廃倉庫でマリア像をひたすら彫るジョセフは、虚しさを感じていた。
ただ木を削るだけの音がいやに響くのは、今まで付き添ってきた少年がいないからだ。
―手にかけた少年、マレク。
虐げられ堕ちた少年を剣で斬り捨てたのは、余りにも惨い幕引きだ。
―だが、マレクをあのままにするのは救いではなかった。
頭をよぎる言い訳に、ジョセフは苦い顔をする。
力を込めすぎた小刀の刃はマリア像の顔を削り落としてしまった。
さながら自らのようだ。
感情を捨て去り、融合体と化した自分が融合体を狩り続けるのは、人間であると自らに言い聞かせるための逃避なのだろうか。と―
不意に気配を感じたジョセフは身構える―が、すぐに座り直す。
気配の主は既知の女性、マレクの姉アマンダだった。
彼女の右手には拳銃が握られている。
融合体と言えど急所を狙うにあたり、破壊するには充分な装備だ。
「仇を、討ちにきたのか」
「違うわ」
その言葉とは裏腹にアマンダはジョセフの側頭部へと銃口を突き付ける。
ジョセフは微動だにせず、目線のみをアマンダへ向ける。
アマンダの目は赤い。
泣きはらしたのでは無いのだろう。
恐らくは眠れなかったのだ。
ZATと姉の感情の板挟みになり。
「赦しは乞わない。だが、殺されるわけにはいかない」
「分かってる…。マレクをあのままにしていたら沢山の犠牲が出ていた。あなたは正しい事をしたの。正しい事なのよ。なのに」
アマンダの肩が揺れる。
普段は結っている髪は解かれ、乱れている。
今の彼女の心理状態を表すかのように。
カチャカチャと銃口の震える音が廃倉庫に響く。
アマンダの表情が段々歪んでゆく。
「なのに!なぜ私は納得出来ないの!?マレクが血縁だから?弟だから?家族だから!?」
「…」
「家族が誰かを傷つける処こそ見たくなかったのに……止めてくれたあなたが正しいのに…納得出来なくて、悲しいの―」
泣くのをこらえるかのように唇を噛み締めるアマンダ。
その唇からは血が溢れ、涙の雫の代わりとして地面へ落ちる。
ジョセフは立ち上がり、アマンダの唇から流れる血を拭いさる。
その顔は悲しみと羨望に満ちていながら、いつもと変わりの無い、悲壮感をかすかに感じさせるだけの顔。
ジョセフからは想像出来ない行動にアマンダは呆ける。
そのアマンダをジョセフは胸中へ抱き締める。
「え…」
「涙は弱さの証じゃない。人間の証だ。誰かを想い哀しむことの出来る人間の証―。俺達化け物にはない、宝だ」
だから堪えるな。
涙を流し、その想いを糧にするのが人間なのだから。
ジョセフの言葉を受けたアマンダの瞳からは涙が溢れる。
今までの思いを洗い流すかのように泣きじゃくるアマンダを熱い腕の中に収めたままのジョセフは、その涙の感触の果てにマレクを想いながら、痛みと悲しみを堪え続けた。
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「落ち着いたか?」
「…っ、ぐす…ぅ…ふ」
何とか頷いたアマンダを解放するジョセフ。
アマンダの顔は涙で汚れており、化粧をしていたら大惨事に陥っていた処だろう。
「冷えるから、これを羽織っておけ」
「え…うん、ありがとう」
ジョセフのダスターコートを羽織るアマンダは、デジャヴに陥っていた。
何となくこの行為が、今までブルーとして戦ってきたジョセフを表しているのだ。と―
化け物と恐れられ、その人々の為に融合体と戦って傷付いて…
自らの体を切り売りするかのように救いを行う彼に、果たして救いがあり得るのか?と―。
『それで救ったつもりか』
彼の台詞が心奥を突く。
あれは果たして私達への戒めか。
それとも、図らずも堕ち果てながらも人間を助ける自身への嘲りか。
堪らなくなったアマンダは、ジョセフを後ろから抱き締めていた。
「…どう、した?」
「あなたの支えにならせて。あなたは私を今救ってくれた。あなたの弱さを、今度は私が救いたいの」
「それは、人間だけの特権だ。人間の証を、化け物である俺が行使するわけにはいかない」
「…な、なら!今だけ…今だけ人間になりなさい!…私のため、に…」
顔を赤らめ尻すぼみに言葉を紡ぐアマンダの様子に静かに微笑むジョセフ。
顔は合わせず、背中を向けたまま彼女に言った。
『ありがとう―』