風と誓い … BOF3
さわりと風が草原の草を、髪を、翼をなでて通りすぎて行く。
風は私の種族と近いものであり、今まで何度もこんな風にめぐり合ってきたが、
ここまで心地よく感じたのは初めてかもしれない。
長い間共に旅をし、生死を共にしてきたかけがえのない友人達も、一人を除いて今ここにはいない。
皆、自分の居場所へと帰って行った。中にはもう二度と会えない人もいる。
どこに行ったのかわからない人もいる。しかし、私は忘れない。絶対に…。
「ねえ、リュウ。これからどうするの?」
私は一緒にいた最後の一人に聞いた。
彼は恵まれなかった幼いころ、苦楽を共にした大切な人をその手にかけることになり、
打ちのめされ、しかしそれを乗り越えた強くて優しくて繊細な心を持つ人。
そして私の、それほど長い期間を共にしたわけではないが、大切な幼馴染でもある。
意思のこもったその瞳は、気がつくといつも遠い空を見上げている。
その瞳がふっとこちらに向く。
真正面から私の目をのぞきこんだ。
自分の種族を滅ぼした女神と相対し、自らの選択を迫られ、仲間の想いを尋ねたときのように。
私は思わずどきりとした。女神に対し、はっきりと己の選択を告げたときと同じ瞳だったからだ。
「…僕は今までと同じように旅をするよ。家族なんていないし、帰る場所もないしね。
それに見てみたいんだ。まだ僕の見ていない世界を…。
僕達の種族を滅ぼそうとしてまで女神が守りたかった、この世界をね…。」
「そう、やっぱりね。リュウならそういうと思ったわ。私は、国に帰る。
国に帰って、お父様やお母様にまずは謝って、今回の旅について何もかも説明する。
そして、王位継承者として…果たせねばならない…役割を…。あれ?」
言葉の途中で、瞳から涙のしずくがひとつ、ふたつと溢れ出す。
平然と話しているつもりだったから、自分ですごく驚いた。その理由は、わかっているつもりだ。
ウィンディアの城に帰れば、もうみんなと会うことは、少なくとも城内では、とても難しくなる。
幼いころの冒険を私が何回説明しても、お父様もお母様は信じてはくれない。
それでも、もう私は子供じゃない。何とか両親を説得してみせる…。
「ニーナ…。」
リュウの目を見つめ、無言で涙を流しつづける私に、リュウは少し困った顔をする。
すっと彼の手が伸びて、涙をぬぐった。
その手は私のほほに当てられる。私も手を伸ばして、彼の手に重ねた。
「ごめん、ごめんね、リュウ。やっぱり、泣いちゃった。
あのね、小さいころ、神の塔で行方がわからなくなったってガーランドさんに聞いたときも、
想いっきり泣きじゃくっちゃったの。もうあんな風には泣きたくないって、ううん、今は泣く必要、
ないのにね。二度と会えなくなるわけじゃあないのに、お互いに生きているって、わかってるのにね。」
リュウが私に一歩、近づく。また、さあっと風が通りすぎて行った。私も彼に近づく。
それで、彼との距離はほんの少し。私の一歩分も残っていない。
「あの時は、本当にごめん。ガーランドさんの手で、竜の姿から人間の姿に戻ったとき、
まさかあれだけの時がすぎてるとは思わなかった。
成長した自分の体を見ても、話を聞いてみてもまだ信じられなかった。
そして、戻って最初に浮かんだのが、ニーナに謝らなきゃっていう事だったんだ。
マクニール村で再会したとき、ニーナが成長して大人になっているのを見て始めて、
それほどの時がたってしまったことを実感した。けど、ニーナのことはすぐにわかったよ。」
「そう……。」
私は顔を上げた。
涙で濡れてしまっている瞳でも、リュウが私を見つめているのがわかる。
「大丈夫。大丈夫だよ、ニーナ。生きている限り僕たちはまた会うことができるんだから。」
その瞳は限りなく、やさしかった。
やさしい瞳に答えたくて、私はぐいっと涙を拭いて笑った。
昔々、遠い昔。私達飛翼族は王家だけではなく、誰もが皆翼を持っていた。
そしてその翼で空を飛び、大鳥に変身することができたという。
ご先祖様のようにそのその能力がないことを、私はずっと悲しく思っていた。
その想いはいっそう強くなってくる。
空を駆けることができれば、城を抜け出し、会うこともできると言うのに…。
私達はしばらくの間、草原をかける風の中に身を任せていた。
その風がぶわり、と大きく膨れ、はじけるのを感じる。
ごう…、と空気が動く音が響いた。
ふと先ほどまで誰もいなかった場所に人の気配を感じ、
その方向に向かって反射的に武器を構え、臨戦体制を取る。
そこには古めかしいデザインの服を身にまとった男女二人組が二組、存在していた。
そのうちの一組は、ドラグニール地下の神殿の壁画に描かれていた人物によく似ている。
殺気はかけらも存在していない。
しかし度重なる戦いで培われたカンは、彼らがかなりの使い手であると言っている。
私達は警戒だけは解かぬまま、武器を下ろした。
大きな羽を持つ飛翼族の女性と、赤を貴重にした衣服をまとっている男性。
一組は私に似たショートカットに純白の羽、そして蝶をかたどったレイピアを腰に帯びている。
共にいる男性は額に独特の紋章を持ち、マントが風になびいている。
もう一組はロングの髪に漆黒の翼、手には強い魔力を持つ指輪が光っている。
共にいる男性は、動きやすさを重視した服で、無造作に束ねている髪が風に揺れる。
そして何より、男性達も女性達も、私達が持つ雰囲気にとても似ていた。
ただその姿は砂漠で出会った蜃気楼のように朧で、かすれている。
彼らは私達ににこりと笑いかけた。漆黒の翼を持つ女性が私達に向かって口を開く。
『大丈夫。あなた達も私達のように、結ばれることができるわ。ね、リュウ。
私みたいに禁断の羽の色を持つものでもできたのだから…。』
『そうそう。何とかなるって。なあ、ニーナ。俺達のように、さ…。
500年も前のリュウとニーナも出来たんだし。
それにしてもここにいる三組、みんな同じ名前だから誰が誰だかわかりにくいな。』
その後を引き継ぐように、純白の翼の女性が続ける。
『何言ってるのよ。似てるかもしれないけど、ぜんぜん違うでしょ!でもね、ニーナ。
飛翼族の能力を退化させてしまったのは私達のせいでもあるの。ごめんなさい。
でも私はリュウと結ばれたこと、後悔はしていないわ。
これは儀式の時にニーナには話したわよね…確か。』
『ほんとにややこしいな、まったく…。そうだな、後悔はしてないよ。
まあ俺達の時には異種族間の結婚ってめずらしかったよあ。
まだ種族間の純潔が尊ばれていた時代だったし、
特にニーナは守らなければいけない立場でもあったし。』
彼らはそれだけを言うと、ゆっくりと空気にとけはじめた。
私達は思わず彼らに向かって疑問をぶつける。
「まって、私達と同じって、それにあなた達の名前…。」
「あなた達には、僕達と同じ雰囲気がする。あなた達はいったい…?」
『私達はニーナ。そして飛翼族の国、ウィンディアの王女。竜族の戦士と共に歩む者。』』
『『俺達はリュウ。そして俺達は竜族の血を引く者。
竜の勇者と呼ばれる者。あーっと、もちろんおまえもそうだぞ。』』
リュウさん達はリュウにぴしっ、とそろった動作で指をつきつけて笑いながら言う。
その姿が大きなドラゴンへ変わり音もなく吼える。音はないのに空気が震える。
その姿と答えに、私達はあっけに取られた。
驚いている私達をニーナさん達は、自らの翼で空に浮かびながらいたずらっぽく見つめている。
漆黒のニーナさんが両手を空に差し伸べると、どこからともなく大鳥が飛んできた。
その背中にふわりと飛び乗る。
純白のニーナさんは自ら大鳥に変身し、大きな瞳で私を見つめる。
ドラゴンと大鳥の翼がはためいても、風は起こらない。
変わりに、強い魔力が私たちの周りを包むのを感じた。
彼らはそれぞれのパートナーと寄り添い、空へ、ウィンディアの方向に飛び立った。
もともとおぼろげだった彼らの姿は、その光景を最後に消えてしまう。
私達は硬直したまま、ずっと彼らが消えた空を見つめていた。
ざああっと強い風が吹き、草を、体を揺らす。
「今の人達、竜族、だよね。僕と同じように変身、してた…。」
「…うん。それに、女の人達は、飛翼族。しかも空を飛んでいた…。
すごい、すごいわ。すっごくきれいだった…。」
「しかも結ばれたっていう事は…。」
「飛翼族の王家の血筋に、竜族の血もあると言うこと、よね。
帰ったらご先祖様の記録を探してみよ…。でも、みつかるかしら?
ロングのニーナさんのあの服は、確か竜族が滅びる以前の物のはずだし、
ショートカットのニーナさんはそのさらに500年ほど前……。」
「……記録、残ってても読めない状態かもね。だいたい言葉とか文字とか変わってるかもしれないなあ。」
(それに―)
声に出さず、思う。
(結ばれる、か。ご先祖様たちにできて、私にできないことはない、わよね…。)
ウィンディアへ続く街道を歩く。
時折野生の動物達に襲われながらも、私達はそれを軽々と退けて進んでゆく。
街道沿いにある宿場町が近くなるとすれ違う人の数も少しづつ増える。
それは旅の最後が近づいている証拠で、胸の中に何か割り切れない感情が膨れてきていた。
先ほどから私もリュウも言葉を発していない。ただ黙々と進んでいる。
ちらりとリュウの顔を盗み見るが、その表情は私に何も語ってくれない。
「ニーナ、どうしたの?」
私の視線に気が付くと、不思議そうに首をかしげる。それはいつもの、でも少し硬い表情。
「ううん、何でもないよ。」
私もいつものように明るく笑って返す。それっきり、お互いの間に言葉は続かない。
そんなやりとりを何度か交わしているうちにウィンディアに一番近い宿場町へと着いた。
ここから城下町までは後数時間。
歩けない距離ではないが、日は傾きかけて少しだけ色が変わってきている。
街門を入ってすぐのところで相談して今日はこの町で宿を取る事にした。
夕食も、買い物も終わって宿の自分の部屋に戻る。
部屋に備え付けの浴室で旅の疲れを落とし、楽な格好に着替えて低めの位置にある窓枠に座る。
そのまましばらくちらほらと明かりがともり始めた街を見下ろした。
どのくらいボーっと街灯りを見つめていたかわからない。
気が付くと日は完全に落ち、各家の窓枠から漏れる光が闇を淡く照らしていた。
部屋にある明かりをともすと、こつこつと控え目にドアをノックする音に気がつく。
「ニーナ、今大丈夫?」
ドアを少しあけるとその前にラフな格好をしたリュウが立っていた。
「どうしたの、リュウ?」
「話をしたいと思ってきたんだけど…」
「ああ、大丈夫よ。入って。」
さて、入ってもらったのはいいが、良く考えたら椅子は一人分しかない。
「えーっと、椅子に座って。」
そういって私はベットに座る。程よくきいたスプリングの感触が心地よい。
野宿が多い旅では、城に居る時には体験できない格別の嬉しさだと思う。
「ね、ニーナ。これを覚えてる?」
椅子に座ったリュウが差し出してきたのは、端が擦り切れている一冊のノートだった。
すごく見覚えがあるのに、はっきりと思い出せない。
顔をあげると、リュウが淡い笑みを浮かべているのが見えた。
「見てみればすぐにわかるよ。」
そう言って、私の手を取り、ノートを渡す。
触れる紙の感触はなつかしいもので、私はゆっくりとその表紙をめくった。
その中にあったのは、たくさんの文字たち。そして文字によってつづられた文章。
初めての旅に興奮している私の文字。(あーあ、今と大して変わっていない…。)
たどたどしく綴られたリュウの文字。(私とモモさんとで教えたんだっけ。)
今と変わらないモモさんの文字。(書くの速かったのよね。なのにちゃんと読める。)
力強く書かれているガーランドさんの文字。(やっぱり上手ね。見習わなくっちゃ。)
ところどころにあるのはペコロスの文字? (…さすがに読めないわ。)
幼いころの旅の記録がそこには残っていた。
すっと思考が広がり次々と忘れていた思い出がよみがえって来る。
「思い、出した?」
「うん。なつかしい……」
「モモさんがあの旅の最後の記録をとって、そのまま持っていたんだって。
別れる時に『これからも旅を続けるなら』って渡してくれたんだ。」
「そっか。モモさんがもってたんだ。」
「言葉の続き『ニーナにもちゃんと見せてあげなさいよ〜』だって。
今まで何回か見せようと思ってたんだけど、何だか機会がなくて。」
リュウの手の中にある懐中時計の鎖がシャラシャラと鳴る。
私はあの当時のどきどきを思い返しながら、最初のページからゆっくりと読み始めた。
日記を読みながら、昼に街道を歩いていたときとは違って色々なことを二人で話す。
幼いころの事、今回の旅の事、仲間の事、道であったご先祖様の事……話題は尽きることがない。
気が付いたときには夜の闇はさらに深くなっていた。
闇を照らしていた街明かりも一部をのぞいて消えてしまっている。
懐中時計をぱちりと開き、時間を確認していたリュウが椅子から立ち上がった。
「…ごめん、長居しすぎたね。」
「今何時なの?」
「夜中の11時。明日も歩くし、もう部屋に戻るよ。」
そう言うと軽く笑い、ドアに向かって歩き出す。
その姿を見て、私は―
「……リュウ!」
「え……!」
私は立ち上がってリュウの背中を抱きしめていた。
このまま離れたくはなかった。
心の底に、小さいころからあった淡い想い。
二人きりになって、ご先祖様(?)と会って、はっきりと浮かび上がってくる。
その想いを押さえ込んで、無視する事は出来なかった。
「お願い。このままここに……、側にいて…。」
「側に…?」
「うん。もう時間、ないでしょ。明日には私たち、また別の道を歩き始めるもの。」
「ニーナ…。でも…。」
声が震える。私も、リュウも。
「知ってる。証がほしいの。明日別れても、またあえるっていう印が。…へへ、私らしくないかな。」
「いいの?意味、わかっていってるの?」
「失礼ね!わかってるわよ。…だめ、かな?」
「そんなことない。でも…はじめたら、たぶん止められないよ?」
「望むところよ。」
私はすっと腕を引いて、リュウを開放する。
リュウが私に向き直る。
彼の首に腕を絡め、ゆっくりと顔を近づける。
彼の手が私の腰に回って…唇が重なった。
きしりと二人分の体重を受けて、ベッドがきしむ。
緩やかに彼の唇が私の顔の上をすべる。同時に手も服の上から私の肌を鈍くなでる。
その感触がくすぐったくて、物足りない。
「ん、リュウ…、もっと、触って…。」
「でもなんだか、ニーナが壊れそうで…。」
「大丈夫よ。ほら…。」
そう言うと、するりと服の胸元をはだける。手をとって、自分の胸にゆっくりと押し付けた。
リュウの大きい手が膨らみに沈み込む。
「うわ、やわらかい。」
そのまましばらく 止まっていたが、やがておずおずと動き始めた。
はじめこそ力加減がわからないのか、弱く、時折強く、痛みすら伴うこともあった。
その内に、私が思わず反応してしまう強さを見つけたのか、
緩やかに強弱をつけて両方のふくらみを下着の上から揉みしだく。
「…はあ……くはあ…、ン、ふ…。」
ゆるゆるとした刺激に、息が上がり、声が時折もれてしまう。
「?…ニーナ。ここ、硬くなってきてる…。」
そういうと、知らず知らずのうちに、その存在を主張していた頂を、軽くはじかれた。
「きゃ!あ、やあ―、や!」
急激に襲ってきた強い痺れに、背がびくりとなる。
ストラップレスのブラが、くっと下げられ、胸が空気に直接触れる。
おろされた時に、布地が硬くなった頂に軽く引っかかる。乳房がぽんっと軽くはねた。
リュウの手で摘まれ、こね回される。
そのくせ、反対の手は胸を優しく愛撫していて、先ほどより強烈な感覚が次々と襲ってくる。
「ひゃ、や、んあ!や、やめ…てよう…。」
その言葉を漏らしたとたん、ぴたりと止まる刺激。
「あ…、ご「あ…、やめないで…」。」
言葉が重なる。
「…どっちなの?」
戸惑っている。リュウも、私も。私の思いは―――
「……あ、あのね。続けて、ほしいの……。」
最後のほうは恥ずかしさで、小さい声になってしまう。
「わかった。」
手が再び動き出す。リュウの顔が近付いて、耳朶に軽く口付けが落ちた。
頬、唇、首筋、鎖骨……。
それは徐々に下がってゆき、気がついたときには、私の胸元に頭があった。
「ちゅ――ん。」
「りゅ、う……、ふはぁ…。」
ぬるりと舌が肌の上を滑って、先ほどからの刺激で隆起している先端をなぶった。
リュウが舌を動かすたびに、鈍く響く湿った音と、思考に直接ぶつかる快感が起こる。
私の腕は知らず知らずのうちに、リュウの頭をぎゅっと抱え込んでいた。
「ニーナ、ちょっと…腕の力を抜いて?苦しいよ。」
「――あ、ごめ、ん…。」
その言葉でやっとわれに返って、慌てて腕に入っていた力をそっと抜いて開放する。
「リュウ、なんだか赤ちゃんみたい。」
「はは、触れてるうちにすごく安らかな気分になってきちゃって、ついつい……。」
顔を見合わせて笑う。ふと自分の体を見下ろすと、胸元が大きくはだけ、
かろうじて肩の部分が汗で張り付いているが、上半身のほとんどが露出してしまっている。
とくに胸は、汗とリュウの唾液でべとべとになってしまっていた。
胸元に手を当てて、少しだけ考える。そして少しの躊躇の後、
「もう、服は邪魔よね…、ここまで来ちゃったら。」
そうつぶやくと、背中の羽を引っ掛けないように服を脱ぎ捨て、
ウエストのところまで落ちてしまっていたブラもはずす。
ちらりとリュウに視線を送ると、じっとこちらを見つめていたが、
私の視線に気がついて、慌てて服を脱ぎ始める。
くすりと笑い、ショーツに手をかけて一気におろした。
リュウが服を脱ぎ終わったのを横目で確認すると、ギュッと正面から抱きしめる。
服越しとは違う、肌の感触と起伏。そして熱さ。そのすべてが心地よかった。
キスをする。軽くついばむ用に数度。そして長いキス。
苦しくなってうすく唇を開いたところに、リュウの舌が滑り込んできた。
その感触に、慌てて逃げようとしたが、太い腕が私をがっちりとつかんで逃げられない。
リュウの舌が、私の舌を見つけ出して絡む。
しだいに頭がぼうっとしてきて、体に力が入らない。
リュウの体重に押されるように、私達の体はベッドへと倒れこんだ。
リュウの指が、私の体を降りてゆく。
胸元からおへそ…わき腹へ。軽い刺激がくすぐったい。
次にくるのは…と、内心どきどきしているのがわかったのか、わき腹から、すっと太ももの方へ指がすべる。
「え…、ああ。」
ほっとする反面、ちょっとさびしい。
そう思って体から力が抜けた瞬間を見計らったのか、不意に指が下腹部…秘められた所にすすんだ。
「ふぁぁぁぁぁ!!」
胸を触られる感覚とは違う。もっと激しいもの。思わず軽い悲鳴が口からこぼれた。
自分ですらほとんど触れたことがないところを、触れられている。
男の人に。しかも好きな人に。
その事実が、私の中にある切ない疼きを増幅させる。
それはリュウの指が少し動くだけで、倍に、また倍にとすごい勢いで膨れ上がっている。
緩やかに表面をなでているだけでそうだったのだから、つぷりと私の中に入り込んだときには
きゅっと弓なりに体が反り返ってしまった。
ゆっくり指が私の中を出入りする。
侵入されたことのないところを、緩やかにではあるが押し広げられている感覚に声が出ない。
恥ずかしいから、ぎゅっと目をつぶって、息をかみ殺して。
それでもリュウの指の感覚をもっと感じたくて、意識を肌に集中させた。
「凄い…」
「え……?」
耳元で声が響く。ひくい、声。
「濡れてる…。溢れてる。」
かあっと顔に血が上るのがわかる。頬が熱い。
目を開けると、天井がゆらゆらとゆれている感じがする。
視界の隅にはリュウの熱に浮かされたような表情もある。
「だって、リュウが…。」
「僕が?」
「あ、リュウが、触ってくれてるから…。んあ…。」
ポツリとこぼす。それは間違いなく、私の本心。
その間にも指は動いて、私に刺激を送り続けている。
「ニーナ、かわいい。」
「もう、なにいってるのよ。あ、は…すっごく…、恥ずかしいんだから…。」
「ホントのことだし。」
「…ありがとう。ねえ、もう…。」
「ん。」
すっと指が抜かれ、リュウの体が足の間に割って入る。
「ニーナ、怖い?」
「怖くなんか――。」
「体に力がはいってる。」
その通り。
初めてはとても痛いと聞いているから、意識とは裏腹に、体には緊張した時と同じ感覚がある。
「た、確かに……怖いわよ。でもね、初めてだし…、緊張してるの!」
「僕もだよ。」
頬に優しいキスが落ちる。私もそれで覚悟を決めた。
「ほら、ここ…。」
そっとリュウを導く。
ちゅ…と音がして、私のところに当てられる。
大きく息をすると、彼の背にぎゅっと力が入って、ずるり…と私の中に埋まっていった。
激痛と鈍痛と嬉さと暖かさとが同時に来て、頭の中がぐちゃぐちゃになっている。
こらえ切れなかった涙がぼろぼろとこぼれてシーツをぬらす。
「あ、んあ…。」
「ニーナ、ごめん。」
「あ、謝る必要なんてないんだから。大丈夫、だから。」
心配そうに覗き込み、おろおろしているリュウが見える。
私はシーツをつかんでいた両手を離し、リュウへさしだした。
「でも、お願い。抱きしめて。抱き上げて…。」
その腕を取って、私をそっと抱んでくれる。少し動くだけで下半身に痛みが走るけど、かまわない。
今はリュウにぎゅっと抱きしめてもらいたかった。
つながっている部分だけでなく、素肌が触れている部分が熱くて心地よい。
背の翼をぱたぱたと少しだけ動かす。
リュウの首筋に顔を埋めて、ゆっくりと呼吸を整えた。
「もう、いいよ…。リュウもつらいでしょ?」
「うん。動く、よ。」
ぐっと引かれ、再び埋まる。
「ひあ!あ、ン・・・。」
伝わってくる痛みと、熱さ。はじめこそ私を気遣うような動きだったものが、次第に早くなってくる。
「ん、ニー、ナ。ん、んう。」
何かを言いかけたリュウの唇をふさぐ。その隙間に舌を割り込み、彼の口腔内を探った。
すぐにリュウが答え、腰を動かし続けながら私の舌を絡めとり、強くすする。
閉じていた目をあけると、眉間を寄せたリュウのまぶたが見える。
不意にリュウの目もあく。同時に唇が離れ、舌先をつっと透明な流れがつなぐ。
少しだけ顔が離れたことで、熱に浮かされたリュウの顔全体が見える。
瞳の中に写っているのは私の顔。
快楽にゆがんで、とても淫靡で。自分のしている表情とは思えない。
別人のようにも見える。でも私の顔。
「…やぁ、顔、見ない…で。」
「いやだ。…ニーナのこんな顔、僕しか、知らない。」
リュウの荒い言葉と呼吸に、体にカッと熱が走る。
その熱さに耐え切れなくて、のど元まできていた言葉を吐息の中に埋め込んで、私は再び目を閉じた。
ベッドのスプリングが動きに合わせて音をたて、
つながった所からも、粘度の高い水温がひっきりなしに私の耳に届く。
「ん、むう〜、ふ、あは…。り、ふ。りゅ、う! 」
「ふ…、む、はふ…。」
それは私の興奮を増幅させ、肌と粘膜はいよいよ敏感にリュウの体温と感触を感じ取る。
そのころには、下半身から伝わってきていた痛みのほとんどは、
脳を焼くような気持ちよさに差し換わっていた。
穏やかになったり、強くなったり、時には止まったり。
その動きに翻弄されて、頭の中が真っ白に染まっていく。
「リュウ、リュウ、……スキ…リュウ! 」
体の内から襲ってくる快感に襲われて、ぎゅうっと彼にしがみつき、名前を呼ぶ。
こんなに近くにいるのに、遠くの場所にいるような感覚が恐怖を呼ぶ。
リュウを絶対に離したくなくて、その背に爪をたててしまっていた。
「っつ…。ニーナ、にい、な……。はあ、もう…。」
リュウの眉根がつらそうによる。それは爪を立てた痛みのせいなのか、それとも別なものなのか、
私には判断が出来なかった。…と言うより、判断する余裕なんてどこにもなかった。
「あ、わた、わたし、もう…ダメ……!」
ぶわりと快感が膨れ上がり、しびれるような感覚が体を満たす。
「うあ、は……。」
少し遅れて下半身に力が入ると、まわした手のひらから、リュウの背に力が入ったことが伝わる。
そして私の中で熱いほとばしりを感じ、先ほどよりは穏やかな痺れが体を包んだ。
単語が思考の中を回る。
呼吸が荒い。息苦しい。少しだけ重い。
でも心地いい。あったかい。冷たい。…冷たい?
ぱたりと私のほほに雫が落ちていた。
生ぬるいそれは、ほてった私の顔では幾分冷たく感じる。
やっと、ずれていた焦点があった時、リュウの目から涙が流れているのが見えた。
「泣いてるの…? 」
「え…あ、ほんとだ。」
涙があふれているのに気がつかなかったのか、慌てて手でぬぐっている。
それでも次から次へと雫は落ちて、とまらない。
ぱたぱたと落ち続ける。
「ごめん、とまらない、みたいだ。」
「昼間と逆だね。そういえば、小さいころのリュウの泣き顔はよく見てたけど、
大きくなってからは初めてな気がする。」
私と出会ったばかりのリュウはよく泣いていた。
それでも強かった。私を守ってくれた。だから私も守ろうと思った。
「そうかな? 」
「うん。そうだよ。たまには泣いていいよ。私が見ててあげる。」
今思い出せば、幼いころのお姉さんぶった行動は、大人から見れば苦笑するしかないものだったと思う。
けれどそれは強い思いから出たもの。少し恥ずかしいけど、否定はしない。したくない。
「……恥ずかしいよ。」
「もうみちゃったもの。大人になったリュウの泣き顔知ってるの、私だけ。それならいいでしょ? 」
「…それもそうだね。はは、今度こそ、ニーナと共にいきたい。果たせなかった誓いを守りたい。」
「そうだね。私も一緒にいきたい。遠くても一緒に…。」
リュウの首を引き寄せる。リュウは私の背に回した腕に力をこめる。
涙が止まるまで、私たちはずっとそのままでいた。そしてそのまま眠りに落ちる――。
「昨日のあの光景は何だったんだろう?」
「…あの前後、風が吹くと同時に、強い魔力もかんじたわ。」
私たちは街道を歩く。
「―確かに。風と魔力か……。」
「しいて言えば……風に刻まれた記憶、なのかもね。」
「記憶?」
「ええ。強い思いを抱いて、風の中を歩んだ人たち。その記憶がこの風に乗って、世界中を回っている。」
手を空へかざすと、輝く太陽光が私の目を射る。
ところどころに見える雲とのコントラストが美しい。
「それがいくつかの切っ掛けで…まあ、魔力の集まり具合とか、思いの強さとかを鍵にして空間に顕現する。
そんな感じなんじゃないかと、私は思うけどな。」
「うーん、魔力を使った、蜃気楼……みたいな感じなのかな。」
「あー、当たらずとも遠からず、かも。少なくとも私のイメージはそんな感じ。」
視点を青い空から、街道の先へ戻す。 もうすぐそばに、ウィンディアの城下町が見えた。
それは旅の終わり。日常の始まりの合図。
ウィンディアの街中なら特に心配はないが、用心のために私達はここで別れることにした。
堅く握手をすると、私はリュウの頬にキスをする。
「もしウィンディアにきたら、ハオチーさん達に連絡を頂戴。
私のところに情報がくるようにお願いしておくわ。」
「わかった。そうするよ。僕への連絡は、モモさんのところに手紙を出して。
モモさんにはもうお願いしてあるし、しばらくはマメにレイに会いに行くつもりだしね。」
「でも、レイさんとモモさんがいっしょに暮らすなんて、意外なような、そうでないような…。」
「レイは、兄ちゃんは世話好きだから、結構良いコンビかもな。」
「そうね。けどあの二人に子供が出来たら、どうなるのかしら?」
「結構苦労しそうだけど……。じゃあとりあえずここでお別れだね。元気で。」
「ええ。お父様達を説得できたら、必ずあなたやレイさんたちを、あらためてお父様達に紹介するわ。
…いつまでかかるかわからないけど。」
リュウが手を伸ばし、私の体をひきよせ、抱きしめる。
背中にある、退化してしまって飛ぶことのできない、ただの飾りにすぎない私の純白の翼に触れる。
その感触は遠い、遠い、はるかに遠い昔にも同じことがあったようで―。
「気長に待ってるよ。それじゃあまたね、ニーナ。」
「うん、またね。離れてても、いつでも一緒だからね。」
リュウは私の頭をぽんぽんと叩き、笑うと腕をはなす。そしてくるりと私に背を向けた。
私も彼の背中を少しの間見つめると、背を向けてウィンディアの方向に向かって歩き出した。
これから違う道を進むけれど、いつか交わることもあるかもしれない。
いや、絶対にあると確信した足取りで、私達は歩き出す。確認しあった誓いを胸に抱いて。
風が私達を優しく包む。
私は、昨日会ったご先祖様達も、この風の中をくぐったのかもしれない。
そう考えながら、長年住みなれた城に向かって歩いた。
『風の記憶』 BOF1/BOF2/BOF3
〜END〜