暗い。
暗い『其処』に二人きり。
一条の光もないのに、相手の姿はよく見える。
1人は少年、もう1人に馬乗りされるも、見せる表情は恍惚。
1人は少女、下半身に何も着けず、男の上で腰を振り、男と舌を絡ませ、狂気と快楽をその貌に浮かべる。
戦いを終え、ともに暮らす“元”囚われの姫と勇者。
終わらぬ世界に別れを告げ、生きていることの不自由と不満とを謳歌する。
それは囚われの姫が望んだことであり、また、人としての本来のあり方であろう。
夕暮れ。
少女は珍しく佇んでいた。
決して楽ばかりではないが、満ち足りた生活は、振り返る必要性を奪っていた。
間。
不意に出来た暇(いとま)に自らの生い立ち、幸せな生活、父の束縛、そして救い、
等々の様々なことに想いを廻らす。
刹那、暗い何かが彼女に及ぶ。
不安?恐怖?
訳も分からず、辺りを見回すも何の変化もない。
夕暮れ時の寂寥感か、と一人納得したところで、『彼女の』勇者が迎えに来る。
―ここにいたんだ、マルレイン 夕飯が出来たってさ、行こう―
満ち足りた生活、本当に満ち足りた生活。
願わくば、この幸せが何時までも続きますように。
おかしい。
何かがおかしい。
父は敗れ、世界は開き、私は救われたはず。
あの夕暮れ以降、少女は自身の中に何か言いようのないものが育っている事に気付く。
朝の目覚め、少年の家族との語らい、家事の最中、友との語らい、そして少年との夜。
そのあらゆる場面を、打ち砕く様にではなく、地に水が滲み込む様にじわじわとその感覚は侵していた。
それは無視しようと思えば難なく出来た。
だが、ふと気付くと、その感覚に心を傾ける自分がいる。
少女は、少年に相談することにした。
少女と少年の寝所は同じである。
少年の母親の粋な計らいだとか。
流石に寝床は2つあるが。
夜、就寝前。
悩みを打ち明けるという行為は案外勇気の要るもので、
―ルカ―
と呼びかけたは良いものの、二の句が次げない。
少し間誤付いていると、少年は何を勘違いしたか、口付けをし、乳房に手を這わしてくる。
なし崩しに絡み合う二人。
これも悪くない、と言うか私はこれが好き。
などと、余裕をもった思考が続くのは事の最初だけで、
少し経てば、余裕も何もなく、くぐもった喘ぎがそのまま思考になる。
事後。
少年は優しく少女の体を撫でている。
睦言を交わし、口付けを交わし―。
幸福感。
何物にも替え難い、安心感。
ああ、『願わくば、この幸せが何時までも続きますように』。
刹那、全てが氷解する。
呆然、いや愕然とする少女。
…噴出する恐怖と絶望。
そして狂気。
少女と少年の夜は明けなかった。
少女は幸福が終わることを真に悟り、世界を閉じた。
二人だけの世界。
他の誰かを巻き込みたくないという最後の良心と、
他の誰をも要らないという欲望が、永遠の夜を具現した。
―二人は永遠に交わり続け、永遠に生き続け、永遠に愛し続ける―
実に陳腐な願いだ、と少年の体の下で喘ぐ少女は考える。
思考は、時折、狂気に満ちた愛情以外のモノも映し出す。
父、ベーロンはあの恐怖に耐えられなかったのか、
と憐れみと悲しみが心を満t「アッ?アッ? ンァアアッ?」
自らの股間を突く感覚に、その思考は一瞬にして霧消する。
かつての幸せの残滓であり、
今の幸福の邪魔者でしかなかった『それ』は二度と彼女に宿ることはなく…。
そして彼らは二度と戻ることはなかった。