Iikoside 
 
 「不安だった」  
ユウと姉弟の絆を取り戻した時のことを回想していたイイコ。  
 「不安だったけど幸せだった」  
 ユウに抱きしめられて。  
 ユウにキスをしてもらって。  
 そしてユウにキスをして。  
 ユウにカナンという相手がいても、自分はコレだけ大事にされているのだから満足だ、とその時  
は思った。  
 でもそれは、ユウのぬくもりで満足感に浸っていたが故の甘い考えだった。  
 その甘い考えは立て続けに打ち砕かれることになった。  
 そう、ユウに自分の置かれている状況、二重人格という魂の檻に閉じ込められている事を告白し。  
 まだユウを愛してる事を告げたそのすぐ次の日に。  
 
 朝目覚めればクインシィに戻っていたイイコが、自我を取り戻した時にはもう既にクインシィは  
いつものように他のグランチャー乗りの前でユウと口論していた。  
 だが、ユウの言葉だけは相変わらず容赦ないが、その瞳が前とは違って優しげなのに気づく。  
 (ユウ、今わたしの身体を奪っているのがクインシィで、わたしではないことをちゃんと理解して  
くれてる…周りの目を憚ってすいつもどおりにしてくれてるんだ…)  
 嬉しくなった途端、クインシィの支配力が弱まり、身体の主導権はイイコが握った。  
 そして当惑した。  
 こんな状態でイイコに戻っても、人前で、しかもたった今言い争っていたユウ相手にどういう態度  
を取ればいいのか。  
 当惑しているところに。  
 「まあまあ二人とも、姉弟喧嘩はプライベートルームでやってくれないか?」  
 いきなり現れたジョナサンが、イイコの手を握った。  
 何をするのよ、ユウの前で!と動揺し憤慨する。  
 「…は、離せっ!」  
  精一杯クインシィらしい態度で、イイコはジョナサンの手を振り払った。  
 そしてユウの方へ目を向けたが。  
 いつのまにかユウの隣にはカナンがいた。  
 
 
 Yuuside 
 
名残惜しそうな顔のイイコが帰った後。  
ユウはこれからのプランを練る。  
イイコとはたまに今の様に元の人格の時にスキンシップを取って絆を深めていくとして。  
問題はカナンだった。  
現在、ユウはかなりカナンの肉体を開発している。  
既に菊門への挿入で快感に喘ぐほどまでに。  
だがこの営みを、しばらくは中断する必要があるだろう。  
 
カナンと付き合いながら姉と仲良くする。  
そのユウのささやかと言えばささやか、図々しいと言えば図々しい願いを叶えるにはカナンとの  
関係をある方向に修正しておく必要があった。  
それは簡単に言えば「攻め」から「受け」へのターン。  
自分からカナンの肉体を貪っているのではなく、カナンの方から肉の交わりを求めているという  
形に持っていかなくてはならない。  
ユウが一方的にカナンを抱いていれば、イイコとの関係〜今はまだ姉弟にしては熱く濡れ過ぎて  
いる関係に過ぎないが、姉の反応を見た限りでは時間の問題〜を知った時に「身体だけが目当て」  
で弄ばれたと取るだろう。  
その点、カナンから求めてそれに応じている場合はその限りではない。  
カナンら見て「浮気」なのは同じでも、捨てられるとか弄ばれているといった思いから捨て鉢に  
なることは避けられる。  
むしろ「負けまい」として一層濃厚な関係を求めるはず。  
そうユウはカナンの性格から判断していた。  
そして。  
豊満な上に感度のいい肉体とは裏腹に、特に淫蕩というほどの性質でもないカナンを自ら求める  
ように仕向けるには、ある時期から関係を絶って飢餓状態にもっていくのが最も効果的と思えた  
のだ。  
もちろんその間も肉体関係を断つだけで、それ以外の関わりは積極的にしていく。  
こうすれば、何しろカナンを大切に思ってること自体は嘘ではないから、絶対に演技がバレること  
はないだろうと。  
しかし、予定通りに全てのことが運ぶほど、甘くはなかった。  
 
 
 Iikoside 
 
「落ち着いてユウ、こんなところで言い争っても仕方ないでしょ」  
そう言ってユウの腕を取るカナン。  
わ、わたしの目の前で、わたしのユウに…なにすんのよっ!  
 
もちろんカナンはわたしに対して悪意を持っているわけではないだろう。  
口煩いヒステリー女として煙たがってはいるだろうけど…。  
知らないだろうから、わたしが本当はユウをどんなに大切に思ってるかなんて。  
だけど…でも…だからと言ってわたしの前でこんなことを…。  
わかってる、自分がどんなに理不尽な事を思ってるか。  
たとえクインシィがわたしの弱い心を守るための虚勢の鎧であることをカナンが知ったとしても。  
あくまでも「姉」であるわたしがユウの「彼女」に、ベタベタするななどと言う権利などはない  
ことを。  
それでも…理性ではわかっていても、我慢の出来ないこともある。  
続いてわたしは視線をユウに向ける。  
訴えかけるような目で。  
 
ユウはユウで、クインシィの奥に本当のわたしがいることがわかっているからその態度は以前の石  
のような固さからくらべれば幾分柔らかい。  
他人が見れば相変わらずに見えるだろうが、ユウの「クインシィ」への荒れた態度に心痛めていた  
わたしにはその微妙な違いがわかる。  
一方のユウは…。  
「!」  
わたしの目を見て、その顔にあからさまな同様の色が浮かぶ。  
どうやら気づいてくれたようだ、わたしが本当の「イイコ」に戻っていることを。  
そうだよユウ、カナンと別れろなんて無理は言わないから、せめてお姉ちゃんの前でイチャイチャ  
するのだけはやめて…。  
そんなせつない願いをこめた目を浴びせていると、ユウはさらに動揺し、パニック寸前の表情に。  
何事かと思って視線をズラすと、軽く取っていただけのユウの腕を、カナンがぎゅっと抱きしめて  
いたのだ。  
 
ユウはやめてくれと言わんばかりにカナンを見るけど、彼女は気づかず、故意か偶然かその牛のよう  
な乳房を押し付けるように強くユウの腕を抱く。  
それは胸が育たないわたしへのあてつけかぁ!カナンッ!  
そしてユウの腕をとって部屋から出て行く。  
これからどこへ行くのよ…。  
人の前でこんなことするくらいだから、二人きりになったらそれはもう何の遠慮もなく…。  
ブチッ。  
何かが切れた音がした。  
ああっ、もう我慢の限界。  
「なにしてっ!ひとのまっ!やめっ!どこいっ!もどれっ!」  
もう言葉にならない絶叫が、わたしの口から吐き出される。  
けれど周囲は別に奇異に思わずに、またいつものクインシィのヒステリーか、と言った感じの目で見て  
いるだけ。  
怒り狂ったわたしは、周囲にはクインシィにしか見えないのか…。  
この時わたしは理解した。  
ああ、やっぱりクインシィもわたしそのもののなんだなと。  
彼女はわたしの怒りや攻撃性の具現化に過ぎず、決してどこかから紛れ込んできたまったく別の人格で  
はないんだと。  
そう思うと、今まではわたしとユウの仲を邪魔していたと忌まわしさすら感じていたクインシィという  
存在にシンパシーを感じ始める。  
「おいおいクインシィ、あれじゃまるで弟の彼女に嫉妬してるみたいだよ」  
ジョナサンがわたしの後ろで冗談めかして言う。  
そう、あくまで軽口だったけど、彼は本音と建前の区別が他人から窺い知れない人間だ。  
通常の人間なら、仲の悪い弟と仲の良い相手に、坊主憎けりゃ袈裟まで憎い的に当り散らしているよう  
にしか見えないはずなのに…。  
ま、まさか、気づいているの?  
思わず振り返って彼を睨むと。  
「お、おいおい、冗談だよ、本気にしたのか?」  
いかにも怯んだ様な顔をするが、これとてどこまでが本気でどこまでが演技がわからない。  
ジョナサン、彼は危険だ…距離を置いておかないと…。  
 
278 名前:End Of The Night Yu−U 投稿日:2005/06/18(土) 19:42:43 ID:mMmlq1a2 
翌朝、顔をあわせて見ると、姉さんはクインシィに戻ってというか、なってしまっていた。  
仕方がないことだ。  
周囲の目があるから、いつもの通り言い争っておく。  
俺が言ったことを姉さんは覚えていると言うから、姉さんが傷つくような事は避けて適当に罵って  
いると。  
「まあまあ二人とも、姉弟喧嘩はプライベートルームでやってくれないか?」  
ジョナサンがしゃしゃり出てきた。  
昔はいい奴だと思ってた。  
姉さんに冷たくされて寂しがってた俺を弟みたいに可愛がってくれてたのに。  
俺が頭角を現してくると次第に隔意を持って接するようになってきた。  
それだけならまだしも、姉さんにあからさまに色目使い出したのが気に入らない。  
昨夜までは姉さんはもう俺の知らないクインシィになってしまった、クインシィが誰とくっつこうと  
俺には関係ない、なんて思ってはいたがやはり面白くはなかった。  
「ちっ」  
そう、今も姉さんの手を握ろうとする。  
荒々しく振り払われた、ざまぁみろ。  
「落ち着いてユウ、こんなところで言い争っても仕方ないでしょ」  
カナンがいつの間にか俺の側に来た。  
ありがとうカナン、やっぱり俺は君が好きだよ。  
これから色々と仕掛けさせてもらうけど、決して君を弄ぶわけじゃない。  
二人の仲を長続きさせ、より深め、潤いを持たせるために必要なんだ。  
君を騙す俺を許してく…れ…。  
いや、カナン、気持ちは嬉しいんだけど。  
出来ればこの場で俺の腕を取ったりして欲しくなかったなぁ。  
姉さんの前ではあまりベタベタしないほうがいいんだ。  
昨夜は何とか宥めたけど、まだ俺と君との仲を姉さんは納得していない。  
それにクインシィになってても、決して何も覚えていないわけじゃないんだ、  
後でこの事ですねられたりしたら大変………はぁ、後で大変どころじゃなかったよ…。  
い、いつの間に?  
俺を見てる姉さんのあの目、クインシィじゃないよ、いつの間にか姉さんに戻ってるよ!  
 
 
 Yuuside 
 
一見するとクインシィかと思わせるような鋭い目。  
けれどクインシィの怒気はもっと乾いている、例えるなら熱風あるいは炎そのもの。  
今俺とクインシィに向けられているのは、煮えたぎる熱湯、いや、溶岩のような粘着質の熱が  
こめられた視線だった。  
昨夜までならともかく、昨日で姉さんの状態を知った俺には見分けがつく。  
と、言うことは、俺は今、姉さんの目の前でクインシィとイチャついているという最悪の状況  
ということに…。  
数秒間、異世界に意識が飛んでしまったけど、すぐに回復する。  
そう、現実逃避している余裕はない。  
何しろ姉さんの視線を見て不安になったのか、あるいは反撥したのか。  
カナンがその豊かな乳房を押し付けるかのように、俺の腕をさらに強く抱きしめたから。  
思わず視線を下にして俯いてしまう。  
ああ、怖い、姉さんの目を見るのが怖い。  
まずカナンを見て、目で離してくれと訴えかけるがもちろん全く通用せず、潤んだ目で俺を  
見てる…ああ、何か艶っぽいよカナン…やっぱり君は素晴らしい…自分で自分をどう思って  
いるのか知らないが、君は褐色の宝石…なんて惚気てる場合じゃない。  
勇気を振り絞って姉さんに視線を向けると…。  
さっきよりエスカレートした、物凄い視線でカナンを見ている。  
カナンに視線を移すと、そんな姉さんに負けまいと睨み返している。  
また姉さん、またカナンと、様子を伺っていると、カナンが先にそんな俺の様子に気づいた。  
「さぁ、行こう」  
そう行って俺の手を引っ張って行く。  
後ろ髪を引かれる思いで振り向こうとすると、背後から姉さんの血を吐くような叫びが。  
こ、怖い…。  
ただのヒステリーであるクインシィの怒鳴り声なんて煩いだけだけど、嫉妬心が外に噴出した  
姉さんの叫びは血も凍るような恐ろしさだ。  
 
コレじゃダメだ。  
まだまだ準備をしていないけど「計画」は前倒しの必要がある。  
それもたった今から…。  
 
「ちょ、ちょっと、カナン?」  
妙に積極的というか、ムキになっているカナンに声をかける。  
「…」  
答えはない。  
まさか俺と姉さんのことに気がついたわけでもないだろうけど、何か変だ。  
そのまま俺を、人気のない空きブロックまで引っ張って来た。  
「どうしたんだよカナン、もう少しバカ姉貴をからかっ…」  
「そんなことどうでもいいわ」  
いきなりカナンは俺の身体に両脚で挟み込むように体重をかけて押し倒し、そのまま腹の上に  
座る。  
しかも手四つで両手の動きも封じる…ル、ルー・○ーズ・プレス?  
触り心地も、顔の埋め心地も、ついでに挿れ心地もいい尻の感触が腹に。  
「な、何だよ、こんなとこ誰かに見られたら…」  
まあ誰かにって、ぶっちゃけ他の人間はどうでも良くて、もし姉さんが追っかけてきたら怖い  
だけなんだけど。  
「いやなの…」  
「え?」  
「あたしとのこと、人に知られるの、嫌なの?」  
カナン、俺の言うこと真に受けてしまいました。  
そして次に彼女が口走った言葉は。  
「いつでも、あたしを捨てられるように」  
「バカッ、何言ってんだよ!」  
ああ、関係を薄めていこうとするとこういう勘違いはされると思ってはいたけど。  
実際に言われると結構腹が立つものでつい怒鳴ってしまう。  
俺が君をどれだけ大事に思っているか、君にはわからないのか?  
他人に知られるくらい何が嫌なもんか。  
俺はただ姉さんに見られて嫉妬されるのが嫌なだけなんだ!  
そんな俺の男心を理解してくれないカナン。  
不信感に満ちた目を俺に向けてきた。  
 
「だったらなんであんなに焦るのよ」  
「…そ、それは…」  
…姉さんが…。  
「必死だったじゃない」  
「…だ、だから…」  
…怖いだけで…。  
「答えて、ユ…キャッ」  
突然悲鳴をあげるカナン。  
「え?」  
しまった。  
駆け引きをしつつ腹でカナンの絶品ヒップの感触を味わっているうちに、身体が勝手に反応  
して、俺の自慢のチャクラソードが元気良く立ち上がり、カナンの尻を突いてしまった。  
「ユ、ユウ…」  
恥らっているカナン。  
そりゃそうだよな。  
いくら何度も俺に抱かれたとは言っても、こんな時に勃ちあがった物を身体に押し付けられ  
たりしたら。  
とりあえず気まずさを誤魔化すように。  
「カ、カナン、ど、どいてくれないか、こんなところを見られたら…」  
「見られたらどうだっていうの…」  
「え?」  
取り繕うような言葉が、カナンに遮られる。  
ああ、ここは詭弁を持ってペースを変えるしかない。  
さっき決断したんだからな。  
カナンの豊潤な肉体がしばらく抱けないなんて名残惜しいけど、それに溺れて大局を見失って  
はいけない。  
俺の目標はカナンと姉さん、両方と仲良くすると言う実にささやかながらいざ実現するとなる  
と意外と難易度の高いことなんだから。  
 
「わたしはかまわないわよ、ユウは嫌なの?」  
かまわない、か。  
何をどうかまわないのか、目的語が欠けてるよね。  
もちろんカナンの言ってることは俺にはわかっている。  
このまま抱き合ってるところを他人に見られてもかまわないってことだ。  
場合によってはキスくらい含むかもしれないな。  
でも、はっきりと言ってないんだから、俺が誤解しても仕方ないよカナン。  
誤解したフリ、しちゃおっと。  
「かまわないって、カナン…そんな趣味が?」  
「え?」  
俺の言葉の意図が掴めないのか、カナンがきょとんとした顔になる。  
可愛いんだよな、こういう顔した時のカナン、普段の大人びた感じと違って。  
カナンが「この場でセックスしてもかまわない」と言ったと俺が誤解した、まあ正確には  
誤解したフリなんだけど、とにかくそう取ったと悟ったのは数十秒後。  
カナンの顔にどんどん赤みがさして来る。  
「ち、違うわよ、何考えてるのユウ!大体こんな時にそんなに興奮したりしてっ!」  
恥ずしいのか、叫びだすカナン。  
ついついチャクラソードを大きくしてしまったことまで今頃糾弾ですか。  
そうとう混乱してるね、これはチャンス。  
「いやらしいわっ!」  
はい、いやらしいです俺。  
「わかった…」  
再び、誤解したフリ。  
今度はどう曲解(したふり)とのかすぐに言ってみる。  
「要するにカナンは、俺がカナンの身体だけが目当てだと思ってるんだ」  
おい。  
いま少し動揺してなかったカナン。  
まさか、本当におれが「体目当て」で君と付き合ってると、チラッとでも疑ってるってこと  
なのかな?  
少しショックだな、カナンがほんの少しでもそう考えてるなんて。  
そんなこと夢にも思われないように色々と段取りしてるのに。  
これは早めに計画を発動させて正解だったかもしれない。  
 
俺は君自身が好きなんであって。  
君の素晴らしいカラダを堪能するのはあくまで君と付き合うことに付随するオマケでしかない  
と言うのに…。  
…ま、おまけにしてはあまりにも素晴らしく美味しいことだけどさ。  
「…わかったよ、カナンがそう思うなら…」  
しばらく、抱いてあげないよカナン。  
本当はもう少し間をおいて、ゆっくりと間隔を開けていくつもりだったけど。  
「もう止めようか…」  
俺のことを少しでも疑ったお仕置きだ。  
今日からいきなり禁エッチ期間に突入だ。  
前はいざ知らず、俺にいろいろと「開発」された身体。  
どの程度我慢できるか、楽しみにさせてもらうよ。  
カナンを乱暴にならない程度に引き離そうと、ゆっくりと立ち上がろうとした瞬間。  
「あっ」  
カナンが俺の身体の上から転げ落ちそうになる。  
「おっと」  
慌てて抱く止める。  
どうしたのカナンそんなにショックだった?  
ふふふっ、君って存外いやらしい女だね、まあ俺がそうしたのかもしれないけど。  
ン?  
カナンが不意に、俺の首に腕を回して抱きついて来た。  
「そんなこと言わないで…」  
ちょっとちょっと、なんて潤んだ目で俺を見るんだ?  
そんなに俺に抱いてもらえなくなるのがイヤなわけ?  
いやーっ、カナンにそんな風に思って貰えるなんて男冥利に尽きるよ。  
思わず顔が緩みそうになるのを、意志の力で堪えて。  
「…でも、嫌なんだろ?」  
意地悪な質問をする。  
だって君は俺を完全に信じてくれなかったんだ。  
そう簡単に許してあげないよ。  
 
「ユウのこと、そんな風に思ってなんかいないよ…」  
またまたーっ、チラっとはそう思ったんでしょ、あの動揺は。  
俺が君の身体だけが目あてだって、一瞬疑ったんでしょ?  
ふっ、いいよ、これからはもうそんな邪推は欠片も浮かびはしなくなるんだから。  
「…お願いだから、そんなこと言わないで…ユウと別れたくない」  
え?何を言い出すんですか?カナン・ギモスさん?  
何か、話が食い違ってないか?  
そうか、やめようとか、イヤなんだろとか、俺たちの付き合いそのもののことだと  
思ったんだなカナン…。  
そんなわけないだろ…。  
「別れる?何の話?」  
その俺の言葉に、カナンは意外そうな顔をしたけど、とにかく俺に別れるきがないこと  
を理解して、安心したように大きなため息をついた。  
それから改めて俺に向き直る。  
「じゃあ、止めようって、何を?」  
誤解が解けたようだね、なら作戦第一段階、改めて始動。  
「何って、カナンの身体が目当てじゃないって証明するって言ったろ?」  
きょとんとした顔になるカナン。  
大人びているけど、こんな時の顔にはと幼さが垣間見えて可愛い。  
セクシーで、可愛く、健気で、でも包容力もある。  
こんな女、簡単に手放すわけにはいかない。  
そのために、俺は笑顔のままで血を吐くような一言を言った。  
「もう無理に俺とセックスしなくたっていいよ、カナン」  
それを聞いた途端、俺の首に回っていたカナンの腕から力が抜け、離れていく。  
相当ショックなの?  
おれとのセックスが出来なくなるのが?  
ふふふ、意外とエッチだねカナンは、でもね…  
本当に辛いのは俺なんだよっ!  
 
カナンの瑞々しい肉体を味わうことが出来ないなんて、多分しばらくの間、俺は毎晩  
禁断症状を起すかもしれない。  
いや、きっと起こすはず。  
「別に俺はカナンを抱きたいから会ってるわけじゃない、カナンといると安心できる  
からなんだ」  
嘘じゃない、抱きたいから会ってるわけじゃない。  
でも抱きたいのは確かなんだよ…。  
「これからもカナンとはできるだけ一緒にいたい」  
そう、一緒にいるのは嬉しいさ、だけど…。  
「だから今までどおりカナンのところに行くし、カナンの方からも俺のところへ来て  
ほしい」  
不安は残るんだよな…。  
「だけどカナンが嫌なら、これからはああいうことはナシにしよう」  
俺からこんなことを言い出しておきながら。  
「俺の気持ちが真剣だって伝えたくて、色々としてきたんだけど…ごめんねカナンの  
気持ちも考えないで…嫌だったのに、俺を喜ばせようと我慢していたんだね…俺って  
こういう性格だろ?なかなか人の気持ちって察せなくてさ、カナンがわざわざ気持ち  
よさそうな演技までするから、てっきり喜んでくれてると勘違いしたよ」  
あくまでカナンが俺との肉体関係は望んでいない、と勘違いしているふりをして。  
しばらくはプラトニックな関係を保つ。  
俺が決して身体目当ての軽い気持ちじゃないと心底からわからせると同時に、渇望状態  
に陥ったカナンに自ら俺に抱かれることを請わせる。  
それによって俺たちの関係は強固になりつつも、俺のイニシアチヴはまし、多少姉さん  
といちゃいちゃ…もとい仲良くしても疑われないし。  
万一不満に感じても、身体でそれを黙らせることの出来る関係を構築できる。  
成功すれば、まさに願ったり、かなったり。  
けれどそのためにはカナンを抱くことをしばらく禁止するという苦行を自らに課すこと  
になるんだ。  
それも会わないんじゃなく、普通に一緒に過ごしながらセックスだけ我慢する。  
耐えられるだろうか、俺に…。  
 
 
 Iikoside 
 
 その日はローテーションでわたしがグランチャーでプレート探索に出る日だった。  
 決められたルートを、グランチャーで飛行する。  
 その頃にはわたしはクインシィになっていたけど、何が起きているのかは「イイコ」としての自我  
でも感じていた。  
 出撃時のクインシィはいつもにも増して荒れていた。  
 ミーティング時、ユウとカナンがベタベタしているのを見せつけられて嫉妬に激昂したわたしの心  
をそのまま反映させて。  
 わたし達は不可分なのだと再認識する。  
 そんなささくれだったわたしとクインシィの心が、優しげな意志を持つグランチャーに乗っている  
と癒される。  
 ユウと再び心通わせるまで、わたしの救いは「このコ」との触れ合いだけだった。  
 「安心して、ユウと仲直りしたからって、お前を蔑ろにしたりしないから…」  
 いつの間にか主導権を取り戻していたわたしがそう呟くと、嬉しそうな意志が伝わる。  
 すっかり上機嫌になったわたしが、自我を維持したままオルファンに帰投し格納庫にグランチャー  
を収める。  
 顔は引き締めておく。  
 すっかり機嫌は良くなったけど、いまやここオルファンでは主人格である私に代わって周囲の人間  
のわたしへのイメージとなっているクインシィを装うために。  
 流石にわたし自身が今にも火を噴きそうだった出発時とは程遠いけれど、それでもかなりピリピリ  
とした雰囲気を醸し出していく。  
 もうこれがここでのわたしだと割り切るっているから。  
 両親すら、単に娘の性格が変わったのだと思っているのだから   
 わたしの本心というか、素顔というか。  
 それを知っているのは最愛の弟、ユウただ一人…。  
 (ユウ…)  
 改めてユウへの想いが強まる。  
 けれど、同時に一度鎮火した怒りが少しだけ再燃する。  
 あの時の、カナンの勝ち誇ったような顔を思い出して。   
 
 自室へと向かう道すがら。  
 廊下にあたる回廊部で、ユウが壁に背を凭れてわたしを待っていた。  
 ただ、こちらを見ようとはしない。  
 それを見たわたしも思うところあって、あえて顔をあわせず横を素通りしようとする。   
 「プレートの一つも見つからなかったのか?リーダー面してる割には大して役にもたってない  
らしいね」  
 憎まれ口を叩くユウ。  
 やっぱり、わたしがイイコなのかクインシィなのかわからないから、クインシィに対するような  
態度を取ってどちらかを判断しようというらしい。  
 妥当な判断だと思う。  
 わたしに対してクインシィ向けの態度をとっても、ごめんですむけれど。  
 クインシィに対して、昨夜のわたしに対するようなベタベタした態度を取ればどんな大事になる  
か明らかだろうから。  
 でも、今回はそれが裏目に出るよ、ユウ。  
 わたしはクインシィになりきって、冷たい態度をとってやる。  
 消してユウが疎ましいわけじゃない。  
 それどころか本当はいつも一緒にいたいくらい。  
 たださっきのユウの態度、カナンに胸を押しつけられても振り払えもせずになすがままにされて  
いたあの姿が脳裏に浮かんでしまい。  
 ちょっと意地悪をしたくなったから。  
 「お前に言われるまでもない、次は必ず何かを手に入れる」  
 そうユウを睨んで言い捨て、その場を立ち去ろうとした時。  
 ガシッ。  
 後ろから、ユウがわたしの両肩を掴んだ。  
 な、何をするのユウ、わたしは「クインシィ」なんだよ。  
 そう思って振り払おうとするわたしの耳元に後ろから口を寄せて。  
 「演技が下手だねクインシィ、いや、姉さん」  
 楽しそうな声で、ユウはそう囁いた。  
 
 「な、何を言って…ムダだね」  
 一瞬、まだクインシィを装うつもりだったけど。  
 すぐに断念した。  
 やはりユウの目は誤魔化せない。  
 ぎゅっ、と肩に置かれたユウの手を掴む。  
 わたしの演技をユウが見抜いたことが嬉しくて。  
 どんな仮面を被ろうと、ユウは本当のわたしを見てくれるんだ…。  
 そう思っただけで、胸が熱くなる…けど。  
 不意にわたしは、そのユウの手の甲に爪を立てる。  
 「痛たたたたっ」  
 そんなに強い力をこめたわけでもないのに、ユウは悲鳴を上げた。  
 多分、不意打ちだったからかな。  
 「な、何するんだよ姉さん」  
 手を摩りながら、恨めしそうな目でわたしを見るユウ。  
 ふん、何が「何するんだよ」よ。  
 さっきわたしの前で…カナンといちゃいちゃ…していた…くせ…に…。  
 心の中のユウへの糾弾がトーンダウンする。  
 多少怒りに我を忘れていたとはいえ、今朝のことは良く覚えている。  
 わたしの前で、ユウの腕を抱き、大きな胸を自慢げにユウに押し付けていた  
カナン。  
 思い出すだけで腹立たしいけど、状況を飲み込めないほどわたしは盲目的じゃ  
ない。  
 どう見ても、一方的にカナンがユウに擦り寄っていた。  
 ユウはわたしが「イイコ」であることに気づいて、逃れようとすらして  
いた。   
 でも、それでも…。  
 カナンは見た目の派手さと違って、人見知りが激しい性格だ。  
 そんなカナンが、人前であんなにまでユウにベタベタとするってことは…。  
 人が見てないところでは、どれほどベタベタイチャイチャしてるのよあんた達っ!  
 
 「ね、姉さん、だから何怒ってるの?」  
 おどおどした口調で言うユウが不意に可愛らしく感じて。  
 「ユウ…」  
 ゆっくりと近づき、その胸に顔を埋めるわたし。  
 ユウのぬくもりが顔から感じられて、ちょっといい気分になる。  
 でも…こうしていられる時間はそんなにない。  
 わたしたちは姉弟なのに…赤の他人のカナンの方がユウと一緒にいられるんだ…。  
 特に、夜はずっとカナンの領分。  
 ぎゅうっ。  
 「痛いっ、だから痛いって」  
 ユウに身体に回していた手が、無意識に背中をつねっていた。  
   
 ふう、みっともない女だなぁ…。  
 弟が他の女と付き合うことに口を出すだけでも本来おかしいことなのに。  
 昨夜はカナンとつき合うなと筋違いの文句をいい。  
 言いくるめられてとりあえず承服したのに、心の中ではまったく認めていない。  
 こんなこと考えているとユウが知ったら、きっと呆れられちゃう……。  
 それでも唯一つだけ安心したことはある。  
 昨夜までは、カナンがユウに近づいた事に何らかの打算があるのではとないかと疑って  
もいたけど。  
 今朝のあのユウにくっついていた時のカナンの蕩けた顔。  
 はっきりわかった、カナンは純粋にユウがなだけなんだ。  
 それも本気も本気、ユウが好きで好きで仕方がないんだ。  
 だから、少しだけ親近感を感じる。  
 わたしも…同じだから。  
 そして、それよりも強い嫉妬を感じる。  
 わたしも同じなのに…カナンはユウの恋人になれて、姉であるわたしにはそれが許され  
ないのだから。  
 みっともないのは自分でもわかってる、わかってるけど…せめてやきもちくらい妬いて  
もいいでしょ、ユウ…。  
 
 
 
 

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