ボーボボに負けた後、自分の上司は何処に行ったか分からなくなってしまった。
何処に行ったか知らないかラムネさんに聞いてみると彼女もプルプー様を探しているらしい。
だから当然のようにラムネさんは軍艦様の行方なんて知ってはいなかった。
二人そろって何処行っちゃったのかしらねと笑いながら言った彼女の顔は大分やつれていた。
それがボーボボとの敗戦だけが理由じゃないだろう事が容易に想像できたのは私も同じ遭遇だからだ。
何かあったら連絡しますと言ってそこを発つ。
だがそこを発った所でいくら探してもあの人の姿は見えてこない。
一人だけであの人を探しているのが何となく惨めで、それに加えて歩き回ったのがいけなかったのか足も痛んで思わず涙が出そうになった。
道ばたに座り込んで思案を巡らせていると、どうして部下なのに大切な上司の事が分からないんだろうと考えてしまって、さらに惨めさが増した気がした。
「・・・スズさーん?スズさんだよな?」
上から降ってきた声は男とも女ともつかない声だった。
声の持ち主が気になって顔を上げる。
黒い髪が太陽に透けてキラキラ輝いていたのが不思議だった。
「お、やっぱり」
「黄河・・・さん」
笑みを浮かべているその人の顔に安堵感を感じるのもつかの間で、その真っ黒な髪を見たら直ぐに自分の頭はあの人の事に支配された。
「スミマセン、軍艦様を見かけなかったでしょうか?」
「いや。見なかった」
しかしやはりそう簡単に見つかるはずもない。
「・・・そうですか」
「でも、それならOVER様が知ってるかもしれない」
そうだ。何故気が付かなかったのだろう。
「OVER様は・・・今どこに」
「今はOVER城におられる」
今このチャンスを逃したらもう二度とあの人に会えないかも知れない。
「是非OVER城にっ!連れて行ってください!!」
「・・・わかった。じゃあ」
付いて来いと言いながらいつのまにか黄河は歩き出していたので慌てて後を追う。
同じ四天王なのだからあの城の主は何か知っているかも知れないと、すぐにでも消えてしまいそうな希望を抱きながら歩いた。
じゃり、と地面を踏む足から伝わる感覚が変わっている事に気付く。
見上げた先にあるのはOVER城で、漂ってくる威圧感はあの四天王最凶の男とどことなく似ているな、とスズは思う。
そんな雰囲気に当てられたので、いきなり声を掛けられた時には、例えそれが幼い女の子の声でも驚いてしまった。
「あーっ!黄河、お客さんですかぁー?」
自分よりも何オクターブか高い、少女のソプラノ。
そんな声を出せる人物は一人しか思い浮かばない。
「ああ。ちょっとOVER様に用があるらしい。スズさんだ。覚えているだろう?」
「勿論!お久しぶりですスズさん!」
にっこりと元気そうに微笑む彼女の表情に少しだけ安堵感を覚える。
どうやら仰々しいのはこの建物だけで、他の人はそうでもないらしい。
奥の方で蹴人とメソポタミアがじゃれている声が聞こえてきて、なんとなく微笑ましい気分になった。
「じゃあルビー。俺は彼女をOVER様の所に連れて行くから」
「えーっ!!黄河だけずるいですよう!」
手足をばたつかせながら駄々をこねるルビーに黄河は少しだけ苦々しそうに表情を歪める。
「私だってたまには女の子とお話ししたいですー!」
「あーもう!わかったわかった」
その代わり迷惑掛けないようになと、最近すっかりませてきたルビーに黄河は根負けしてしまった。
「じゃあ行きましょうスズさん」
そう言いながら手を握ってきた少女の体温は、スズにはやけに温かく感じられた気がした。
あんなに賑やかだった笑い声もこの最上階には届いていなくて、ただ重たい空気が立ちこめていた。
それでも手を引っ張る少女の表情は平気そうで、ぐいぐいと自分を先導していく。
何かの模様が描いてある重たそうな扉に立った時もそんな調子で、意外とあのOVERという男は怖くないのかも知れないと思った。
「OVER様ーっ!!」
部屋の中にいる主に声を掛けようと精一杯大声を出している彼女の声が突然耳に突き刺さる。
頭が割れそうな程に高いあの声で思いっきり叫ばれたので思わず足下が危うくなった。
「・・・何だ」
声が無事に届いたのか不機嫌そうなバリトンが部屋の中から返ってきた。
その声は先程聞いた少女の声とは似ても似つかない。
「スズさんがOVER様に用事だそうですー!」
「スズ?ああ・・・アイツか。入れ」
ぎいいと言う音がして扉が開く。中は薄暗く、太陽の光に慣らされた目はそう簡単に何かを見つける事なんてできなくて、全ての輪郭が
曖昧だった。
「テメーがスズだな」
声が聞こえたのは聞こえたのは丁度正面で、とりあえずそちらの方を向く。
だんだんと目もこの明るさに馴染んできたようで、男の真っ白な髪の毛だけが妙にハッキリと見えた。
「俺様がOVERだ。で、どんな用事だ」
OVERは右手に愛用と思われる鋏を持ってイスにどっかりと座っている。
その鋏には所々血が付いていて、四天王最凶の肩書きは成る程、嘘ではないようだ。
「軍艦様を捜しに来たのですが」
ご存じありませんかと聞くよりも先にOVERの口元が上の方につり上がった。
にんまりと形どった唇の間から鋭い犬歯が覗いている。
「アイツか・・・。ああテメエアイツの部下か・・・」
くっくっと喉の奥でさも面白憂そうに笑う。
その声が妙に引っかかって、思わず声を荒げて言ってしまった。
「ご存じなんですか?」
「『ご存じ』ってテメエ・・・。ご存じも何もココにいるじゃねえか」
あの最弱野郎はという侮辱の言葉さえ、今の自分の耳には入ってきていなくて、たださっき聞いた言葉の意味だけを頭の中で繰り返していた。
いる?ここに?
「本当ですか!?」
「ああ・・・」
じゃあ良く見せてやるよとOVERは近くにあったスイッチに手を伸ばす。
カチリという間抜けな音が申し訳程度に鳴って、部屋の明かりが一斉についた。
その乱暴で人工的な光が眩しくて、思わず目を瞑ってしまう。だがそれもあの人を見たいという一心で再び目を開いた。
「ほらな。いるじゃねえか」
OVERが指を指した方向をやっと会えるという喜びと共に見た。
絶句。言葉が喉に詰まって全く、ひとかけらも出てこない。
底にいた上司の姿はボーボボに負けた時よりもボロボロになっていて、所々血が滲んでいた。
あんなに自慢そうにしていたリーゼントも今や見る影も無い。
「OVER・・・様・・・」
怒りで声が震えるのを止められなかった。
仮にも同じ四天王だと、彼と同じレベルで考えていたからこうなってしまったのだ。
「貴方が・・・やったんですか?」
もっと早く気付けば良かった。あの鋏が全く錆び付いていないのは日頃から手入れをしているからだ。
あの鋏が血で汚れていたのは何時間かの内に誰かを斬りつけたからに違いないと。
「で?」
「・・・キサマあああっ!!」
完全に我を忘れていた。目の前の相手は最凶と恐れられる人物で、到底太刀打ちできない事など、全ての事を。
とにかく今は大切な人が傷つけられた事への怒りに身を任せていた。
スズさんの大きな声が聞こえたと同時に不思議な光が彼女を包んだ。
どうやらあれが彼女の能力であるサイコキネシスというものらしい。自分の能力であるブレイン・コントロールとは全く違うタイプの物だなとルビーは思う。
その光がふわりとOVER様を包んだと思ったら、そのまま彼は宙に浮かんで、地面に叩き付けられていた。
鋏で相手を斬りつけようにも近付かない事にはそんな事できないし、それに今や鋏はその能力によって彼女が扱っている。
その大きな鋏はスラリとした彼女の身体にはひどくアンバランスで、それなのに鋏の銀色と彼女の髪の金色のコントラストが綺麗だなと思ってしまった。
この戦いぶりは決して彼女の上司にひけは取っていないと思う。むしろ彼女の方が、純粋に戦争能力だけ取り出してみれば強いかも知れない。
だが、それでも彼にはかなわないだろう。
こんな状況でも、いやこんな状況だからこそ笑っているような彼には。
「スズ!テメエの力はそんなもんか!!」
完全に楽しんでいる上司の姿を見て、思わず溜息が漏れてしまう。
その挑発の仕方といい、表情といい、まるで子供のようだ。
「・・・・・・」
一方スズさんは何も言わない。彼女の方が、この状況ではよっぽど大人らしかった。
表情も幾分和らいでいる。少なくとも、さっきのように憎しみだけには捕らわれていない。
こうなるとつまらなくなるのは観客である自分自身だ。
それならいっそもっと面白くしようと、そっと軍艦の所に近寄った。
ポケットからシールタトゥを取り出して、水なんてそう簡単に無いので仕方なく舐めて彼の首筋に貼り付ける。
これで準備はできた。後は彼女がここに来るのを待つのみだ。
軍艦の両手から伸びている鎖の部分に座ってぶらぶらと足をしばらく遊ばせた。
頃合いを見図る。実際にダメージを受けているのは少しだけで、せいぜい鈍い痛みが腕の辺りにあるだけだ。
鋏が取られたのは悔しかったがそれもあとでどうにでもなるだろうとOVERは何度目かになったか分からないワンパターンなスズの攻撃を受けた。
地面に叩き付けられる衝撃を吸収するなんて事、いくつもの戦場を乗り越えてきた自分には容易い事なのだ。
チラ、と横目でスズの顔を見ると同時に、ルビーの顔も見る。
にやり、とおおよそ子供には似合わない笑みを顔全体に広げ、その後耳を切り裂くような金切り声を彼女は発した。
「嫌あああああああああああっ!!!」
耳を塞ぎ、目からは涙を流しているルビーの様子は、先程とは全く違っていた。
「OVER様ああーっ!」
自分の名を絶叫し、鎖から飛び降りてその小さな手で自分の数倍もある身体を揺さぶった。
「OVER様?OVER様あっ!」
しっかりしてえ、と泣き崩れた少女は大粒の涙のシミを床に作らせながらぶつぶつと何かを呟く。
スズ側にしてみれば、さっきの自分と同じような状況にルビーが陥ってしまったと思うかも知れない。
少なくとも、これが演義だとはわからないだろう。
多少やりすぎな感じもしたが、やらないよりかはマシだ。
「スズさあんっ・・・っく・・・うぅ・・・酷いですよぉう!」
嗚咽を漏らしながら言うルビーに戸惑ったらしい彼女は少しだけ冷静さを欠いていた。
おろおろと今更自分のした事に対する罪悪感が芽生えてきたようで、今にも泣きそうになっている。
「わ・・・私だって・・・軍艦様が・・・」
心配なんですと言って目に涙とためながら、しかし溢れ出さないようにしている姿は見ていていっそ痛々しい。
「それなら軍艦様返してあげますからあっ・・・もうこれ以上OVER様虐めないでえ・・・」
本当に?と一瞬彼女を疑う。
しかし彼女を疑っても何にもならないし、こんな泣いている女の子を信じられないはずがない。
まだ嗚咽を漏らしているルビーの背中をとんとんと叩いてやり、できるだけ優しくスズは声をかけた。
「私こそ、本当に済みませんでした」
そうだ。あの状況では、この、今目の前に倒れている男と自分は同じだった。
それに軍艦様も非があってあんな姿になられたのかもしれない。
今までそんな事にも思いを巡らせる事もできなかった自分の思慮の浅さに思わず溜息が出た。
「私だって・・・OVER様に何と言う事を・・・」
この言葉を聞いて、手の中にいたルビーが反応した。
ゆっくりと顔を上げて、ビー玉のような大きく青い目でコチラを見てくる。
「じゃあ・・・」
その言葉は小さかった。
「OVER様を・・・スズさんは、許してくれる・・・ですか?」
たどたどしい敬語に、自然と少しだけ笑みが零れた。
「ええ。こちらこそ、あの様な非礼、お許し下さい」
「いーえ!」
元はと言えばOVER様がやりすぎたんですようとさっきまでの雰囲気が一転し、明るい様子で話しかけてくれるルビーに少しだけほっとする。
「じゃあ来て下さいスズさん。今、軍艦様の鎖を解くです」
ちゃらちゃらと鍵を鳴らしながら駆けていく少女にスズはただ何も考えずに付いて行った。
鍵が開く、がちゃんという音は、スズにとっては天国の門が開く時の音のように思えた。
支え失った軍艦の身体と鎖はそのまま重力に逆らわず、ぐにゃりと折れ、落ちる。
必死に受け止めた上司の身体は以前そうしたよりも幾分か軽くなっていて、喪失された分までの重さも、手の中にある重さも
しっかりと受け止めながら抱きかかえた。
せめて傷には触らないようにと細心の注意を払っても傷の数が多すぎるので指や手の平に自分のものではない血が否応なくこびり付く。
「軍艦様・・・」
名前を呼んでも反応はなくて、覚悟をしていた事とは言え、知らず知らずのうちに溜息が出た。
もう用は済んだのだからと、上司を抱えて帰ろうとすると、目の前にOVERが立ち塞がった。
彼の真意が分からなくて、とりあえず訪ねてみる。本当は言葉一つ発するのでさえ疲れるのだ。
流石に能力を使いすぎたな、とスズは思う。
「どうされましたか?」
「帰る気かよスズ」
「そうですが」
クックッと喉の奥で低く笑う姿は狂気じみていて、本能的に身構えていた。
「まあ硬くなるな。それよりソイツの首、見てみな」
言葉で宥められ、渋々その首筋を見る。
ケガなどで少し赤くなっていても、そこに付いているマークはよく見えた。
Tを横に倒し、二重丸をあしらったような、このマークは見覚えがある。
「まさか・・・!」
「殺印。テメエも知ってんだろ」
ああ面白くなってきた。
ルビーはいつの間にか軍艦の傍は離れて、くすんだ灰色の壁に身を預けている。
口元に出る笑いが止まない。
これから彼女は絶望に打ちひしがれるだろう。
殺印を実際に見た事が無い彼女にとって、まさか軍艦の首に張り付いているものがシールタトゥだなんて思っても見ないはずだ。
子供ながらの純粋さ、単に楽しそうだからという理由でルビーはここにいる。
ケガをしている軍艦を見ても何とも思わなかったし、逆に自分の身さえロクに守れないような男に侮蔑さえ感じていた。
これでもOVERの部下として修羅場を潜ってきた人間だ。
くすくすと声を殺しながら笑っているとOVER様もニヤリと笑ったので、こちらも微笑み返す。
「そう簡単には剥がれねえし、剥がせねえ」
ごきん、と首の骨を鳴らしながらOVERは言った。
「まあ・・・それもテメエ次第だな」
今、彼女を防御するものは無い。
もう怒りに身を任せ、戦う事もできなくなった。自らの、最も敬愛する上司のせいで。
その持ち前の冷静さで必死に状況を分析しても、打開策はきっと見つからないだろう。
頭の良さと優しさ故に、諦めてしまうのだ。自分が犠牲になれば済む問題だ、と。
「何を・・・すればいいんですか?」
覚悟を決めた人間の、その覚悟をうち砕く快感は自分も知っている。
だからこそこうして打ち震えているのだ。
「簡単だ。オレを楽しませればいい」
どいつもこいつも斬ったって楽しめねえ、という言葉は彼女の耳には届いていないようで、それが少し残念だった。
「具体的には・・・何を・・・」
そう言った声は自分でも情けないくらいに震えている。みっともない。
こんな時に軍艦様が気絶していてよかったな、と思った自分に嫌気が差した。
「テメエはガキか。男と女がする事っつったら、わかってんだろーが」
へっと馬鹿にするようなその笑い方さえも、今は下卑たものにしか見えなくて、おもわず顔を背ける。
しかしそうしたって始まらないのも確かで、仕方なくOVERの方に向き直した。
「わかりました」
絶望に目の前が真っ白になってしまいそうなのに、頭の中は真っ黒だった。
白と黒のそのコントラストにくらくらする。
ごきごきとなる男の節々が妙に生々しく聞こえて、これから行われるであろう行為に鳥肌が立った。
「前戯なんて面倒くせー事はしねーぞ」
「・・・だったらOVER様ぁ」
媚びるような、甘ったるい声が隣から聞こえる。
それはとてもこんな子供が出せるような声ではなく、もっと、熟し切った女そのものの声だった。
そう言えばこの空間にはもう一人「女性」がいたことを今更のように思い出す。
「私が、やりますよ」
そっちの方が精神的ショックが大きくなりますよと笑いながらOVERに話しかけるルビーの姿は、とても年下には見えなかった。
「じゃあOVER様は腕を持っていてください」
腕を頭の上に上げ、固定させる。
今でももう顔は真っ赤になっていて、金色の睫毛は固く閉じられているのがとても勿体なく思った。
顎から首にかけてのラインを、す・・・となぞる。
指先で触れるか触れないかのギリギリのところでなぞったら、瞼がさらに固く閉じられ、眉間には皺が寄っていた。
唇も噛みしめられており、やっぱりこういう、微弱な感覚の方がいいなと確認する。
「あーあスズさん。そんなに唇噛まないで」
注意しても彼女は唇を噛むのを止めようとしない。
軍艦を引き合いに出して止めさせるのは容易かったが、それではつまらなくなる。
ここは自分から止めさせた方が面白いだろう。
ルビーはスズの服とシャツの間に手を潜らせて、スズの肌を味わった。
しかし手を滑らせるのはあくまで脇腹からへそにかけてだ。
その、きっと綺麗な形をしている2つの膨らみは最後にとって置いた方が良い。
スズの肌を撫でるのも無遠慮にせず、優しく、だが快感を蓄積するように撫でていった。
ちょうど胸の下、脇腹とへその間の辺りが一番敏感な部位らしい。
そこに指先のみを滑らせながら、たっぷり時間を掛けて往復させるとビクンと身体が跳ねた。
シャツのざらざらとした感触でさえもたまらないのか、必死に身をよじって逃げようとしている。
口からは涎が少しだけ垂れていた。
「あーあ・・・」
そう言いながらその涎を丁寧に舐め取った。
そのまま舌を移動させ、その柔らかな唇に吸い付く。
顔に掛かる息と彼女の口の中はとろけそうな程に熱くて、そろそろ限界に近付きつつあるのを知った。
「スズさん・・・まだおなかですよ?おっぱいとかクリとかまだ触って無いじゃないですか」
わざと直接的な言葉で言ってやると一瞬スズはあの反抗的な目を取り戻す。
しかしすぐに彼女は現実に呑まれていった。