知識の探求者たる草の人として、私は各地を旅し多くの知識を身につけてきたと自負していました。  
ですが、それは私の驕慢であったようです。  
リュウさんたちの仲間となってからは、毎日が新たなる発見の連続なのです。  
 
ある日、共同体の廊下を歩いていると、なにやらこそこそと  
人目を憚るように歩くボッシュさんを見つけました。  
「ボッシュさん、どうされましたか?」  
声をかけてみました。  
「おわっ!?あ、アスパー!あ、いや、な、何でもないよ?うん」  
あからさまに狼狽されました。大変に怪しいです。  
「…おや?それは、…書物ですか?」  
ボッシュさんは小脇に何やら本を抱えていました。  
カバーがかかっていたので、何に関する物かは判別できません。  
「あ、いや、これは、やっと入手したレアな…その…そう、難しい本なんだよ、とっても!」  
難しい本…?学術書、ということでしょうか。しかも、レア。希少価値。それをなぜボッシュさんが?  
なんにせよ、知識の探求者たる我々草の人が、難解な書物と聞いては放っておけません。  
「それは大いに興味を惹かれますね。是非、お見せ願えませんでしょうか」  
「ぐわっ!(逆効果だ!)い、いや、これはその、今から相棒に貸す約束してるんだ、じゃ!」  
そそくさと立ち去ろうとするボッシュさん。  
「逃がしません」  
胞子を飛ばします。  
「…ぐー」  
ボッシュさんは、その場でばったりと倒れて眠りこけてしまいました。  
というわけで、ボッシュさんの本は没収です。  
…別に洒落ではありませんよ?  
 
さて、自室に戻りボッシュさんから(強制的に)借り受けた書物に目を通します。  
タイトルは『竜姦わたしのおにいちゃんなのにー』  
これは、どうやら生殖行為に関する書物のようです。  
私たち草の人は他種族と異なり性別がありません。それ故、本来このような行為とは無縁の種族です。  
私もこういった分野に関しては、自分に無用の知識と判断していました。  
ですのでこれは、確かに、私にとって実に難解な書物といえます。  
 
ですが。今の私にとっては、そう無縁ともいえない状況なのです。  
リュウさん達と合流して、初めて可能になったことが、私をそのように変えてしまったのです。  
究極合体。  
シャーマンという女性たちと融合するこの行為は、戦力を増強すると共に、  
身体にも大きな変化をもたらします。事実、現在の私はというと。  
180cm近かった身長は小さく縮み、頭髪も生えました。  
更に、(小さいながらも)乳房も持ち、女性器さえ備えているのです。  
つまり今の私は、明らかに女性なのです。  
そこで疑問が生じます。  
今の私には、この書物に書かれているような繁殖行為が可能なのでしょうか。  
常々考えていたところに、このような文献を入手してしまいました。  
「これは、確めてみる必要があります」  
 
早速、書物に書いてある通りに実践します。  
まず、衣服を脱ぎ捨て、ベッドに寝転びます。  
次に、胸に手を当て、揉む…ほどにはありませんので、省略。  
硬くしこって来たはずの突起物を指で挟み、こねくリ回します。  
「…特に、変化はありませんね」  
というか、乳首、硬くしこってません。  
「…?」  
次の段階は、下着の上から女性器を擦る作業です。  
既にじわりと濡れた女性器は下着に染みを…  
「のはずですが、別段、濡れてなどいませんね」  
明らかに予想と異なる結果が出ています。  
何が違うのでしょうか。…書物を読み返すと、  
どうやらこの行為には特殊な発声法が必要なようです。  
「あん」  
表記通りに発音します。これを繰り返すようです。  
「あんあんあんあん」  
発声法を伴いながら、先ほどと同じ行為を一通り行います。  
「あんあんあんあんあんあんあんあんあんあんあんあんあんあんあんあん…  
 …変化ありませんね」  
発音が間違っているのでしょうか?  
そう思っていると、部屋のドアをノックする音が。  
「アスパー?いるかい?」  
リュウさんでした。  
 
…これは、ボッシュさんの書物に書かれていた通りです。  
先ほどのような『自慰行為』を行っている最中に、男性が部屋に入ってくる、と。  
「アスパー?」  
「開いていますので、どうぞ中へ」  
「あのさ、ボッシュが廊下に…って、おわあっ!?」  
私のあられもない肢体に目を丸くするリュウさん。これも、書いてある通りです。  
さて、この後は、私の溢れる色香に自制心を失い襲いかかってくるはずですが…。  
「…何やってんのさ、アスパー…」  
…存外に冷静です。何か、珍奇なものを見つめるような眼差しを送られています。  
「ボッシュさんにお借りした学術書に書かれていたことを実践していたのですが」  
「学術書…って、エロ本じゃないかそれ」  
「呼称は問題ではありません。この書物に書かれているような行為が、  
草の人である自分に可能であるかどうか。そこが焦点なのです」  
「あー…そう…それは、邪魔してごめん」  
どこか呆れたように言われました。  
「いえ、邪魔というより、いいタイミングです。ご協力願いたいのですが」  
「…は?」  
「この形態で、生殖行為が可能であるか。そして、妊娠、出産するものであるか。  
私一人では、如何とも検証しがたいことですので」  
「他あたってくれ」  
即座に拒否されました。  
「魅力的な申し出ではありませんか?年端も行かぬ幼女の瑞々しい肢体を思う様貪る事が出来るのですよ?」  
「冷静な顔して変なこと言わないでくれ…つーかオレ、ロリコンじゃないし」  
「しかも私はこう見えて実年齢111歳です。ロリどころかお姉さん属性も付加です」  
「いや、だから」  
「妹属性がお望みでしたら、『おにいちゃん』とお呼びしますが」  
「聞けって」  
「『リュウおにいちゃん…あのね、アスパーね、おにいちゃんに、いろんなコト…教えてもらいたいナ…』  
 …いかがでしょうか」  
「…」  
おや、頭を抱えてしまわれました。  
 
「ここまで言って駄目とは、もしやリュウさんは不能なのですか?」  
「アスパー、その一冊でいらんコト覚えすぎだよ…そんなこと、軽々しくするもんじゃないだろ?」  
「心配はご無用です。我々は貞操観念とは無縁の種族です。性行為自体しませんから  
…さあ、リュウさん。うっふーん」  
書物にかかれている通りの、筆舌に尽くしがたい淫靡な(はずの)ポーズをとり、  
色気を振りまいて再度誘惑してみます。  
リュウさんは再度頭を抱え座り込んでしまいました。…何がいけないのでしょうか。  
そこで、リュウさんは何か思い立ったようにこちらに向き直りました。  
「そうだ!アスパー!無理だよ!やっぱりアスパーに妊娠なんてムリだ」  
「何故です」  
「だって、アスパー、まだ初潮が来てないだろ?」  
初潮。初めての月経の事です。すなわち、女性が妊娠可能になったことを知らせるもの。  
私は確かに、初潮を迎えたことはありません。これでは妊娠できない、というのは道理です。  
「…なるほど。時期尚早でしたか。では仕方ありません。」  
「わかってくれたか…」  
「はい。時期が来たら、その時はご協力お願いします。」  
「は…はは…」  
誤魔化された気もしますが、今回は断念しました。  
「では、リュウさん。この書物を」  
「え?俺に?なんで?」  
「元々、これはリュウさんに貸し出す予定のものだと、ボッシュさんが…違うのですか?」  
「いや、俺は興味ないなあ、そのジャンルには…じゃない、聞いてないよ、そんなの」  
「そうでしたか。てっきりこれがリュウさんの守備範囲だと思いましたので、参考にしたのですが」  
「はは…ま、じゃあ、そういうことで」  
と、リュウさんはそそくさと部屋を出ていかれました。  
なるほど、繁殖可能な状態に成長していないため、書物のようにはいかなかったのですね。  
とりあえず納得しました。  
 
扉を閉めて、リュウはぼそりと呟いた。  
「…とりあえず、ボッシュの奴一発殴っとくか」  
 
…数日後、食卓に赤飯が並んだとき、リュウは心底肝を冷やしたそうである。  
 

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