「呼んだのに誰もいないから勝手にあがらせて貰ったの」  
なぜここにいる?という質問をユウがする前に、風呂場に現れた人物は説明する。  
「そうしたらお風呂場が騒がしいから来てみたのだけど…何やってるのユウ?」  
ヒメこと宇都宮比瑪が心底あきれたという表情の中に、悲しみを漂わせてユウへ  
詰問する。  
呆れつつもユウの変り様を悲しむ、それはまさに今のヒメの心情そのものだった。  
 
ヒメは今、ユウ達の家のある集落の麓の町で義弟妹三人と暮らしている。  
しかしユウ、そしてイイコとはよく顔を合わせる。  
彼女の日課は老いらくの恋人ゲイブリッヂが全ての責任を被せられ(自ら被った面  
もある)処刑された後、心身がすっかり弱ってしまい入院しているナオコ婆ちゃん  
の見舞いに行くことだが、もちろん実の孫である二人も週に何度かは祖母を見舞い  
に来るのでそこで会うこともあり。  
それ以外にもユウから呼び出されて会ったり、こうして家に呼ばれたりもする。  
 
イサミ・ユウ、ヒメにとってこの男の存在は大きかった。  
ほんの半年ほどとはいえ、同じノヴィス・ノアのブレンパイロットとして、相棒  
として切っても切れない間柄だった。  
しかしオルファン騒動が落ち着き、ノヴィス・ノアのクルーも解散となると二人  
はまた元の他人に戻るしかなかった。  
一緒に暮らしたいとも思ったが、それは叶わなかった。  
なぜならユウの隣には姉のイイコが寄り添っていたから。  
 
「ヒ、ヒメ、もう来たの?」  
顔全体に焦りの色を浮かべたユウの言葉に、額に青筋を立てるヒメ。  
「もう来て悪かったわね、あんたが呼んだんでしょ?」  
「い、いや、来てくれて嬉しいよ、本当に」  
慌てて取り繕うユウ。  
確かにとんでもないところに来られたが、よく考えれば今さら姉とのことを秘密に  
する必要も無い、とっくにバレていることだ。  
それよりもこの危険な状況から解放してもらう方が先決だった。  
 
姉と素っ裸で風呂の湯船に浸かっている姿を見て。  
(ユウは変ってしまった…)  
つくづくそう感じるヒメ。  
変った点のうち、良い点は自分への対応が優しくなったこと。  
以前のように憎まれ口を叩いたりしなくなり、一々いたわりをもってくれるように  
なった。  
もちろん以前も内心ヒメを気にかけていたのだろうけど、やはりそれを表に出して  
もらえる方が嬉しいもの。  
そして悪い点は、口が達者で言い訳がましい男になったこと。  
いつもいつも言葉だけで自分を言いくるめようとする。  
自分よりも姉を選んだのに、ていよく自分ともつきあおうとする調子のいい男。  
それが今のユウ。  
だが離れられない、宇都宮比瑪は伊佐未勇が好きだから。  
それに気づいたのはもうユウとイイコが断ち切れぬ絆で結ばれてしまった後。  
わかっていても想いを振り切れない自分がヒメはとても嫌だった。  
 
「朝っぱらから姉弟仲良くお風呂?いい気なもんね、人を呼んでおいて」  
口撃してくるヒメに対し、立場の弱いユウは反論も出来ない。  
「い、いや、それはともかく姉しさんがのぼせて倒れちゃったから部屋へ  
運んであげてくれない?」  
「なんであたしが?あんたの大好きなお姉さんでしょ?」  
「いや、俺は今、手を縛られてるから」  
「はぁ?」  
一瞬呆然とし、次の瞬間今まで以上にキツい軽蔑の眼差しをユウへ向ける  
ヒメ。  
「なにやってたのよあんた達は…」  
もっともそういうヒメも自身変わった。  
一年前の彼女なら軽蔑しようにも意味がわからなかったろう。  
「な、頼むよ、このままだと姉さんが…」  
「わかったわよ」  
言いつつ腕まくりをしたヒメが、浴室の床に敷いたバスタオルの上にイイコ  
の身体をうまく引き落とし、そのままバスタオルに包んで担ぎ上げる。  
ヒメは体力はあるが決して怪力ではない。  
介護の手伝いなどをしていて覚えた技術だった。  
 
抱えたイイコを勝手知ったる家の居間へと運び、ソファへと横たえ。  
上気した顔は目を閉じているせいもあってとても穏やかで。  
そして女の自分から見ても美しい。  
ヒメはその意識のないイイコに宣言する。  
「はいサービス終わり、代金はユウに払ってもらうわ…」  
 
「ちょっとユウ!」  
急ぎ足で戻った浴室では、後ろ手に縛られたユウが少し  
のぼせているのか立ち上がろうとしてはフラついて再び  
湯船の中へ倒れこむという徒労を繰り返していた。  
「…悪いヒメ、俺もちょっと立たせてくれないか?」  
「仕方ないわね…」  
言うや否や、ヒメはユウの髪の毛を掴む。  
「痛たたっ」  
「ほらっ」  
そして首根っこも掴むと乱暴に引っ張りあげる。  
勢いあまって後頭部から浴室の床に落ちるユウ。  
「痛ぁ…酷いなぁ」  
しかめ面のユウ。  
こんなことをされながら決して自分を怒らない。  
昔のユウならこんなことしたら何を言われ何をされるか  
わからなかったが。  
だがその「甘さ」が、自分への後ろめたさからだと理解  
しているヒメには悲しかった。  
昔のように自分を怒鳴りつけたり憎まれ口を叩いていた  
ユウが恋しかった。  
「さぁ、立たせてく…ちょっと?」  
ヒメの行動は予想外の物だった。  
立ち上がるのに手を貸してくれるどころか、倒れたユウの  
腹の上に跨ったのだ。  
「これで動けないよね」  
ヒメの笑顔には狂気の萌芽があった。  
イイコがクインシィへと変貌する瞬間と同じ色の狂気が。  
 
「な、何するんだよヒメ」  
日頃狂気と正気の境界線を綱渡りしている姉の相手をして  
いるせいか。  
ヒメの精神が不安定な状態にあることを直感的に見抜いた  
ユウは声を荒げたりせず、様子を伺うような口調で意図を  
探るが。  
「何かしらね…」  
質問に答えず、そのまま上からユウを見下ろすヒメ。  
「…そんなことより、お風呂の中で縛られてるなんて一体  
何をしてたの?いいえ、されていたのかしら?」  
「いや、その」  
いつの間にか肉体関係になり、以前と比べればかなり性的  
な事柄に免疫が出来たヒメだが。  
アヌスへの舌奉仕でイイコを悶えさせてました、等と正直  
に言うほどユウは命知らずではなかった。  
ましてや手の自由が利かない今は何とかこの場をごまかす  
しかない。  
しかし今まで散々その場限りの言い訳を使って来たせいで  
この場に相応しい言い訳がネタ切れしていてすぐには思い  
つかない。  
「手の自由が利かないから、お姉さんの好きにされていた  
の?」  
しばしの沈黙の後、ヒメの方が先に口を開く。  
「あ、ああそうだよ」  
イイコのせいにするのも気がひけるが、ヒメの気勢を削ぐ  
ためにも肯定する。  
だが、その返答を聞いてヒメのこめかみと眉間には大きな  
青筋が走った。  
 
「ふーん、愛しのお姉さまの言うことなら何でも聞くんだ  
ユウは、本当に仲良し姉弟だね」  
嫌味と毒がたっぷりと盛られたヒメの言葉がユウの耳へと  
突き刺さる。  
今までも結構似たような事は言われてはいたが。  
今朝は一段と言葉にこめられた毒がキツい。  
「手が使えないユウをお姉さんはどんな風にしたのかな、  
まさか足じゃないよね」  
言うや否や、ユウの舌を掴む。  
「ひててて」  
「この舌かな?」  
大当たりであった。  
「どうやら図星みたいだねユウ、この舌でお姉さんが失神  
するくらい気持ちよくさせたんだ」  
無言のユウ。  
確かに舌を使ったのは事実だ。  
ただし舌奉仕した場所はヒメの想像を越えてるが。  
単純に肯定しても否定しても嘘になる。  
詳しく話すか無言かの二者択一で、ユウは無言を選んだ。  
「言いたくないんだ、だったら言わなくていいようにこう  
してあげる」  
そう言ってヒメはユウの腹の上に置いていた小振りだが形  
のいいヒップを顔の上に移動した。  
「むぐぐ」  
一瞬のことで逃げる間もなく文字通りヒメの尻に敷かれる  
ユウ。  
視界が暗転したことと、息苦しさに慌てたが、重圧の中で  
何とか顔をずらし気道を確保して落ち着いた。  
しかしこの状態ではヒメを言いくるめることが出来ない。  
危機は依然として続いていた。  
 
「どうユウ?日頃お姉さんのお尻にばっかりくっついてる  
けど」  
くっついてるどころかさっきは吸い付いてました、などと  
馬鹿正直に言うほどユウも命知らずではない。  
「そんなにお尻が好きならあたしのお尻で潰してあげる」  
何か言おうとして柔らかい肉の蓋に塞がれるユウ。  
そして心の中で胸を撫で下ろす。  
ついつい「胸は小さいのに尻は大きいんだな」と言って  
しまうところだった。  
心の中だけで感想を述べることにする。  
(カナンなんか乳も尻もデカかったもんな)  
これなども口に出してヒメに聞かれたら命がいくつあって  
も足りないだろう。  
 
ユウは変ってしまった。  
それは単にヒメの思い込みならず厳然とした事実だった。  
人あたりは柔らかくなったものの、中味はジョナサンより  
も犬畜生以下で外道の極みな男になった。  
いや、元々その資質があったというべきか。  
何しろ長い間カナンを「ダッチシスター」にしていた極悪  
少年であったのだから。  
自分が姉の代用品にされていたことに気づかれないままに  
カナンとは男女の仲としては自然消滅して、いいお友達に  
なっているが。  
バレていたら二度と口も聞いてくれなくなるだろう。  
 
元々綺麗好きの上に。  
色々あっても結局は好きな男に呼び出されて来たからには。  
ヒメも出かけ前に身体を綺麗にしてある。  
それでも浴室で裸のユウと絡み合っているのだから。  
たとえ直接的な行為を伴わなくても、次第に興奮状態へと  
陥っていくのは避けられないことだった。  
ユウの顔の上に乗せられた。  
レディス・スラックスとショーツで覆われた秘部からは。  
次第に分泌液が流れ始め。  
その微かな匂いが、厚薄二枚の繊維を貫通してユウの鼻腔  
をくすぐる。  
「ヒメの奴、濡れてるのか…」  
苦しい息の下で敏感にそれを察知したユウの淫魔としての  
本性に火がついた。  
 
「ユウ、何とかいいなさいよ、ユウ!」  
一向に反応しなくなったユウを訝しく思って、ヒメはその  
キューティーヒップをユウの上から浮かす。  
見るとユウは息をしていない。  
「嘘、まさか息がとまっちゃったの?」  
慌ててユウの身体の上から退き、揺さぶりをかけるヒメ。  
その身体を突然下から抱きしめるユウ。  
「きゃっ!」  
何がどうしたのかヒメにはわからないうちに、今度はユウ  
がヒメを身体の下に組み敷いていた。  
 
「ユ、ユウ、どうやって?」  
確かに後ろで縛られていた筈なのに、と驚くヒメ。  
「縄抜け、やり方は聞いていたけど実際やったのは初めて  
だよ」  
「そんな事出来るなら初めから!」  
「出来るかどうかわかんなかったんだよ、でもお前がほど  
いてくれないからやるしかだろ」  
「…どこでそんな事…」  
バツの悪さをごまかすように尋ねる。  
「昔ジョナサンに教えてもらったんだ…」  
ユウはかつての宿敵、そしてさらに前は兄貴分だった男の  
ことを思い出す。  
当時はわからなかったが、後に知った彼の素性。  
母のもとを出奔してからリクレイマーになるまでの道のり。  
その最初の頃、まだ生きる術を持たなかった彼が糧を得る  
ためにどんな思いをしたのか。  
縄抜けなどを覚えなくては生き抜けなかったであろうこと  
が今のユウにはわかっていた。  
 
「さて、随分と意地の悪い事してくれたな」  
ニヤリと笑うユウに、ヒメは軽い嫌悪と淡い期待がない交ぜ  
になった感情を覚える。  
「たっぷりと仕返ししてやるよ」  
「な、何をする気よ!」  
「でも姉さんを運んでくれたからな、それに免じて…いや、  
間をとって仕返しとお礼の両方をしてやるか」  
「何よそれ?」  
「もちろん、気持ちのいい仕返しをしてやるのさ」  
 
ユウの言葉に。  
「やめてよ、服が濡れちゃうじゃないの」  
そう抗おうとするヒメ。  
しかしユウは意にも介さず。  
「嫌なのは服が濡れることだけかい?なら脱いでしまえばいい  
のにさ」  
「馬鹿っ!」  
顔を真っ赤にするヒメ。  
だがここでユウの動きは止まった。  
背筋に強烈な冷気を感じたのだ。  
一瞬いつまでも裸でいるので湯冷めでもしたのかと思ったが。  
そういう皮膚感覚的な寒さではない。  
身体の奥底から凍てつくような冷気を感じたのだ。  
もしや…。  
「あっ!」  
ヒメが何かに気づいたような声をあげる。  
それはユウにとって、自分の恐ろしい想像を裏づける有難くない  
証拠であった。  
恐る恐る、ゆっくりゆっくり振り向くと。  
バスロープを着たイイコがいた。  
笑っていた。  
怖い。  
心底から怖い。  
泣きそうな顔になるユウ。  
通常ならばイイコは感情が昂ぶると先ほどのようにもう一つの人格  
を顕現させ「クインシィ化」する。  
しかし。  
時折りイイコはイイコのままで怒る。  
氷のような、まさに今浮かべているような笑顔で。  
 
「何をしているの、ユウ」  
穏やかな声で尋ねるイイコ。  
「あ、あの」  
恐怖からいつもの舌先三寸が発揮できずにオロオロするばかりの  
ユウ。  
泣き出したり。  
クインシィ化して暴れたりするのなら。  
朝からずっとやっているように宥めすかしてどうにかできるが。  
この状態のイイコにかかっては、ユウは幼き日のように姉に対する  
一切の対抗手段を失う。  
「それに…ええと宇都宮比瑪さんだったね」  
良く知っているくせに、あえてうろ覚えのように言うイイコ。  
ヒメに対して「あんたのことなんて気にもとめてないのよ」と言外  
にアピールするべく。  
実際はヒメが今日家を訪れる事を知って、嫉妬にかられ朝からユウ  
の布団にもぐりこんで「吸い尽くして」しまおうとしたくらいなの  
だが。  
それに対し。  
「お久しぶりです、おねえさん」  
ユウに組み敷かれたままで挨拶するヒメ。  
最近かなり汚されてor汚れてきたとはいえ、第三者にこんな現場を  
見られれば取り乱す筈である、本来なら。  
しかし今のヒメの心中はイイコへの対抗意識だけで占められていた。  
自分の上にのしかかり、雄の本能を思うがままに発露しようとして  
いたユウが、イイコの出現でガタガタブルブルして自分のことなど  
意識の外へと弾き出したことが。  
自他共に認める自然体であまり無意味にプライドの強い方ではない  
ヒメも、さすがにこれには自尊心を傷つけられた。  
何気ない「おねえさん」と言う言葉に「お義姉さん」という意味を  
こめたヒメは、おどおどしているユウの首筋に下から腕を回した。  
 
ピクピクッ。  
イイコのこめかみにかすかに走る青筋が、ヒメに下から抱きすくめ  
ながら必死で顔を姉へと向けるユウにははっきりと見えた。  
「ちょっ、ちょっと放してくれないかな、ヒメ」  
「イヤ」  
「イヤじゃなくて」  
「ダメ」  
「ダメじゃなくってっ!」  
端から見てると「プッ、ユウ必死だな(W」と突っ込みを入れたくなる  
ような滑稽なまでの狼狽ぶり。  
ヒメとの関係などとっくの昔に姉に知られて入るのだが。  
目の前でラヴシーンを展開する度胸など、並み外れて大胆不敵なユウ  
にもありはしなかった。  
そしてヒメ。  
「とにかく放してって」  
「イヤん」  
「お願いだから」  
「ダメん」  
日頃どころか、ユウと関係した時ですら決して発しないような、鼻に  
かかった甘えた声で要求を却下する。  
もちろん、イイコに聞かせるために。  
果たして愛する弟相手にいつもこんな媚態を見せているのかとイイコ  
の戦意ゲージは見る見る上がっていく。  
「ユウ、いつまでもヒメさんとじゃれてないでこっちにいらっしゃい」  
ピクピク震える青筋を浮かべたままで催促する。  
「ヒ、ヒメ、早…」  
「イヤァ」  
「放し…」  
「ダメェ」  
取り付く島もないヒメの対応に心の中で叫ぶユウ。  
何で俺がこんな目に、俺が何をしたって言うんだ、と。  
 
「だめ、ユウ、いっちゃイヤ」  
自分の首を回した腕でしっかりホールドし、潤んだ瞳で下から見上げ  
ながら哀願するヒメを見て。  
「ゴクリッ」  
思わず生唾を飲むユウ。  
知り合って何年にもなり、既に肉体関係もあり。  
気は強いが結構可愛いところもあるな、とも認識はしていた相手では  
あったが。  
こんな切なげな態度を取られたのは初めてだった。  
ヒメはヒメで、イイコへの挑発&ユウへの嫌がらせという邪な気持ち  
がなかったわけではないが。  
自分だけのものになってくれないユウに乙女心を痛めていたのは事実  
だったから、勢い演技の域を越えた情熱でユウを抱きとめていた  
言ってみればヒメ自身が自分では気づかない本心を知らず知らずの内  
にぶつけていたに近い。  
心もち顔を赤らめ、そんなヒメに一瞬見とれてしまったユウ。  
それは時間にしてほんの数秒であったが。  
二人の乙女の心と体を弄ぶ色魔を誅罰すべく地獄の機械が作動するに  
は充分な時間であった。  
ほんの数秒が、ユウが言いつけどおり自分の元に飛んでくるのを確信  
していたイイコには長い時間に感じられた。  
目の前で自分の視線も気にせずヒメと見つめあう(イイコ視点)ユウ  
にイイコの冷たい怒りは頂点に達した。  
ユウはいつも自分のことだけを見てなくてはならないのに、と。  
「何してるのユウ」  
冷たく重い姉の声の鞭で背中をひっぱたかれ、熱病にうかされていた  
ユウは正気に戻った。  
そして自分がしでかした決定的失態に気づいて心の中で慟哭した。  
 
もはや一刻の猶予もない。  
姉の作り笑顔の奥で煮えたぎる怒りを静めるためには、即座にこのヒメ  
に抱きすくめられた体勢を崩さなくてはならない。  
では具体的にどうするか?  
普通の場合ならキスでもして意表をつくところだが。  
今、姉の目の前でそれをやれば確実に明日の日の出を拝めなくなる。  
地下室に幽閉されるか、あるいは「ユウを殺して私も死ぬ」か、どちら  
にせよ一巻の終わり。  
(仕方がない、これはこんな時に使うつもりじゃなかったが)  
イイコから見えない角度で、不意にヒメの胸に手を伸ばす。  
まだ拘束は解けていないが、それでも器用に指を動かし、抱き合ってる  
ためか興奮して硬くなっていた乳房の先端の突起を指先で摘んだ。  
「きゃうっ!」  
強すぎず、弱すぎず、絶妙な指使いで、それも突然に、敏感な胸の蕾を  
摘まれたヒメはかん高い嬌声を上げ、上に覆い被さったユウを跳ね飛ば  
さんばかりに仰け反った。  
腕から力が抜けた瞬間を逃さず、ホールドを切ったユウは転げるように  
姉の足元に駆け込む。  
「遅いわよユウ」  
不機嫌な声を出すイイコ。  
しかしユウは安堵する、これ以上遅れていた場合の怒りのボルテージは  
こんな物ではなかった筈だから。  
そして安心したのかこんな事を考える。  
(惜しかったな…あの「技」で今度ヒメを責めまくって鳴かせてやろう  
と思ってたのに…一回使っちゃったらもうそれほど過敏に反応しないだ  
ろうな、残念)  
やはりこの男には天罰が必要なようである…。  
 
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