「一番甘えたいのは」  
*オリキャラ、オリ設定あり  
 
時計の針が12時を指し、XAT基地内に設立されたカフェテラスには、訓練や任務を終えた隊員や  
職員達で溢れかえっていた。そんな中、XAT内で鬼教官として知られているアマンダが、一つの椅子に座った。  
午前の疲れを取るように、アマンダは肩を揉み、首の骨を鳴らす。眉間を抓んで深呼吸した後、ポケットから手帳を  
取り出した。その中には一枚の写真が入っていて、そこには銀色の長髪を靡かせた少年と自分が一緒に写っていた。  
「マレク・・・・お姉ちゃん、大変だけど頑張るからね・・・・・」  
小声でそう呟くと、女性の声が後ろから聞こえた。  
「教官、お隣宜しいでしょうか?」  
振り向くと、そこには整備班の女性、キャロルが立っていた。アマンダは快くそれを承諾する。  
「キャロル、一体どうして私の隣に来たの?」  
「その写真の男の子の事よ、もしかして彼氏?」  
どうやら手帳の中の写真を見られたようだ。アマンダは頬杖をつきながら話す。  
「違うわよ、この子は私の弟なの」  
「そうなんですか・・・カッコイイ弟さんですね」  
「そうなのよ、学校で女の子にモテモテなんだから、それとすごくいい子なの、学校の勉強と一緒に家事も引き受けて  
くれてるのよ」  
「うわ、教官って家でも鬼なんですか・・・・弟さんが可哀相ですよ・・・」  
引き気味にキャロルが言う。誤解されないようにアマンダが反論した  
「クスッ、違うわよ、彼が進んでしてくれてるのよ、『家に居る時間は僕のほうが長いから、僕が家事をやったほうが  
仕事頑張れるでしょ』って、頑張り屋さんなのよ、彼」  
話を終えた後にアマンダがキャロルの顔をふと見ると、キャロルはあっけに取られた様な顔をしていた。  
「どうしたのよキャロル、そんな顔して・・・・・」  
「初めて見ました、教官の優しそうな顔・・・・・・・」  
言葉が出なかった。マレクの話をするのはあまり職場ではしない方だった。鬼教官の面目を保つために、常に厳しい表情を  
していた。ZAT内部の人間の殆どは、その表情しか知らない。キャロルもその一人だった為、目を丸くしていた。意外な  
一面を見られたアマンダは顔を真っ赤にして俯いていた。そんなアマンダにキャロルが言葉を掛ける。  
「弟さん、教官の事が大好きなんですね・・・・・」  
「え・・・・あ、そ、そうみたいね・・・・・」  
赤面したアマンダをみてキャロルは感じた。写真に写っていた弟という存在が、アマンダにとってはとても大きな存在だと。  
「でも兄弟の仲が良いって羨ましいです、私なんか姉に彼氏奪われたんですから」  
「そう、大変だったわね」  
「はあ・・・・私もこんなかっこよくて優しい弟が欲しいな・・・・」  
サンドウィッチを頬張りながらキャロルが妄想を始める。他所の女性にも気に入られるほど、マレクは出来た弟だった。だが  
アマンダには一つ心配なことがあった。  
 
 
「ただいまー、と言っても、もう寝ちゃってるかもね」  
この日は残業があったため、帰宅した時は既に夜の11時を過ぎていた。さすがにマレクはもう寝ているだろうと思った。  
が、リビングだけが不自然に明るかった。入ってみると、マレクがテーブルにもたれながら寝ていた。テーブルの上には、中に  
コーヒーが少し残ったマグカップと、バイクレース雑誌が置いていた。きっと暇を潰しながらアマンダの帰りを待っていたのだろう。  
アマンダは呼吸と共に上下するマレクの背に手を置いた。何もここまでしなくてもいいのに、と思った。風邪を引かせてはいけないと  
思い、アマンダはマレクの腕を首に掛けて持ち上げた。日に日に成長してゆく弟は、もはやアマンダの豪腕を持ってしても持ち上げるのが  
難しくなっていた。身長もアマンダより高くなっていた。ゆっくりと足を運ぶアマンダ。だがアマンダはマレクを彼自身の  
部屋ではなく、自分の部屋へと運んだ。  
ドサッ、とマレクをベッドに下ろすと、マレクは寝苦しそうな顔をした。当たり前だ。テーブルにもたれて寝ていたのだから。  
「マレク、ここでゆっくりしててね」アマンダはそういい残すと、着替えを持ってシャワールームへと向かった。20分後、自室に  
戻ったアマンダはベッドに横たわり、自身の右の二の腕にマレクの頭を置き、優しく抱きしめた。するとマレクの寝顔がみるみる  
うちに穏やかな物となっていった。  
この様な事は、前にも何回かあった。マレクはアマンダの帰りがどれだけ遅くても、毎日起きて迎えてくれた。アマンダが  
早く寝るように言うと、「帰ってきた時に、『お帰り』って言ってくれる人が居たほうがいいでしょ」と屈託の無い笑顔で  
受け答えた。そんな事を思い出しているうちに、マレクが戻ってから今までのいろんな事が走馬灯のように頭の中を駆け巡った。  
 
苦しそうな呻き声を聞いてアマンダは目を覚ました。目を擦りながら横を見ると、マレクが魘されながら口を動かしている。  
「ヨハン・・・・ダメだよ・・・そっちにいっちゃ・・・・戻ってきてよ・・・・」  
「マレク、大丈夫?どうかしたの?」  
アマンダがマレクの肩を揺する。やっとマレクが目を覚ますと、脅えたような目でアマンダを見る。余程恐ろしい夢だったようだ。  
「なんだ、夢か・・・・」マレクはほっと胸を撫で下ろす。そんなマレクの額から浮き出た汗をアマンダがハンカチでふき取り  
ながら、マレクを落ち着かせる。  
「大丈夫?、マレクったら凄い魘されていたから、びっくりしちゃった・・・・・」  
そっとマレクの背中を撫でるアマンダ、するとマレクは落ち着きを取り戻したのも束の間、背中を震わせ始めた。そして、アマンダの  
胸に抱きつき、泣き始めた。そんなマレクの銀色の頭を撫でながらアマンダはマレクを慰めた。  
「よしよし、もう心配ないよ・・・・・」泣きながらも小さい声でマレクは『ヨハン』と呟く。ヨハンとはマレクの親友の名だった。  
移民であるが故に虐められていたマレクに、わけ隔てなく話しかけてくれた。それからヨハンは、マレクにとっては唯一の、かけがえの  
ない親友へとなった。しかし移民の友を持つというだけで、虐めの矛先はヨハンにも向かった。ヨハンは虐めから逃れるためにマレク  
を裏切った。それでもマレクはヨハンを信じ続けた。ヨハンもまた、手紙という方法でマレクとの友情をやり直そうとしたが、ついに  
虐めを苦に、友情を裏切った罪を償おうとして自らの命を絶った。しかしそれは悲しみの連鎖を生むばかりで、それが引き金となり  
マレクは融合体の力を持ってして復讐した。己の為でもあり、親友の為でもあり。しかしそれでもマレクの心の闇が晴れる事は  
無く、途轍もない後味の悪さを感じた。その心の痕は、今でもマレクを苦しめていた。  
マレクが出所する少し前、少年院に勤めるカウンセラーの話を聞いた。マレクは就寝中に、悪夢に魘される事が度々あったという。その為  
出所後は精神科への通院を勧められ、今では月に2度通院している。何時の世もそうだが、心の傷というのは、切り傷の様にそう簡単に  
治るような物ではないのだ。泣きじゃくるマレクの頭を優しく撫でる、いまはこれしか最良の方法が無いのだ。遠回りだが、心の問題には  
一番の近道でもあった。  
 
ようやくマレクの呼吸が落ち着き、潤んだ瞳をアマンダに合わす。  
「お姉ちゃん・・・・ごめんね・・・・起こしちゃって・・・・」  
涙目でマレクが弁解する。アマンダは首を横に振り、優しく慰めるように語りかけた。  
「マレクが謝る必要なんてないのよ、泣きたいときは、いつでもお姉ちゃんに甘えてもいいんだから」  
「でも・・・お姉ちゃん、今日帰ってきた時、凄く疲れれたみたいだから、ゆっくり休んで欲しかったのに・・・・」  
そう言えばそうだった。この日は仕事が忙しかった為、家に着いた時はかなりへとへとで、ソファにすぐさま倒れこんだ。マレクが水を  
持ってきてくれて、それを飲み干すと、アマンダは心配そうに見つめるマレクを胸に抱いた。以前なら酒で疲れを忘れようとしていた  
が、マレクと再び同居するようになってからは、マレクを抱き、可愛がるのがアマンダにとって最高の癒しとなり、次第に酒の  
量も減っていった。  
「マレク、聞いて欲しいの、私に甘えてくるときのマレク、すっごく可愛いのよ、それを見てると、私も凄く癒されるの、だから、マレクは  
好きなだけお姉ちゃんに甘えていいのよ・・・・・」  
「うん・・・・・」マレクは頷くが、眠る気配がしない。余程さっきの悪夢がこたえたのだろう。アマンダはマレクの頬に手を置き、指で  
優しく撫でながら話しかける。  
「これ、私のお母さんが小さい時、怖い夢を見たときによくしてくれたの、気持ちいいでしょ?」  
「うん、気持ちいいよ、何だか楽になってきた・・・・・」  
次第にマレクの表情も穏やかになり、ゆっくりと目を閉じていった。すやすやと眠るマレクの、少し幼さの残る寝顔を眺めながら  
アマンダは耳元で囁いた。  
「マレク・・・・お姉ちゃんはずっと貴方の見方よ・・・・・」  
そういい残し、アマンダも目を閉じた。  
そういやそんな事もあったっけ、とアマンダは思った。あれ以来マレクが悪夢に襲われて泣き出した時は、母譲りの寝かし方で  
マレクを慰めていたが、その度にマレクは、眠気を我慢して自身をあやすアマンダに謝っていた。眠いのに、起こしてごめん、と。  
いつもそうだ。マレクは自分が辛いときでも、常に人の心配ばかりしている、そんな優しい心を持った少年であった。  
恐らく自分が虐められているうちは、復讐など考えて無かっただろう、だが、かけがえのない親友の死が引き金となり、復讐へと駆り立てた。  
 
マレク、そんな事しても、ヨハン君は喜ばないと思うよ・・・・・  
 
アマンダとしては、その優しさをもっと人の為に、正しい事の為に使って欲しかった。そういう時は、これから訪れるだろう。そんな事を  
思いながら、アマンダはまた一つ思い出が蘇った。  
 
 
それは休日の事だった。その日は2人で公園へと出かけた日で、秋の太陽の光が心地良い日だった。隣ではマレクが手すりに捕まりながら湖の  
無効を見ている。その先を見ると、二羽の水鳥が並んで泳いでいた。  
「仲良さそうね、夫婦かしら?」  
「そうかもね、何だか似てるね、僕達に」  
その言葉にアマンダの心臓は一瞬大きく鼓動した。マレクはこの頃、アマンダをドキッとさせるような発言が増えた。アマンダはどきどき  
しながら水鳥を見るマレクの、美しい横顔をまじまじと見つめる。クラスの女の子が、こんないい男にこんな事言われたら骨抜き  
だろうな、と思った。  
「アマンダ、僕の顔に何か付いてる?」  
真顔で聞いてくるマレクを見て、アマンダは顔を真っ赤にしながらしどろもどろに答えた  
「あ・・・えっと・・・の、喉かわいたなーって思っちゃって・・・・」  
「何だ、僕が買ってくるよ、待ってて」  
「そう、コーヒーお願いね」  
マレクは頷くと、公園内の売店へと向かった。マレクが居なくなるや否や、アマンダはさっきのマレクの言葉がまた聞こえた。  
『何だか似てるね、僕達に』  
その言葉は、2人の関係を鮮明に表していた。表向きは姉弟、だがその絆は何時しかそれを越えた物となっていた。もしかしたら、私が  
孤児院に行ったときに、神様が引き合わせたのかも知れないとも思えた。理由は解らない。だがそうだとしたら、神様に感謝しなくちゃと  
思った。  
ふと前を見ると、少女が柄の悪い男2人に軟派されてるのが見えた。少女は困ってる。助けなければと思い、アマンダは2人に詰め寄った。  
「止めなさい貴方達、彼女が困ってるじゃないの」  
「何だお前、生意気な口叩きやがって」  
金髪の男が詰め寄ってきた。そしてアマンダの顎を掴む。  
「ほう、中々イイ女じゃねえか、その気の強そうな所も、気に入ったぜ」  
嫌気が指したアマンダはその手を振り払う。そして金髪の男を翠色の瞳で睨み付けた。  
「そんなんじゃ女の子は付いて来ないわ、貴方達って、力でしか人を動かせないのね」  
「何だとーーー?!」  
怒りを露にする金髪の男、だが後ろのスキンヘッドは震えていた。  
「ア・・・アア・・ア・・アニキ、そいつ、アマンダ・ウェルナーですぜ・・・・」  
「アマンダ・ウェルナー?誰だそいつ?」  
「ザ・・・・XATの鬼教官です・・・・知らないんっすか?」  
「知るかそんなの、こいつは貰ったぜ!」  
悪魔で強気を貫く金髪に対して、スキンヘッドは慌てて逃げた。少女も隙を付いて逃げ出す。残された二人は睨み合う。アマンダも、襲い  
かかられたときに備えて構えを取った。30秒くらい、それは続いた。  
すると金髪は後ろから肩を2回叩かれた。振り返ったその瞬間、金髪はその主の右ストレートをモロに喰らった。勢い良く  
芝生に倒れ込む金髪を、マレクは凍て付く様な眼差しで見下す。余りの恐怖に、金髪は腰を抜かしながらも逃げようとした。マレクは  
金髪を追いかけようと走ろうとするが、腕をアマンダに捕まれて進めなかった。  
「マレク、追いかけちゃダメ、止めて」  
アマンダに止められ、マレクは金髪を追うのを止めた。マレクは買ってきたホットコーヒーをアマンダに渡す。冷えて来た為か、気を利かせた  
のであろう。2人は湖の近くにあるベンチに座った。  
「・・・・・マレクが私の事を守ろうとした気持ちは良くわかるよ、でも、やり過ぎちゃダメよ、それは貴方が一番よく  
解ってる筈だから、暴力は絶対止めて!」  
「・・・それを言うならアマンダだって、戦う気あったでしょ・・・・」  
「あ、あれは・・・・自分を守るための護身術よ、でもさっきのマレクは相手を殺そうとしているように見えた、だから止めたの」  
「でも・・・・・あの時僕は、アマンダが汚されてしまうって思って、分け解んなくなっちゃって・・・・」  
マレクの気持ちは痛いほど解った。彼は私の身を守るためなら、自らの命すら投げ出すだろう。それがアマンダにとって一番の恐怖だった。  
「マレク、そんなに私の事守りたいんだったら、約束して欲しい事が3つあるの、聞いてくれる?」  
「うん・・・・」  
「1つ目は、融合体の力を使わない事、2つ目は相手を追い詰めないこと、3つ目は自分の事もちゃんと守ること、3つ目は私がZATで  
教えている事なの、出来る?」  
「解ったよ、アマンダ」  
マレクはさっきの冷たい表情とは程遠い笑顔で答える。そんなマレクの頭を撫でながらアマンダは弟を誉めた。  
「流石、私の弟ね」  
頭を撫でられたマレクは頬を桃色に染めながら、子猫の様に微笑む。彼に守られる日がいずれ来ると思うと、嬉しくも少し  
寂しさを感じた。  
 
今はこうやって抱かれて、可愛い寝顔で寝ているけど、何時かは離れていってしまうような気がしなくも無かった。ずっと  
一緒にいたいな、と思いながら、アマンダは眠りに着いた。  
 
小鳥のさえずりが心地よく耳に響く。その音でマレクは目を覚ました。辺りを見渡すと、自分の部屋で無いことは寝ぼけ眼でも  
解った。またか・・・・、とマレクは頭を掻き毟った。だが部屋にはアマンダが居ない。どうやら先に起きたようだ。マレクは慌てて  
部屋を出ると、アマンダが朝食の用意をしていた。  
「あ、マレクお早う、どうしたのそんなに慌てて?」  
「・・・・ごめんアマンダ、寝坊しちゃって・・・・」  
「いいのよ、マレクったら昨日の夜、私を待ってて寝ちゃってたから、時間もあるんだし、もう少し寝てても良かったのよ」  
「うん・・・・ありがとう、わざわざベッドまで運んでくれて」  
マレクは椅子に座り、ベーコンを口に入れた。程よく焦げた脂身が香ばしい。アマンダも朝食を摂りながら話を続けた。  
「ねえ、マレクってどうして何時も夜遅くまで起きて私の帰りを待ってくれてるの?」  
「アマンダ、僕の居ない時、一人だったから・・・・だから、家に帰ったときに『お帰り』って言ってくれる人が居たほうが  
いいと思って・・・・・」  
顔を少し赤らめながらマレクが理由を話した。  
「そう・・・それは嬉しいんだけど、あんまりして欲しくはないわ・・・」  
「・・・どうして?」  
「だってマレクはまだ若いんだし、眠いの我慢し続けると、体壊すわよ、だからこれからは遅くなったらちゃんと寝てね」  
「でも・・・・・」  
言い訳を遮るかのように、アマンダは話を進めた。  
「約束その3、自分の事もちゃんと守る、いいわね?」  
「うん・・・・解ったよ」  
素直に首を縦に振るマレクの頭を、アマンダはテーブル越しに撫でた。  
「いい子ね、流石私の弟」  
2人の朝は、何時もこんな感じだった。  
 
「じゃあアマンダ、行って来るね」  
そう言った直後、マレクはアマンダにキスする。これもすっかり習慣と化していた。その直後にマレクは手を振りながら  
学校へと向かう。それと同時にアマンダも仕事へと向かった。先ほどのキスの感触がまだ唇に残っている。マレクがいるから、私は  
頑張れるとも思った。通勤中も、アマンダはマレクの事を考えていた。が、XATの基地に着くや否や、すぐに仕事用の凛々しい  
顔へと変わった。そう、XATの鬼教官の登場であった。  
 
午前中の訓練を終え、シャワールームで体を洗い終えたアマンダ。化粧室でメイクを直していると、首筋近くに唇の形をした痣が見えた。  
(まだ消えない・・・)それは3日前、マレクと激しく愛し合った時に出来た痕だった。気付いたときはびっくりしたが、マレクを  
叱ることはしなかった。これはマレクと愛し合った証として、暫くとっておこうとあえて残していた物だったからだ。  
 
そしてランチタイムにアマンダは何時ものカフェテラスへと向かった。席に着くや否や、アマンダは頭を抱えながら溜息を突く。すると  
隣にキャロルが座ってきた。  
「教官、元気ないですね、どうかしました?」  
「ええ、ちょっとね・・・・・」  
「ああ、解りました、弟さんの事でしょ?」  
図星だったにも関わらず、アマンダは頭を抱えながら「そうよ」と答えた。  
「彼ったら昨日の夜、私の事起きて待ってたのに、途中で寝ていたのよ・・・・・」  
「それって酷くないですか?相当怒ったんじゃないですか?教官」  
「怒ってなんかないわよ、ただ心配なだけ、彼が無理してるんじゃないかって・・・・・」  
アマンダは悩んでいた。再び同居するようになってから、マレクがやけに『いい子』になっているような  
気がしていた。それはまるで、嫌われるのを怖がってるかにも見えた。  
「でも・・・・私教官が羨ましいです、甘えられる人が居るのですから」  
びっくりした。弟との関係がこの様に言われるとは思っても無かったからだ。  
「そういう人、貴女にはいないの?」アマンダが聞き返す。  
「居ないんですよ、私姉とは仲悪いですし、仲良しの秘訣が知りたいですよ・・・・」  
仲良しの秘訣と言われても、アマンダは答えられなかった。マレクとは自然に仲良くなってるのだから、答えようが無かった。  
「解らないわよ、秘訣なんて・・・・・」  
昼食のベーグルサンドを齧りながら喋るアマンダ。それを他所にキャロルは呟いた。  
「あーあ、私のお姉ちゃん、なんであんなに自己中なんだろー、少しは妹を可愛がって欲しいわよ・・・・・」  
嘆くキャロルを見てアマンダは思った。出来る弟を持つのも結構大変だと言いたかった。  
 
 
この日は帰宅時間が10時を回っていた。アマンダがドアを開けると、電機が消えていた。マレクが寝たかどうかを確認するために、アマンダ  
はマレクの部屋を覗いた。するとマレクは机に向かっていた。どうやら宿題をやってるようだ。それを見たアマンダは自室に戻り、荷物を  
片付けてからシャワーを浴びに行った。15分後、アマンダは再びマレクの部屋を覗く。まだ終わらないようだ。アマンダは台所へ  
向かうと、ホットミルクを作り、マレクの元へと運んでいった。  
「マレクー、起きてたらドア開けてー」  
マレクがドアを開けると、アマンダは微笑みながら労いの言葉を掛けた。  
「宿題、ご苦労様」  
「お帰り、アマンダ・・・・それと・・・ごめん」  
「どうして謝るの?お姉ちゃん怒って無いわよ」  
アマンダは机にホットミルクを置きながら言う。それと同時にマレクも椅子に座った。  
「でも・・・僕宿題やるためだけど、夜更かししちゃって・・・・」  
「仕方ないわよ、宿題なんだし、それはちゃんとやらなきゃ。」  
「うん、だけど難しいから、時間が掛かりそうだよ」  
「大丈夫、解らない所があったら教えてあげるから」  
「うん、分かった」  
アマンダの手伝いもあって、宿題はマレクが思っていたより早く終わった。その宿題等学校に持っていく物を鞄に詰める。それをアマンダ  
はベッドに腰掛けながら見ていた。それが終わると、アマンダは両手を広げて誘った。  
「こっちに来て、可愛がってあげるから」  
マレクはその柔らかで暖かな胸に抱きつく。アマンダもマレクを抱きしめながら横になった。  
「お姉ちゃんありがとう、宿題おしえてくれて」  
「いいのよ、徹夜よりはいいでしょ、これからも解んない所とかあったら言ってね、お姉ちゃんが教えてあげるから」  
「うん、そうするよ、おやすみ・・・・」  
余程我慢していたのか、マレクは直ぐに眠りに着いた。甘えてくるときのマレクは、アマンダにとっては眼に入れてもいいほど  
可愛くて、保護欲を掻きたてた。ふと昼間のキャロルの言葉を思い出した。  
『でも・・・・私教官が羨ましいです、甘えられる人が居るのですから』  
そうか・・・マレクは私に甘える事が出来るから幸せなのかと思った。が、何か引っかかるものを感じた。今はマレクが私に  
甘えているのか、それとも私がマレクに甘えているのか、検討が着かなくなった。だが考えても仕方ないと思ったアマンダは、それ以上  
考えるのを止めた。眠れなくなるだけだからだ。アマンダはマレクのその銀色の頭髪に顔を埋めながら眼を閉じた。  
この時アマンダは知らなかった。マレクの身に、ちょっとした悲劇が起こることを・・・・・  
 
とある日の午後のXAT基地、アマンダは隊員達の訓練データを纏める仕事をしていた。長時間コンピュータの前で作業していたため、アマンダ  
は目の疲れを感じて眉間を抓んだ。成績の伸び悩んだ隊員が居たため、アマンダは頭を抱えた。また厳しくしなければいけないのかと。  
出来ればアマンダだって隊員達に厳しくしたくはない。だがそうでなければ、任務中に死ぬ隊員が出てしまう。それを避ける為には、どうしても  
必要な事を叩き込まなければならなかった。やるべき事とやりたくない事の狭間で、アマンダは苦しんでいた。そんな中、隊員の一人が電話を  
持って慌てて駆け寄ってきた。  
「教官、お電話です!」  
「どうしたの、そんなに慌てて」  
「弟さんの通われてる学校からです、高熱を出して倒れた、と・・・・・・」  
それを聞いたアマンダは驚きを隠せない顔ですぐさま立ち上がり、受話器を奪った。  
「先生、マレクは・・・マレクは大丈夫なんですか?」  
アマンダが狼狽しながら教師に事情を聞く、その様子を周囲の人々が見ていた。何せ鬼教官のアマンダが大慌てする所など、皆始めて見たからだ。  
「・・・・解りました、なるべく仕事を早く終わらせてから迎えに行きます」  
受話器を返すと、アマンダはコンピュータの前で急いで作業を進める。その様子を見ていた部長が声を掛けた。  
「良いのかアマンダ、弟さんが病気なんだぞ」  
アマンダは脇目も振らずに作業を続けながら言葉を返した。  
「もし私がこの仕事を放り出して迎えに行っても、弟は喜ばないと思います、ですからこれを終わらせてから行きます。」  
「そうか・・・無理するなよ」  
クールに答えるアマンダに、部長はそれしか言えなかった。全ての作業が終わった時、既に外は日が沈んでいた。アマンダは急いでタクシーを  
拾い、マレクの通う学校へと向かった。  

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