「手前ぇ!ぶっ殺してやる!!」
喧嘩の怒声、飛び散る前歯。
筋骨隆々な大男が椅子やら机やらを巻き込んで盛大に倒れる音。
そして銃声。
日本にいた頃はチーマーの殴り合いも恐ろしかったが、
そんな物がままごとに見えてしまう様な喧騒が繰り広げられようとも、
最早冷や汗一つ出てこない。
ロアナプラでは新聞の配達よろしく日常茶飯事で、
こと、このイエローフラッグでは酒が入っているせいか、
いつ来てもデジャブのように椅子やビール瓶が飛び交っている。
娼婦達のレースに彩られこれ見よがしに露出した肌も、
常に漂うマリファナの匂いにももう慣れた。
慣れた、と言うよりはどこかのネジが飛んでしまったと言った方が正しいかな。
「おいヤンっ!あたしらはボクシング見に来てんじゃねぇンだよ!
さっさとあのウスノロ共放り出して来い!!」
「俺に言うなよ・・・。
あっ!手前ぇジュークボックスで人殴ンじゃねぇ!高ぇンだぞ!!」
このやり取りも何回聞いた事か。
もう落ち着きすら感じている自分が怖い。
「ったく、ろくでもねぇな・・・おいっ!行くぞロック!」
「あぁ・・・・ん?」
ふと足下に何かが転がっているのを見つけた。
「・・・・マイク?なんでこんな所に・・・。」
文明とはかけ離れた店内とその小さな機械が実に不釣り合いで、
しばらく眺めていたがレヴィに急かされ慌ててなおも騒然とする酒場を後にした。
まさか、その時無意識のうちにポケットに押し込んだそれが、
悲劇とも呼べる出来事の引き金になるなんて思っても居なかった。
ラグーン商会の事務所に帰ったのもつかの間。
どうやら業務が入ったらしく、ベッチが出かける用意をしている。
一応ついて行こうかと言ったが、
「手前の分弾積んだ方がましだ。」とレヴィに手痛くあしらわれてしまった。
ダッチにもそこまで面倒な仕事ではないと言われたので、
午後の仕事は電話番に決定だ。
一服つけようとポケットを漁る。
「・・・・あれ?」
指先に硬い感触、正体はもちろん先刻のマイク。
眺めれば眺める程なぜあんな所に転がっていたのか分からない。
盗品か、それとも誰かが落としたのか。
取りあえず物の正体をつかもうと、
別室で何やらプログラムを組んでいたベニーに聞いてみる。
「・・・何だい?コレ。」
「いや、イエローフラッグのカウンターの下に転がってたんだ。
誰かが落とした者なら届けてあげなくちゃと思ってさ。」
「相変わらずだねロックは。
えーっと・・・・あぁ、これは拡声器だな。」
「拡声器?マイクじゃないのか?」
「小型のスピーカーがついてる。医療用に使う奴さ。
ほら、首に怪我をして人口声帯を付けたりすると声量が足りないから、
こういう小型拡声器を会話の補助に使うんだ。
しかもコレ結構上等な奴だよ。」
「誰か心当たりないかい?」
「うーん・・・、ちょっと思い当たらないなぁ。
でもこんな狭い街で声帯の手術してる奴ならすぐに見つかると思うよ?」
とは言われたものの。
首に手術の跡がある人間なら嫌でも目につくはずだが、
いくら記憶をたぐった所で答えは出てこない。
取りあえずバラライカさんに聞いたら何か分かるだろうと、
電話の前に立った所で勢いよく入口が開け放たれる。
「どけどけ!でけぇ荷物が通るぞ!!」
台車に乗ったばかでかいトランクに次いで血まみれのレヴィが飛び込んで来た。
また倉庫街から何かちょろまかして来たのかと思ったが、
その荷物は床に叩き付けられた衝撃で唸り声を上げた。
「うわわっ、な、何だこれ?」
慌てて血も拭かずに簡易キッチンに飛び込んでいったレヴィに声をかけたが、
最早冷蔵庫を物色するのに夢中で俺の声なんて届いちゃいない。
変わりにダッチが口を開く。
「大陸の方から流れて来たルーキー君だ。
勝手に安い薬さばいてる間は可愛いもんだったんだがな、
辞めときゃ良いのにバラライカの縄張りにまで手を出し始めてな。
怖いお姉さんの癇に障っちまったって訳だ。
可愛そうに彼はこれからラムチョップに変身してお仲間の所へ帰らなきゃならん。
『野犬は棒で殴られなければ人間の恐ろしさが分からんからな。』だってよ。」
あぁ、と思わず哀れみの笑みが生まれてしまう。
そこで恐ろしい疑問が浮かんだ。
「で、まさかウチでヤるのか?」
そんな事までやっていたのかとおっかなびっくり質問したが、
あっけなく首は横に振られる。
「いくらうちでもそれは流石に酒が不味くなる。」
「じゃあ、どうするんだ?コレ。」
「お前の国でも言うだろ?『餅は餅屋』ってな。」