イブは今日も朝早くから、特訓をしていた。  
 
「トランスっ!」  
 
イヴの長い金髪が黄金色に光り、舞い上がったかと思うと、それは  
無数の拳になって、空を切り裂いた。  
 
ふう、と一息つくイヴの額には一滴の汗がたれている。この間スヴェンに  
買ってもらったジャージも暑くなってきた。  
 
「おー姫っち、今朝も精が出るなぁ。関心関心」  
 
いつからそこにいたのか、すっとんきょーな声をかけたのはちびトレイン  
だった。トレインは先日、クリードにナノマシンを注入され、身体が小さく  
なってしまった。  
 
イヴは、特訓を邪魔されてムっとしながらこう答えた。  
「トレインはそんなふうになっちゃったのにヨユーなんだね」  
 
いつもの不敵な表情でトレインが答える。  
「ああん?余裕も余裕。普段となんら変わらねーぜ、俺は」  
 
イヴはトレインの、そのあまりの危機感のなさに多少カチンときてしまった。  
 
「じゃあ、私と勝負しよう。いつもと変わらないなら、問題ないでしょ」  
 
そらきた!とばかりにトレインは余裕の表情。  
「おーいいぜいいぜ!ちょっと相手してやるよ、姫っち」  
 
(今なんて私と同じくらいの背丈じゃない)  
イヴはムカムカしながらトレインと対峙した。  
 
「いつでもいいぜ、姫っち」  
「…じゃあ、いつもどおり、一発でも当てたら私の勝ちね」  
「できるもんならな」  
 
これは、普段から行っている練習メニューではあった。だいたい10本に  
1本とれていいくらいだ。  
 
(でも、今日こそはそうはいかないんだから)  
ツーッとイヴの額から汗が流れ落ちた。  
 
ダンッ!と地面を蹴り上げイヴが突っ込む。  
ちびトレインが身構える。  
その瞬間イヴは上に飛んだ。  
目で追う、ちびトレイン。  
「ん!?」  
朝日が眩しくて、よく見えない。  
(やるな姫っち!)  
「トランス!」  
イヴの翼から無数の羽が飛んでくる。その羽のひとつひとつは鋭い刃に  
なっており、数個でも直撃したらただでは済まない。  
(よくあるパターンだけどなっ!)  
ちびトレインは考えるよりも速く、横に飛んでいた。  
(追撃がくる。次はなんだ?)  
 
(消えた…が、そっちだ!)  
イヴを一瞬見失ったトレインだが、そこは百戦錬磨の経験がある。  
感覚で背後の気配を感じる。  
とっさに愛銃を構えた。  
(ん?ジャージ!)  
そこにはイヴの脱いだジャージだけが舞っていた。  
「!」  
ちびトレインはとっさに前へ飛ぶ。直後にズガン!という衝撃音。  
「ヒュー、危ない危ない」  
上空からのイヴのパンチだった。  
「やるな姫っち」  
ちびトレインは楽しそうだ。  
 
(それだけじゃないよ)  
ズバッ!!  
いきなりジャージがはじけたかと思うと、羽の刃がちびトレインに襲いかかる。  
ちびトレインは二重のトラップにバランスを崩した。  
 
「おわっ!タンマタンマ!」  
カカカカカカカッと、銃で受けるちびトレイン。が、バランスを崩している。  
 
(勝った!)  
羽に気をとられている側面からイヴの渾身のパンチが飛ぶ。とっさにハーディス  
で受けるトレイン。  
「ガキンッ!、ゴン」  
固い物同士が衝突する音。つづいて鈍い音。  
ちびトレインは、イヴのパンチを受け止めたはよかったが、子供の力だったので  
受けきれず、モロに食らってしまった。  
 
パタン…前のめりに倒れこむトレイン。  
(勝った!)  
 
しかし、喜びも束の間、ちびトレインはピクリともしない。  
「ト、トレインだいじょうぶ…?」  
反応がない。  
「トレイン!トレインってば!」  
 
「よい、…しょっと!っはぁー…」  
ドサリとトレインをベッドに降ろしたイヴは、大きくため息をついた。  
完全にぐったりとしたトレインはやはり意識が戻る気配がない。  
 
(スヴェンはどっかに出かけてるし、なんとか応急処置だけして待とう)  
そのとき、イヴは、トレインの左腕から血が流れているのに気づいた。  
「血…、切れてる。とめなきゃ」  
 
…  
 
イブは救急箱を持ってきて処置をはじめた。  
(それほど深くないから、消毒して、きつく締めておけばきっと大丈夫)  
イヴはトレインの左腕に包帯を巻き始めた。  
 
「ん…」  
ふいにトレインが声を漏らす。  
「トレイン?気がついた?」  
イブがトレインの顔を覗き込む。  
「…」  
「トレイン?」  
イヴがもう一度声をかける。  
 
「……サヤ…」  
 
(サヤって、むかしトレインを助けたっていう女の人…?)  
 
そのとき、トレインの目から涙がこぼれ落ちた。  
「……サヤ…」  
 
ドキン。  
イヴは自分の胸がそう鳴るのが聞こえた。  
どきどきどき…。イヴは今だ経験した事のない不思議な胸の鼓動に  
戸惑っていた。  
 
(トレインの…ていうか男の人の涙ってはじめてみた…)  
そこにはいつもの生意気なトレインではなく、幼い顔で涙を流す  
ちびトレインがいた。  
 
(…!)  
不意にイヴは、胸が押し付けられるような苦しさを感じた。  
(なんだろう、この感じ…)  
 
 
カーテン越しに差し込む朝日が、ちびトレインの顔を照らしている。  
幼い顔のトレインは、時折、何かをつぶやくように唇を動かしていた。  
 
あいかわらず、イヴの胸には不思議な高鳴りがあった。  
閉じたまぶたから一筋の涙を流すトレイン。  
イヴはその様子にじっと見入っていた。  
 
(…トレイン…)  
 
トレインの涙を拭おうと、イヴは手を伸ばし、ジャージの袖を近づけた。  
思いがけず、柔らかな感触。  
 
(フニフニしてる…)  
 
イヴはやさしくトレインの頬を拭った。今、トレインが目覚めるのは惜しい気がした。  
 
ぎゅ…。  
 
そのとき、ちびトレインの手が、イヴの手を握ってきた。  
イヴは、ちょっと驚いてしまったが、声を掛ける。  
 
「トレイン?起きた?平気?」  
 
イヴは顔を近づけ、耳打ちするように声を掛けた。それは、母親が子供にするときのような、優しいささやき方のようだった。  
 
ガバッ!  
 
その瞬間、ちびトレインがイヴに抱きついた。ちびトレインはイヴの背中に腕をまわし、きつく抱きしめた。  
 
(え?…ちょっと、トレイン?)  
 
イヴは今何が起こっているのか理解できないでいた。  
 
「ちょっと!トレイン…!」  
 
ようやく口が開いたイヴだったが、なぜか、声を張り上げることができず、  
小声でたしなめるような口調になってしまった。どうしていいかわからない。  
 
「ねぇってば…!」  
 
ちびトレインはイヴの言葉おかまいなしに、抱きしめている。  
きつく抱きしめられてしまっているイヴは身動きがとれない。  
いや、抵抗できないでいた。  
 
誰かに、こうして抱きしめられることなんて、今までの生涯、ほんの数回。  
数えるほどしかない。そして、そうしてくれたのはスヴェンだけ。  
 
同年代(に見える)人間に抱きしめられるのはこれがはじめて。  
 
イヴ自身、自覚はないが、人のぬくもりを知らずに育ったイヴにとって、  
人に抱きしめられることは、真に、心休まることだった。  
 
抱きしめられているうちに、イヴは、だんだん気持ちが落ち着いてきた。  
知らずのうちに、トレインに体を預けるようになっていた。  
より強く、お互いの体が重なり合う。  
 
「…ふぅ…」  
 
思わず、イヴは大きく息をついた。同時に、体の力を抜いた。  
 
「…サヤ…どうして…」  
 
ちびトレインは、まだ目が覚めず、うわごとを言う。  
 
「…サヤ…行くな…」  
 
(トレイン…サヤさんの夢見てる)  
 
イヴはまぶたを閉じた。いつものトレインにはない一面を見てしまった。  
その弱さともとれる一面を垣間見たことで、イヴは、また不思議な感覚に  
陥るのだった。  
 
(…トレイン…辛いんだね…ホントはいつも…)  
 
苦しいような、痛いような、この胸の感じ。  
今まで感じたことのないこの感覚に襲われ、イブは目を堅く閉じていた。  
そのとき。  
 
するっ…。  
 
「…す…あっ?」  
 
ちびトレインの手が、イブのお尻にするすると伸びてきた。イヴのお尻から  
全身にゾクゾクとした感覚が走る。  
 
(何?…ちょっと!え?)  
 
イヴの小さなお尻をトレインの手が容赦なく弄る。トレインの指が、イヴの  
お尻の割れ目をゆっくりなぞりはじめる。  
 
「やっ…んん」  
 
イヴはお尻の割れ目を撫でられ、全身に電流が走る。抵抗しようにも、  
なぜか力が入らない。  
 
(…やめてトレイン…やめて…!)  
 
イヴは心の中で、そう必死に懇願するも、声が出ない。そうこうしているうちに、  
トレインの指が、ジャージ越しに、イヴのお尻の穴をなぞりつけた。  
 
「っ…あぁ!」  
 
思わず、体が反ってしまう。体中がしびれ、力が抜けていく。  
 
「…サヤ…」  
 
トレインの言葉に、一瞬、現実に引き戻された。  
 
「ト…レイン、起きて」  
イヴはなんとか声を振り絞る。  
 
「…愛してる…言えなかった…」  
 
…その言葉を聞いたイヴは、なぜか、観念した。  
トレインは、今もサヤさんを愛してる。そして、サヤさんとはもう二度と会えない…。  
 
イヴは、今、トレインを、可哀相に、そしていとおしく思っていた。  
 
 

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