おれは彼女を見ている。  
 じーっと見ている。  
 彼女はおれの視線には気付かない。  
 彼女の視線を追う。  
 特に特定の人間を追っている様子はない。  
 ……まあ、特定の人間が彼女を目で追ってるのはイヤでも目に入るが。  
 ガキとバカ。ときどきところてん。もっとときどき田楽。意識して見ていないのが丸わかりのうんこ。おれ  
 
ばっか見てるのが破天荒。で、おれ。  
 このところガタガタしてたのも一息ついたので、のーんびり一週間ぱかし静かな村に滞在することになった。 
おれとしてはとっとと先に進んだ方が話が早いような気もするんだが、まあ女子供がいるので同意。  
 彼女がデッキチェアに浅く腰掛けて、グリーンティーなどちゅーちゅー吸っている。奮発して借りたコテー  
ジのテラスの向こう側の川でところてんとバカがガキを突付いて遊んでいる。破天荒は籐の長いすを独り占め  
して顔に文庫本を広げて眠っている。……なんとまぁ平和な。  
 「……おいうんこ、お前は遊ばないのか?」  
 おれの隣で相変わらずむすっとした顔のまま、おれと同じような視線のクセに必死で“彼女を眺めてないフ  
リ”をするうんこに声をかけた。  
 「このパーティは能天気だな。何か襲ってきたらどーすんだ」  
 「で、お姫様の近衛兵気取りか?」  
 皮肉ったらしくおれが気楽に言ったら、うんこはにやりとニヒルに笑ってそうだ、と答えた。  
 「肩凝らない?」  
 「お前さんに心配されるほど深刻にやっちゃないさ。単なる性分だ」  
 「フーン。そのワリにはえらい真剣だニャー」  
 「やるなら全力が俺のモットーなんでね」  
 コップの表面に玉の汗がずらりと並んだアイスティーを一口飲んだうんこがそれはそれはダンディに笑う。  
 
うんこなのにかっちょいー!パチ美胸きゅんしそーよ!助けてへっくん!  
 いい心がけだねー。おれは能天気に笑った。  
 
 「あ、首領パッチくん。ボーボボ見なかった?」  
 ビュティがおれと同じオレンジの眩しいパジャマを着て、そんな事を訊ねたのは夜も10時を回った頃だった。  
 「あ゛?こんな時間になんの用だ、ガキはもうオネンネの時間だぞ」  
 「……んもう、なんでみんな最近急にあたしのこと子供扱いするのよ。」  
 「お前がガキだからだろ」  
 取り付く島もなくぴしゃっと言い切ったおれは彼女の視線の動きを見る。……挙動不審ではない。  
 「だーかーらー、最近、っつってるでしょ。妙に腫れ物に触るよーに丁寧なのよねー」  
 首領パッチくんは前からだから気にならないけどさ。ため息一つ付いてボーボボの部屋に向かおうとする彼女の手を引いた。  
 「おいビュティ、おれの部屋で茶でも飲まねーか。」  
 「……めずらしい、首領パッチくんがあたしを誘ってくれるなんて」  
 「昼間破天荒があんまりクソうるせーから睡眠薬飲ませたのはいいんだけど量間違えてまだ寝てやがってよー」  
 「……まさかとは思うけど昼間のまま外で寝てるんじゃないでしょうね」  
 「あたり。部屋に引っ張り込むの手伝って」  
 「――――――わかったよ」  
 呆れ顔でビュティはボーボボの部屋に持ってたバカの服を置いて、テラスに面したガラス戸を開けた。  
 「ナニ、お前洗濯までやってんの?」  
 「だってしょーがないじゃん、誰もしないんだもん」  
 「……お前は母ちゃんか。」  
 「でもま、このくらい役に立たなきゃね」  
 籐の椅子でぐうぐう眠りこける破天荒をおれに背負わせて、ずるずる引きずるわけにも行かない足を持ってビュティがよいしょよいしょとおぼつかない足取りでついてくる。  
 「めんどくせえからお前の部屋にブチこもーぜ、ビュティ今日は破天荒の部屋で寝れ」  
 「えー。だって破天荒さん首領パッチ君の隣がいいって大騒ぎしたんじゃんか。怨まれちゃうよ」  
 「お前階段上がって一番奥のおれの部屋の隣までこのクソ重い男連れてく元気あるか?」  
 
 「ナイ」  
 「じゃあ我慢しろ。一階より広いしいいだろ」  
 「ブーブーブー!」  
 「二階の部屋は天窓があるわよ〜よかったわねビュティちゃん〜」  
 ビュティの部屋のドアを蹴りあけてベッドの上に破天荒を放り投げ、手近のものをポーチに詰めた彼女が部屋を出たのを見計らい、おれは外から鍵を閉めた。  
 「なんで鍵締めるの?」  
 「万 が 一 起 き た ら う る せ え か ら な」  
 何か言いたそうなビュティを抱えて二階へ上がる。足音を大きく立てて、ドアも大きく閉める。  
 「な、な、なんなの〜いったい〜」  
 ふわふわのラグのうえにぽんと投げ飛ばされたビュティが目を回してへたり込んだ。  
 「こっちがききてーよ。なんだアレ。」  
 「はぁ?なにが〜」  
 まだ目を回したビュティをクイーンサイズのベットに座らせておれもベッドに飛び乗った。  
 「ここに来てから毎晩毎晩……いーかげんにしろこの色ガキャー!」  
 「へ?」  
 「おれに全部言わせるつもりか」  
 ぎっと睨みを利かせると、ビュティがはっと息を飲んだ。顔が青くなる。  
 「ここに来て三日連続だ。あとの四日もやり通す気ですか?アンタ休暇の意味わかってんの?」  
 声をひそめておれは彼女の足を蹴るといたいなぁ、と彼女が足を擦った。  
 「断れよ!つーか男の部屋に行くな!部屋にも入れるな!このアホっ!」  
 やー、はっはっはっはっは。乾いた笑い声であっという間に態勢を立て直した彼女は赤い笑顔を片手で支えながら聞こえてたの、と囁いた。  
 「聞こえいでか。うんこなんかおめーマジ切れだぞ。……お前の意思を尊重してなんも言わんけど」  
 「えっちょっと待って、じゃあみんな知ってるの?」  
 やだやだどーしよう!急に焦った彼女が真っ赤になってどうしようどうしようと繰り返す。  
 「通路挟んでっから反対側の部屋のヘッポコ丸と田楽マン、天の助は聞こえてねーと思うけど、どうだかね。……アレで結構、天の助鋭いから」  
 
 「うそやだどーしよう、どんな顔して明日皆と朝ごはん食べたらいいのよ〜」  
 ひえーと悲鳴を上げてベッドに突っ伏した彼女がばたばた悶えた。  
 「ケッ。今までヘーキなツラしてた女のセリフとは思えねぇな」  
 「そんなこといわれてもー!これでも必死に普通の顔してたのにー」  
 やーんもうどーしよー。ベッドの上を転げ回る彼女の顔は本当に真っ赤で、思わず比護欲とか出た。なるほど、ドーテーくん共が狂うはずだわこりゃ。  
 「ふん…まあいい。とにかくおめーは今日からここの隣で寝ろ。破天荒はずっと寝かしとくから」  
 「さすがの破天荒さんでも死んじゃうよ!」  
 「んじゃあおれと寝るか?ここはこのコテージ一広いベッドだぜぇ」  
 ヒヒヒ、と忍び笑いをして両手をわきわきさせて怖い顔。  
 「どっちみちあたしが破天荒さんに怨まれるんじゃない」  
 冷静に突っ込む彼女はいたって普通の余裕顔。…バカが無理矢理襲ってんじゃなさそーだなこりゃ。  
 「黙ってりゃわかんねぇよ」  
 ゲラゲラ笑うおれの顔をじっと見る彼女の表情は意外に真剣だった。  
 「……なに睨んでんだコラァ!?事務所いくか?」  
 「私のこと心配してくれたんだ。さすがおやびんだね」  
 にっこり。無敵のヒロインスマイル。憎たらしい全てを許した笑顔。全部受け止める余裕。  
 「――――――そんなんじゃねえ」  
 ムカッとしたが敢えて平静を装い、静かに言い放つ。  
 「お前に惚れてるからさ」  
 「ああ、嘘だ」  
 平気な顔のその奥に、何か得体の知れないものを潜ませた彼女の笑みは禍々しささえ感じる。  
 「……ちったぁドキンコ☆とかしろよ。張り合いのねー女だな」  
 「だって顔がちっとも真剣じゃなかったもん。騙したいって風でもなかったし」  
 全てお見通し、といった感じで彼女が伸びをしてベッドに横たわる。すうっと瞼が閉じられてからゆっくり濃い桜色の唇が動いた。  
 「他人に好かれるって怖いんだね」  
 
 「ああん?」  
 おれが訊き返すと、眠りの国のお姫様気取りで腹の上に組んだ手を置き、目を閉じたままの彼女が震える唇を無理動かして言葉を作る。  
 「好きって力で何でも叶いそうな気がして怖い。求められるのは嫌じゃないけど、まるで私じゃない人がボーボボの前に居るみたいな時があるんだ。」  
 ボーボボはあたしのどこが好きなんだろ?彼女がそう言って黙ってしまった。規則正しく呼吸をするたびに胸が小さく上下する。  
 「……全部だろ。たぶん。」  
 「知らないくせに」  
 「おれらだって知ってる。」  
 「知らないよ、見せてないもん」  
 「甘く見んなよガキ」  
 おれの厳しい声に彼女の身体が一瞬びくん、と震えた。  
 「他の連中のことは敢えて断言しねーが、少なくともおれはお前が例えナニを隠してよーが“お前の本質”は知ってる。それ以外興味ねー。お前が実は男だろうが、実はおれの母親だろうがそんなこたぁどうでもいい」  
 おめーがおめーであること、それがあのバカとガキを惚れさせたんだ。言ってからいつの間にか瞼をぎゅっと閉じている彼女の手に触れた。  
 「ちっとモテたからってイイ気になってんじゃねーぞ」  
 にやっと笑ったら彼女の瞼がパチッと開いた。長い睫毛、くりくりした大きな瞳、さらさらに輝くショートカット。  
 「…………ガキって、へっくんのこと?」  
 「他にお前に惚れてるガキがいるか?」  
 「な、なんで知ってるのよ!?」  
 「……マジ救えねぇ三角関係だなオイ」  
 お前ら二人を知ってる奴で気付いてないバカなんか誰一人として居ねーよッ!軍艦に一発で見抜かれたの忘れたのか」  
 みんなちょっと鋭すぎるんじゃないの?とビュティが眉をひそめた。  
 
 「愛してるって言うのよ、あたしのことを」  
 溜息も深くビュティがそう言った。  
 「……まあ、そうなんだろ」  
 おれは出来るだけ軽い返事を返す。  
 「あたし愛ってなんだかよくわかんない。口に出して確認しなきゃいけないことなの?胸にしまってても見えるのが愛ってものじゃないの?」  
 ベッドの上で足の裏でパチパチ音を立てる一人遊びに興じながら彼女の質問に考えをめぐらせる。このお嬢ちゃんに一番相応しい答えを。  
 「男は……いや、大人ってのはな、そうやって確認してるんだ」  
 「相手にも自分にも同じことを訊ねるのが確認?」  
 「違う。自分が愛してるんだって、自分に確認してるんだ。大人は意気地がないからな、形のないものを信じるのがヘタなんだよ。だからそうやって確認する」  
 「じゃあ一人で壁に向かって喋ってりゃいいじゃん。あたしに向かって言わないで」  
 怒っているような素振りをしつつも、どこか悲しそうにビュティがきっぱりと言った。  
 「…………おまえ、なんか神様とか、信じてる?」  
 「別に。否定しない代わりに信心もないけど、なんで?」  
 「でも初詣に神社行ったら手を合わすだろ。願い事しないか?」  
 「あー、まあ、するけど」  
 「本当に神様が叶えてくれると思うか?」  
 「や、あれは自分の一年の誓いに行くっていうか、神様に宣言するんだって教わったけど」  
 「……同じだ。バカも宣言してる。お前に、愛してる大切にする守るって、誓ってるんだ」  
 おれがそう言い終ったあとじっと様子を窺ってたら、頬がぽっと赤くなった。  
 「……やー……はっはっはっは」  
 ぽりぽり頭の後ろなどを掻いて少女が照れた様子でうつむく。その姿はお世辞抜きに可愛らしい。  
 ……くそったれ、独り占めかよ。  
 「愛してるぜ、ビュティ」  
 少女が驚いた顔ではっとおれの方を振り向く。  
 
 「や、やだ、急に何を言うのよ」  
 照れというより明らかな疑問と不安が蔓延した半笑いの表情。  
 「おれのこと嫌い?」  
 そんなことはとっくに予想していたはずなのに、体の端々がむずむずと騒がしい。  
 「ちょっと、首領パッチくん、へんだよ、どうしたの」  
 じりじりとそばに寄るおれの目に違和感と少しの恐れを抱いているのだろう。それとなく視線は逸れている。  
 「……別に変じゃねぇよ……ボーボボと同じことしてるだけじゃねぇか。  
 ボーボボとは毎晩こういう事するんだろ?なんでヘッポコ丸やおれとじゃヘンなことなんだ?  
 愛って何だかわからねえんだろう?じゃあ、これの意味もわかんねえんだろうな」  
 ぐっと背を伸ばして、ビュティの唇に自分の舌を這わして、口づけた。  
 「っ!!」  
 びくんと大きく震えるように痙攣したのはたった一度きりで、後はされるがままにおれの動かす舌に倣うように唇を動かしている。……慣れてるね、お嬢ちゃん。  
 くちゅくちゅ蠢く唾液に溺れた粘膜が擦れて滑って熱を共有している。おれは所在無さげな彼女の手を握り、力を入れたり抜いたりを繰り返しながら、反応する彼女の呼吸を数えていた。  
 視線を走らせると薄い胸が上下に動いている。そしてジャケットが鼓動にあわせてドキドキドキドキと脈打っているのを見て、押し倒すように覆い被さった。  
 思いのほか少ない力で倒れたビュティは嫌がる様子を見せることなく瞼を閉じる。  
 ジーンズのおなかの所に隙間が出来ていて(こいつまた痩せたのか?)そろりそろりと手を滑り込ませて中指を沿わせる。……おれも腕が落ちたな、昔はキス一発でイカせたもんだが。   
 「……やっぱ好きな男じゃないと濡れない?」  
 ニヤニヤ笑いで下世話な台詞を吐く。睫毛が結ばれるようにぎゅっと瞼が閉じられて、ビュティが声を上げた。  
 「いや、あの、その、えっと」  
 オロオロあたふた、少女が小さく縮こまる。……可愛いかもしんない……  
 

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