ユウの愛撫に身を委ねながら、イイコは今までの自分の人生を回想する。
幼き日。
両親の金銭的な扶養と祖母の実務的な庇護の下ではあったが、物心ついた時から弟を慈しみ守ることが
彼女の義務であった。
そう、ユウはイイコにとって守るべきものであり、それ以上のものではなかった。
その、ただ姉に守られていただけの弟が初めて自分に何かをしてくれた時。
野の花を摘んで誕生日のプレゼントをくれた時、彼女の中でユウはかけがえのない存在になった。
しかし、両親の身勝手により二人は引き裂かれた。
まだ抗う術を知らないイイコは泣く泣く弟とは離れ、オルファンの抗体になるべく訓練を受けた。
弟に逢えない悲しみに耐えられないイイコは、自分の中にクインシィという別人格を作り出した。
家族なんていらない、オルファンの抗体として生きることが存在意義の別人格を。
それによって彼女の精神は辛うじて崩壊を免れたが、皮肉にもユウがオルファンに連れて来られ、待望
の再会を果たした時にはクインシィが完全に表の人格になってしまった。
心の奥底で本来の自分がどんなに弟を抱きしめたいと思っていても、クインシィはユウを不要なものと
して冷たくあしらってしまう。
やがてユウが「姉の代用品」として年上のカナンと常に行動を共にするようになると、弟を取られたと
いう嫉妬心がクインシィにも作用して尚のことユウへの態度が敵意に満ちたものになってしまった。
そんな中、弟はオルファンを抜けた。
クインシィを、つまり自分自身を偽って弟を追いかけたイイコを待っていたのは、ユウがあのプレゼン
トのことを覚えていないというあまりにも残酷な現実。
以後、イイコの本来の人格は心の奥底に沈んで行った。
一度ノヴィス・ノアに逗留して安らいだ日々も、本来の人格は浮上しなかった。
ユウは姉が元の姉に戻りかけていると誤解したが、実際にはただクインシィとしての人格が本来の人格
に影響され温和になっていただけだったのだ。
真にイイコ本来の意識が目覚めたのは、ユウがオルファンと一体化しようとしていた自分を迎えに来た
時だった。
プレゼントの事を忘れていた理由を聞かされ、わだかまりが抜けた時にイイコの人格は復活した。
そしてクインシィとしての人格も、ユウへの愛を共有することで存続したのだ。
愛撫に身を焦がすイイコを見て、完全に抗う気をなくしたと判断したユウは満足気に頷くと、その身体
を抱き上げる。
いわゆるお姫様だっこでイイコを抱えたまま、浴室を後にする。
ヒメの存在を完全に放置して。
もちろん本当に忘れていたのではなく、あえて何のフォローもせずに放置したのだ。
これでヒメが蔑ろにされたことに怒ってこのまま帰れば、賭けは失敗。
二兎のうちの一兎を逃したことになる。
ユウとしてはヒメが競争心に煽られ、このままの関係を維持するために自分と姉の関係を許容すること
を狙っていた。
もちろんヒメとしては暫定的な許容のつもりだろうが、やがてはその異常な状態があたりまえとなる。
最終的なユウの目標、それはズバリ、イイコとヒメを単なる二股かけでははなく、まさに二人を並べて
同時にその肉体を飽食する、あるいは二人に奉仕を受けることであった。
嗚呼、伊佐未勇、齢十代にしてこの悪逆非道たるや。
鬼畜、ここに究まれり。
外道、ここに極まれり。
「何よ…人を呼んでおいて放って行くなんて、バカにしないでよね」
取り残されたヒメが呟く。
「そんなにお姉さんが好きなら、ずっと一緒にいればいいじゃない、姉弟でイチャイチャする変態!」
誰に聞かせるでもなく毒づくヒメ。
「伊佐未ユウのバカヤローッ!」
浴室にヒメの絶叫が反響する。
「…あたし、何やってんだろ…帰ろう」
そうこぼしつつ立ち上がる。
ユウの野望は水泡に帰したと思われたが。
「…ここで諦めたら、あたしただの負け犬じゃないの…」
立ち止まり、自分に言い聞かせる。
ヒメの脳裏に、不意にある物が思い浮かんだ。
いつもクマゾー達と一緒に見ていた再放送のアニメ、その中で主人公が召使として仕えているおてんば
なお嬢様のことが。
いつも主人公を手荒く扱う彼女だが、実は彼が好きだというのはわかりやすく表現されていた。
しかし最終回、主人公は別の女と共に行ってしまい、キス一つで別れたお嬢様は、彼が残した思い出の
品を出会いの場所に投げ捨てて慟哭する。
今のままでは、自分がそのお嬢様と同じだと、ヒメは思った。
再び足を進め、玄関へと向かうヒメだが、その胸中にもう諦めや敗北感はない。
姉弟の仲に割って入るため必要な条件を満たす、そのための準備のために一時引くだけなのだ、と。
「待ってなさいよユウ…びっくりさせてやるんだから、お姉さんの見ている前で、あたしが好きだって
言わせてあげるんだから…」