「ただいまぁ」  
「おかえりピノコ、今日は学校だったのに、先に帰って悪かったな」  
「いいのよさ、お仕事だったんれちょ?」  
「ああ、手塚から急に呼び出されてね、…お前、こんな遅くまで授業だったのか」  
「ううん、終わった後 みんなでご飯食べたの、楽ちかったわのよ」  
「ふーん、そりゃよかった」  
「先生、もうお風呂入ったのね」  
「何だかムシャクシャする相談だったんでね、さっぱりしたくて」  
 
「算数はね、もう2けたの筆算が始まったわのよ」  
「国語は何を?」  
「えーとね、こないだは赤ずきんちゃんで、今日は7匹の子ヤギ、  
 オオカミばっかり出てきて、こあーいよのさ」  
「おいおい、えらくスカートが短いじゃないか、これじゃ家にもオオカミが来そうだ」  
「え? ここは森の中じゃないよのさ、らいじょーぶよ」  
「…まあいい、少し私にも授業の成果を聞かせてくれるかい」  
「うん! じゃあ、音読するわのよ♪」  
 
「オオカミは言いまちた、“あたしゃお母さんだよ、ドアを開けておくれ”  
 子ヤギ達は、“じゃあ、手を見せてちょうだ…”、あ、あん先生何すゆの?」  
「街にはこういうオオカミがいるんだぞ、気を付けろ」  
 部屋履きを脱いだ素足の先で、ピノコの足首から膝をくすぐる。  
「やんっ、邪魔すゆのやめてぇ先生、読めないわのよぉ」  
「大人になるとなー、いろいろ邪魔が入るもんだ 私だって呼び出されただろう?」  
 
「な、なんか言ってゆ事、意味分かんない…えっと、どこまでらっけ?」  
「“じゃあ、手を見せて”…かな」  
「あ、そうなのよさ “じゃあ、手を見せてちょうだい、母さんなら、きっと白い…”」  
「…白い、なんだって?」  
「違うわのよさぁ、先生の手じゃなくて、お母さんヤギ…あ、いやらってば、どうしてそんなとこ…」  
 
「落ちついて読まないと」  
「やんっ、そこくすぐったいってば先生、もういやーん、ピノコやめゆぅ!」  
「んー、もう少しスラスラ読めるといいんだが…喉でも痛むのか」  
「ちょっとね、でも先生が邪魔ばっかいすゆかやよ」  
「冷たいものでも舐めてみたらどうだ」  
 
 アイスペールから氷を一つ取り、自分のブランデーに軽く浸す。  
「そら、口を開けて」  
「ふ、ひはぁい…ホヘホオイハホ?」 (ん、苦ぁい…これ、氷なの?)  
「苦かったか? じゃあ返していいよ」  
「ホホヘ?」 (どこへ?)  
「そうだな、…こっちにおいで」  
 ほろ酔い機嫌のBJはピノコを膝にのせて、ソファに深く身をもたせ掛ける。  
 
「ここに、返してごらん」  
 顔を傾けて、薄く開いた自分の口を指差す。  
 耳まで真っ赤にしたピノコが、ぎこちなく氷を返そうとする。  
 それを滑らかに舌を動かして受け取りながら、眼で(お利口さん)と笑いかけた。  
体勢を変えたBJの口元を見て、また返されるのが分かったピノコは、こう思った。  
 (……アッチョンブリケ)  
 
 
  氷の塊が溶けて無くなっても、先生の授業は続きましたとさ  おしまい。  
 
 
 

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