。  
「はぁっ……」  
リュウは大きく溜息をつき、ジオフロントの下部を見下ろした。  
月の光が開かれた屋根の形にのび、明暗の差をくっきり作り出している。  
そしてリュウが目を凝らすと、暗がりの中に一つの人影。  
それを見たリュウの心は突然正体不明の衝動に突き動かされ、そして階段を早足で下りて行った。  
 
「ふっ……ふっ……ふっ……」  
呼吸するたびに小刻みに揺れる背中。  
汗ばみ、月光にうっすらと光る肌。  
つやつやとした、乱れた髪。  
リュウはニーナの姿を食い入るように見つめていた。  
そう、あの一ヶ月前の夜と同じ、ただ自らの欲望に従い、発散させるニーナの姿を。  
リュウは我を忘れ、隠れていたもの陰から姿を現し、ふらふらとニーナのほうへと近づいていった。  
夢中になっているニーナはリュウに気づかず、行為に没頭している。  
そしてリュウはニーナから3歩ばかり離れたところに立ち止まり、声をかけた。  
「ニーナ」  
その言葉にニーナの身体はびくっとこわばり、そして恐る恐る振り向いた。  
「リ、リュウ……!」  
青ざめた顔をしたリュウの姿を見た時、ニーナの目はこれ異常ないというぐらいに大きく見開かれ、  
真っ赤な顔にはこの上ない驚愕と羞恥の表情が浮かんだ。  
ニーナはとっさに小さな胸と秘部を手で隠し、薄い衣を下ろしながら、慌てて取り繕うような声を出した。  
「う、ううー……ううん、いうう!いうう!にー……」  
言葉を失った少女の意思を、リュウはいつしかほぼ完全に読み取ることが出来るようになっていた。  
ニーナは自分がここでしていた行為は、そういういやらしいものではない、と自己弁護をしているのだ。  
リュウはそう判断した。  
「ごまかさなくていいよ、ニーナ。ちょうど一ヶ月前にも……見てたから」  
「!!」  
ニーナの顔がさらに赤くなる。  
(ひょっとして……この間のは気づかれてなかったのか?)  
(だとしたら……避けられているような気がしたのも、気のせいなのか?)  
リュウの中に全く理不尽な怒りが、そして目の前のあられもない姿の少女に対する  
どうしようもない衝動が沸いて起こった。  
「ニーナ……俺は……俺は……」  
 
押し殺したような声を出すリュウを怪訝な視線を送っていたニーナだが  
やがて自分が下着を着けていないことを思い出し、慌てて放り投げてあった布切れに手を伸ばそうとした。  
「ニーナぁ!」  
「きゃあ!」  
突然リュウがニーナの両手を持って乱暴に押し倒した。  
ニーナは必死に抜け出そうとするが、リュウに馬乗りになられ  
両手を渾身の力で押さえつけられているため、リュウの力に勝てるはずも無くただおびえて震えるだけだった。  
「はぁ……はぁ……ニーナ!」  
「んん!んんん!」  
リュウがニーナの口に歯と歯がぶつかるほど激しく口付けた。  
ニーナの咥内に無理矢理舌を這いずりこませ、貪欲にむさぼる。  
「……!!」  
一旦顔を離したリュウをニーナが懇願するような目で見る。  
そこには恐怖と、しかし確かなリュウに対する信頼の感情も窺えた。  
自分がこの少女を犯そうとしている。自分がニーナを傷つけようとしている。  
「ええい!」  
リュウがそんなためらいや良心の呵責というものを、かなぐり捨てるように大声を上げ  
まだるっこそうに両手の手袋を放り捨てた。  
「俺は、君が好きなんだ!」  
リュウはそう言って、ニーナの着物を引き裂いた。  
 
 
 

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