ぼんやりとした夕日が、動物園を照らしていた。  
 「大竹さん、もう上がっていいよ」  
 テンジクネズミの飼育場にいた輝明に、古賀が帰宅を勧めた。  
 座っていた輝明はゆっくりと立ち上がる。  
 「はい。古賀さん、さようなら」  
 「……さようなら」  
 微笑を浮かべながら、古賀は別れの挨拶をした。  
       
       
         
    
 「…………」  
 「……………」  
 いつものように、河原家の食卓は静かだった。今日の夕飯はチキンカレーだ。  
 「明日ね、テルに会いに行くの」  
 「都古……まだあの人と付き合っているのか?気に入らないんだよ……俺」  
 「……………!!!!!!」  
 都古は目を見開いた。皿にスプーンを置き、立ち上がる。  
パンッ!!……と、乾いた音がした。気が付けば都古は、雅也の右頬に平手打ちをしていた。撲たれた反動で口に含んでいた飯粒が数粒、宙に舞ったのが見えた。  
 「……雅也さん……」  
 都古は雅也を思い切り睨み付けた。  
 「ごめん……都古。言い過ぎた」  
 「謝ればすむ事じゃないわ。テルはね、私の事を誰よりもわかってくれるの」  
 「……………」  
 「親よりも、そして……世間体ばかり気にする雅也さんよりもね」  
 「都古っ……」  
 「雅也さんは……鈍感すぎる」  
 「都古っ……!!!」  
 雅也は立ち上がった。苦悩を気取った顔で、都古の目を見た。  
 「………っ……うぅっ…」  
 そして、雅也は泣いた。他人まで犠牲にしてやっと手にしたものが、自分の手から離れていく事に、恐怖を覚えた。  
 それと同時に、『テル』の方へと向かう都古の気持ちに、気付いてしまったから。  
 「僕から…君が離れていってしまうのが怖い」  
 「雅也さん……」  
 「1日経つごとに、2人の距離が縮まっていくような気がして………僕はあの手紙、大嫌いだった」  
 「…………」  
 「お前があの手紙を見た時……すっごい嬉しそうな顔をするのがイヤだった」  
 「…………」  
 都古は黙ったまま、雅也を見ていた。  
 雅也は椅子に座り、チキンカレーを口一杯に頬張った。涙のせいでしょっぱい味がした。  
 呆然と立ち尽くす都古を無視し、涙を流しながらカレーライスを食べる雅也。  
 「……ごめんなさい」  
 都古は謝った。悪い事をした……そんな感情など心にも無い。河原雅也は、大竹輝明という存在を否定したから。  
 「…………………」  
 雅也は黙ったままだった。スプーンと食器が触れ合う音だけが、唯一の音だった。  
 
 
 「ただいま」  
 「お帰りなさい、輝明」  
 輝明が家に帰ってきた。母の大竹里江が、、いつものように玄関へ行く。  
 「今日はお仕事、早かったのね」  
 「……はい」  
 靴をしっかり揃え、輝明は洗面所へと向かう。里江は、輝明の後ろ姿を見て安堵の笑みを浮かべた。  
        
         
      
        
 「輝明、話があるの」  
 うがいが終わった輝明を、里江は呼び止めた。  
 「輝明のお部屋で、話したいの」  
 「……はい」  
 輝明は自分の部屋へ向かう。里江も、その後ろへ付いていく。  
 階段を昇り終え、輝明は部屋の扉を開けた。輝明はゆっくりと扉を開け、里江は扉を閉める。  
 「輝明、ここに座ろう」  
 里江は床を指差した。  
 「…………はい」  
 どうやら、いつも座っている椅子に座りたかったようだ。輝明は少々不満げな顔をした。  
 「今日は、椅子じゃなくてこっちに座ろう?」  
 「……はい」  
 2人は向かい合って正座をした。  
 【訳あって文章短いけど続く】  
 
 「オナニーって……知ってる?」  
 里江は輝明の目を見て話す。  
 「知らない」  
 「……そう」  
 「オナニーって、どういう意味?」  
 「オナニーっていうのはね……」  
 里江は立ち上がり、輝明の背後へ回った。  
 「輝明、ズボン……脱いで」  
 「…はい」  
 輝明は立ち上がり、ズボンを脱ぎ始める。ガサゴソと音を立て、とうとう上着とブリーフだけになった。  
 「体育座りして」  
 輝明はゆっくりと床に座った。  
 「今からオナニーの仕方……教えるね」  
 輝明の両脚を掴み、M型に脚を開く。ブリーフの股の部分をずらし、ペニスを取り出した。  
 輝明はただ、黙っていた。  
 「おちんちんを両手で持って」  
 「…………………」  
 輝明が、返事をしない。どこか様子がおかしい。しばらくして、輝明は口を開いた。  
 「何をやっているんだ……輝明。だめじゃないか」  
 淡々とした口調…輝明がガタガタと震え出した。  
 「……どうしたの?輝明…」  
 「お母さんに見つかったら、どうなるかわかってるのか。これはいけない事なんだぞ」  
 「輝明!!!」  
 「お父さんは悲しいよ。お前がこんな事をして……。このノート……精液だらけじゃないか」  
 お父さん……里江は耳を疑った。あの何もしない夫が、輝明とそんな事があったなんて…考えられない。  
 「…お父さんに…何が言われたの?輝明……これはいけない事じゃないの!!みんなする事なの」  
 
 
 輝明は里江を無視し、力いっぱいに輝明は叫んだ。父にオナニーしている所を見付かり、口から血が出るほどに殴られた過去が蘇り、輝明を狂わせている。母、大竹里江は、もうどうする事も出来なかった。  
 
 
 「うあああああああああああああ!!!!!!」  
 
 
 「輝明ぃぃっ!!!!!」  
 「1903年モーリス・ガラン 1904年アンリ・コルネ 1905年ルイ・トゥルスリエ 1906年ルネ・ポチエ 1907年ルシアン・プチブルトン 1908年ルシアン・プチブルトン 」  
 「戻ってきて、輝明……!!!」  
 里江は涙を流した。様々な感情が、零れる涙になって流れていく。  
 涙で潤む目…歪んだ景色の中、輝明のペニスが見えた。  
 そこには、たくましいペニスが、勃起をしていた。  
 歴代優勝者の名前を唱えながら、輝明は勃起をしていた。  
 
 
 里江は輝明の正面に移動する。  
 未だに身体を揺すり、ツール・ド・フランス歴代優勝者の名を言い続ける輝明。里江は、そっと輝明を抱きしめた。少しでも手を触れたら壊れてしまいそうな輝明の心を、里江は母の温もりで包み込むように守った。  
 「輝明……大丈夫……大丈夫だから」  
 輝明を抱く力が強くなる。  
 「…………………」  
 輝明は正気に戻った。  
 「……輝明、おちんちんを触る事はいけない事じゃないのよ」  
 里江はゆっくりとした口調で説明した。  
 「あったかい」  
 「……え?」  
 「お母さん……あったかい」  
 母の温もりに身を預け、しがみついていたい……輝明は、里江を抱きしめ返した。  
 「輝明……愛してる……」  
 輝明の勃起したペニスに、里江の右手が触れる。  
 「輝明、今からお母さんがする事、覚えてね」  
 「はい」  
 里江は、輝明のペニスを上下に動かし始めた。先走りの液が、里江の手を汚す。  
 「………ぁっ」  
 輝明は小さく喘いだ。  
 「気持ち良い?」  
 「…ぁっ……気持ち…良い……っ」  
 まだ誰にも挿入していないその無垢なペニスが、どくんどくんと波打っている。  
 ペニスを扱く早さが早くなると、輝明は女のように鳴いた。  
 「あ…ぁあん……あっ……」  
 輝明は自らの手を、自分のペニスに添え、上下に動かし始めた。里江は手を離した。初めて輝明が自転車に乗れた時の事を思い出した。また、親から子供が遠ざかっていく……そんな気がしてならない。  
 輝明の手の動くスピードが早くなる。そして、輝明は初めてのエクスタシーに達した。  
 「あああああああああああ・・・・・・・・っっっ!!!! 」  
 相当溜まっていたのだろう。精液が放出され、里江の服に大量の精液が付着してしまった。  
 「輝明……」  
 輝明の目が虚ろにあちこちをさまよう。  
 今にも倒れそうな輝明を、こちらに引き戻す。この子を失いたくはない……誰よりも純粋なこの子を、この子の歩く道を遮る人、この子の存在を否定する人から守ってあげたい。心からそう思った。  
 「輝明……あなたはお母さんが守るわ…」  
 輝明の息が、耳元に吹きかかる。  
 「この事、誰にも言わないでね。お母さんとの約束よ」  
 「………は…い…」  
 とぎれとぎれの言葉で、輝明は辛うじて返事をした。  
 
 『人には、様々な欲求があります。例えば…物欲、食欲とか。今の輝明さんには、性欲が足りないのかもしれません。自慰を教えたら、何かが変わるかもしれませんよ』  
 昨日、堀田丈二は大竹里江にそう助言した。堀田の言葉に助けられた気がした。輝明がまた一歩、大人に近づいていった気がして……。  
 「お母さん」  
 輝明は、母の名を呼んだ。  
 「なぁに?」  
 「着替えたい」  
 下半身だけ裸だという事を里江はすっかり忘れていた。輝明を抱きしめてから何分経ったのか…。それは、輝明と里江との温もりだけが知っている事だった。  
 「あら…ごめんなさい」  
 里江は、輝明の背中に回していた腕を解いた。  
 輝明も里江の背中に回していた手を下ろす。  
 輝明は立ち上がり、ブリーフを右足から穿き始めた。  
 「お母さん……着替えてから、お夕飯作りに下にいくわね。何かあったら、呼んでちょうだい」  
 「はい」  
 里江は部屋の扉を開けた。  
 「……お母さん」  
 また輝明に呼び止められた。  
 「なぁに…?」  
 里江は輝明の方を振り返る。  
 「ごめんなさい」  
 輝明は俯いていた。  
 「……何で輝明が謝るの?」  
 里江は眉間にしわを寄せた。  
 「お母さんの服、汚したから」  
 輝明は俯いたまま、そう言った。  
 「いいのよ、輝明」  
 里江の笑顔が、輝明の笑顔になる。気が付くと、2人は微笑んでいた。  
 「じゃぁ、閉めるわね」  
 里江は扉をゆっくりと閉めた。  
 輝明は微笑んだ顔のまま、ズボンをはき始めた。  
       
          
      
          
 
 
       
 都古ちゃんへ。  
 今日は動物園に仕事に行きました。  
 お母さんの服を汚してしまいました。  
 明日は、都古ちゃんが来る日です。  
 
 
 
 【続く】  
 

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