――――旅が終わってから、季節がいくつか巡った。だからと言って何が変わると言うこともないのだけれど、いい加減。あの二人をどうにかしたいと思うのは僕だけかな?
今日もまた、あの二人の喧嘩声で目が覚める。寝不足のせいか、肌が荒れたと言っている女性陣は、最近何かをたくらんでいる様子がある。
……まあ、僕達。男性陣には関係ないんだけど。
「あたしの影を元に戻しなさいよ! 狂犬病魔王!」
「盛りのついたメス猫が何を言うか! 意地でも戻してやるものか、ふはははは!」
こんな感じで、今家には勇者と魔王が居候中。しかしそんな彼らも、母さんとマルレインが作った朝ごはんを食べるときは、僕ら家族よりもおとなしくなる。
――――そう、いつもと変わらない日常のはずだったのだ。少なくとも、今日の今までは。
しかしそれも母の何気ない一言で、終焉を迎える事となろうとは、この時誰が予測しただろう。
「……ところで、皆。リシェロに旅行に行きましょう」
「はーい」
「おお、家から出るのは久しぶりじゃのう」
「えーえー、そうですねおじいさん」
何がなく、そして驚くべき言葉にも比較的簡単にその言葉を受容する家族達。実際に驚いたのは僕とマルレイン、後はロザリーさんだけだった。………本当に僕は彼らと血が繋がっているのか少し心配になるけど、問題はそこじゃない。
「ふん、あの魚くさい町が目的地とは気に食わんが、子分家族が行きたいと言っているのだ。寛大な余は貴様らについていってやろう」
彼の基準はわからないけど、僕はもう何も言わない。そんなことをしたらこの家が破壊されないと言う保証もないから。触らぬ神にたたりなし。いや、魔王だけど……。
「あら? スタンちゃんはロザリーちゃんと一緒に家でお留守番よ?」
――――その言葉はさすがに、まずい。爆弾発言と形容するに易いこの一文を、僕やマルレインはもとより、アニーもパパもじい様も次に何が起こるか喉を鳴らして待った。
しかし予想に反してその後から続いてくるのはレベルの低い言い争いと、何故自分達も連れて行かないのかという駄々。それを「黒い感情を全て封じ込めた仮面」のような笑顔で一蹴し、同時に家族に準備を促す母。
ともかく、家にダメージが行かなくてよかったけどさ………。
「ふん、覚えておれ!」
不機嫌そうに、スタンはロザリーさんのハーブティーを飲んでしまった。それを見た彼女は、お返しとでも言うかのように、彼の紅茶を飲む。
「あらら……」
この時母がした顔に何か違和感を覚えながらも、ある意味スタンよりも権力を持つ彼女の言うとおり、準備を進め、この家を後にしたのだ。
帰ってきたときに、この家がどうか無事であることを願いながら。
しかし、このときには誰一人気がつかなかった。女性陣の張った、罠の存在など……。
彼らが立ってから数刻。
これ以上無い険悪なムードで、彼らはにらみ合っていた。読んで字のごとく一触即発という状態の中、言葉は一言も交わさず、皮一枚で繋がっているかどうかの境で、ただ無為な時間を過ごしていた。
しかしそんな不毛な戦いも終わりを告げる時が来る、最初に響いた声は、若い女性の物だった。
「あんたのせいだからね」
その言葉で、魔王が反論しないはずなどない。
「何を言うか! 元はと言えば貴様が……!」
家族がいるときとは違って、いつもは家に響くはずの彼の声が、家自体に音を吸い取られるように細細としたものとなっている。さすがに彼も、いろいろとショックだった様だ。
そんな彼を、少々哀れむような目で見ながら、彼女は。
「じゃあ、はじめるわよ」
と、行動を促す。
「――――何をだ?」
当然の疑問、一瞬ここで喧嘩でもするのかと。だったら喜んで受けてたってやろうと考えた彼であったが、彼女の手にあるのが剣でなく箒であることに、新たな疑問。
「ママさんに言われた、この家の掃除」
それが当然であるかのように話す彼女。
「何故だ、貴様が一人でやればよかろう!」
「あんた、ルカ君のママにここから追い出されてもいいの?」
言葉に詰まる、仮にも自身の子分の身内。その身内に追い出されたとなれば、魔王の名が廃るだろう。それだけはプライドが許さない。それならば同じ雑用とはいえ、この女以外誰も見ていない今、この家で、何かをするほうが得策だ。
「……ふん、皇女のときといい今といい、媚びる事だけは一流だな」
「あら、負け惜しみ?」
彼は再び、言葉に詰まった。
そして彼らは、誰にも頼まれていないと言うのに、まったく無駄ともいえる掃除を始めたのだ。
しかし、このとき彼女の体内では既に、『悪意』という名の異変が、燻り始めていた。
悪意。それが牙をむくのは、一通り掃除をした後――――日が傾きかけた時刻になってから。
そう、それは最後の部屋――――地下室を掃除しようとしたときにそれは起こったのだ。
「―――――!」
体が、熱い。先程までは何も無かったはずなのに、今は服のこすれる感触ですら、自身の感情を火照らせる。
耐えろ、耐えろ。そう自分の体に命令をするが、その肉はますます熱を持ち、命令を聞く様子なども無い。
長ボウキに体重のほとんどを預け、必死で重力に逆らい、力の無い足を叱咤する。
横目で魔王のほうを見るが、既に彼はぶつぶつと文句を言いながら掃除用具を片付けていた。つまりは、彼は自分に何かをした訳でも、それを見て楽しもうとしたのではない。
――――では、この異常は何なのだろうか? まるで何か人為的な……。
「おい、貴様。何をしておる?」
「な、何だっていいじゃない!」
かなり破天荒な論理だと言う事も、混濁した頭と言えど分かっている。しかし、今自分の体がどういう状態なのか、悟られるわけには行かない。
「――――ん?」
彼が、何か気が付いたようだ。鼻の頭が自身の不快感の正体を探そうとし、彼女の所へと視線が動く。
「……貴様、臭いぞ」
意味は刹那に理解したが、受け入れることなどできるはずがない。故に、現実逃避の色も混じり、再び言葉の意味を考える。
そして結局は絶望に彩られた結論へとたどり着いたのだ。
――――終わった、全てが終わった。勇者である自分の痴態を、よりにもよってこの男に……。
「おい?」
彼が自分の腕を取る、そしてその要因がさらなる痴態を呼び起こした。
体の芯が振るえ、彼女は失禁してしまったのである。さすがに魔王も驚き、腕を放すが、黄色い温水は床にその面積を広げていき、お互いにしばらく話すことは無かった。
「――――脱げ」
数分ほど経ってから、突然冷たく彼が言い放つ。勇者も何も反論する事無く、白い戦闘服を一枚ずつ脱いでいく。
首に、足に、乳首に、尻に。こすれて行く服が心地よい響きをもたらす。やがて赤みがかった白肌があらわになると、彼は不敵な笑みを浮かべた。
「貴様、何をされた?」
意外な言葉がつむがれたことによる、一瞬の戸惑い。彼にとってはおそらく、愉しむつもりで聞いたのだろう。仇敵である自分の前で、貴様はこんなに無防備な事をしているのだと、たしなめるつもりで。
「………っ!」
彼女は声を上げずに泣いた。悲しみの感情など一欠けらも無いが、情けなさ。自分への憤りや、現実への拒絶が波となって押し寄せているのだ。
そして、その光景に嫌気がさしたのか。魔王がその頭を抱く。
不器用ながらも、その行為には確実に「何か」が宿っていたのだ。
――――しかしながら。哀れみでも、侮蔑でもないそれは、黒い感情へと変化していくこととなる。
「――――!?」
自分の体に、自分の意思が通じないところがあるなど思いもしなかった。だが、下腹部の膨張は刹那に、そして確実に勢いを増していく。
どういうことか、仮にも魔王である自分がこんな馬鹿なことで劣情をもよおすはずがない。しかしその疑問は意外にもすぐに答えが判明した。――――彼女の、体臭だ。
まるで媚薬のような――――いや、すでにそれは媚薬なのかもしれないが、そのせいで自分にも異変が起こっているのだと考えれば、全ての謎が解ける。
先ほど感じた、彼女から発せられて異様な匂い。
その思考を終えると同時に、今度は下半身から感じたことのないような快感が……。
「ん……んん………」
卑猥な音を立てながら、金髪の雌がいつの間にか自分の下で豪直をほおばっている。形のよい唇は竿の根元を上下に移動し、舌は筋や亀頭を丹念に舐り回しているではないか。
頬の粘膜が、喉の締め付けが、自分を追い立てる。そして、短い声とともに、彼は絶頂を迎えた。
白く、濃い液体が口の中ではじけ、あまりの量に驚く。しかし彼女が初めに思ったのは。
「………早漏……」
という、辛口の感想。
「ち、違うわ! 愚か者め、余は三百年壷の中で、色気のないジェームスと共にいたのだぞ! それは……その……」
「………ああ、溜まっているって事ね?」
うむ、と彼が首を縦に振ると同時に、今度は彼女が上に覆いかぶさってきた。
「――――そんなに溜まっているのなら、まだできるわよね?」
墓穴を掘った気がする、もちろん自分もこれで終わりにするにはいかない。下半身からものすごい抗議と、久しく味わっていなかった快感との期待が、理性を失わせる。
そう、本能のままに犯せばいいのだ。
蜜壷にそそり立った肉を沈みこませる。これだけぬれていれば、最初から大きく動こうとかまいはしないだろう。
ぬれた肉が、白と黒の肌が、近づき、離れ、はじける。一度出した故か、はたまた早漏返上のプライドかは定かではないが、彼の持久力は格段に上がっている。
「あっ……ん、いいっっ……はぁ………そこぉ……!」
乳房を、自分の下でなぞってやる。甘がみなど必要ない。この女は傷みすら快感に変えてしまうだろう、極性のMだ。
脳が溶けそうな快感、それに屈服した目の前の女は、腰を振ることですら、恐れている。
自分の今まで積み上げてきた物が全て塗りつぶされる、理性という名の仮面で繕ってきた物が崩れ落ちていく。それを恐れているのだろう。
真の自分は、これほどまでに淫乱だということを認めたくはない。極論で言えば、そんなところだ。
「――――っくっっ……」
そんな考えが頭をよぎるが、そろそろ自分も、まずい。
「あっっあん、もう……駄目ぇ……。――――んっっ!!」
彼女の体が痙攣を起こす、どうやら今回は自分の勝ち。
そもそも何時からどのように勝負が始まっていたのかと突っ込むものなど誰もいないのだが。
数分後、一通り落ち着いた彼女を見て……。
「貴様の仕出かしたこの失禁跡は、どうするのだ」
という冷静な一言を放つスタン。
「何よ……余韻のかけらもないわね………」
「体力が貴様らとは違う」
「ふーん……まあ、そんなにすぐ帰ってくるわけじゃないし……」
しかし。
「ただいまー」
という声のすぐ後に、上のほうでどかどかと大きな足音がした。すでにお分かりだとは思うが、勿論一人や二人の物ではない。
そしてその足音達は、迷うことなくこの地下室へと近づいて……。
「ただいまー。ロザリーちゃん、スタンちゃん」
その先頭にルカの母がいた。
「あららあ、どうして床が汚れているのかしらあ?」
勇者は顔を真っ赤にし、魔王に関しては母のほうすら見られない。後ろから付いて来たルカ達もあっけにとられ、どういうことかと説明を求める。
「だって、いつまでたっても仲が悪いままなんだもの〜、だからちょっと女の子たちで。ああ〜、ロザリーちゃんは別ね〜、ともかく作戦を練ったの〜」
「作戦とは?」
スタンが相変わらずあさっての方向を向きながら、挑むように話しかける。その行為に威厳のかけらもないことがわかっていても、やはり母はあらゆる意味で怖い。
「おいしい紅茶で、二人をくっつけちゃおう作戦」
何その名称、と考えたやつがルカを含めた三人。
どんな作戦よ、と考えた人がロザリーさん。そして――――。
――――紅茶? と考えた男が一人。
まさか、まさかまさかまさか。
朝彼女から出された紅茶、あの中に媚薬が入っていたとしたら?
そしてそれを肯定するかのように、母はさらに続ける。
「さすがにスタンちゃん魔王でしょ〜? だから、言われた量よりも『ほんのちょっとだけ』多く『素直』になれるお薬を入れておいたのに、ロザリーちゃんが飲んじゃうんだもん、びっくりよー」
符号が恐ろしい勢いではじけていく、魔王である自分には人間の使う媚薬など、『何の役にも立たない』。量のほうでも、質のほうでも自分には効かないからだ。
それが、彼女の体臭で反応してしまったということは………。
「ジェームス! 貴様ぁぁぁぁ!」
叫び声と共に彼は影にとけ、そのまま姿をくらました。それを追うかのように勇者も、ピンクのパラソルを持って走り去っていく。
後に残されたのは、リシェロにいくはずが、何故かテネルの村役場に閉じ込められていた哀れな男性陣と、床に広がった黄色いしみだけだった。
それから数日ほどたっても、スタンは帰ってはこなかった。
当然だとは思うが、やはり魔王にも敵に回してはいけない人間というのがいるらしい。
そして母は、少し汚れの付いたガラス瓶を手にとって、しげしげと眺める。
「これ、効果は確かな様ねー」
――――次は、ルカ辺りに盛ろうかしらと。考えていることは、秘密である。