「マレクー、シャワー空いたわよー」  
 がちゃりとリビングのドアを開けてアマンダが入ってくる。テレビを見ていた  
僕は、彼女の声に振り向いて、そのまま固まった。  
 「アマンダ、そんな恰好で家の中うろつかないでよ!」  
 我に返った後、慌てた声でようやくそれだけ言う。自分でも普段より一オク  
ターブは甲高い声になっているのがわかった。  
 アマンダはパンツ一丁でそこに立っていた。正確に言うなら、首からタオルを  
かけてはいるけれど、彼女の大きな胸はそんなものでは到底隠しきれるわけがな  
く、タオルの布地を下から大きく突き上げているのが、いやでも目に入ってしまう。  
 「ごめんごめん、つい面倒くさくて」  
 「いつも言ってるでしょ!? おっぱいぐらい隠してよって!」  
 自分で言った後で、耳の裏にかっと血が上ったのが分かった。いくら身内とは  
いえ、仮にも異性なんだから少しは隠すとかしてほしい。  
 これ以上アマンダの裸を見ているのと、自分の赤くなった顔を見られるのが  
いたたまれなくなって、僕はテレビの画面に視線を戻した。テレビにはレンタルビデオ  
屋で借りてきた日本のアニメが映っている。本編が終わった後のおまけコーナーで、  
青い蜘蛛のような形をしたロボットが踊りながら変な歌を歌っているところだった。  
 『少佐の豊満なー バストアンドヒップ! バストアーンドヒーップ!』  
 ……なんていう絶妙なタイミングだろう。絶妙すぎて目眩がしてきた。  
 「そんなことより、もう11時よマレク。そろそろテレビ見るの止めてお風呂に入りなさい」  
 「……分かったよ、アマンダ」  
 テレビの方を向いたまま、脱力しきった声で答えた。何だかすごく疲れた気がする。  
 「お姉ちゃん、明日早いから、先に寝るわね。部屋の電気を消すのを忘れないで」  
 「はーい」  
 それだけ言ってアマンダは自分の部屋に戻っていった。大きなおっぱいを  
ぼよんぼよんと揺らしながら。  
 「女の人ってなんであんなに無神経なんだろう……」  
 一人になった後、ソファーの上で膝を抱えて顔を伏せながら呟いた。いくらなんでも  
あんな人ばかりではないだろうと思いたいけど、自分の一番身近にいる女の人があれでは、  
何だか先が思いやられる気がする。  
 テレビの方では次の話が始まっていたけれど、僕はもうこれ以上見る気を無くして  
いたので、リモコンの停止ボタンを押した。  
 まだレンタルの期限まで3日あるし、続きは明日見よう。  
 
 
 
 ピンポーン。  
 「はーい」  
 夕方、リビングで夕食の準備をしていたらチャイムが鳴った。珍しく早く帰ってきていたアマンダはシャワーを  
浴びているところだ。僕は玄関に駆け寄り、ドアを開けた。  
 「あ、ヘルマン…」  
 ドアを開けると立っていたのはヘルマンだった。  
 「マレク、これお前のだろ。そこの裏通りのゴミ箱と自販機の隙間に落ちてたぞ」  
 見るとヘルマンは見覚えのある財布を手に持っていた。今日の昼間、レオ達に取られて隠された僕の財布だ。  
 「ありがとう」  
 いくら探しても見つからないし、もう諦めていたところだった。だから、ヘルマンの親切は素直に嬉しかった。  
 「なに、いいってことよ。ところでアマンダは?」  
 「あ、アマンダなら今ちょっと…」  
 「あら、ヘルマンきてたの」  
 いつの間にかシャワーから上がったアマンダが、こちらに向かってのっしのっしと歩いてきた…って、アマンダ  
何て格好してるんだよ!? 上はTシャツ一枚羽織っただけ、下はパンツだけって! っていうか乳首透けてるよ!   
おっぱい揺れてるし!  
 「ああ、マレクが財布落としたの拾ったんでな。届けにきた」  
 だけど、僕の動揺なんてどこ吹く風といった調子で、ヘルマンは当たり前のように対応していた。  
ヘルマン? この状況でなんでそんな平気な顔してられるの?  
 「わざわざ悪いわね。ありがとう。上がってお茶でも飲んでく?」  
 ちょ、アマンダも何当たり前みたいな顔して会話してるのさ!? 大体その格好でヘルマンお茶に誘う気なの!?  
 「いや、ちょっと寄っただけだ。すぐ帰るさ。夕飯前で忙しい時間だろうし、家族の団欒を邪魔しちゃ悪いからな」  
 邪魔しちゃ悪いという以前に、もっと根本的な問題があると思うんだけど……  
 「そう、じゃ、また明日ね」  
 「おう。また明日。じゃあな、マレク」  
 「……うん、今日はありがとう」  
 自分でも分かるぐらい気の抜けた声でそれだけ答えるのが精一杯だった。  
 そしてヘルマンは帰っていった。アマンダも家の奥に戻っていく。白いパンツの下から伸びるすらりと長い脚が  
なんだかとても眩しい。そんな場違いな事を、彼女の後ろ姿を見送りながら、どこか冷めた頭の片隅で思った。  
 その場に一人取り残された僕は、しばらくそこに立ち尽くしていたけれど、やがてため息混じりの声でそっと呟いた。  
 「大人って無神経だ……」  
 

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