夜十一時。街に渦巻く欲望が、もっとも色濃くなり始める時間。  
ロックは、一人自室で酒を飲んでいた。古びたTVから、止めどなく映像と音  
が流れ出ている。  
ビールを片手に、チャンネルを変える。しかし、どこを回しても、興味を引  
かれる番組はやっていない。  
 
「……やっぱりTVは日本の方が面白いよなぁ」  
 
ため息をつきながら、リモコンをテーブルの上に放り投げる。ビールの空き  
缶が、小さく音を立てた。  
面白くもないジョークを垂れ流しているTVを眺めながら、缶ビールをあおる。  
空になった。  
次を開けようとして、彼はもうストックがないことに気付いた。  
あー、と呻いて見るものの、それでビールがいきなり出てくるわけもない。  
神様がそんなに気前が良いなら、世界から貧困と戦争と糞ムカツクかつての  
上司は消滅しているはずだ。  
買いに行こうか、とロックは考える。棚の奥にはまだ酒が残ってはいるが、  
あれは特別だ。かなり良い酒だ。簡単に飲んでしまうのは惜しい。  
やはり買いに行くかとロックが立ち上がりかけたその時、乱暴にドアを叩く  
音がした。  
続いて響く女の声。  
 
「居るかロックー!? あたしだあたしぃ!! とっとと鍵開けろコラ、五  
秒以内に開けないとぶっ壊して入るぞ!!」  
 
レヴィだ。だんだんと大きくなる音に慌てながら、ロックはドアへと急ぐ。  
 
「今開けるから壊さないでくれよ……」  
 
ドアを開けると、そこには顔を赤くしたレヴィが立っていた。酒臭い。  
 
「どうしたんだよレヴィ。こんな時間に」  
 
その問いに、彼女はにかっと笑いながら抱えたいくつもの酒瓶を見せた。  
 
「さっきまでダッチと飲んでたんだけどよ。あいつ急用が入ったとかで途中  
でどっかいっちまたのさ。で、一人で飲んでもつまらねえから酒抱えて来たっ  
てわけだ」  
 
言いつつレヴィはずかずかと部屋に上がり込んでいく。  
何か言おうとしたロックだったが、まあ良いかと考え直す。酒がいきなり出  
てきたのだ。今日の神様は気っぷが良い。  
 
「何だよ、結構綺麗にしてんな。さすが日本人」  
 
言いながら、レヴィはソファに寝っ転がってリモコンをいじりだした。  
 
「ちっ、しけたのしかやってねえな」  
 
言いながらリモコンを放り投げ、ロックが用意したグラスに酒を注いであお  
る。反対側のソファに座ったロックも、自分で注いだグラスに口を付けた。  
安酒だが、味は悪くない。  
そのあと二人は、たわいのない話をしながら杯を進めていった。  
 
 
テーブルの上には、いくつもの空き瓶が転がっている。  
あらかた飲み尽くしたレヴィは部屋の棚をあさり、動物並みの嗅覚を持って  
ロック秘蔵の酒を探し当てた。むろん飲む。彼女に見つかった時点でロックは諦めた。  
当のレヴィは、ロックの前でグラスを片手に、最近の仕事についてひたすら  
文句を並べていた。  
彼女曰く、最近割に合わない仕事ばかりしている。その最近とはロックが仲  
間になってからであり、したがって良い仕事が来ないのはおまえの所為だ責  
任とれ――はっきり言って無茶苦茶である。責任をとれといわれても困ると  
言うものだ。  
ロックは何とか抗議を試みたものの、酔っぱらったレヴィはこっちの話など  
欠片も聞いていない。  
 
「オイ聞いてんのかロック!?」  
 
そのくせ、こっちが彼女の話を聞いてないとすぐに勘付くから厄介である。  
 
「聞いてるって……」  
 
ロックはTVから視線を彼女へと移した。彼女は酒で赤くなった顔でこちらを睨んでいる。  
 
「嘘付け、思いっきりTV見てたじゃねぇか」  
 
「だからちゃんと聞いてたって……しつこいな全く」  
 
それを聞いたレヴィは無言で立ち上がり、ずかずかとこちらまで歩いてくる  
と乱暴にロックの横に腰を下ろした。同時に、ロックの頭を片腕でがっちり  
とホールド。  
いわゆるヘッドロックをかけられたロックは慌てた。顔に何か柔らかいもの  
が当たっている。  
 
「ちょっ……レヴィ!?」  
 
「反省の色が見えないなロックちゃんよぉ? わざわざこのレヴィさまが懺  
悔の時間を与えてやってんだぜ?」  
 
「反省することなんか無いっての! ……っておい、む、胸が当たってるっ  
て!」  
 
レヴィは素知らぬ顔でグラスをあおった。ついでにロックの頭に回した腕に  
力を入れる。ロックの顔に触れる感触が、より一層強くなった。  
 
「これくらいで一々騒ぐなよ、ガキじゃあるまいし。それとも何か? おま  
え、もしかして……」  
 
レヴィの顔がにやりと歪む。おもちゃを見つけた猫のようだ。  
ロックが何か言うより早く、レヴィは腰を浮かせると彼の膝の上に座り直し  
た。  
 
「こ、こら!?」  
 
うろたえるロック。  
 
「何だよ、どうかしたのか? 顔真っ赤だぜ?」  
 
愉快そうな顔で目を細めるレヴィ。  
 
「これは酒のせい……じゃなくて! いきなり何を……」  
 
んふ、とレヴィは笑った。そのまま何も言わず、酒を口に含む。  
ロックの目の前で、白い喉が酒を嚥下していく。それは恐ろしく扇情的だっ  
た。  
 
「まあ落ち着けよ、童貞君」  
 
「誰が童貞だ!」  
 
「違うのか?」  
 
さも面白そうにこちらを眺めてくるレヴィ。  
 
「違う! つーか何でこんな事おまえに……」  
 
「なんだ違うのか。てことはあれか? 筆おろしはママにでもして貰ったの  
かい?」  
 
「んな訳あるか!」  
 
「どーだか。ま、あんたみたいなのじゃ女にイカさせられるのがオチだな」  
 
「……なんだと?」  
 
「おや、気に障った? じゃ、あたしをイカせたら謝ってやるよ」  
 
無理だろうけどな、といってレヴィはからからと笑った。笑いながら、再び  
グラスに口を付ける。  
目の前でごくりと動く白い喉を見つめていると、ロックは自分の中にもう一  
人別の自分が居るのではないかと思えるほど、精神が高ぶっていくのが分かっ  
た。  
 
――どうやら、自分も相当酔っているらしい。  
 
気がつけば、ロックは自分の膝の上に座っていたレヴィを押し倒していた。  
 
「うわっ!」  
 
いきなり押し倒されたレヴィは、自分の上に覆い被さるようにしているロッ  
クを驚いた顔で見つめていた。  
 
「お、おい……マジか?」  
 
「イカせたら謝ってくれるんだろ? それとも怖じ気づいたか?」  
 
その言葉に、レヴィのこめかみがぴくりと動いた。  
 
「はっ! 何でオメーなんか相手に怖じ気づかなきゃいけねーんだよ。イカ  
せられるもんならイカせて見なってんだ」  
 
「ああ」  
 
言うや否や、ロックはレヴィの唇に自身のそれを押しつけた。  
 
「――っん!?」  
 
レヴィの身体が硬直していくのが分かる。彼女の唇はまだ固く閉ざされたま  
まだ。軽くその上を舐めたあと、ロックは顔を上げた。  
レヴィは赤く上気した顔でこちらを見上げている。その頬に差す朱は、酒に  
よるものとは別種だ。  
 
「おま……」  
 
彼女が言葉を発しようと口を開けた瞬間、すかさずロックは自分の口を押し  
つけた。そのまま相手の口内に自身の舌を押し込む。  
 
 

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