あの騒動から数週間。この家の長を裏から操れる存在。母は、考えていた。  
…………いつルカにこの薬を盛ってやろうか、と。  
しかし、さすがに『あんなこと』があったせいで、それは、事実上不可能となっていたのだ。  
あんなこと、あの騒動。皆知っている。少し前に母の知略、いや計略。  
いやいや謀略――――いずれにも当てはまらないような単純な策、しかし効果は絶大だったその罠に、  
スタンとロザリーさんはこの家から去っていった。  
………いいや、居たたまれなくなって追い出されたというのが正しい。  
今も地下室には、黄色いしみが残っているが、誰も綺麗にしたがらない。  
地下室はいまや、開かずの間だ。  
「うーん、間違いなくパパの血を引いているのに、ルカったら消極的ねえ……」  
――――血を引くのに間違いがあっては困る。  
「『多分』パパの血を引いている」では恐らく家庭崩壊の一途をたどるだろうし……。  
母にみつから無いようにして隠れている彼女はそう考える。ルカに頼まれて、見張りをしている彼女。  
マルレインは真剣な目つきだ。何か変なものが入ったら、即座に報告に行く。  
……ともかく、ルカはこのごろ警戒をしている。料理に何か入っていないか。  
飲み物に何か入っていないか、視覚嗅覚味覚の全てを使って、安全かどうかを確かめながら食べている。  
少量ならばいくらジェームスさんがくれた媚薬だとはいえ、絶対に耐えてやるといわんばかりに、料理を食べる量自体も減ってきた。  
自分も見ていて痛々しい。  
――――いい度胸、しているわよねえ。そう、母がつぶやいたのが聞こえた。  
「恥ずかしがりやサンなんだからねー、二人とも」  
彼女は、黒い笑顔でそう続ける。  
気にせずに料理に混ぜればいいのでは?  
パパもそういっていたが、万が一にでもアニーとルカがくっついてしまっては困る。  
そのくらいの倫理観はあるし、何よりもマルレインを逃がしたくない。あんな可愛い子が、あんな地味な子のガールフレンド。  
…………母の考えていることは、恐らくこんなものだろう。最近少しだが、自分も読めるようになってきた。  
「あの子を逃がしたら、もう二度と幸せは訪れないわよー、ルカー」  
それはうれしい、自分も彼を逃すつもりなど無い。初めて皇女ではない自身を認めてくれた、かけがえの無い存在。  
………父よりも、大切な存在。  
ジュリアという女の子もいるにはいるが、何と言うのだろうか。この感情は……。  
「おーい母さん」  
「あらーパパー、ご飯はまだよー?」  
ああ、そうだ。……敵対心だ。  
「ママ、それで、どうするんだい? もし薬を入れるのならば、腹痛で父さんは休んでいるよ? 後でサンドウィッチでも持ってきてくれるかな?」  
 色々とマルレインがジュリアについて考え意識を飛ばしていたが、問題はまた、そこに戻る。  
「うー………………ん」  
「いいんじゃあないかな? あの子達も少しずつとはいえ進展しているようだし、そんなに急がなくても」  
ママに比べると、親の鏡のような発言をするパパ。ここにルカがいたのならば、泣いて肯定するだろう。しかし自分は、ちょっと違う。  
ルカは、薬が盛られなくなるのが一番だといっていたが、自身は彼との距離が縮められるならば、それもいいと思う。とどのつまり、彼が飲まないから現状は保たれているのだ。  
「うー………………ん」  
しかし、母は悩む。おしべとめしべを見たのなら、くっつけるのが人の性。  
ママのそれは魔王や勇者を経た故、性を越して既に業ともいえるレベルだが、  
だからこそ母は、この程度の問題で諦めたくは無い。  
「まあいいわ、今日は『普通』のシチューよ」  
薬が、入っていないということだ。特別製の場合は要注意。  
「じゃあ、ルカ達を呼んでくるよ」  
パパが出て行った後、ママに見られないようにして、マルレインもこっそりと出て行く。  
ともかく今日も、平和であったのだ。  
 
――――さて、どうしよう。  
食事が終ってから、皿を洗っている途中。……母は考える。  
自身も愚鈍ではないので、方法は二つ考えてある。  
しかしどちらの方法も、間接直接問わずマルレインの助けが必要だ。  
恐らく彼女は、いいや多分間違いない。ルカとの距離を縮めたがっている。  
しかし、あまりにも彼が淡白で、初心で、女の子とも付き合ったことが無い故に朴念仁で、  
他にも色々といいたい部分はあるが、まずは一言。  
「ごめんねー、マルレインちゃん。うちのルカが迷惑かけて……」  
ルカもアニーの十分の一でもいいから積極的になればいいのに……。  
ま、仕方ない。あれはあれで。  
「やあやあ、まだ考えているのかい?」  
あ、ちょうどいい、聞いてみよう。  
「……ねえパパ」  
「ん?」  
「もし私がお弁当を作ったら、お昼に食べてくれる?」  
「勿論じゃあないか! ママの料理なら今だって食べられるよ!」  
「……そうよね」  
じゃあ、まず一つの計画は成功するということになる。パパの返事は血を分けた息子の返事と同義。  
百パーセントではないにしても、多分そうするだろう。  
「じゃあ、パパ」  
「ん?」  
「もし私が他の男性と一緒に歩いていたら、どうする?」  
 パパの顔が見る見るうちに悲しさを湛える表情へと変わっていく。  
勿論自分もそんなつもりは毛頭ないが、計画の二つ目も、可能。  
「さて、どちらにしようかしら?」  
@一番目  
A二番目  
B………………  
「二つともやってみたらどうだい?」  
……そうね、そうしよう。  
そして、彼女は再び計画を練る。悪意のコンピューターが、音を立てて動き始めた。  
そして翌朝。母は思いがけない――――少なくともルカたちには。行動を起こした。  
「はい、マルレインちゃん。ごめんねー、色々と心配させちゃって。  
……でも、これでもう安心でしょ?」  
彼女に、あの古ぼけたビン。媚薬を渡したのだ。それも、家族が見ている前で。  
勿論真意を測りかねている彼らに、母は続ける。  
「お薬はそれで全部よ、安心しなさーい」  
――――安心など、出来るはずが無い。  
故に、それから数日間は、ルカはいまだ警戒を解かなかった。  
しかし、罠の一つはその間に、既に発動していたのだ。  
それに気がついたときにはもう遅かった。  
――――ベーロンを倒し、分類による運命を破壊した少年ルカも。この母の形作った黒い運命だけはどうにもならなかったのだ。  
母は、ベーロンの数倍は怖かった。……そして黒かった。  
 
いつものように、ルカはパン屋へとお使いに行った。それが罠だとも知らずに……。  
そして、彼が玄関を出てから数分後、母が自分に声をかけてくる。  
「あらー、大ー変! ルカにお金をもたせるの忘れちゃったわー。マルレインちゃん? 行って来てくれる?」  
断る理由は無いので、従った。  
恐らく彼はもうパン屋に着いてパンをもらい、お金が無いのでそのまま立ち往生しているころだろう。  
もう少し早く気がついてくれていたら……。  
一瞬計算かとも思ったが、そんな事をして何になるのかと、すぐに考えを閉じる。  
結論から言えば、超絶緻密に計算された、策の一部だったわけだが……。  
テネルに入り、パン屋へと足を進める途中、誰であろうルカと出会った。  
パンを右手に持ち、左側にはジュリアをはべらせて。  
笑い顔で話しながら、歩いてきたのだ。  
ルカは、こちらに気がつくと。何か言いたそうな顔をした。  
しかし自身は、一言。  
「――――ルカの馬鹿!」  
といって、屋敷のほうへ帰ってしまったのである。彼の止める声も、今の自分には届かない。  
――――こんなことは、自分が彼の家に来てから初めてのことだった。  
屋敷に帰って、今自分がどんな表情をしているか、悟る。今にも泣きそうな顔。  
その顔を見られたくないが故に、今日は食事もとらず、その後も彼とも顔を合わせなかった。  
……彼を心から愛しているが故の、醜い嫉妬。  
彼が他の女性と歩いていたことよりも、その感情を抑えられない自分がこれ以上なく嫌だった。  
『こんな子じゃ……ルカに嫌われちゃう……そんなの嫌……そんなの嫌……!』  
枕をぬらし、声を抑え、それでも彼女は涙を流す。  
もし彼が自分を嫌いになったらどうしよう。もし彼が、自分を見なくなったらどうしよう。もし彼が…………。  
『ルカの馬鹿!』  
――――ごめんね、ルカ。ごめんね! 本当は私なのに、本当は私こそが愚かなのに!  
後悔の念が全てを絶望の風景に見せる、そうした疑心暗鬼の闇の中、やがて彼女は泣き疲れて、眠った。  
母は全てを知っていた。これを彼女が知るのはもう少し後だが、ともかく。  
雨降って地かたまる計画の基礎は、『成功』。ということになる。  
 
なんて失敗を、自分はしてしまったのだろうかと考える。  
彼女の目の前で、ジュリアを連れ、笑っていた。  
――――彼女にとって自分がどんな存在であるか考えもせずに!  
地味だ地味だといわれ続けてきたものの、今日これほどまでに自分が嫌になったことはない。  
――――でも。  
「それはルカがマルレインちゃんを大切に思っているからでしょう?」  
そう、母はいってくれた。少しだけど、気が晴れる。  
「ちょっと彼には悪いけど、こんなときスタンがいなくて本当に良かった。  
彼がいたならば、色々な言葉を並べ連ねて、僕はさらにブルーな気分になっている気がする」  
「………………」  
 母は、答えない。肯定も否定もせず、しかし心の中では、こんなことを考えていた。  
 ――――スタンちゃんがいたら。こんな計画立てないわよー。おほほほほほほほ。  
「……ふう」  
頭を垂らして、溜息を二回つく。自分は、彼女が皇女のときから、共に旅してきたのに。  
彼女を失ったとき、これ以上ない悲しみにくれたのに。  
分類なんかなくとも、彼女は彼女なのに……!  
「性格が変わろうとも、彼女は………」  
三回目の溜息をついた。そろそろいいかな、と母は思う。  
「じゃあ、二人でどこか気晴らしに歩いてきなさい。  
仲直りできるように、お母さんが知恵を貸してあげるわ」  
――――自分も、かーなーりー迂闊だったとは思う。  
しかし、そんなことを忘れさせるぐらいに、この提案は魅力的だった。  
しかし、言わせてもらえば、マルレインと仲直りできるという極上の餌をぶら下げられて、  
それをわざわざ無碍に出来るだろうか?  
母の黒い笑顔が、その時だけは聖母のようにも見えたのもまた事実。  
自分は、その救いに縋りたかったのだと、言い訳をさせてもらいたい。  
ともかく、準備が出来るまで。  
ルカは部屋で待機しているようにと、母から通達された。  
隣から、扉を開ける音がした。しかし自分には、彼女と話す勇気がない。  
これで本当に仲直りできるのかと心配になるが、あの母の言うことだから、心配は要らないのだろうと、  
一種矛盾する考えをめぐらす。  
自分には、もはや祈ることしか出来ない。そして、階下から自身を呼ぶ声がした。  
ある意味で、世界図書館にいたときよりも強烈なプレッシャーが襲う。  
ルカは一度深呼吸をして、ゆっくりと階段を下りた。  
踊り場にいたマルレインと、目が合う。  
「……ルカ……ごめんね……」  
「ううん、僕のほうこそ……」   
二人ともが、不思議と笑顔になった。  
恐らくここ数日一言も話していなかった事からの反動だろう。  
「……いこうか」  
「……うん」  
笑顔で、彼らは朝日の昇る街道を歩き始めていった。  
「計画の第一部は完遂。果てさて、第二部はどうなるかしら……」  
――――くどいかも知れないが、母のとてつもなく黒い笑顔を背にして――――。  
 
昼になった。  
当然、二人ともお腹がすいている。  
マドリル二階から出たルーミル平原の一角で、彼らは食事の支度をした。  
彼らの仲は、最悪をどうにかやり過ごしたものの、いまだに元の状態とは程遠い、  
他人行儀な面を見せ続けていた。  
そう、特にマルレインは…………。  
『駄目よ、仲直りをしなきゃ……』  
とはいえ、彼女の頭の中にはいまだ、あの光景が貼り付いている。  
忘れようと思っても、忘れられるものではない。  
そして、彼女の中に悪魔の囁きと、母の計画の全貌が見えた。  
何故、母は自分にわざわざ媚薬を持たせたのか。  
――――この時のためだったのか……。  
「ルカ……お弁当よ……」  
「これは誰が……?」  
「私」  
別に嘘ではない、むしろ百パーセントの真実だ。さてここで考えてみよう、  
その言葉を受けた彼はどうするか。  
恐らく彼も仲直りをしたがっている以上――――全て平らげるしかない。  
この媚薬がたっぷり入った、愛情弁当を。  
言いえて妙だが、気にしない。彼女は、それをルカが食べている途中あることを思い出した。  
ルカの家に来てから、初めてママさんが教えてくれたことだ。  
『アニーにもいったけれど、女の子は男の子を翻弄しなくちゃ駄目よ』  
うろ覚えだが、そんな感じだった気がする。そしてそれを今の状況に置き換えてみると。  
――――距離を縮めたいのならば、自分から動くのではなくルカがこちらに向かってくるようにせよ。  
ということか。確かに、押しては引き、引いては押すルカには絶好の方法かもしれない。  
可能性は恐ろしく低いが、一応怪しまれないように、自分もパクパクと食べる。  
そして、大急ぎでマドリルへと戻った。  
媚薬の効力については、前例がある。――――もうそろそろ、着かないと。  
宿屋へ着いて、三秒でチェックイン。二人で部屋に入る。  
「はあ………はあ………」  
いくら最近平和だからといって、雪原や砂漠まで行った体力がそう簡単に落ちるわけがない。  
つまり、効果は出始めているのだ……。  
自分の体にも、異変が生じてきた。体の芯が熱くなるような、甘い電気が体中を走る。  
「ん………」  
色っぽい声が、部屋に吸い込まれた。  
 
服を脱ぎ、お互いがお互いの体を直視できない状態になる。  
それでも二人は顔を合わせて、唇同士が触れ合うような、軽いキスをした。  
再び目を合わせた後、今度はルカが、唇を、貪るようにキスをする。  
舌を絡め、吸い付き、唾液の一滴ですらも逃すまいとする荒々しいキス。  
普段の彼からは考えられないようなその行為に、一瞬彼女は戸惑った。  
「ルカっっ、待って……」  
「待たない」  
歯列をなぞり、自らの唾液を彼女に移す。  
彼女の目はぼんやりと目の前の彼を移し、思考は空を漂っている。  
「すごく……幸せかも……」  
息をすることすらも、忘れていた。  
それに気がついた彼らは、一度唇を名残惜しそうに離し、息をする。  
「マルレイン……」  
ルカの唇が、彼女の控えめながらも形のいい胸に近づく、  
彼の唇が触れた瞬間、彼女の体が大きく跳ねた。  
「……んっっ……んんっっ……」  
顔を真っ赤にするマルレイン。  
しかし彼は、さらに下の方に唇を動かしていく。  
「あ……! やっっ、駄目っっ!」  
「聞こえない」  
「馬鹿あ……ルカの馬鹿あ……!」  
「――――君の全てが、ほしい」  
彼の体重と共に、自分はベッドに寝かせられた。  
薄い茂みをかき分け、もっとも敏感な部分に熱い息がかかる。  
それだけで、軽く昇天してしまいそうな物だが、ぬめりとした舌が、ゆっくりと侵入してきた。  
「………はっ……………っ………」  
もう、声が出せない。体をよじり、必死に逃れようとする。  
この甘美で恐ろしい快楽は、自身を全て黒で塗りつぶしてしまうような気がするからだ。  
表面を、膣内を、印核を。丹念に舌でねぶりまわす。もう、わかっている。  
じぶんのそこは、ぐしゃぐしゃだ。恥ずかしくて、脳が溶けそうなほどに。  
「マルレイン……」  
「ル……ハァ」  
そして彼の、剛直が全ての思いが、自分にあてがわれた。  
目をつぶって、恐れと共にその瞬間を待つ。  
ズズ……ズ……。  
痛みで、目が見開かれた。体がこわばり、指一本すらも動かせない。  
彼はその様子を見て、狼狽していたが、少し経った後。  
自身が彼の腕を握り締め、平気であること。続けてくれるように催促する。  
ゆっくりと彼が、前後に動き始めた。  
痛みと快楽のバランス、媚薬のせいか。はたまた自身が淫乱なのか、存外すぐにそれは崩れ、口からは少しずつ声が出るようになった。  
それに合わせて、彼の動きが激しくなる。  
「あっっあ、あん、ん、ああっっ、っっ、んっっ……」  
「ふ、ふっっふっふ、はあ、はあ……」  
 彼女の口を、自身がふさぐ。舌と舌が絡み合いながら、呼吸を、そして更なる快楽を求める二人。  
やがて、マルレインは絶頂に達する。  
「―――――――――――!」  
彼女の体が、先ほどとは比べ物にならないくらいに痙攣を繰り返し、力が全て抜けゆくのがわかった。  
それでも、ルカは激しく動いたままだ。  
「だ……め…っまだ、そん……な……う……ご……ないで……お願い……!」  
「はあっっっはっっっはあ……!」  
やがて、ルカも………。  
「っっっくっっ」  
 どぴゅっっっぴゅっびゅくくくっっ  
「あ――――――!」  
二人の叫びは音とならずに、口からは大量の空気が出た。ルカが陰茎を彼女から引き抜くと、  
今まで自慰では見た事のない量の精子が、あふれ出てきたのである。  
「ルカぁ……ルカぁ……」  
子供のように泣きじゃくる彼女、その彼女の涙を唇でぬぐい、抱きしめた。  
 
そして再び、彼らは結合を始める。  
彼女をベッドにうつ伏せで横たわらせ、後背部から差し入れる。  
『後背から交配……間違いなく誰か言いそうなネタだなあ………』  
ともかく、彼女の膣壁をかくように、子宮の入り口を叩くように、ルカは荒々しく衝く。  
彼女の太ももには、先ほどの名残と、血が少量ながらたれていた。  
その意味をかみ締めながら、彼は動きを早くする。  
部屋には吐息の音、肉がぶつかり合う湿った音、それだけが、やけに響いていた。  
再びの、絶頂が二人を襲う。ルカの下半身に熱が沸きあがってきた。  
「も……出……マルレ……イン……」  
「うん……いいよ……ルカ……」  
頭の中が、真っ白になった。  
口からは叫び声と涎がだらしなくたれ、二人共にその瞬間全ての理性が吹き飛んだ。  
後に、三回の情交をへて。彼らはようやく媚薬の魔力から逃れることが出来たのだ。  
「ごめんね……ルカ……」  
「ずるいよ」  
「………ごめんね」  
「そこまでされたら、許すしかないじゃないか」  
お互いに、顔を見合わせて笑う。  
翌日彼らが帰った後には、家族総出で出迎えた。  
「おかえりー、二人とも」  
「早速だけど、母さん」  
「なーに?」  
「何たくらんだの?」  
忌憚のない言い方に、皆口を閉じる。  
「そうねえ、計画はまず二つあったんだけど……」  
@マルレインちゃんが媚薬を盛る。  
Aマルレインちゃんが媚薬を盛る。  
「……同じじゃない」  
「結果じゃあなくて過程が違うのよ」  
「過程?」  
まず一つ目は、マルレインが作ったお弁当の中に媚薬を盛る。  
しかしこれは、彼女自身が入れないとまず成り立たない――――警戒して少ししか食べなければ、ルカは耐えてしまう、  
また媚薬自体も時間が経てば効力が薄れるために、食べる直前に入れなければならないという不安定なもので、  
母自身も上手く行くとは思っていなかった。  
――――で、二つ目。  
ルカに他の女の子と歩いてもらって、マルレインちゃんが嫉妬からルカの心を完全に手に入れようと媚薬を盛る。  
という策。  
実際こちらの方は成功に近かったのだが、マルレインは悲しみ、彼とも顔を合わせないという状況になってしまった。そこで、念のために仕掛けておいたもう一つの計画を改善して、  
彼らに使ったというわけだ。  
「………まさか、マルレイン。君、……いつから気がついていたの?」  
「貴方と食事をするときに」  
「……ずるいよ」  
「ごめんね」  
意地悪く彼女は笑顔を向ける。彼もつられて笑ってしまった。  
今日は、母がとてもやさしい者に見える。  
まあ、明日からまた黒に変わるだろうけど。  
明日もまたがんばろう、――――僕の隣には、彼女がいるんだから。  
 
 

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