異説ブレイブナイト〜カーライル伝〜
1、アーフォルグ城の宴
暗い部屋だ。照明は全て消してあるし、窓から光りが入らぬようにカーテンを閉めて
ある。
そんな所で僕は今、一人の女を抱いていた。
「あぁ……。いいわ、さすがに若いのねカーライル。あの人とは違うわ……」
その女、ラシェーナ様は人妻である。夫の人は僕からすれば主君すじにあたるフォレ
ン国王なわけで、この関係が明るみになれば僕は生きてはいられまい。
が、今のところは安心してもいいだろう。フォレン様は現在国を留守にしており、そ
の隙を見て僕達は関係を持っているからだ。そしてこれは、今回が初めての事ではない。
先に誘ってきたのはラシェーナ様だった。
『あなた、最近騎士団の中でも1、2の出世頭で……カーライルでしたか?
私に少し、街や外の話を聞かせていただけません?』
そんな風に声を掛けられて、初めての関係を持ったのが1年ほど前。
何故、僕なのだろうか? 他にも、――悔しいが――いい男はいる。金持ちの出だっ
たり血筋がよかったり……とか。
余所の国で女を抱いているであろう夫への当てつけか? と、聞いてみたこともあっ
た。今も同じ事を聞き、やはり同じ事を返して来た。
「それもあるけれど、それだけではありません」
「自惚れていいんでしょうか、僕は……」
「疑っているの……?」
僕が考えるのを止めさせるように、ラシェーナ様は唇を近づけ……僕の唇と重ねた。
「うっ! ううん!! ちゅ……」
「王妃……んぅ! むぅ……ちゅっ! ちゅぅ……ラシェーナっ!!」
そのキスがきっかけとなった。
お互いを求める動きが激しくなる。僕は前傾姿勢でラシェーナ様と密着しようと近づ
き、ラシェーナ様は仰け反り腰を浮かせ僕が叩きつけるのを受けやすくした。
ふと、揺れる二つの丘が目に付く。その頂にある突起を摘まみ、吸い、優しく噛む。
それを僕はこの女性の夫以上にやっているのではなかろうか。その想いが僕をより興奮
させる。
「はぁうぅ! ……王妃様……ラシェーナ王妃様。僕は、もう……」
「あっ! か、カーライルっ! いいわ……あなた……私の中で逝ってぇ!!」
ラシャーナ様が叫んだ瞬間、彼女の中が僕の逸物をきつく締め上げる。
僕の頭の中が気持ちよさで真っ白になる。そして、
ぶしゃぁ! びゅっ! びゅるる!!
触れ合った肌を伝って、ラシェーナ様の中に発射された精の音が聞こえた。
「はぁぁ! あぁぁ〜っ!」
甲高い声を上げてラシェーナ様は力を失い、腰をベッドに下ろした。そして、
ぐぅ……ぎゅっ!
なおも彼女の中は僕を搾り取ろうと絡み付いてくる。
「はぁ、はぁ、はぁ……っ。ふふふ、貴方の物が、また大きくなっているみたい……」
言われる通りだった。絡み付くひだの気持ちよさに、逸物は元気を取り戻す。
僕は照れ隠しに、もっと照れくさいことを言ってみた。
「貴方が……魅力的だからです」
「お世辞でも嬉しいわ。カーライル」
それから、僕らはもう一度求め合った。
”明日、起きるのが辛いだろうな。何か用事があったような気がするんだけど。
……まぁいいか”
僕はそこで考えるのを止めて、目の前の女体に埋もれる事にした。
*
ラシェーナ王妃様と何度目かの夜を過ごした、その翌日。アーフォルグ城は喧騒に包
まれていた。
寝ぼけ眼を擦りながら宿舎の廊下に出ると、僕と同じ騎士達が大慌てで右へ左へと、
走り回っていた。
「おい、カーライル、何やってんの?」
「何って、寝不足でぼうっとしてるよ」
「ふざけないの! 今日からローフェニアの使者が来るんだから、俺達そのお迎えをし
なきゃならんのをお前だって知ってるだろう」
同期のラルフが乱暴に言う。
ああ、そう言えば、我がリーヴェラントと隣国のローフェニアの間で、条約を結ぶた
め使者のやり取りをしているのだったな。我が国からはフォレン王自らが赴き、本日ロ
ーフェニアの使者を伴って帰ってくる、というわけだ。
”するとラシェーナ様をしばらくは抱けなくなるな……”
僕が、現状を振り返りつつ、王妃の熟れた体を惜しんでいると、
「だから、ぼうっとしてるなよ! 正装で、宿舎前に集合なんだってば」
ラルフの怒鳴り声が廊下に響いた。
城の正門から街を通り抜けて南側の門へと繋がる一本の太い道。所謂、朱雀大路とい
う奴だが、僕達騎士はその左右に整列して警備に当たっている。
”しかし、いったいどんな人が来るんだろうか?”
こちらからは国王自らが出向いたのだから、ローフェニアからもそれ相応の位の人が
やって来るのだろう。と、
ざわざわ。南側――使者がやって来る方向――が騒がしくなる。
ついに、やって来たのだ。先頭を行くのは我が主君、フォレン=アーフォルグ国王。
左右に手を振り、自国の騎士や民に笑顔を振りまく。その後ろにはリーヴェラントの外
交官や王の世話係が合わせて数十名。
それが途切れると、いよいよ本命、ローフェニア外交使節団の登場である。
”おお、これは! ローフェニアも本気だな”
豪華に着飾った、でっぷりとした男。ローフェニアの賢王と言われるアルタード=ウ
ェリアだ。彼は、馬車の前の席に座り背筋を伸ばし、じっと前を見ている。
”王族クラスは、彼だけかな……?”
と、馬車の後部。屋根と壁に覆われ中を伺うことは出来ないのだが、窓がある。その
窓が開いた。
女の姿が見えた。いや、少女と言ったほうがいいだろう。その少女が僕のほうを見て、
笑った。
”……自惚れ過ぎか……。他にも人はいっぱいいる”
気がつくと馬車の窓は閉まり、ローフェニア外交使節団も僕の前を通り過ぎて行った。
「さっきの女、可愛かったよな……」
となりにいたラルフが言う。その顔は嫌らしく、笑っている。
確かに、可愛い子だった。
*
その夜。リーヴェラントの政府庁舎たるアーフォルグ城ではローフェニア外交使節団
歓迎パーティーが開かれていた。これには、王族や文官だけではなく、僕ら騎士も参加
出来た。もっとも、僕などは端っこの方でテーブルに乗った食べ物を口にしつつ、ドレ
ス姿の女の子を目で追いかけている。国同士の事を云々するような器じゃあない。
ふと、会場の中央が騒がしくなる。見ると、フォレン王とアルタード王が酒を酌み交
わし談笑している。フォレン王の傍には、ラシェーナ王妃が寄り添っている。こうやっ
て見ると仲睦まじい夫婦だが、フォレン王はよもや妻が不義を働いているとは思うまい。
「あっ!」
僕は、まぬけな声を上げた。テーブルの上の料理が、無くなっていたからだ。とくに
おしゃべりもせず、黙々と食うに専念していたからとは言え、
”太るな”
と、ガラガラガラ。
手押し車に料理を沢山乗せたメイドがテーブルの前で立ち止まる。
「やあ、カーライルくん! 全部食べちゃったの? うれしいじゃない、今日の料理を
作った身としてはさあ!」
そのメイド、ステラ=ノースが言いながら、空いた皿と手付かずの皿を交換していく。
「無くなったら、すぐに言ってねぇ」
そのままステラさんは嵐のように駆け出し、他のテーブルを回り出した。
”僕に、全部食べろってのか?”
目の前の食べ物の山に、胸焼けがした。
「おーい、カーライル。一人なの? 寂しい奴だなぁ君って……」
「先輩。全然、食べてないんですね。具合悪いんですか?」
次に現れたのは女騎士の二人。同期のフェリルに一年後輩のミリア。
「よお二人とも。いや、ちょっと寝不足でね。疲れてる」
「ふーん、だったら止めとこうかな。ダンスに誘うの……」
「ダンス? ……いや、悪くないな。踊ろうじゃないかフェリル」
「でも、ミリアもいるし……彼女に悪くない?」
「えっ? ボクですか? 気にしないでいいですよ。昼間立ちんぼでろくに食べてない
から……」
色気より食い気……か。
「なら、いいかぁ」
フェリルが手を差し出す。
「行きましょう。女騎士様……」
僕はその手を取って、会場の中でも開けた、ダンスホールの部分へと歩み出た。
「だぁぁ〜! 下ったくそだな、お前って奴は!」
「何言ってんのよ。君だって大して変わらないでしょう」
まぁ、確かにその通り。僕たちはお互いの足を踏んづけたり、ステップを度忘れした
りと、涙顔になりながら戻ってきた。
”そんなに下手でもないと思うのだが……場のせいか”
両国王やら政府の高官たちに注目されれば、そりゃ慌てもする、と自分を納得させる。
「もぐもぐ! う〜ん、おいしい。どうしたらこんなの作れるんだろう?」
「良かったら、今度教えてあげるわよ、作り方」
ミリアとステラさんである。
ミリアの料理は以前食べたことがあるが、これが不味い。ステラさんに習って少しで
も腕が上がるのなら、それは良いことだ。
「あぁ、カーライルくん、お疲れ」
「先輩……フェリル先輩も。酷いダンスでしたねぇ」
「言うようになったじゃない、ミリア……」
「まったく、食うに夢中で見てないと思ったが……油断出来ないな」
「もう! それじゃボクが食欲魔人じゃないですか? 違いますよ!」
そんなやり取りで、場がどっと笑いに包まれる。それから、
「私は、そろそろ部屋に戻るね。足が痛くてふらふらだもの」
「ボクも……おなか一杯で。先輩! 今度、ご一緒してくださいね」
「なら、私も。空いた食器を厨房に持っていかないと」
急に寂しくなって、僕は、
「騒がしいところからは、離れたいな……」
独り言って、ベランダへと移動した。
そこで見慣れぬ女に会った。それは昼間、馬車の窓からのぞいた顔の、
「今晩は……カーライル様……ですね」
「えーと、あなたは……どうして僕を?」
「私は、ルフィーナ=ウェリア」
「ウェリア……? ルフィーナ=ウェリア……! げえぇっ、すると貴方はローフェニ
アの王女様!!」
「しぃぃっ! お声が大きいですよ」
「むぐぐっ!」
ルフィーナ王女の手が僕の口を塞ぐ。
「何故、貴方の事を知っているか、でしたね」
と、彼女は僕の目を見る。『お静かに』という事だろう。
コクリ! と、頷く。
「優秀な武人の噂に国境はございません。リーヴェラント騎士団のカーライル。その名
前はわが国でも知られております。特に若い女の間では」
”若いの女の間で噂ねぇ”
正直、照れるな。僕はゴホゴホ、と咳払いし、
「それで……私に……どのような用でしょう」
「私と踊っていただけません?」
「えっ!? 踊り? ダンスですか?」
「お嫌で?」
「喜んで!!」
ルフィーナ王女の踊りは巧かった。比べるのは悪いが、先のフェリルとは雲泥の差と
言えた。リードが巧く、合わせ易い。ましてや足を踏むなど、あるわけが無かった。
「それでは……。お休みなさい」
ダンスを終えてからルフィーナ王女は小さくお辞儀をして、パーティー会場へと消え
ていった。
「いい女……可愛い女の子だったな……ルフィーナ王女。ルフィーナ=ウェリアか」
僕が独り、手に残るルフィーナ王女の感触に浸っていると、
「聞いたぞ! 聞いたぞぉ! こらぁ〜、浮気かぁ!」
ビクン! 心臓が跳ね上がった。声の方へ振り向く。
「シフォンさん、レミリア姫様」
貴族の娘のシフォン=ライネスト。そしてアーフォルグ家の長女レミリア姫。二人は
同い年で、仲の良い親友だ。なお、僕は彼女らより一つ年上になる。
「こら、カーライル! 何が『いい女……可愛い女の子だったな……ルフィーナ王女』
よ! レミリアって人がありながらっ!!」
シフォンさんは一人熱く語る。傍にいるレミリア姫が迷惑そうな位だ。
「もう、私は別に。第一、カーライルさんとはそう言う関係じゃないわ」
レミリア姫にはっきり言われると、それはそれで悲しい。
「で、どうなのよ? カーライルはルフィーナ王女に惚れたわけ?」
「だから、そういう話は……」
「なぁんて、冗談。今日はね、レミリアが貴方に話があるんだって」
レミリア姫が? しかし、レミリア姫が僕を見る目の、冷たさはなんだろう?
「カーライルさん……貴方に質したいことがあります」
「はい?」
「貴方から、母の香と同じ匂いがするのですが……」
”ぎくっ!”
僕は内心、びっくりしながらも酷く冷静に言葉を選んで答えた。
「それは、私が高位の騎士ゆえ王妃様の傍による機会も多いから、移ったのでしょう」
「そ、そうですね。……私も変な事を聞いてしまいました。忘れてください」
疑いは、完全には晴れていないだろう。事実、僕は黒だ。
だが、その場ではそれ以上の追求はなされず解散となった。
パーティーの方ももう終わり、宿舎の部屋へ帰る道すがら、
”レミリア姫のようなあんな年頃の娘がいるのにラシェーナ王妃のあの瑞々しい肌、
信じられないな。それに、いずれレミリア姫とも肌を重ねたいものだ。
いや……母娘同時……も、悪くないか……。他にも……”
僕は、まだ見ぬ女達の裸体を思い描いていた。