「……黒男くん」
向こうを向いたまま、俯いたミナがやっと声を発した。
「わたしね、来月…結婚するの」
「…そうだったんだ、おめでとう、…相手は?どんな人?」
「……」
ミナは黒男の質問に答える代わりに白衣のボタンをはずし始めた。
その仕草は、こちらからはよく分からない。
「今月で、この仕事も辞めることになったわ…、大好きだったのにね」
「ひょっとして、遠くに行くってこと? …学費、まだ全然返せそうにないよ」
小さく頭を横に振ると、ゆっくりミナが黒男を振り返った。
「大した金額じゃないわ、あなたもこれ以上バイトは増やせないでしょう?」
消えそうな微笑を浮かべて自分を見つめるミナの胸元が深く開き、柔らかそうな肌が夕陽を受けている。
滅多なことではうろたえない黒男も、はっとして目を瞬かせた。
「…あ、あの…?」
「あと少しで、五条になるわ、…そうしたらもう会えない」
目をむいたまま動けない黒男に、ミナはゆっくりと歩み寄って学生服のボタンに細い指で触れた。
「好きだったのは、仕事だけじゃないの」
「……」
「あなたにしてあげられる事は、きっとこれが最後だわ」
埃っぽい制服の前を開くと、白い手が優しく中にすべり込んで、黒男の心臓の上で止まった。
「そんな風に口開けてると、キスして欲しいみたい」
何か言おうとしたまま、呆然と薄く開いた口の端に、柔らかな唇が触れた。
少し移動しながら、隙間に舌が微かに入ってくる。
いきなりの接触に、黒男は小娘のように硬直して、さっと身を退いた。
「待っ、…俺、こないだ忘れ物を」
「ああ、手紙が挟んであった本のこと」
見透かした様子でニコリと笑うミナ。
「『夏江ちゃん』とはもう付き合ってるの? 物好きな女の子もいるんだ、ウフフ」
「…なんで名前知ってんだ、中身見たのかよ!」
「うわ、真っ赤になってるー、やっぱりそうなのね」
名前は…そういえば、本の栞に記名してあったような気もする。
…ムキになって、失敗した… からかわれた悔しさに、黒男は相手を睨み付けた。
「背が伸びたわね、追い越されちゃった」
「まだ、ガキ扱いすんのか」
「そうよ?」
胸に手を置いたまま笑って見上げる瞳が、今まで見たことのない艶を含んで黒男を黙らせる。
「こんなにドキドキしてるのは、まだ子供ってこと」
ミナは、騒がしい拍動から手を離して下に降ろし、黒男の片手を持ち上げると、自分の口元に押し当てた。
淡い色の唇がうっすら開き、手首から指の付け根をゆっくりと愛撫する。
舌先がちろりと出たかと思うと、濃い睫毛を伏せたまま親指の先までを舐め上げた。
湿ってぬるつく感触に、思わず黒男はゴクリと生唾を飲み込んだ。
形の整った唇、黒目がちの大きな瞳、なめらかに揺れる髪。
なにより、その優しい微笑みは、黒男に母を思い出させるものだった。
ほのかに慕っていた相手が、たった今自分を男として扱っている。
暖かい唇を指から離し、無言で視線を絡めるミナは、制服のシャツの前立てを器用に開いていった。
「その子が好きなら、どうにかしたいんじゃないの」
「……正気か?まさかここで…、」
息が乱れそうになるのを感じた黒男は、努めて冷静に相手の手を押さえた。
小さな個人病院の応接室、今は二人きりだが、そろそろ医師が戻ってきてもいい時間だ。
「表の貼り紙見なかった? …先生の急用で、午後は休診よ」
窓のカーテンをひくミナの後ろ姿が、今からここは密室になると伝えている。
予想しなかった状況に、黒男は困惑しながらも、背中に透ける下着の線を見つけた。
腕を上げると白衣の裾が少し上がり、膝の裏側の窪みから足首までの眺めが目を奪う。
これほどミナを「女」だと意識したのは初めてだ。
「もう安心でしょ」
……安心? ああ、外から見えないっていう意味か。
たったそれだけの事も、黒男は咄嗟に理解できない。
ゆったりしたソファに並んで座り、脚を組んだミナが自分の膝に手を導いた。
さらりとしたストッキングの感触が、その奥への衝動を誘発する。
「…ね、楽になさいな?」
黒男の耳元に、甘い媚びが混ざった声が小さく聞こえた。
体の中心が疼いて、熱くて仕方ない。
思い切って抱き寄せると、弾むようにミナの胸がぶつかり、
どこもかしこも柔らかい体から、ほんのりと女の匂いが立ち上るのを感じた。
「黒男くん、その難しい顔はやめて…」
熱くなった頬を、ミナがひんやりと気持ちのいい両手で挟んで、にこっと微笑んだ。
まるで大人が、泣きべそをかいた我が子を宥めるような仕草。
……ああ、ちくしょう、俺はこれに弱いんだ。
記憶の中で、いつまでも若く美しい母の面影が重なった。
初々しく可憐な物腰、潤んだ瞳の艶めかしさ。
端整な容貌に、無垢な色香を秘めたその姿。
そんな雰囲気を持った女には、ふてぶてしい黒男も大人しくせざるを得ない。
ミナは着衣の裾をたくし上げて露出した脚から、するすると白い薄ものを剥いでいく。
かがんだ胸元から、豊かな肉がこぼれそうになるのを黙って眺める黒男に、とがめるような声をかける。
「こういう時に、自分も脱いでおくものよ」
「えっ?」
さっぱり要領が分からない黒男にミナの顔が近づき、唇が重なった。
合間からそっと舌がさし入れられ、歯先をつっと撫でられる。
されるがままだった黒男は、自分もその動きに応えて、やっと大きく口を開けた。
互いの唾液が混じり合い、湿った吐息が絡み始めた。
はだけた胸元はじりじりと密着して、肌を溶かしていくようにうっすらと汗ばむ。
もっと近づきたい。
もっと触れたい。
黒男はぎこちなく手をあちこちに滑らせ、返ってくる反応を全身で受け止めようとする。
ふう、と息をついたミナが目を開き、姿勢を直しながら耳に髪をかけた。
すっきりした顎から喉、胸元がカーテン越しの光の中で鈍く光る。
その光に誘われ、黒男は首筋に顔を寄せた。
「……あ」
力の抜けた声を漏らし、更に首をむき出すようにミナが頭を傾ける。
女の肌の匂いを胸の奥まで感じて、くらっと目眩がした。
指先ではなく、唇の方が感触も匂いも同時に味わえるものだと黒男は悟った。
「んぅっ、…」
耳元で甘く喘ぐミナが、黒男の背中にまわした手をするりと降ろし、腰のベルトを軽く掴んだ。
白いシャツを引っ張り、中に指先を入り込ませる。
「わっ!?、くすぐっ……、」
脇腹を触られた黒男が跳ねるように体を退くと、ミナが笑って上に重なった。
「覚えが早いじゃないの、もう」
ずり上がった白衣から太腿があらわになり、脚の付け根も見えそうだ。
そのすぐ近くに、自分の中心が既にギリギリまで強張っていて、黒男は慌てた。
「笑うなッ、俺、…もうヤバいんだ」
「フフッ素直、なんだか可愛い」
目の周りをじんわり赤らめたミナが、跨ったまま黒男のベルトを緩める。
「あのね、…わたしもなの」
促されるままに内腿から手を両脚の合間に持っていくと、薄い下着が熱く湿っていた。
「……」
「こんなに早く濡れたの、初めて…、分かる?」
そんなこと言われても、保健体育の授業以上の知識はほとんど無い。
じっとりと重くなった下着の奥は、いったいどうなってるんだろうか。
黒男の気持ちに構わず、ミナは自分だけさっさと下着を床に落とした。
「腰を浮かせてくれないと無理よ」
映画みたいに、カットの合間に脱げるわけではない。
…格好悪りぃな、とズボンを下着ごと引っ張られる黒男は、タイミング良く強張りから力が抜けて安堵した。
髪を片方にまとめたミナが、テーブルの上の冷えた茶を飲んだ。
コクンコクンと飲み下す音がするたび、反らした白い喉が波打っている。
「俺も、喉乾いて…」
「あ…ごめん、もう無いの」
水分を口端から零し、ミナの唇がまた寄せられる。
さっきのようにはぬめらず、ほんの少し水気が伝わった。
ミナが黒男の中心の屹立にそっと指先を伸ばした。
一旦強張りを緩めたそれは、ちょっとした刺激ですぐにまた硬い軸に戻った。
「…うっ、…あのさ、俺」
「何…?」
軽く跨ったままで、腿の奥に黒男の手を引いた。
指先がうすい繁みを掠めると、その中で既に開きかけた花弁が熱く濡れていた。
「……」
そこだけじゃなく、その合い間もぬるぬると指先に絡み付いた。 …どこが本当の奥なんだ?…
顔をしかめて複雑な器官の中を確かめると、ミナが、あぁっと声を上げた。
「あ、荒っぽいのは、…やめて、痛い」
「ゴメン、さっぱり分からねーよ…」
「そうよね、じゃあ…」
ミナに蕩したような目で見られ、黒男はこれから始まることを予感した。
硬く熱い屹立が手に取られた。 ひりつくような感覚がさっと走る。
息を整え、下腹を意識して、どうにか暴発を抑える。
「ちょっと、目を閉じてて」
恥じらうように小声で囁くミナが、年上ながら可愛く思えた。
次の瞬間、黒男の先端がぬめりに食い込んだ。 柔らかく熱い肉を押し開き、奥に奥に吸い込まれていく。
「……っ!、あぁっ、…はっ」
黒男の上で身を捩るミナが、今までとは違う声を切れ切れに上げる。
両手でシャツを掴んだり、肩にすがるようにしながらゆっくり腰が動いている。
割れ目の外側が、黒男の付け根を締め付けては軽く解放する。 ぬめりが溢れ、下に伝い落ちる。
あらゆる現象が黒男を揺さぶった。 どんなに堪えても、軸全体が敏感になって女の奥を味わい尽くしてしまう。
内側の細かい襞目が、熱いぬるつきの中でもぞわぞわと音を立てそうに蠢き、
軸の側面に浮かぶ血管も、先端の裏側も、余すところなく吸いまわす。
……もう、限界だ。
こちらが何もしなくても、与えられる刺激は半端なもんじゃない。
息を詰めて見上げると、涙を滲ませて、半開きの唇を唾液で濡らしたミナの顔がある。
できるだけぼんやり眺めながら、自分の喉がひどく乾いていることを意識した。
(…女って、こんなにあちこち水っぽいもんなのか? 俺は…、喉がカラカラだってのに…)
つい気を抜くと、意思とは反対に強い脈動が下腹の奥から軸の芯を駆け上がってくる。
「……う、……っ!!」
はっと息を詰めた瞬間、抑えに抑えた感覚が背中から頭を走り、女の中で熱い滾りを迸らせた。
幕切れは、情けないほど呆気なかった。
気恥ずかしさに片手で額を叩くと、頬の傷跡の上にそっとキスが落とされた。
「あの、わたしが急かしちゃった、ごめんね…?初めてって多分こういうものよ、気にしないで」
頬を紅潮させたまま、ミナが息を必死で整えているのが分かる。
白濁を放った後でも、黒男の肉軸はまだ硬さを保ったまま、肉襞の中に包まれている。
姿勢を変えようと体をずらすと、はぁっ…、と掠れた声と同時に柔肉の縁が付け根を、くっと締めた。
はだけたミナの胸元に、汗が滲んでいるのが見える。
あんなに柔らかそうな場所に、まだろくに触れてなかった…、まだ、全然満足できない。
「…これじゃ足りない」
やっと聞き取れる声で黒男がつぶやいた。
「俺、もう一度……、あんたと、ちゃんとしたいんだ、こういう時ってなんて言えばいい?」
熱とぬめりを共有する場所が繋がったまま、お互いを刺激しながら視線が絡み合う。
「まだ、…欲しいのね?」
「…うん」
「わたしのこと、初めてあんたって言ったわ」
「え?」
「はっきり、よく聞こえるように言って」
「あんたが、欲しい」
黒男は起き直り、果たし合いでも挑みそうな目でミナを見た。
じっとりと濡れた下腹は離されることはなく、もう一度強く肌が合わさった。