部屋に入って煙草に火をつけた。  
 バラライカの悠然とした姿と相対する日本人の佇まいの差。冷水と煮えたぎった油以上に感じられる温度差を思い出す。感じている疲れ以上に体がだるい。  
「なあロック」  
 タイにいるのかと錯覚するような調子でレヴィが陽気に呼びかけてきた。  
「ん?」  
「やるか?」  
 ゆらゆらと上がっていく煙。ぼんやりと眺めながらレヴィの問いに疑問を返す。  
「何をさ」  
「あたしにはこれくらいしか思いつかねえんだ。気分転換、手伝ってやるよ」  
「え?」  
 手伝う?  
 この場で彼女の口から出るとは思えない単語を聞いて振り返ると、レヴィはすとんと穿いていたスカートを床に落とした。そしてブーツを脱いでベッドに飛び乗る。  
「少しはすっきりするだろ。さっさと来いよなっ」  
 ベッドの上に胡座をかいて首を少し傾げて薄く笑っているレヴィ。  
 照れくさげな顔でロックを見ている。  
 ロックは少し慌てた。  
「待てよ、レヴィ。レヴィには充分助けてもらってる。これ以上何を」  
「――――今回の姐御の仕事。お前にはちっと辛いんじゃないのか?」  
「そんなことないよ。納得して仕事してるからな」  
「そうは見えねえな。あたしたちが生業としてきたことを目の当たりにして、どう感じてんだ?ここはお天道様の下、お前の国なんだぜ」  
「言いたいことはわからないでもないけど」  
 ロックはレヴィを見る。  
 レヴィもロックを見た。  
 レヴィの何か言いたげな表情に、ロックはレヴィが引き上げようとしていたタートルネックの裾を掴んで下ろした。  
「ロック?気にすることないぞ?」  
「そんな顔されたら気にするなって方が無理だ」  
「せっかくのあたしの厚意を無にするってのかよ」  
 座ったままロックを睨むレヴィのソード・カトラスは彼女のホルダーに収まっている。彼女のこの顔を見てもまだ命を保っているのは奇跡と言わずなんというのか。  
 ここがロアナプラならば。  
 レヴィはここでは信じられないほど辛抱強い。仲間に話しても本当ならNYでその身を晒して歩いてやると言われるだろうほどレヴィは“導火線”を長く伸ばしている。その瞳に今まで見たことがない寂しさかそういうものが見えるような気がするのは――――――――。  
「そんなにやりたいのか?なら付き合うよ」  
「はァ?」  
 レヴィは目を丸くした。  
 
 ロックは煙草を灰皿に押し付けた。  
 レヴィを抱きしめてキスをする。主導権を取ろうとしているのか、レヴィは性急にロックの口に舌を突っ込みかき回そうとしていた。  
 レヴィのベッドに引き込もうとする腕と激しく動く舌を押しとどめてゆっくり絡ませる。  
 やがて思うとおりにならない、自分の意思に逆らうロックの意図に気づいたのかレヴィはおとなしくなった。  
 腕の力を少し緩め、レヴィの舌と歯列と口腔内の全てを丁寧に舐める。やや体を固くしている彼女は時折ぴくりと震えていた。  
「んっ」  
 唇を離すとロックに抱えられたまま乱れた息を整えようとしているようだ。  
 もう一度キスをしようと顔を近づけるとレヴィは顔をそむけた。  
「?」  
「やんないのかよ」  
「してるだろ」  
「こんなん知らねえよ・・・っ」  
「なんだよ、それ」  
「したことねえんだってんだ!」  
「あ?え?」  
「こんな気分になるキスは、したことねえんだよ!なんなんだよお前!!」  
 レヴィが吐いた言葉の意味とレヴィの目つきがまったく正反対だ。彼女らしくかなり激しいが、一般的に言えばやつあたりというやつだろう。  
 しかし“二挺拳銃”をヘタに刺激して本当の天国逝きというのは願い下げだ。  
 かと言ってレヴィの思うまま犯されるのもロックの趣味ではない。  
 ロックは抑えた声でレヴィに話し掛ける。  
「手伝うなんていう割に」  
 レヴィは真っ赤な膨れっ面だ。  
「自分だけ楽しもうとしてたように見えるんだけど?」  
「ンなこと・・・ねえよ、と思う・・・」  
「・・・ああいうのはいやか?」  
「うっ・・・」  
「どうなんだよ、レヴィ」  
「わかンねえ。わかンねえけど、なんか、その、あの・・・わかんなくて・・・」  
 レヴィは目を宙に泳がせている。  
「やるなら楽しくお互いやろうぜ、ってのが俺たちの街の流儀だろ?」  
「ここは日本だ、馬鹿野郎っ!」  
 レヴィは真っ赤な顔のままで叫んだ。こんな顔はもしかすると二度と見られないかもしれない。  
 ロックはレヴィの頬から首筋のタトゥーをゆっくり撫でた。レヴィは顔を歪め首を竦めたそうにしているが逃れようとしているようには見えない。  
「居るのが俺とお前ならここが何処だろうが関係ないよ。こういうのがいやなら俺はやらない、ただ一方的になるのは御免だ。どうするレヴィ」  
「つ、付き合ってやるよ、あんたのやり方に。でもな。あんたもタダじゃすまないぜ、オーライ?」  
「勿論」  
 レヴィの睨み付けるような視線と強く見返すロックの視線が徐々に柔らかく絡んでいった。  
「そんな目であたしを見るなよ、ロック・・・」  
 過ぎる時間に耐え切れなくなったようにレヴィは一瞬だけ泣き出しそうな顔を向け、ロックの体にしがみ付くように抱きついて顔に顔を近づけようとしていた。ロックが唇を合わせるとレヴィの体の力がすっと抜けていった。  
 

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