――――それは、僕が町から消えた間のことだった。
ボクは、世界を幾日もさまよった。
否、――――世界をさまようことでしかできなかった。
自分が世界と繋がっているという証明を、しかし誰にも知られる事なく、ただただ叫び続けていた。
しかしそれは、元の目的はおろか、結局一つの証明にしかならないのだ。
――――無力、という名の。
そう、僕はなんて無力だったのだろうか。僕に力さえあれば、彼女を救えたのかもしれないのに。
知らないほうが、僕はまだ。――――彼女ですらも、そちらの方が良かったかもしれない。
後にわかった、彼女の秘密。……でも。
『もう一つの彼女の秘密』は、僕と、彼女と、そして消えた彼しか知らない。
「世界に……?」
「おーよ、要は自己主張するんだな」
ブロックさんに、色々と教わっている僕――――ルカは、半信半疑で確認をした。
それが真実か真実でないか? おそらくは真実。
自分の頭で考えてみても、一体彼がここで嘘をついて何の得があるものか。……そういう結論にたどり着く。
「やり方わかったんなら、とっとと行け。俺はあいつに見付かるとやばいから、お前が来るまでしばらく隠れさせてもらうぜ」
――――あいつ? その旨を彼に聞こうとしたが、自分の大声など、たかが知れている。
パン屋の女将さんにも聞こえなかったような声だ、同レベルのこの男に聞こえるはずがない。
「…………」
黙りこくって、それだから世界から外されたのだと少々自嘲……というには、遠い。
溜息を一つして、KTさんに挨拶をして、白き大地へと、足を向かわす。
「どうしても、向かうのですか?」
足を向かわす――――はずだった。
どうしたのだろうか?
いつもならば、彼女は扉を開き、笑顔で自分を見送ってくれるはずだ。それが、何故?
「今外へ行けば、貴方は見たくもないものを見るはずです。できれば――――」
見たくもないもの? ロザリーさんとスタンの戦いかな?
それとも、まさかキスリングさんと、パパとの……止めよう。
「それでも」
「――――」
「それでも僕は、僕のため、仲間のため、そして……彼女のために、世界に戻りたいんです」
「………そうですか」
悲しい顔をして、彼女は扉を開けた。
自分の言葉に嘘は無い、僕は世界に戻りたい。
一部を除いて家族からも見捨てられた僕だけれど、世界に戻ったとしても、何ができるかわらない僕だけれど、
いままでその家族に、大したわがままも言っていない僕――――というよりは、通らなかったことの方が多いけれど、まあともかく。
こんなときぐらい、道理に効かない事をいってもいいだろう。
僕は、仲間達がどうなっているか探す事にした。
勿論、色々と辛口の突込みをしながらだ。
その後に、あんな事が待っているなど知る由もなく――――。
そろそろ、時が来る。予定調和、絶対運命。
そう、それこそがこの世界の正しい形なはずなのだ。
……あの少年め、散々狂わすだけ狂わしてくれたな。
憎らしいが、彼を消せばこの子が悲しむ。
そもそも、世界から消えてしまったのならば、もう自分の手には届かない。
逆に言えば、彼からも自分には手が届かないということだが。
「………マルレイン、マルレイン?」
「誰……? 彼は誰なの……?」
「……どうしたのかな? 私のマルレイン……」
「勇者がどうして女性なの……? 女性ならば……彼は……彼?」
――――君が勇者に恋をしないようにだよ、マルレイン。
そう、登場人物は彼女を傷つけてはいけないが、
それは逆に彼女は登場人物を愛してはいけないという事になる。
いずれ、すべてが全て『退場』をするのだ。これは一種尾自己防衛に過ぎない。
そう、考えていたのに……。
『まったく忌々しい! あの少年め』
先程考えた言葉を、もう一度再生する。
結論もまったく同じ、『もう手は出せない』だ。
――――何故だ? 何故貴様は世界から消えてなお、この子の記憶に生き続ける!
貴様はもう、『何処にも存在』しないのだ!
「……いや」
「?」
「何故、……何故マルレインは私の思い通……」
最後の方は、彼女にも言葉を発した彼自身にも聞き取れなかっただろう。
「……まあいい、勇者の冒険を、少し遅らせる」
「何故?」
「少々……気になる事があるのだ」
そう、あの少年、本当に世界から消えたのか。それを調べなければ。
彼は――――ベーロンは、歯軋りを大きく一回した。
ルカが発ってから数日後。
結論から言えば、変人はやはり変人だったということだろうか?
キスリングさんは、言いたくない。ビックブルさんは、言いたくない。
リンダちゃんは、予想通り、あの二人は見付からないのがデフォルトとして……。
「……マルレイン?」
あの紅いドレスと、綺麗な髪は。間違いなく彼女だ。
「………?」
強い、胸騒ぎを覚えた。虫の知らせというには、遠すぎる。胸の中が、ひどく暗い感情に、縛られたような。そんな感覚だった。
「まさか?」
彼女の身を案じて、宿屋に入る。部屋には、彼女のほかにベーロンさんも居た。
「……どうだ、準備はいいかい、マルレイン?
もうすぐ大勇者ロザリーが最後の力を手に入れて動き出すころだろう」
――――ふむ。
「そろそろ私たちも行って、また大勇者の前に現れようじゃないか。 大勇者はお前のために、傷つきながら大魔王と必死で戦うぞ」
「そんなこと、させない!」
――――当然のように、無視された。
「……どうだい、今度の冒険は楽しいだろう?」
「………………」
彼女は、答えない。自分は、彼女がどう答えるか。それだけが気がかりでならなかった。
もし、もしも。彼女が他人の人生をもてあそんで、楽しいという存在ならば。
もしも、自分が考えた答えとは違ったら――――!
「楽しく……ないわ」
「………ん? なんだって?」
「楽しくないわ」
胸を、なでおろす。ベーロンの顔に、一筋不機嫌なしるしが表れたが、気にしない。
「……私は、もっと、ずっと楽しい冒険を知っているはずなの。
どんなだったか、どうしても思い出せないんだけど……とっても、楽しい……」
――――マルレイン。
「私を助けるのも、強いだけの勇者なんかじゃなくて……あの時は……あの冒険のときは……!」
――――ありがとう。
「…………マルレイン」
ベーロンが、彼女の方に近寄り、彼女を突き飛ばした。
「何故、何故だ! 何故私の思い通りにならない!」
突然の彼の剣幕に、自分たちは声を失う。
「貴様はやはり、紛い物だ! 私のマルレインを返せ! 返せ!」
彼女のドレスを破り、彼女にのしかかり、彼女の肌にキスをする。
「いやあああ――――あ!」
彼女の叫びが、宿屋中に響く。それでも誰も入ってこない。
助けを予備に扉を開けようと思ったが、開かない。――――まるで、これが『扉ではない』かのように。
「分類の力で、私はお前に何でもしてきた! それなのに、何故お前は!」
支離滅裂だ、論理の欠片すらもない。だが、この狂った男を止める力も……自分には無い。
「いや! やだ! 助けて!」
全ての服が、火の粉のように散った。彼女はいまや、一糸もまとっていない。
ベッドが、彼女の手足の自由を奪う。
荒縄も何も使わない、ベッドの一部が手錠となって、彼女を縛る。
「――――マルレイン」
胸が、臍が、薄い茂みが、彼の唇によって蹂躙をされていく。
彼女は、快感と、嫌悪との間で揺れ、ただ歯を食いしばっている。
ただそれでも、女としての部分が男を受け入れる準備を済ませ、
すでに独特の臭いを放っていた。
ついに。ベーロンは、服を脱いだ。
彼女は、これから何が起こるのかを悟ったようだ、首を横に振り続けている。
「離せ! 彼女から離れろ! ベーロン!」
叫んでも叫んでも、届くどころか虚しさと切なさが自分を襲う。
せめてマルレインにとどけば、せめて……。
一瞬、彼女の目が、こちらと合った。
「ごめん……! ごめんね……マルレイン……!」
自分にできる事は、耳を塞ぎ、目を瞑り、この悪夢が終わることを祈るのみだ。
――――でも、あえてそれをしない。
この感情を、いつか奴自身にぶつけてやるために、けして眼を逸らさない。覚えていろ、僕は貴様を……必ず……!
「―――――っっ………!」
彼女の中に、ベーロンのそれが、つき込まれる。
叫びも何もなく、目はすべてを諦めたように、色を失いながら涙を流した。
「マルレイン、マルレイン……」
数回ピストン運動をした後に、彼は彼のすべてを、彼女に注いだ。
口からは、一言。
「私の可愛いマルレイン、お前は今……何処にいる――――?」
――――はて。
自分は何故、こんなことをしているのだろうか。
たかが人形に、娘の模造品に。
私が欲しかったのは、何だったのだ。娘の笑顔か?
…………そもそも、私が愛していたのは、何だったのだろうか。
娘の笑顔が見たいから、――――そうだ。そうだったはずなのに、何故今私はこんなことを?
私が愛していたのは、分類の力だけだったのだろうか? 世界を造って幾星霜を経た。その間、私は彼女に何ができた……?
「マルレイン……」
いつか彼女にもう一度出会えたならば、まず謝らねばなるまい。
うつろな人形の中に、彼は精を吐き出す。その瞬間、今まで保っていた考えが、とんだ。
それでも口からは、謝るといった意味合いでの言葉が出る。
「私の可愛いマルレイン、お前は今……何処にいる――――?」
何度、彼女を犯しただろうか?
ベッドの上には、白い液体が、臭いを放ちながら彼女の顔を、髪を汚している。
それでも飽き足らず、自分は彼女の口にいきり立っているそれを、突っ込んだ。
彼女の反応は無い。天井を見ているだけで、瞬きもしない。それをいい事に自分は、彼女の頬の粘膜、舌の感触、喉の奥まで、荒らしまわった。
「――――うっぅ……」
口の中に、出す、出す、出す。よだれと共に、口から出ていたが。鼻をつまんで、飲むように促す。
――――もう、分類を解いてもいいだろう。彼女はもう叫ばない、ただ鍵さえ機能すればいい。
一瞬、扉がひとりでに動いた気がするが、気のせいだろう。
今はただ、この子を犯す。――――今まで愛せなかった分も、この子を愛でるのだ。
彼の高笑いが、部屋の中にいつまでもこだましていた。
トリステに帰る。皮肉にも、あの部屋で叫んだおかげで、自分はボーダーを越えた。
KTさんに、合言葉をいい。走りながら入る。
「……おかえりなさい」
「KTさん……」
知っていたのですか? ――――聞けない。あちらもそれを知っているのか。ただブロックさんを呼んでくるといって、去っていった。
数分もしないうちに、恰幅の良い男の人が、こちらにやってくる。
「おーう、坊主」
「…………」
「なんだー? 辛気くせーな。おめー、一回歩いて来い」
歩く? 何処に? 今はそんな気分じゃないのに……。
「いーから」
そうして僕がたどり着いたのは、僕の意思など我関せずというような、トリステもう一つの出入り口。後に知ったのだが、砂漠に通じているらしい。
そこで僕は、あの声に出会った。
「しく……しくしく……」
「君は……誰?」
「ルカは……ルカは何処にいるの……?」
「僕はここだよ」
「………怖い夢を見るの」
「夢?」
「お父様が、私を襲う夢。お父様が、もう一人の私を襲う夢よ……」
――――君は……まさか。
「君! 君は!」
「ルカ……ルカ……」
声は、消えてしまった。
「マルレイン! 大丈夫、君と僕はまた会える! 僕は、君を探す。僕は君を、忘れない!」
同じ、世界から消えてしまったものとして。彼女の存在を、認識し、そこにいると証明できる。ベーロンのように、彼女を忘れたりはしない。真に、彼女を愛するんだ。
僕は――――君と生きる。
だから――――待っていて。