私のアンチボディ 
 
 あの日、外でブレンパワードに遭遇して以来、伊佐未勇の心は宙ぶらりんになっていた。  
 宇都宮比瑪という少女に会ってからだ。  
 ああいう子こそ、オルファンのアンチボディとしてふさわしいのだと思う。  
 オルファンは銀河旅行をする船だ。宇宙では様々な奇異に遭遇するに違いない。  
 そのときこそ、あのような逞しさが必要なのだ。  
 だが、その宇都宮比瑪はオルファンに呼ばれていない。それどころか、ブレンパワードに乗り込み、オルファンを否定してみせた。  
 多感な年頃の勇は、このことが何であるか確かめたかった。  
 しかし、実際に何をすべきかなど思いつくはずもなく、疑問は何の発展もみせることがなかった。  
 だが、この件である収穫があった。  
 疎遠がちだった姉との会話がスムーズになったのだ。  
 ブレンパワード遭遇の質問からはじまり、次いでグランチャーの話題、オルファンについての考察等々……。  
 ブレンパワードを必要以上に敵視するのには辟易したが、何かにつけて勇に意見を求め、勇も快くそれに答えた。  
 勇はオルファンにつれてこられて以来、変わってしまった姉が怖かった。  
 姉はグランチャーに対してだけ、とてもやさしい顔を見せていた。  
 その顔を時折自分にも向けてくれるようになった。  
 久しぶりの姉弟らしい関係を、勇は嬉しく思った。  
 
 ある夜、勇はオルファン内をさまよっていた。  
 どこかの居住ブロックであることはわかるが、どこの区域かまるで見当がつかない。  
 原因は飲み会だ。ちなみに未成年ということはオルファンの中では通用しない。  
 本来ならそういったものは断わるのだが、ジョナサンが同席ならば苦にならない。ジョナサンのアクの強さが、勇の持つ『伊佐未ファミリー』の重い肩書きを吹き飛ばしてくれるからだ。  
 だからジョナサンと飲むのは好きだった。周りのみんなも気さくに話題を振ってくれる。  
 時計の針が午後11時を廻った頃、勇は席を立った。明日は早朝からグランチャーとのシンクロ率の実験なので、体調を整えておかねばならないからだ。  
 ジョナサンから揶揄が飛んだが、勇は笑ってそれを流した。  
 そして――だ。  
 思考に乱れもなければ、嘔吐感も特にない。視界が多少揺れる程度の酔いだ。  
 なのになぜか迷ってしまった。  
「しまったなあ」  
 頭を掻いて歩いていると、奥まった寂しい場所にぽつんとひとつのドアが現れた。  
 表札を仰ぐと、ぷっと笑いがこぼれた。  
「クインシィ・イッサーの部屋……」  
 特別待遇なのか、隔離されているのか、勇には判断がつきかねた。  
 それがわかったところで、ほとんど立ち寄ることのない姉の部屋など、現在の状況を打開する指標にもならない。  
 どちらにせよ女性の居住ブロックに足を踏み入れてしまったようだ。  
 これはまずいと踵を返したとき、ある思案がうかんだ。  
「姉さんに訊いてみるか」  
 怒られそうな気もするが他に手段がない。下手にうろついて変な噂が流れでもしたらたまったものではない。  
 勇はドアの前に立った。当然のようにロックがかかっている。  
 最近教えてもらった解除コードを打ち込んでドアを開いた。  
 恐る恐る中に入ると、補助灯が部屋を橙色に染めていた。ここからバス、トイレ、寝室につながるらしい。  
 ――さすがに寝ているか。やめた方がいいな。  
 そう自問自答して勇が部屋に背を向けたとき、  
「うう……」  
 と呻く声が聞こえた。  
 
 どうやら寝室から聞こえてくるようだ。  
「うあ……」  
 また聞こえた。勇は躊躇することなく寝室に跳び込んだ。  
「クインシィ……姉さん!?」  
 暗がりの中、ベッドの中の姉は小刻みに震えていた。顔には汗がびっしょりとまとわりついていた。  
 異変を感じた勇は、すぐさま姉を揺り起こした。  
「姉さん!」  
 クインシィはすぐに目を覚ました。  
「う……。勇、勇……?」  
 蒼白の顔から脆弱な声が洩れる。  
 いつもの刺々しい雰囲気がまるでない。勇を見つめるあまりに弱々しい瞳の色は、クインシィ・イッサーのものではなかった。  
「――依衣子姉さんなのか?」  
 勇は姉の名を呼んだ。  
「……勇? どうしてここに?」  
「僕のことはいいんだ。……うなされていたみたいだけど」  
「――そんなことないよ」  
 と消え入りそうな声で答える。それが逆に勇を不安にさせた。  
「怖い夢でも見たのかい?」  
 勇の問いかけに、依衣子はゆっくりとうなずいた。  
 依衣子は瞳をうるませ、勇を見つめた。  
 依衣子が何を求めているか、勇はすぐにわかった。  
「大丈夫だよ姉さん。僕がそばにいてあげるから」  
 幼い頃の勇は、祖母か姉に頭を撫でられて眠るのが好きな子供だった。  
 あの頃とは逆に、勇がそれをしてやった。  
 柔らかくて、細くて、指の通りのいい髪質だった。  
 しばらくすると、依衣子はゆっくりと眼を閉じていった。  
 依衣子が安らかな寝息をたてるのを確認すると、勇は静かに部屋を後にした。  
 指先には、姉の髪の感触が残っていた。  
 
 あれから数日後。  
 伊佐未依衣子――クインシィ・イッサーの部屋。  
 中に入った勇は部屋を見廻した。  
 殺風景だった。必要最低限の物しか置いていないことが勇の胸を痛めた。  
 机に銃が置いてある。  
 こんな時代だ、護身具は必要不可欠だと理解はできるが、18歳の女の子には無骨すぎる。  
「勇か? たとえ姉弟といえども、勝手に入るのはよくないぞ」  
 後ろから声がかかった。振り返ると、シャワールームの出入り口に白いバスローブを着た女が立っていた。  
 依衣子――クインシィだ。  
 勇はあわてて視線をそらし、  
「ごめん、ノックはしたけど……。シャワー浴びてたんだ?」  
「ああ。――こんな遅くに何の用だい、勇?」  
 クインシィはソファーに腰を下ろし、足を組んだ。  
 勇はちらっと姉を見た。胸元が軽くはだけていて、そこからのぞく上気した肌がひどく扇情的に見える。  
「その前に服を着てくれ。居心地が悪い」  
 目のやり場に困る、と言おうとしたが、姉に向ける台詞ではないのでやめた。  
「私は構わん。――で?」  
 クインシィは気にせず、話を催促した。勇は口ごもって言葉が出せなかった。  
「どうしたんだ勇。そんな不安定な心でグランチャーに乗ったら、あの子たちが怖がるだろう?」  
 姉はあくまでもクインシィとして振る舞う。  
「姉さん、オルファンから出ろよ」  
 意を決して、勇は姉に言った。  
 幼い頃から、お互いモルモットとして生きてきた。そんな姉ならば、自分の気持ちはわかってくれるはずだ。  
 そんな甘い期待を胸に抱いて、勇はクインシィに問いかけた。  
 だが勇の言葉を聞いて、クインシィの吊り上がった双眸はさらに吊り上がっていく。  
「出し抜けに何を言う」  
 クインシィはせせら笑った。ただし、本当に笑ってはいない。  
「姉さんはこんなところにいちゃいけない。オルファンから出るんだ。――あの日のことだって、つらいからうなされてたんじゃないのか?」  
「黙れっ!」  
 クインシィの絶叫が部屋中に鳴り響いた。  
 
 クインシィ・イッサーの激情は凄まじく、両親の横っ面すら平気で叩くのはあまりにも有名だ。みな、彼女を畏怖している。触らぬ神に崇りなし、いや、腫れ物に触るような――だ。  
 そんな姉の変化を痛ましく思うからこそ、勇はこうして説得しているわけなのだが――  
 しばしの沈黙の後、クインシィはぽつりと、  
「勇、おまえ、オルファンから出るつもりか?」  
 いきなり図星を指してきた。勇の背すじが凍った。  
「そんなことはない」  
 勇は目をそらして言った。  
「私の眼を見て物を言え!」  
 クインシィは凄まじい憤怒を込めて睨んだ。さすがの勇もカチンときた。  
「そうやってクインシィ・イッサーをやっている。おかしいと思わないのか!?」  
「思わないねえ!」  
 クインシィは机に手をのばした。白いバスローブを翻して構えた手の中には銃が黒光りしていた。  
「勇! おまえは私の弟のくせにオルファンを捨てようとする。それが許せるものか!」  
 銃口はぴたりと弟に向けられている。  
「姉さん、僕を撃つのか?」  
「異分子は排除する」  
 クインシィは冷淡に言い放った。  
 怒号がひとつ響き渡った。硝煙が揺れる先に、崩れ落ちる弟の姿があった。勇は呻き声を洩らし、左肩を押さえてうずくまった。  
「――しまった!?」  
 クインシィが動揺の声を洩らした。それは最初から撃つつもりなどなかったことを物語っていた。  
「勇……勇ゥゥ!」  
 銃を放り出して、勇に駆け寄った。  
「ごめんよ勇、ごめんよ……」  
 弟を抱き起こそうとするクインシィに対し、勇は姉の手を振り払った。  
「見ろよ、オルファンのアンチボディになるとはこういうことだ。家族を平気で殺せるような奴が正しいと思うのか」  
 肩を押さえた右手から、つうと血潮がこぼれた。  
「ごめんなさい、勇……」  
「謝るな、異分子は排除するんだろ。銃を拾って僕を撃ち殺せ」  
「意地悪を言わないで。勇を殺せるわけない……」  
 クインシィ――依衣子は、勇の胸に顔をうずくめて堰を切ったように泣きじゃくった。  
 勇はため息をついた。そして姉が泣き熄むまで抱きしめてやることにした。  
 細く折れそうな身体だった。  
 
 ひとしきり泣いた後、依衣子はすっと勇の身体から身を起こした。  
 両膝をついてうつむいたままの依衣子は、黙ったまま息を詰めていた。  
「勇……」  
 依衣子が顔を上げた。  
 姉の眼を見て、勇はぎょっとした。  
 その凶暴な眼の光り方は、クインシィ・イッサーを意味していた。  
「勇、私の思いどおりにならないなら……!」  
 クインシィが迫ってきた。  
 身体と身体がぶつかる衝撃。  
 姉の髪の香り。いい匂い。シャンプーだろうか。  
 それを理解する暇もなく、勇の唇に柔らかいものがあてがわれた。  
 クインシィの眼が目の前にあった。  
 キスしている。  
 自分の唇が、姉の唇に触れている。  
 ――な!?  
 勇は抵抗したが、クインシィの両腕が頭にがっちりと巻きついていて離れようにも離れられない。執拗に唇を求めるさまは、飢えた肉食獣を思わせた。  
 勇の世界が廻る。クインシィはそのまま勇を押し倒した。  
 クインシィは勇を放さない。  
 勇はもう抵抗しなかった。  
 それでもクインシィは必死で勇にしがみつく。恋人に捨てられまいと、必死に関係をつなぎ止めようとする健気な少女のように。  
 長い沈黙の後、ようやく姉の唇が離れた。  
 だが身体は放さない。クインシィは勇を深く抱き込んだ。  
 長い時間息を止めていたため、クインシィは激しい呼吸で酸素を求めた。それは勇も同じだ。  
 勇の耳元で、はあはあという息遣いが聞こえる。  
 勇は息を呑んだ。それは本来ならばとても恐ろしいことなのだが、姉の息遣いがひどく艶めかしく聞こえた。  
「はあ、はあ……」  
「はあ、はあ……」  
 姉弟の呼吸音が混ざり合う。  
 勇の両腕は、無意識のうちに姉の腰に廻っていた。  
 
 あれから何分経っただろうか。重なり合った姉弟は言葉を発することもなく、彫像のように動かなかった。  
 姉の腰は細く、強く抱きしめてしまえば本当に折れてしまいそうだ。だからやさしくしてやらなければならない。  
 ――何を考えてるんだ、僕は。  
 勇は心の中で否定した。  
 だが、それとは裏腹に、背中は凍りつくも、姉に触れている前面部は熱い泥濘に叩き込まれたように肌にまとわりつく。  
 ――姉さんは、あったかい。  
 勇はうっとりと姉の温もりを味わっていた。  
 クインシィも同じで、さらに弟を求めるかのように、ときどき抱き直す。  
 だが間が悪いということはあるもので、クインシィの腕が勇の撃たれた左肩に触れてしまった。  
「つう」  
 勇の小さな苦鳴に、クインシィはびくっと身体を震わせた。  
 これが契機となり、勇とクインシィは我に返った。  
 沈黙したまま2人は上体を起こした。  
 姉の双眸から凶暴な光が消えている。一時の激情が去り、また伊佐未依衣子に戻ったようだ。  
 勇は依衣子の鋭い眼をのぞき込んだ。  
 いつの間に、こんなに鋭い眼をするようになったのだろう。  
 遠い記憶の彼方の姉は、もっとやさしい眼をしていた。  
 クインシィをやることも、オルファンで暮らすこともつらいに違いない。その反動が、他人を威圧する視線となって身体に表れたのだと勇は思った。  
 
 正気に戻った勇は、唇を手で拭って、  
「こんなことをして……。こんなことで男が自分のものになると思うのか?」  
 依衣子は答えず立ち上がり、勇の手を引いた。寝室に連れていこうとしているようだ。  
 勇は拒もうとしたが、姉の泣きそうな顔を見ていまい、引かれるままに引かれた。  
 依衣子は勇をベッドに腰かけさせると、彼の服を脱がしにかかった。  
「やめろって!」  
 勇はある種の恐怖に襲われ、固辞した。  
「……傷の手当て、しないと」  
 依衣子はぽつりと言った。  
「あ? そ、そうか、うん」  
 勇はほっとひと息ついて、依衣子に脱がせてもらった。思い出すと、撃たれた肩がずきんと痛む。  
 勇は依衣子と一緒に、左肩の傷をのぞき込んだ。  
 幸い、薄皮一枚持っていった程度の軽い銃創だった。  
「そんなに削れてないみたいだ」  
「うん。……よかった」  
 依衣子が安堵の声を洩らした。  
 そのとき、銃創から血がひとすじ流れた。  
 依衣子は勇の眼をちらっとのぞき込んだ。  
「?」  
 依衣子は勇の肌を伝う血の珠を追った。追いつくと、赤く柔らかそうな舌を出して弟の血を下から上へと舐め取った。  
「ね、姉さん!?」  
 勇の言葉に耳を貸さず、依衣子はそのまま傷口を舐めはじめた。痛いような、くすぐったいような、卑猥な感触が勇を襲った。  
 少し前のめりの状態になっている依衣子の胸元から、それなりの大きさだが形のよい乳房と、鴇色の小さくかわいい乳首がのぞいていた。  
 勇は眩暈に襲われた。  
 
 女なんて、抱いちまえば言うことを聞くようになるものさ。  
 ジョナサン・グレーンの言葉が脳裡に響いた。  
 ――そうなのか? もし僕が姉さんを抱けば、姉さんは僕と一緒にオルファンを出てくれるのか?  
「姉さん」  
 勇はそっと依衣子の髪を撫でた。  
 とても気持ちのよかった姉の髪の感触。それは今日も変わらない。  
 依衣子も気持ちよさそうに勇の愛撫を受ける。  
 指先から姉の温かみが伝わる。心地よい感覚。この心地よさは、道徳を犯す淫虐心から生まれているのかもしれない。  
 依衣子は傷口から唇を離して、うつむき加減で頬を赤く染めている。  
 その困ったような照れているような表情が、勇の理性を狂わせた。  
 ――いいのか? 姉さん、いいのか?  
 勇はそっと依衣子の唇に近づいた。  
 依衣子もゆっくりと勇の唇に近づいていく。  
 2人のセカンドキスは同意のもとに行なわれた。  
 キスの間、勇は眼を開いたり閉じたりしながら姉を見ていた。  
 ――知らなかった。姉さんはこんなにかわいくて、きれいだったんだ。  
 姉の美貌が禁忌を取り除いた。もう堕ちていくことにためらいはない。  
 唇を離すと、勇は依衣子を静かにベッドへ横たえた。  
 
 依衣子を横たえてから、勇は姉に覆い被さって、また唇を求めた。  
 姉の唇は柔らかかった。決して崩れない温ゼリーのようにぷりぷりした心地よい感触に、勇は虜になった。  
 はじめて触れる他人の唇。姉弟の唇。人の温もりを感じる。  
 ――忘れていた。人はこんなに温かいって。  
 依衣子の眼が涙で潤む。  
 欠けていた何かが埋まっていくような気がして、心が熱くなる。  
 唇を合わせては離し、この単純な行動に飽くることなくはまり堕ちていく。  
 依衣子は勇の首に腕を廻して執拗に求めてくる。  
「んっ……」  
 くぐもった声を発しながら、弟の唇を堪能する。  
 先程のひとりよがりなファーストキスとは違う。勇も依衣子の唇を求めている。  
 ――勇があたしのこと、受け入れてくれている。  
 その満足感が、幸福感、性的興奮に直結する。  
 ――もっと欲しいよ、勇。  
 依衣子は舌を差し込んできた。勇は突然の侵入物に戸惑い、思わず歯を立ててしまった。  
「やん」  
 依衣子はわざとらしく痛がり、  
「こら、勇」  
 と軽く咎めた。不器用な弟がかわいくてたまらないらしい。  
 勇は謝罪の代わりに唇をあてがう。そしてそのままゆっくりと口を開ける。依衣子もそれに合わせる。  
 依衣子の中は血の味がした。勇の流した血だ。  
 自分と同じ血の流れる弟の血を舐めることで、2人の距離をもっと近づけたいと訴えたかったのかも知れない。  
 勇は、深く重い呪縛が身体に巻かれていくような錯覚に襲われた。  
 だが、恐怖はない。  
 ――姉さんが一緒だから。  
 
 つなぎ合わされた口の中で、依衣子の舌が来る。勇は自分の舌を出して迎撃する。  
 ちろちろとぬめる姉の舌先に、自分の舌先を合わせる。ぬるぬるして温かくて気持ちがいい。  
 ――これって確か、ディープキスとか何とか?  
 弟の血をすくい取った姉の舌は、いま弟の口の中にある。  
 混ざり合う姉と弟の唾液が血の味を薄める。  
 姉の唾液が、弟の血と唾液が、2人の身体の中で混ざり合う。  
 ――姉さん、おいしいよ……。  
 ――勇がどんどん入ってくる……。  
 勇も依衣子も必死に互いを求め合う。  
 依衣子が弟の上顎を舌でくすぐる。  
 ぞくぞくする。姉はなんと淫猥な動きをするのか。  
 ぴちゃぴちゃ  
 濡れそぼった物体が絡み合う淫靡な音が2人の耳に届く。  
 姉弟の舌は、交尾をする蛇のように絡まっていく。  
 互いの口腔を存分に蹂躙する。  
 互いの舌を吸い上げ深く味わう。  
 姉の体温が味蕾を強く刺激する。  
 なんという心地よさ。快感。安らぎ。一体感。  
 ――キスだけでこのざまだ。ここから先に進んだら、僕はどうなってしまうんだ?  
 しかし依衣子はもっと欲しいと眼でねだる。  
 美しい顔立ちをした姉が、弟にキスをねだる。  
 勇に断わる理由はない。  
 
 この穏やかな快楽の中にいつまでもいたい。姉弟の欲求はひとつになっていた。  
 しかしこのままでは埒が明かない。  
 勇は唇を離して、次のステップに手を染めることにした。  
 依衣子が名残惜しそうな視線で勇を見つめる。  
 ――大丈夫。もっと気持ちいいことをしようよ、姉さん。  
 勇はバスローブの紐に手をかけた。  
「あっ……」  
 依衣子がかすかに動揺を見せる。だが勇にとっては、もはや姉の一挙手一投足が性的興奮につながってしまっている。  
 ここから先は勇にとっては未知の領域だ。自然と胸が高鳴る――どころか、破裂しそうな勢いだ。  
 呼吸が荒くなる。そのせいで口の中が乾く。唾液を分泌して口腔を潤す。最後にそれを嚥下する。  
 勇はバスローブの紐を解いた。そしてゆっくりとバスローブを左右に開く。  
 実姉の肉体が露わになった。  
 思わず息を呑んでしまうくらい肌理細やかな肌。控えめのバスト。きゅっとくびれたウエスト。小さめのヒップ。すらっとのびた細い手足。なめらかな曲線を描いた全体のボディライン。それらで構成された傷ひとつない美しい肢体。  
 まだまだ発育途中だとでもいうのか、小さい乳首と乳輪。どちらも淡いピンク色だ。  
 下方に目をやると、そこには白いショーツがのぞいていた。  
 男を挑発するようなデザインでもいなければ、女の子らしい洒落っ気もない。下着への無頓着さがむしろ微笑ましい。  
 寝室の照明を弾き返す、瑞々しい身体を持つ伊佐未依衣子は、グランチャー部隊戦闘指揮官などという血生臭い肩書きとは無縁な、ひとつの芸術品のようだった。  
「きれいだ」  
 ベッドの上で恥かしげに横たわる姉に対して、つい本音がこぼれた。  
「やだ、恥ずかしいよ勇」  
 依衣子は両腕で乳房を隠した。顔を真っ赤に染めてしまっていて、ぴゅうと蒸気が出て来そうだ。この期に及んで、なんといじらしい。  
「駄目だよ姉さん。よく見せてよ。きれいなんだよ、本当に」  
 勇はまた唾を飲み込む。  
 しかし依衣子は意固地なまでに両腕を固く閉ざしている。  
 
 痩躯の依衣子だが、ひ弱な印象は受けない。細くしなやかで、女豹という言葉がとてもよく似合う。獲物を狙うような鋭い眼光が、彼女の意志の強さを物語っている。  
 だがいまは弟の腕の中で鳴くかわいい小鳥。そんな小鳥を握り潰すような真似はできない。  
 いじらしい姉に強引をするわけにもいかず、勇は責めあぐねた。  
 とりあえず姉の頬を撫でる。ふっと依衣子の面持ちは和らぐが、それでも険しさが消えない。  
「怖くないから、姉さん」  
 そう声をかけたものの、依衣子は強張りを解かない。  
 だが、その呼吸はひどく荒い。なんという矛盾だろう。  
 ――きっかけが欲しいんだね。  
 ふと勇の頭が依衣子の胴へ沈んでいく。  
 依衣子のくびれた腰のラインに口づけをする。  
 依衣子の肌がびくんと震える。  
「姉さんの肌、きれいだよ」  
「恥ずかしいよ、勇……」  
 細い声で恥じらいを示す。恥ずかしがる姉は色っぽい。  
 しかし依衣子の弟、伊佐未勇は、弟である前に男であることを忘れているのか。  
 ――さっきから僕を挑発して!  
 男はこういう勘違いを犯す。  
 目の前に姉の皮膚が広がっている。男を狂わす肌色の海。生まれたてのアンチボディだって、ここまでの艶やかさはない。  
 ――それにしても、この細い腰ときたら、本当に、本当に。  
 腰つきひとつで、男と女ではこうもつくりが違う。  
 その疑問が情念となって、勇は舌を激しく走らせた。  
「あっ、勇」  
「姉さん、きれいだよ」  
 思ったことが自然と口に出る。  
 ――本当にきれいなの?  
 依衣子は訝しみながらも、勇の言葉に心臓の鼓動がさらに高鳴っていく。  
 
 勇は、舌を這わすのと口づけをするのとを交互にしながら、ゆっくりと依衣子の肢体を責め上がる。  
「まだ怖いの?」  
 と依衣子の耳元にキスをして囁く。  
「……うん」  
 勇はまた髪や頬を撫で、依衣子の気を静めようと努める。  
「ねえ、キスしていい?」  
「うん、うん、勇」  
 勇が依衣子に跨って唇を当てると、依衣子はそれに貪りつくように求める。  
 つくづくキスの好きな姉だ。  
 ――姉さんはスキンシップに飢えてるのか。  
 と思いつつ勇は苦笑した。それは自分も同じではないか。キスは互いを求め合うのに一番手軽なコミュニケーションだ。  
「ねえ姉さん、腕開いて。僕を抱きしめて」  
「……うん」  
 固く閉ざされた依衣子の腕がゆっくりと開いて、勇の背を包み込んだ。  
 勇の胸に依衣子の胸が重なる。わずかに感じる姉の柔らかさに、勇は勝利を確信した。  
 勇の双眸が妖しく光った。  
 ――かかったな、姉さん。  
 依衣子がキスに夢中になっている隙を突いて、勇は左手を依衣子の右胸に走らせた。  
「あっ。……んん!」  
 避難の声が来る前に舌を潜り込ませる。我儘な姉の言うことは聞かない。  
 少し恨めしげに勇を見たが、やがて依衣子は勇の暴挙を許した。  
 その証拠に、執拗に舌を絡めてくる。  
 ――馬鹿、勇の馬鹿!  
 依衣子の舌遣いから、痛いくらいに非難が感じられる。  
 だからいまのうちにうんと甘えさせる。さもなければ、また途中でぐずられてしまうから。  
 それに言葉で謝罪するよりも行動で示した方がいい。  
 依衣子もそれを望んでいる。姉弟だから、それがわかる。  
 
 ――まったく、手間のかかる姉さんだ。  
 昔は、姉としてしっかり者の依衣子に、勇はおんぶ抱っこをされてきた。  
 無鉄砲な行動ばかりして、いつも姉に迷惑をかけてきた気がする。  
 そしてオルファンに来て、怖いと思っていた姉が、いまは自分の腕の中で震えている。  
 あのやさしいお姉ちゃんが女になって。  
 そのギャップが勇にはたまらなかった。  
 そう思うと自然に頬が緩んだ。  
「何がおかしいの?」  
 唇を離して依衣子が問う。まだ怒っているのか、少し棘がある。  
「何でもないよ。かわいい姉さんだなって思っただけ」  
「嘘ばっかり」  
「嘘じゃないよ」  
 そう言うと、勇は唇をゆっくりと移動させた。  
 首すじから鎖骨あたりを、ぺろりと舐める。  
「んっ」  
 依衣子が息を呑んだ。どうやらここは弱いらしい。  
 その間、すべり込ませた手は、丁寧に依衣子の胸を揉みしだく。  
 弾力があり、ふにふにとして、唇とはまた別の感触を持った未知の球体は、指に染み込むような柔らかい体温で勇に取り憑いていく。逆にこちらが犯されているようだ。  
 思ったほど大きくないのは、男に揉まれたことがないからだろうか。  
 ――そうだと嬉しい。  
 ならば姉の身体を開拓するのは自分の役目なんだ。  
 自分勝手な使命感を一身に背負って、勇は依衣子の胸に狙いを絞る。  
 先行している左手で廻すように揉む。  
 勇の皮膚感覚がどんどん姉の体温に犯されていく。  
 勇は依衣子の胸に頭を沈めた。  
 即席の枕は薄いながらも柔らかく、姉の温もりを充分に感じさせる。  
 勇の頬に姉の突起が刺さる。  
「柔らかいんだね、姉さん」  
「やだ、勇」  
 密着した肌の下から、依衣子の心臓の音が聞こえる。激しく脈打って、依衣子の興奮状態を勇に知らせてくれる。  
 
 勇はゆっくりと頭をもたげて姉の胸を見た。  
 白皙の肌に浮かび上がるピンクの突起。  
 小さくかわいい、淡い桃色の突起物。ぴんと立っていて、本当にかわいい。  
 これに唇を合わせることは、もはや犯罪的である。  
 姉の胸を吸う。  
 なんと危険を孕んだ誘惑だろうか。  
 しかし姉に魅入られてしまった勇に抗えるはずもない。  
 異常と思えるほど唾液が分泌される。勇はそれをごくりと飲み込む。まさに生唾を飲む、だ。  
 勇の唇が突起に触れる。依衣子が身体を震わす。  
 ――固くもなく、柔らかくもなく。何なんだこれは?  
 勇はまず唇だけを当てこする。こりこりとした感触が唇に広がる。  
「はああ……」  
 それだけで依衣子はせつない吐息を洩らす。  
 依衣子の乳首を軽く口に含んだ。舌先でちろちろと舐める。  
「あん」  
 昏い熱を帯びた舌戯が、依衣子の敏感な突起を刺激する。  
「勇、駄目ぇ」  
 両眼をぎゅっとつむり、何かに耐える。依衣子は拒みながら快楽の波に耐える。  
 姉の体温がどんどん上昇しているようだ――興奮も。  
 責める勇にとって、それが何よりの報酬だ。  
 
 勇はもう片方に再度手をのばした。  
 依衣子の突起をつまみ、指の腹でこねくり廻す。くにっと曲がってぷるんと弾けて戻る。  
 左右の胸から快感が次々と伝達されていく。そして依衣子の淫心はますます増大していく。  
「ああ、勇。駄目だって、勇ぅ」  
 依衣子は勇に熱っぽい声を聞かせる。勇を興奮させるために言っているようなものだ。  
 ――駄目だって言ったって、こんなに感じてるじゃないか。  
 勇は一層強く依衣子を感じさせてやろうと思った。  
 健気に立つ姉の突起は、勇を悦ばす玩具のようだ。  
 舌で舐め廻され、転がされ、指で弄ばれる。ときに軽く歯を立てられる。  
 しかし、どんな性戯を加えても、立ちつづけることを決してやめない。  
 それは快楽の中にいることの証明だった。  
「う……んん、勇、勇……」  
 依衣子は身をそらせてよがる。よがり狂う。  
 ――あたしの身体がおかしくなってるよ。助けて、勇。  
 そんな心の訴えなど無視したかのように、勇は依衣子の敏感な部分を貪りつづける。  
 ――意地悪。勇の意地悪。  
 でもこうやっていじめられるのが好きかも知れないと、心の奥で被虐の炎が揺らめいた。  
 ――こんなのあたしじゃない。恥ずかしいあたしを勇に知られてしまう。勇、駄目だよ……。  
 勇は我を忘れて依衣子の身体に夢中になっている。  
 依衣子も弟の愛撫に心身をとろけさせている。  
 姉の狂態に、勇はますます加虐性を増していく。  
 依衣子の鴇色の乳首は弟の唾液にまみれて、つやつやと妖しく光っていた。素であるより遥かにエロチックだ。  
「姉さん、気持ちいい?」  
「勇のえっち」  
 そうではない。  
 これはひとえに魅力的でありすぎる姉、伊佐未依衣子の責任である。  
 
 依衣子は眼を固く閉ざして受けの体勢になっている。  
 クインシィ・イッサーと恐れられている姉が、弟に無抵抗。それだけで勇の支配欲が満たされる。  
 年上の女性を御するだけでも絶大な支配感を得ることができる。まして勇の相手は実の姉だ。その達成感は筆舌に尽くしがたい。  
 こんな美しい姉を黙殺するなど、姉に対する侮辱以外の何だというのだ。  
 勇は執拗なまでに依衣子の身体を虐め抜く。  
 本能が押すのだろうか、性経験のない勇は、知る限りの知識と直感で依衣子を責める。  
 それでも依衣子は淫欲地獄に堕ちている。  
 ぴたりとはまるのだから、人間は恐ろしい。  
 勇の思考はますます都合のいいように構成されていく。  
 勇の勇はすでに痛いくらいに硬直している。異常だ。異常なまでに猛っていた。  
 よがり狂う姉を前に、勇の脳裡にある疑問が生じた。  
 ――姉さんは経験があるんだろうか?  
 訊いてみたいが、そんな水を差すようなことは訊けない。  
 ならば――  
 勇は依衣子の脚の付け根に手をのばした。ショーツ越しに依衣子の秘部を探ろうとする。  
 しかし依衣子は両脚を固く閉ざす。  
「……駄目」  
 依衣子は勇の侵入をまだ許さない。  
 勇はもう一度試したが、依衣子は決して開かなかった。  
 これで理解した。依衣子はまだ潜在的に性行為への恐怖を持っている。  
 ――十中八九、姉さんは処女だ。  
 実に下らないことだが、勇の増上慢を昂ぶらせるには充分すぎる前戯だった。  
「姉さん」  
 勇は依衣子を抱き起こし、羽織った形になっている白いバスローブをゆっくりと脱がした。  
 これで依衣子はショーツだけとなった。こんな姿になっては、もう逃げられはしない。  
 2人は膝立ちのまま、固く抱擁し合う。  
「勇の心臓の音が聞こえる。……やっぱり緊張してるんだね」  
「緊張するよ、平気じゃいられないよ、姉さん……」  
「勇……」  
 2人はまた口づけを交わした。  
 キスをしている間に覚悟を決める。唇を離したときが次のステップへ進むときだ。  
 だから安易に離すわけにはいかない。  
 
 離れていく唇は、糸を引いて名残惜しそうに切れた。  
 見つめ合う勇と依衣子の眼に強い意志が宿っている。  
 勇は依衣子の華奢な肩を押した。ぎしっとベッドが軋む。  
 そのまま手をのばす。もう拒絶はない。  
 勇は依衣子をショーツの上からまさぐった。しっとりと濡れている。  
「ああん……」  
 喘ぎ声が依衣子の口から洩れる。  
 拒むはずだった。ほんのわずかの接触で、快感が縦横無尽に走るのだから。  
 勇は依衣子の喘ぎ声に取り憑かれた。  
 指先の感覚だけで姉の形が何となくわかる。この薄いショーツの裏に本当の依衣子がいる。  
 ――姉さんは快感に酔っている。僕の指で酔っているんだ。  
 勇は姉という美酒に酔っていた。  
 湿ったショーツをゆっくりとなぞる。なぞる。なぞる。  
 そのたびに依衣子のボルテージが上がっていく。  
「ああ、勇……駄目……駄目よ」  
 依衣子は哀願する。  
 もっとして、と。  
「姉さん」  
 辛抱たまらず、勇はショーツに手をかけた。  
 その手に依衣子の手が重ねられた。  
「勇、ずるいよ。勇のも見せて……」  
 依衣子は肘で上半身をわずかに立てて、息も絶え絶えで言った。  
 言われてはっとした。勇は下着どころかズボンすら脱いでいない。姉はほぼ全裸なのに。  
「う、うん」  
 このかわいい姉に自分のものを見せつけるのは憚られたが、もはや後には退けない。  
 勇はズボンを脱ぎ、荒々しくトランクスと投げ捨てた。  
 天を仰ぐように隆々とそそり勃つ伊佐未勇はまさしく男であった。  
 依衣子は驚きのあまり、眼を白黒させる。  
 勇は女々しく隠そうとしない。覚悟を決めた男らしく、堂々と姉の前に自分を見せつける。  
 姉さんのせいでこうなったんだぞ、と言いたげに。  
 
 依衣子の眼前に雄々しい勇が屹立している。  
 ――これが勇のなんだ。……凄い。  
 依衣子はあからさまに動揺した。子供のときに見たものとは、形といい、大きさといい、まるで別物だ。  
 勇のものを食い入るように凝視する。その表情にはさすがに戦慄の色が混じっている。  
 なるほど、確かにこんな異様なものが自分の敏感な部分に入ってくるなど、想像もしていなかっただろう。  
 しかし――  
 ――入れたい。  
 依衣子は素直に思った。覚悟はもう決めている。  
 それに、勇が欲しいという願望がある。  
 そう考えただけで呼吸が荒くなってしまう。  
「勇……」  
 愛しい弟の名が口に出る。  
 そんな姉を見て、勇はさらに怒張していく。  
「じゃあ姉さん、いいね?」  
 勇は再びショーツに手をかけた。  
 依衣子は一瞬ためらった。だが、いよいよ、という期待感が、腰を浮かせて脱ぎやすいようにするという行動につながった。  
 勇は依衣子の行動に満足して、ゆっくりとショーツを下にずらしていく。  
 細い太ももからするするとショーツが抜けていく。  
 それは依衣子の足首も抜けて、ベッドの片隅へと追いやられた。  
 かくして、依衣子を隠していた最後の鎧は、弟の手で剥ぎ取られた。  
 
 一糸まとわぬ姿にさらされた依衣子は想像以上に美しかった。  
 まだ幼さの残るボディラインながらも、充分に大人の色気を身につけはじめていた。  
 クインシィ・イッサー――オルファンを補佐する女王――を名乗るのも、あながち伊達や酔狂ではないのかも知れない。  
 白磁器のような肌理の肌がライトに照らされると、なお白く輝きを増し、羞恥にくねる肢体は淫靡に男を誘うのだ。  
 勇は依衣子の太腿を押し開いた。依衣子の顔に恥じらいの翳がかすめた。  
 黒い茂みの下に、きれいな朱線がすっと縦に走っている。  
 ――どういう構造になっているんだ?  
 依衣子にとって、男性器は未知の物体だったのだろうが、それは勇にもいえることだ。  
 依衣子の秘密の場所は、当然のごとく勇の興味を引いた。依衣子の開きかけた蕾は、勇によって調べ尽くされることになる。  
 そう考えただけで、依衣子の脳裡に拒否――よりも興奮の花が咲き乱れた。  
 ――あたしが見られちゃう。そこだけは誰にも見られてないのに、弟の勇に見られちゃうよ  
 勝手に想像しては、勝手に興奮する。自分勝手な女だ。だが、それがいい。  
 勇の手は誘われた蝶のように、そこへと導かれていった。奇妙なつくりではあるが、いとおしく感じるのはなぜなのか。  
 勇は人さし指を依衣子の秘所に当てた。  
 ――凄い。柔らかくてぷるぷるして。それに、こんなに濡れるものなんだ  
 愛液がねっとりと絡みついてくる。姉の粘液は熱かった。  
 そのまま指を上下に動かすと、潤んだ柔肉は、  
 くちゅくちゅ  
 と卑猥な音をたてて部屋に鳴り響いた。  
 依衣子の秘所が、排泄器官から性交器官へと変わりつつあるのだ。  
「音をたてないで、勇……」  
 依衣子は恥ずかしさを殺して勇に訴えた。  
 すると、前にも増して粘っこい音が聞こえるようになった。勇の仕業である。  
 まるで勇から、姉さんはいやらしい、と言われているようで、耳を塞ぎたいくらいの羞恥心に駆られた。  
 そんな姉の心も知らず、勇の指は依衣子のうすい陰唇を掻き分けていく。  
 勇にはこの音は、気持ちいい、と聞こえているのだろう。男女の見解の相違というものだ。  
 勇の指が走る。まったりとしたゆるめの快感が下から打ち寄せてくる。  
 白く波立つ海の上で、依衣子は溺れることしかできなかった。  
 
 勇は目の前にある依衣子の赤い裂け目を見ていた。姉はいま自分の指に遊ばれている。  
 ――こんな熱いところに入ったら、すぐにいってしまいそうだ  
 と思いつつも涎が垂れそうになった。  
 勇は姉の股間に顔を埋めた。  
 勇の両手が依衣子の秘所の左右に添えられると、依衣子はゆっくりと開かれていった。  
 そこに広がっていたのは赤い世界だった。皮に包まれた核。尿を排泄する器官の末端。そして――ひとつになれる場所。  
 勇にとって、どれもはじめて見るものばかりである。  
 依衣子は自分の中が外気にさらされているのがわかった。  
 ――や、恐い……  
 貝のように眼を閉じ、秘所に突き刺さる弟の視線に耐える。自分でも目視できない場所を隅々まで観察される。――それこそ奥まで。  
 そんな依衣子を眼の隅に、勇は指先に愛液を絡め取って、第三の突起物に塗りつけた。  
「んっ……」  
 敏感な反応が返ってくる。具合がいいようで、依衣子は口元をわずかに弛緩させていた。  
 包んでいる表皮を剥き、かわいい依衣子を完全に露出させると、それを指の腹で軽くはさんだ。  
「きゃっ!」  
 空気を切り裂くような声を出して、依衣子の身体が跳ねた。  
 今度は生あたたかい息が吹きかけられた。依衣子の秘肉がわななく。  
 勇は縦に裂けたの唇に、やさしく口づけした。少し前まで散々依衣子の唇を嬲り尽くした勇の唇が、今度は下の唇に重ねられた。  
「あっ、駄目、そんなところ」  
 依衣子は身をよじりつつ勇の頭を押さえたが、勇の意志はそれより遥かに強い。  
 ぴくぴくとひくつく柔肉に、勇は静かに舌を滑らせた。  
 擬似生殖行為といった光景が勇の目の前に展開している。尖らせた舌は、姉の中に入ろうとせわしなく陰唇を掻き分けている。  
 ああ、依衣子の秘所は男に嬲られるために存在していたのだ。否、勇に嬲られるために。  
 依衣子が放つ女の芳香に、勇は夢中になってかぶりついた。  
 指とはまたひと味違った触感が、依衣子の入り口付近を徘徊している。  
 やわいものとやわいものがつるつると絡まり合う、この新鮮な感覚。  
 勇の頭に添えられていた依衣子の手は、いつしかやさしい愛撫に変わっていた。  
 
 舌が剥き出された突起に来た。  
「あっ! そこは……」  
 言いざま、依衣子の身体がぷるんと動いた。  
 やはりここの感度は殺人的な鋭敏さを誇るようだ。  
 この硬くつややかな球体は、女を悶え殺すためについているのか、と疑いを向けられるほどのものだった。  
 いままでにない反応のよさに、勇の獣心は火を噴いた。  
「だ、駄目……嫌!」  
 這って逃げようとする依衣子の太腿を?んで、なおも赤い珠玉を責めつづける。  
 依衣子は、自分の身体なのに自分の意志とは無関係な暴走をする身体を呪った。  
 また一方で、淫なる自分が表へ出て来る開放感に心は踊っていた。  
 粘質な奇怪音もさることながら、勇自身の粘質な舌戯に、依衣子の秘所はとろけつつあった。  
「あっ……はあっ! ゆう……だ……め……」  
 理性を焦がす灼熱の快感の中から捻り出される喘ぎ声に、弟の名が刻まれている。依衣子は勇のものになりつつあった。  
 意識はぐるぐると廻りながら情欲の坩堝に叩き込まれ、現実に目を向けても、心の底に逃避しても、浮かんでくるのは勇の姿だけ。あたしを求める勇の姿だけ。  
「あっ! んうぅ……んっ!」  
 依衣子は細い肢体を思いきりのけぞらせた。控えめの胸が大きく揺れる。すらりとのびた手足が、嫌、嫌、と蠢く。  
 どんなに我慢しようとも、色を含んだ吐息が依衣子の口から洩れていく。  
「……勇……お願い。……壊れちゃう……壊れちゃうよお」  
 依衣子は、はあっと大きく息を吐いて悩ましげに喘いだ。  
 それでも勇はやめるつもりはなかった。勇は依衣子の反応を愉しんでいた。自分の性戯で苦しむ姉がかわいいのだ。  
 依衣子の虚ろな声と荒い息遣いは、勇の正常な判断能力を完全に狂わせた。勇は妄執に駆られて、剥き卵のような依衣子をくりくりと虐め抜いた。  
「い……やぁ……」  
 依衣子はかわいい声で鳴く女であった。  
 ふと、姉の狭そうな膣口から蜜がしたたり落ちようとしている。  
 勇は膣口に口を当てて、じゅる、と大きな音をたてて吸った。  
「やあっ!?」  
 依衣子は悲鳴を上げた。膣をストロー代わりにして愛液を吸い出された。  
 勇は吸い上げた生温かいそれを口の中で転がした。姉の味は甘酸っぱかった。  
 充分に堪能した後、姉の愛液をゆっくりと嚥下した。  
 
 依衣子は勇の行動を熱っぽい瞳で見ていた。  
 ――勇に思いきり味わわれてしまった  
 たとえようもない高揚感に捉われた。  
 当の勇は、眼を伏せて姉の中をくすぐりつづけていた。  
 ――ああ勇、まだあたしのこと虐めるつもりなのね。ひどい弟。あたしはお姉ちゃんなのに意地悪されっ放し  
 依衣子は軽い反骨心を燃やしはじめた。半ばとろけた双眸に強い意志が宿る。  
 依衣子はけだるそうに上体を起こした。勇が顔を上げると、憑かれたような姉の表情を見て気圧された。  
 よがり狂わされた余韻か、依衣子は幽鬼のようにふらふらと全裸で膝立ちした。そんな姿もまた色っぽい。  
 依衣子の顔が迫ってキス。幾度目かの口づけは女の蜜の味がした。  
 勇はそのまま押し倒された。二人分の体重の負荷に、ぎしっとベッドが悲鳴を上げる。  
 倒れ込んできた依衣子の身体はすでに汗まみれだった。汗に交わる姉の芳香が勇の鼻をつく。  
 勇は濡れた姉を抱きしめた。柔らかくて細くて儚い女性だと改めて実感した。  
 自分の硬いものが姉の柔らかい肢体と密着している。あんなものが姉の美しい肌を汚しているのか。  
 姉さんの肌、と勇の心臓が飛び跳ねた。このまま姉の身体にこすりつけてやりたい衝動に駆られた。  
 そのしっとりとした柔らかさと熱さは、姉の身体そのものが性器ではないかと錯覚させてしまう。  
 依衣子は唇を離して勇を見下ろした。その顔にはゆるい微笑が刻まれている。妖艶というべきか。  
「勇はいけない子。――だからお仕置きだよ」  
 そう耳元でささやくと、悪戯っぽく眼を光らせた。  
 赤く細い舌を出すと、勇の唇をぺろりと舐めた。そのまま下へ下へと移動していった。  
 唾液の線を引いて遠ざかっていく姉を見て、勇の中でこそばゆい感覚とともに期待感が溢れ出していく。  
 舌が下腹部に近くなったとき、不意に握られた。  
 姉の白く細い繊手が勇のものに触れている。  
 勇は、やはりそこなのか、と思った。姉の手のぬくもりが、勇をさらに硬化させていく。  
「勇の、硬いんだね」  
 依衣子が興奮気味に感想を述べた。姉の荒い吐息が肌を走ってこそばゆい。  
 
 依衣子は下から勇を見上げた。淫魔の微笑に、勇は生贄と化した。  
「確か、女のほうも、こういうこと、するんだよね?」  
 その言葉が耳に届くと、依衣子の頭が勇の股間に沈んだ。  
 依衣子は剛直する勇を、口づけするかのようにやさしく含んだ。  
 すべては一瞬だった。刹那に勇の剛物は熱く燃え上がったのだ。  
 見るがいい、赤黒く突出したものが、うすいピンクの唇に咥えられている。  
 なんとも淫靡なる構図なのだろうか。少女の口に醜いものが入り込んでいる。少女は嫌がることなく、それに尽くさんと心を砕く。――頬を羞恥に染めてもなお。  
 そう、伊佐未依衣子の美貌はこのコントラストのために生まれてきたのだ。  
 少女はゆっくり動きはじめた。  
「姉さん駄目だよ、そんなところ……」  
 やはり姉弟なのか、同じ台詞が口からこぼれた。そしてじきに肉親の性戯に溺れていくのだ。  
 勇の分身は、口腔の熱をもって姉の唾液に犯されていく。  
 んっんっ、と短い吐息を洩らして勇のものを慰める依衣子は、甲斐甲斐しい姉の姿そのものであった。  
 こんなものを口にしたのははじめてなのだろう、動きにはぎこちなさが目立つ。  
 だが、はじめて尽くしの伊佐未依衣子を、伊佐未勇は余すことなく体験できるのだ。こんなに羨ましいことはない。  
 その姉からのはじめての攻撃に、勇は低く呻いた。  
 勇の好反応に気をよくしたか、依衣子は、ず、ず、ず……と舌を動かしはじめた。幼い子供をあやすかのような、やさしい舌使いだ。  
 愛情を込めた姉の口腔奉仕に、耐性のない勇はなされるがままの死に体だった。  
 依衣子は上目遣いで勇の反応を窺っている。その瞳は、気持ちいい? と尋ねているように見えた。  
 ――ああ……姉さん、気持ちいいよ……  
 と快楽に酔いしれたのも束の間、射精感がぞわりと背すじを鋭く走った。  
 勇はあわてて起き上がり、依衣子の肩を押した。ちゅぽんと音をたてて、依衣子は勇から離された。  
 紙一重のタイミングで精の放出は免れた。  
 その理由がわかるはずもなく、怪訝な顔つきをする依衣子に、  
「入れるよ姉さん。もう我慢できないんだ」  
 勇の挿入願望が頂点に達していた。これ以上姉と前戯にふけっていると本当に暴発してしまう。  
 依衣子は返答の代わりに、ゆっくり頭を垂れた。  
 
 依衣子と勇は強く抱き合い、そして唇を求め合った。狂おしいほどに求め合った。  
 視線が合わさると、二人とも照れくさそうにそらした。  
 だから、姉のほうから後方へ倒れた。しゅるとシーツの布ずれの音が沈黙の部屋に落ちた。  
 依衣子は足を開き、勇はその間に身を移した。  
 上気しきった依衣子の肌は桜色に染まり上がっており、充分に潤みきった秘所は熟しきった甘い果実を思わせた。  
 勇は痛いくらいに怒張した自らを、ぬるつく入り口にあてがった。  
 くちゅ……と二人の性器が鳴いた。先端に姉の胎温を感じる。  
 弟の敏感な部分が、姉の敏感な部分に侵入する。お互い狂い果ててしまうかも知れない。  
「大丈夫だよ」  
 勇はそう声をかけた。断言できる理由は何もないはずだが、  
「うん……来て……」  
 依衣子は勇の心を汲んだかのように、儚い声で応じた。  
 姉は本当にきれいな顔をして弟を見ている。可憐な黒瞳は潤んできらめいていた。  
「姉さん……」  
 勇は依衣子の細い腰に両手を添えた。ゆっくりと腰を押し出していく。  
 閉ざされていた秘肉の隙間が広げられていく。依衣子の口淫のおかげか、挿入しやすいぬめり加減になっていた。  
 姉の中に入った。まず亀頭が呑まれた。  
 このまま進もうとさらに挿し入れようとしたとき、ふと柔らかい強張りに突き当たった。  
 それは依衣子の幼さの証しだった。  
 勇は力を込めて通ろうとした。  
 ぐぐ、とそれを押すと、中の少女が悲鳴を上げた。  
「ん……う……」  
 依衣子が小さく苦鳴を洩らす。壊れる、と思った。  
 勇の動きが止まった。見ると、勇は不安そうな視線を依衣子に向けていた。  
 明らかに憐憫の情を湛えた瞳の色だったが、依衣子は、  
「勇……いいの……お願い……」  
 依衣子はシーツをつかんだ。いくつもの皺が二人だけのベッドに刻まれた。  
 勇は依衣子の右手をたぐり寄せて、自分の左手の指に絡ませた。  
 きゅっと強く握られた。  
 ――恐いんだね、やっぱり  
 依衣子のけなげな仕種から、勇はその心境を察した。だから強く握り返した。  
 勇は依衣子の脇に右腕を立てて前屈みになった。左手はつなげたまま――離したくはなかった。  
 
 姉のぬくもりへの渇望が勇の背中を押していった。  
 わずかに、わずかに、やさしく体重をかけていく。  
 やがて依衣子の処女膜は、奥へ進みたいと切望する勇に耐えきれず、破瓜した。  
 ぴっ、と身体の中で音が響いた。  
 依衣子は何かがはじけたのを感じ取った。  
 破られた。  
 失われた。  
 ――勇に捧げたんだ  
 昇天しそうな歓喜の中で、鋭い痛みが来る。  
「つ……ぅ」  
 依衣子は疼痛に歯を噛んだ。  
 痛い。果てしなく痛い。  
 膜といっても、実際は膣――内臓といってもいいだろう――が膜状に変形しているものなのだ。  
 それが無理矢理押し広げられて破れるのだ。痛くないわけがない。  
 身体を裂くような苦痛が依衣子の胎内で乱反射した。  
「痛い……」  
 耐えきれず唇からこぼれた。が、抜いて、という言葉は空気とともに呑み込んだ。  
 ――もう勇を躊躇させたくはない。このまま勇を受け入れたい  
 依衣子は右手を強く握った。勇はまた握り返してくれた。  
 愛液におのれを浸しながら、勇は徐々に進んでいった。  
 処女膜を破瓜した後は、スムーズに進むことができた。  
 そのまま勇の先端が依衣子の最深部に到達した。  
「姉……さん、入ったよ……」  
 勇はかすれ声で告げた。凄絶なる快感の風が勇の身体を下から吹き荒らした。  
 歯を食いしばり、精神を安定させなければ、咆哮を上げてしまいそうになる。  
 死ぬ。死んでしまう。姉に絞め殺される。姉さんになら絞め殺されてもいいと思った。  
 下の依衣子は勇を締めつけているのに、上の依衣子はうっすらと涙を溜めている。  
 どちらが本当の伊佐未依衣子なのだろうか。  
 だが、勇にとってはどちらも大切な姉だった。  
「姉さん……」  
 勇の眼から涙がひとしずくこぼれた。  
 涙は依衣子の腹部に落ち、汗と混ざり合って姉の肌の中に消えていった。  
 
 勇ははじめて女を知った。  
 熱くきつく締め上げて、快楽とともに男を呑み込んでいく。  
 そのあたたかい女の中で、勇はえも言われぬ安心感を得た。  
 男の悦びを、実姉、依衣子が教えてくれた。  
 言葉にならない感謝の念を吐露しそうになったから、  
「姉さん!」  
 ただ、それだけを叫んだ。心と身体、残らず姉に奪われてしまったことに気づかずに。  
「は……あ、勇、勇……」  
 依衣子は肩で息をして苦痛に耐える。  
 ――勇が入ってる……。勇が全部、奥まで入って来てる……。  
 痛みが依衣子の胎内を駆け廻る。  
 それなのに、この安らかな心地はなぜなのだろう。  
 この痛みは、勇とひとつになっている痛みなんだから。  
 きっと、勇がやさしいから。  
 ほら、いまだって髪を撫でてくれて、あたしのことを気遣ってくれている。  
 ――やさしい、やさしい勇……  
 弟の心が胸を打ち、それが涙となって頬を伝った。  
「姉さん、大丈夫? 痛いの?」  
 依衣子の涙に、勇が心配になる。  
「痛いよ、でも嬉しいの、勇……」  
 涙声で、涙を手で拭って答えた。  
 そんな依衣子を見て、勇の胸にもまた熱いものが込み上げてきた。  
「姉さん、僕も、嬉しいよ……」  
 勇は身を折ってキスをした。依衣子の上下の口は塞がれた。  
「ん……うん」  
 痛みと幸福の中で、依衣子の頬に熱い液体が走った。勇の涙だった。  
 依衣子はまた涙を流しながら、心の底から幸せを感じていた。  
 
「……ゆ、勇、勇」  
 依衣子が熱にうなされてつぶやく。  
「姉さん、姉さん……」  
 勇が熱にうなされてつぶやく。  
 渦巻く快感と苦痛と情念が妖しく交錯して、二人の脳を白く灼いた。  
 その白い世界の奥で、幼い頃の光景が浮かび上がった。  
 生きるつらさもわからずに、姉弟二人で太陽を真っすぐに見ていた頃。  
 二人が手をのばせば青い空に届いて、残った片手は互いを結び合っていた。  
 かわいい勇。  
 やさしいお姉ちゃん。  
 上の村で、陽が暮れるまでずっと一緒に遊んでいたよね。  
 ――そういえば僕は  
 ――そういえばあたしは  
 ――お姉ちゃんをお嫁さんにしたかった  
 ――勇のお嫁さんになりたかった  
 それは決して叶うことのない幼い夢のはずだった。  
 いつしか消えてしまう淡い初恋の種。撒いてはいけない禁忌の種子。  
 心の奥底で我知らず育っていき、咲いてしまった真紅の妖花。  
 伸びた茨は二人に巻きついて、絡め取られた身体がちくちくと痛む。  
 姉に撃たれた左肩の傷が。  
 弟に打ち込まれた楔の傷が。  
 そして両親によって植えつけられた心の傷が。  
 何よりこの痛みをわかり合いたかった。それでも抱き合う必要はなかったはずだ。  
「おかしいよね、僕たちは……」  
 勇はその身を姉に焦がされつつも、やや自嘲気味につぶやいた。  
「おかしく、ないよ。……好き、好きだよ、勇」  
 依衣子は秘めた感情を吐露して、両腕で勇の背中を包んだ。  
「僕も、僕も好きだよ、姉さんが……」  
 勇は心を注いでくれる姉の中に沈んでいった。  
 
 勇があたしの中に来ている。  
 あのね、あたしはずっとお姉ちゃんをやってたつもりだったんだよ。  
 でもあたしは伊佐未ファミリーの長女。オルファンのためにやらなくちゃいけないことがたくさんある。  
 そのことを勇に理解して欲しかった。勇のほうからあたしを助けて欲しかった。オルファンを補佐するあたしを支えて欲しかったんだ。  
 でも勇はあたしのことなんか見てくれなかった。嫌われているとさえ思った。  
 あの日。  
 悪夢にうなされた日。  
 ひとりぼっちになった夢を見た。  
 たまに見るあの怖い夢。  
 ひとりぼっちの世界を生きていかなきゃいけない夢。  
 ひとりうずくまって、震える肩を抱き止めているだけの哀しい夢。  
 その世界であたしはずっと泣いていた。  
 あたしは叫んだ。父さんって。母さんって。勇って!  
 誰も来るはずないってわかっていたのに。  
 誰もあたしの思いなんか理解してしてくれないってわかっていたのに。  
 でもあのとき勇は来てくれた。ずっとあたしのことを見てくれなかった勇が来てくれた。  
 やさしい眼をして微笑んでくれた勇。  
 嬉しかった。  
 やっと勇があたしのところへ帰ってきた。  
 勇はそばにいてくれる。ずうっと、ずうっと、あたしのそばにいてくれる。  
 もう二度と勇をひとりになんかしないからね。  
 あたしがずっとそばにいてあげるからね。  
 だから勇――  
「勇、もっとそばに来て……。もうひとりぼっちにしないで……」  
 
 僕は姉さんの中にいる。  
 何で僕は姉さんをオルファンから連れ出そうと思ったんだ。  
 答えは単純だった。  
 大好きなお姉ちゃんを守りたかった。  
 ただそれだけだった。  
 最近まで、僕は姉さんを避けていただろ? 恐かったんだよ。  
 僕たちは小さい頃からたくさんのグランチャーを実験で死なせてきた。  
 そのたびに僕はひどく傷ついた。  
 でも、姉さんは平気な顔をして硬化したグランチャーから降り立っていた。  
 何かを壊しても超然としている姉さんが恐かった。  
 そういう姉さんから、僕は距離をとってしまった。  
 でも僕と同じで、何も言わず――言えず、つらい気持ちを押さえ込んでいたんだね。  
 そういった哀しみを誰にも言えずに隠していたことがいまになってわかるよ。  
 だって僕だってそうだったんだから。  
 姉さんは僕と同じだったんだね。  
 ああ、その姉さんが僕の腕の中で、必死になって僕を受け入れている。  
 その苦痛に歪む顔も、快楽にとろける精神も、目尻に溜まる涙の雫も、すべて僕が与えているものだ。  
 姉さん、姉さん。もっともっと、他人には見せない顔を見せてくれ。  
 哀しい顔をしていいんだ。つらい顔だって見せてもいいんだ。  
 そう、その顔だよ。  
 姉さん、好きだよ。  
 姉さん、愛してるよ。  
 姉さん、かわいいよ。  
 姉さん、きれいだよ。  
 姉さん、誰にも渡さないよ。  
「姉さん、僕がずっとそばにいるよ」  
 
 勇は依衣子の中で動きはじめた。  
 奥までじっとりと湿っている姉の中は、高熱を生じたように発熱している。  
 姉の肉のあたたかさは、勇を歓喜させるには充分だった。  
 その媚熱に誘われて、勇は遮二無二突き狂った。  
 速度を上げると、性器がこすり合った分だけストレートに快感が脳に伝達する。  
 ――なんて気持ちいいんだ、姉さんの中は  
 勇は処女膜を破っただけでは飽き足らず、膣そのものを壊さんと依衣子の中を荒らし廻った。  
 だが激しく突き動かれると、失われたばかりの依衣子は苦悶する。  
 ――壊れちゃうっ……  
 固く結んだ依衣子の口から苦鳴が洩れた。ぎゅっと閉じられた瞼が涙を切る。  
 身体の中の傷が染みて、依衣子を苛む。  
「お願い、ゆっくりして……」  
 さすがの依衣子も破瓜の痛みには耐えられない。観念して勇に懇願する。  
「ご、ごめん、姉さん」  
 勇は速度を落とし、労わりながら行為をつづけた。  
 ゆっくり挿し入れて、ゆっくり引き抜く。  
 血の混じった愛液が掻き出され、また押し戻されていく。  
 ずりゅ……ずりゅ……、とつながった部分がこすり合う。  
 引かれればその軌跡が膣内に残り、突き入れられれば奥に当たるまで埋没される。  
 こつん、こつん、と当たるたびに、依衣子の身体が小さく揺れる。  
 ――動いてる。あたしのお腹の中で、勇が動いてる  
 自分を求める弟を、涙を溜めて真摯に見つめる依衣子の儚い美しさよ。  
 いまは勇を受け入れて、身体の中にいる勇を満足させようと、ただそれだけを考えていた。  
 苛烈な苦痛とわずかな快感。崩してはならない天秤を依衣子は必死で支えていた。  
 それでも、勇の動くリズムに合わせて、依衣子の呼吸もリズムに乗ってしまう。  
「はあっ……はあっ……はあっ……はあっ……」  
 甘い吐息を洩らして、自分がどんどん女になっていっていることを強く実感した。  
 
 眼を閉じて、されるがままに感じて堕ちる依衣子の顔。  
 眼を開いて、せつなげに勇を見つめる依衣子の顔。  
 平素は高圧的な態度の姉が、生の感情丸出しで快感と苦痛の中に自己をさらけ出している。  
 深く突き上げ、底にぶつけてやる。  
「う……ん……」  
 依衣子の眉間に皺が寄る。  
 まだ少女のあどけなさを残した依衣子の顔が歪む。  
 自分と同じ面影を持つ姉の顔が歪む。  
 姉の歪んだ美貌の美しさ。  
 桜色の頬に触れる。  
「姉さん、きれいだよ」  
「……恥ず……かしいよ」  
 淫らな顔を腕で覆おうとする。  
「顔見せてよ、姉さんの顔をさ」  
 腕をどけて、とろけた姉の顔にキスの雨を降らせた。  
 そこへまた思いきり突き入れる。  
「あんっ」  
 衝撃が依衣子の柔らかい身体を大きく震わせる。  
 依衣子がじろっと抗議の視線を送る。  
「勇……痛いよう」  
「ごめん。でも、痛がってる姉さんもかわいくてさ」  
「意地悪。……ん、……んん……」  
 勇はディープキスを仕掛けて、姉の抗議を性技でねじ伏せる。  
 上下に侵入されて、依衣子は恍惚と表情を変化していく。  
 そういう顔を見たかった、と勇はますます依衣子に熱を上げた。  
「好きだよ」  
 鼓膜をくすぐる弟の甘く声。  
「あたしも、好き……」  
 姉もそれに倣って甘くささやく。  
 
 交わりのさなか、勇の撃たれた左肩が汗とともに赤く染まりはじめた。  
 それに気づいた依衣子は、  
「ね、ねえ……、勇は……肩っ……痛く、ないの……?」  
 言葉が切れ切れになりながらも勇のことを心配する。昔からそういう姉だった。  
 痛みはさほどない。興奮状態における苦痛の排除――勇自身忘却していた。  
 しかし、勇はあえて逆の言葉を投げかけて姉の罪悪感を駆り立てようと思った。  
「痛いさ、めちゃくちゃ痛いさ。――仕返しだ姉さん。姉さんも痛いなら痛いって言うんだ」  
 血が流れる姉の秘所を突き刺しながら問いかけた。  
「……痛い、痛いよ、勇……」  
 依衣子が甘えるような声で答えた。  
 期待どおりの返答が勇を満足させた。またひとつ、勇の理性が崩れていく。  
「もっと痛くして。あたしのこと痛くして……」  
「いいんだね」  
 そう言って力強く動いた。  
 勇は自分でも理解しがたい狂気にさらされていた。  
 姉を愛したいと思う気持ち。  
 その一方で、姉をずたずたに傷つけたいと思う気持ち。  
 どちらも本音だが、しかし、相反するような考え。  
 その答えを得たいがために、こうして動いているようなものだ。  
 そして動けば動くほど、その二つの心が高まっていく。  
 高まれば高まるほど動きが速くなる。  
 狭く濡れた膣の中でこすり合った分だけ、勇の射精感が高まっていく。  
「勇! 勇っ! 勇! 勇ぅぅぅぅ……!」  
 勇の激しさに依衣子が背すじを色っぽくそり返させる。痛みと快感を与える弟の名を呼んで。  
 姉のぬくもり。姉の吐息。姉の淫らな顔。  
 そのすべてが、おのれを突き刺す勇の心に次々と突き刺さってくる。  
 ――姉さん! 姉さん! 姉さん! 姉さん!  
 勇は身体を犯す快感と依衣子の中で、絶頂を迎えようとしていた。  
 
「――姉さん。もう駄目だ、いきそうだっ」  
「そのまま出してっ」  
「それは――駄目だよっ」  
「い、いいの……欲しいのっ」  
「ね、姉さん、姉さんっ……!」  
 勇は依衣子の中の一番奥にぶつけて、脳を突き抜ける射精感を思うさまぶち撒けた。  
 姉の胎内に、どくどくと湧き出る灼熱の情液を残らず注いでいく。  
 そのひとつひとつの遺伝子が吸収されていくような気がして、依衣子は女の幸せを感じた。  
 部屋に二人の激しい呼吸音が響き渡る。  
「ねっ……姉さん……」  
「あぁ……勇ぅ……」  
 やがて依衣子の中の硬直が解かれて、するりと抜けていった。  
「勇、全部、あたしの中に出してくれた……?」  
「うん……。姉さん、ごめんね、姉さん」  
 果てて理性をわずかに取り戻したか、勇は状況を把握しようと努めた。  
 腕の下で喘ぐ姉を見て、とんでもないことをしたんじゃないか、と勇は後ろめたい気持ちになった。  
 姉弟で抱き合ってしまったという罪の残滓が、心の片隅にこびりついて胸をきつく締め上げる。  
「勇……」  
 動揺を察したのか、依衣子は掌で勇の顔を捉え、弟の瞳を真っすぐにのぞき込んだ。  
 勇はためらいがちに視線をそらしたが、やがて姉の真摯な瞳を受け止めた。  
 二人の視線が合わさって、近づけた唇が触れ合ったとき、これは二人が望んでしたことなんだと後悔の霧が晴れた。  
 勇は右腕を差し出し、依衣子はその腕の枕に頭を預ける。  
 弟に腕枕をされて甘える依衣子は、もう姉の顔をしていない。完全に女の顔になっていた。  
「身体、大丈夫なの? それに、中に……」  
 勇は姉の下腹部に手をのばして、やさしくさすった。  
 依衣子は少しくすぐったさを感じつつ、  
「ううん、いいの。勇のあったかいのがいっぱい中に入ってる。――嬉しいよ」  
 依衣子は幸せいっぱいの微笑みを向け、勇と愛し合えたことを喜んだ。  
 
「何で、姉さんは僕に抱かれたの?」  
 姉は最初から弟に抱かれる覚悟を持っていた気がして、勇はその理由を尋ねた。  
「いろいろあるけど……。勇はあたしのこと、見つけてくれたから」  
「見つけて……くれた?」  
「ひとりぼっちのあたしを見つけてくれたから。だから勇が欲しかったの」  
 子供の頃、両親に連れられてオルファンに行っても、依衣子の望んだ家庭的な団欒など皆無だった。  
 加えて、伊佐未ファミリーという重い肩書き。誰もがやっかみを含んだ眼で依衣子を見て、近づいてきてはくれない。  
 そして後から来た勇は、オルファンの抗体としての道を歩みはじめた依衣子を避けた。  
 そんな環境で育ってしまったから、閉じた心と一八歳の身体しか依衣子にはなかった。  
「でもね、何もないあたしには、勇にしてあげられるのはこれくらいしかないから」  
 依衣子は顔を寄せ、勇の唇に触れた。  
 そんなことないのに、と勇はやさしい姉の唇に触れ返した。  
 離れた後には、姉の至極真面目な表情が待っていた。  
「ねえ、勇。あたしが勇のこと守ってあげるから、もう出て行くなんて言わないで……」  
 依衣子の美貌が目の前に迫る。  
「あたしが守ってあげるから、あたしがずっとそばにいてあげるから、あたしをひとりにしないで」  
 依衣子は勇にすがりついた。あたたかくて、柔らかくて、弱々しく震える姉の身体。  
 ――こんな細い腕で、華奢な身体で、僕を守ろうっていうのか  
 そんな悲壮感に駆られて、勇は依衣子の癖のある髪を撫でた。  
「わかったよ姉さん。姉さんが僕を守ってくれるなら、僕も姉さんを守ってあげる」  
 あのときと同じ、やさしい声、やさしい顔で勇は依衣子の想いに応えた。  
「あ、あ……れ? おかしいな……涙……涙が……」  
 夢の中で孤独に泣いていた少女は、ぬぐってもぬぐっても落ちつづける雫に困惑していた。  
 何で? と疑問を向ける依衣子へ、勇は語らず強く抱き寄せた。  
 勇のぬくもりを感じる。大切な人のあたたかさを感じる。  
 あたしの勇が、あたしを抱きしめてくれてる。姉さんはひとりじゃないって言ってくれてる。あたしはもうひとりじゃないんだ。  
「あ……」  
 依衣子は息を大きく吸い込んで、しゃくり上げはじめた。  
 そのまま勇のあたたかい胸に顔をうずくめ、子供のように声を上げて泣いた。  
 
 

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