「後片付け私だけで大丈夫だから、休んでて」
「いや、手伝うよ、二人でやった方が早く終わるしさ。」
青年は人の良い笑顔で言った。
「それに、唐子を起こすまで時間があるしさ。」
「唐子さんかなり酔ってたみたいだから、そのまま寝かししといた方が良いと思うわ。兄さんは警察の実況検分でいないし」
「うーん、無理に起こすと叩くからな。ならお願いするよ」
二人でやる片付けはすぐに終わった。
「後はテーブルを拭いて終わりだね。」
青年はそう言って絞った雑巾でテーブルを拭き、流しに持ってきた。
「ありがとう、駒犬君、助かったわ」
駒犬と呼ばれた青年はまた人の良い顔で笑った。
「ワインが少し余ってるみたいだけど、飲む?」
「折角だから、もらうよ」
グラスを水で軽く濯ぎワインを入れる。
「ベランダにいかない?」「いいよ」
ベランダにでる。
夜の冷えた空気が火照った体に気持ち良い。多く飲んでいなかったが少し酔っているようだ。
「良い夜だね。」
彼が夜空を見上げる。そこには上弦の月に霞がかかっていた。
「満月なんて来なければいいのに」
彼がぼそっと言い、すぐに頭を振った。
「僕、少し酔ってるみたいだね」
「私も少し酔ってるみたい。」
微かな月の光が彼の顔を照らす。
人の良い顔、疑うという事をしらない無垢な顔だ。
いつからだったろう。只の獲物がいつのまにか大切な人になったのは。
「ねぇ、楓さん、やっぱり帰ってしまうの?」
「伯父さんのところに戻らないといけないから。それにあの狼を探さないと」
風が私の髪を軽くなびかせた。
彼は私の顔を見ていた。
「僕もできるなら手伝いたいんだけど……」
「それは、遠慮しておくわ」
「なんで?」
「唐子さんに悪いわ」
彼は困った顔をしていた。
「ねぇ、駒犬君。」
「何?」
「お願いがあるの。きいてくれる?」
「僕にできることならなんでもするよ」
「目をつぶってくれる?」
「目を?うん。わかった」
何の疑いもなく目をつぶる。
私はゆっくりと彼の唇に私の唇を重ねた。
彼は驚き目を開く。
「えっ・・・どうして?」
「好きな人にキスするのは可笑しい?」
彼は顔を赤くして俯いた。
「もう一つお願いがあるんだけど、ダメ?」
「駒犬君から、キスしてほしいの」
「僕から!?」
「そう、駒犬君から」
「な、なんで?」
「あなたの事が好きだから」
「楓さん、酔ってるんじゃない?だからそんなこと」
「酔ってるけど、これは私のホントの気持ちよ。」
そう酔ってるから言える事、いつもの私には絶対言えないこと、そして今言わないと一生後悔してしまう。
「だから、駒犬君、あなたからキスをしてくれない?」
花の匂いを乗せた春風が楓の長い髪を揺らす。
「わかったよ、楓さん」
月夜の下二つの影と唇が一つに重なった。