風と祈り … BOF2  
 
さわりと風が草原の草を、髪を、翼をなでて通りすぎて行く。  
風は私の種族と近いものであり、今まで何度もこんな風にめぐり合ってきたが、  
ここまで心地よく感じたのは初めてかもしれない。  
長い間共に旅をし、生死を共にしてきたかけがえのない友人達も、一人を除いて今ここにはいない。  
皆、自分の居場所へと帰って行った。  
今私とともにいる人物は私をわざわざここまで送ってきてくれたのだ。  
6歳から10年間、孤児となっていた彼にも今は家族がいる。  
行方不明になっていた父親と妹。  
些細なきっかけから旅を続けるうちにめぐり合うことができた。  
なんてうらやましい、私はひそかにそう思う。  
いきなり自分のことが周囲の人々の記憶から消え、親友とともに過ごしてきた10年間。  
どんなにつらかっただろうか、どんなに苦しみ、またある意味充実していたのだろうか。  
私には当然わからない。  
 
…私も長い時を孤独に過ごしてきた。  
この忌まわしき羽の色。  
漆黒の翼。  
不吉の象徴。  
伝わる予言。  
 
これのために私はずっと疎んじられてきた。  
羽が生える以前とまったく変わってしまった私への対応。  
そしてその空気に耐え切れなくなり、自ら願い出て、王家の一員であることをやめた。  
私はただ消えることだけを願った…。  
でも私と違って彼は生きて行こうとした。  
どんなに親友意外に頼れるものがいなくても、打ちのめされても。  
生きることを自分から放棄していた私には、彼の生き方が、前向きな考え方がまぶしかった。  
旅の途中仲間を思って、これしか方法はなくて、すべてを捨ようとした。  
その結果知ったのは悲痛なまでの、家族から、私への思い。  
そして私から、家族への思い。  
と同時に気がついた。苦しんでいたのは私だけではなかったことを。  
両親は王と王妃という立場に縛られていた。それは私自ら縁を切ることで絶対的なものに変わった。  
そのことをまったく知らなかった妹。自分ひとりが理解していなかったことを知って、呆然としていた。  
……失ったものは大きかった。いくら妹の思いから出たことだとしても。  
私の為に役立ちたいと、妹はそういって本来の肉体、意識をすべて捨てた。  
その思いを踏みにじることは絶対できなかった。  
 
今、私は生まれ故郷に帰る。すべてが終わったことを告げるため。  
 
 
「ねえ、リュウ。あなたはこれからどうするの?」  
連れに話し掛ける。体いっぱいに風を受け、気持ちよさそうに目を細めていた彼が振り返る。  
そして静かにはっきりとした意思を持って口を開いた。  
「俺は共同体に…、ゲイトの村でレンジャーを続けるつもり。パティ、いやユアとボッシュと三人でね。」  
「そう…、それにしてもまさかパティさんが、妹さんだとは思いもしなかったわ。  
 …リュウと再開したとき、やっぱりすぐにわかったのかな?」  
いたずらっぽく言うと、リュウは顔をしかめ、苦笑する。  
「俺はわかんなかった。けどユアはすぐにわかったって言ってた。まったく兄貴失格だよ。  
 本当に、最後の最後まで気が付かなかったんだからなあ。」  
「ふふ、仕方ないわよ。小さいころユアさんには羽がなかったんでしょ?  
 それにあなたよりももっと年下のころだもの、容姿もリュウ以上に変わってしまうわ。  
 …ミイナもそうだったから…。」  
最後のほうは小さい声でつぶやく。風に流れてその言葉は消えていった。  
「……ニーナはこれからどうするの?」  
私の言葉が聞こえたのか聞こえなかったのはわからないが、そう振ってくる。  
「まずはお父様とお母様に会ってすべてを報告するわ。それからはわからない。  
 ミイナがいない以上、直系の血筋はわたしだけになるから…。けど逃げない。  
 どのような結果になるにせよ、向き合って行く先を探してみる。そのつもり。」  
 
少し悲しげに微笑んで、リュウは私の言葉を聞いてくれている。そして言った。  
「強くなったね。いつもニーナははかなげで、どこか消えてしまいそうな雰囲気があった。  
 この翼を気に病んで、自分を消したがっていた。ちがうかい?」  
驚いた。本当に驚いた。彼が私の思いを察していたなんて知らなかった。  
もしかしたらみんな気がついていたのかもしれない。  
口に出さなかっただけで。自分自身をぎゅっと抱きしめる。  
服越しに二の腕に刺さる爪が痛い。それ以上に、心が痛い。  
「…そうよ。消えたかった。  
 私がこの世にいたすべてを、存在も記憶も、すべて消えたらいいと、ずっと、ずっと思っていた。  
 それが少しずつ変わっていったわ。旅の中で。」  
今まで誰にも言ってこなかった思いを少しずつ言葉にのせる。のどの奥で突っかかっていた心が、すっと外にでてきた。  
言葉は止まらない。  
「きっかけはリンプーの『ニーナの羽はとてもやさしい色』って言うのだったかな。  
 あの時はすごく複雑な思いだったの。わたしにとってこの羽は、悲しみの色でしかなかったから…。  
 ウィンディアでは災いの証明だったけど、みんなには関係ないことだった。  
 みんな私を私として見てくれた。今までそんなことなかったから。」  
リュウは無言で聞いてくれている。うなずきもせずただ静かに耳を傾けている。  
 
「最初こそ戸惑ったけど、そのうちにすごく心地よくなったわ。  
 だからこそ、自分のためにではなく、みんなのために消えてしまってもいいと思った。  
 そしてあの一件で、私一人が閉じこもっていたことも知った。  
 知ったからこそ今まで逃げてきた問題に向き合う覚悟もできた。  
 …これって強くなったのかな?」  
「やっぱり強くなったよ。これだけ自分の抱えていたものもいえるようになったんだから。  
 自分の心を覗くって、怖くて勇気がないと直視することもできないからさ。…すっきりした?」  
「ええ。口に出してしまったらすっきりとした。まだ少しよどんでるところはあるけど、  
 いっぺんに解決できるわけでもないし、徐々に落ち着かせてくつもり。」  
私はそういうと手を高く上げ、片手で印をくむ。風がざわりと体をなでていく。  
「え、ニーナ?」  
「リュウ、私とウィンディアに来てくれない? 一人ですべてを説明しきれるかどうかわからないから…。別に無理は言わないけど…。」  
驚いた表情を笑顔に変え、リュウは大きく首を縦にに振ってくれた。私の顔も自然と笑顔になる。  
多分今までできたことのない、自然な笑み。今度仲間のみんなにも見せたいと思った。  
 
 
ひょうと強い風が吹き付け、上空からバサリ、バサリと音と風圧がかかってくる。  
上を見上げると一羽の鳳の姿が目に入る。  
風の中、私は静かに(もしかしたら自分自身に向けて)祈ると、  
鳳に再び視線を移し、まぶしげに見つめてその鳳の名を呼んだ。  
「ミイナ!!私たちをウィンディア城までお願い!」  
 
 
 
 
今、私は生まれ故郷に帰る。  
すべてが終わったことを告げるため。  
そして自分の道を確認するために。  
この祈りは絶対にかなうはず。そう信じて風の中を駆け抜けていった。  
 
 
To be continued BOF3  
 

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