ブラックキャット  

Sweet kiss & First…? 

「んっ、ふっ、ふーん♪」  

肩までのストレートの黒髪を揺らしながら、鼻歌混じりで人通りの多い路地を歩く少女が居た。  
黒いカーディガンにブラウス、チェックのミニ。周りとは少しだけ違った風貌。  
この国の人で言う「やまとなでしこ」なのだろうが、あまりそんな感じではない。  
どう見ても普通の"女子高生"(ここでは普通なのかどうか…)なのだが  
以前は"星の使徒"として活動していた、キョウコ・キリサキ本人だ。  

時の番人のセフィリアの手伝いもあってか、その世界からは身を引き、  
憧れの「クロ様」との約束も守っている…むしろ、破るような状況には遭遇していないのだ。  

「クロ様、どこかな〜」  

案の定、キョウコの頭の中はトレインの事で一杯なのである。  
自分を守ってくれたのだと勘違い…いや、事実そうなのだが、深い思い込みをしてしまい、  
それ以来トレインのことを考えて胸を焦がすのが日課になっていた。  

「メール送ってもなかなか返事こないしなー…おっ?」  

不満毛な顔が一瞬にしてぱっと明るくなる。ころころ変わる表情は元気である証拠だ。  
お気に入りの曲を流している携帯をカーディガンの内ポケットから抜き取ると、その場で2、3、跳んだ。  
周りの何人かは面白そうに笑っていたり、目を丸くしていたりするものの、キョウコはまるで気にしていない。  

メールの差出人は…トレイン・ハートネット。  

スヴェンに色々と言われ、イヴにも乙女心がどうたらと説かれて、仕方なくメールの返事を送ってみた。  
返ってきたのは、いかにも若い娘らしい文体の、食事の誘い。  
今日は依頼も入っていないし、気分も良い。何よりほかの二人が五月蝿いので行ってみることにした。  
リンスが居なくてよかった、と。その場に居たら余計混乱を招くであろう人物が居なくてホっと溜め息をついた。  

幅広い年齢層が訪れるファミレス。昼からの食事には絶好の場所だろう。  
朝を食べたのが速かったために腹は減っているため、別段悪い気はしなかった。  

「まさか、呼び出しておいて奢れとか言わねーよな…スヴェンに殺される」  

あいつの性格ならありうる、と考慮しながらも、せめて最良の状況になってくれと願いながら扉を開ける。  
カランカランとベルがなり、若いウェイトレスがトレインを迎える。  

「いらっしゃいませ。え…っと」  

普通なら、「お一人様ですか?」と聞かれるところを、何やら考えるように頬に手をあて、トレインを見てから横に視線を動かす。  
窓際の隅の席に座っている黒髪の少女にちょうどその目がいっていることから、何を迷っているのかがなんとなくわかった気がする  

「…ク、クロ様…でございますか?」  

「…あぁ」  

とても恥ずかしい思いをしても、給料のためにこう言ってくれたのだろう。感動と同時にある意味同情すらしたくなる。  
だが自分もそう余裕な状況ではなかった。  

ウェイトレスがチラ見していた少女…キョウコがトレインの姿に気がつき、ばっと大げさに立ち上がって大きく手を振る。  

「クロ様ーっ!こっちですこっちー!キョウコはここですよーっ!」  

どよどよとレストランで食事をしていた客たちの視線がトレインに集まった。  
来なきゃよかった。トレインは心の中でそう呟いた。  

自分の周りの女っていうモノはどうしてこう、変わった奴ばかりなのだろう。  
悩むのは性に会わないトレインでも物思いにふけってしまう。頬杖をついたままずっと窓の向こうを眺めていた。  
さっきから自分と、向かいに座っているキョウコに客全員の視線が向けられている…その状況が色んな意味できつい。  
ちらり、とキョウコの顔を見てみると、少し不機嫌そうにむくれている。  

「クロ様…。キョウコの事嫌いなんですかぁ?」  

天然系にこういうことを言われると本当に困ってしまう。ハンパな答えを言うと混乱を招くし、  
肯定してしまえばこの場で泣き出すことも有り得る。そりゃ、嫌いではないのだけれど。  
数秒に何時間分くらい頭を使ったろうか。ぽんと何かが爆発する音が頭の中で響いた気がする。  

「…嫌いじゃねーよ」  

観念したようにそう言うと、女性客の誰かが「まぁ」と楽しそうに言ったのが聞こえた。  
6歳も年下の少女にここまで振り回されている自分が嫌に恥ずかしく思えてきた。  

「ホントですかっ?!やったぁv」  

黄色い声をあげて飛び跳ねるキョウコにももはや突っ込む気にもなれない。  

「んふふ、クロ様v今日は、キョウコのおごり、ですからねーv沢山食べましょうねっv」  

オゴリ、と聞いた瞬間にトレインの表情が明るくなる。嫌なことが9割方吹っ飛んだ。  
その明るくなった顔を見ると、キョウコも満面の笑顔を浮かべた。言葉さえなければ普通の恋人同士と見られてもおかしくはない。  
何故自分の笑顔に反応したのかと、軽くキョウコの顔を見てみれば、照れたように笑った。  
自分らしくねェ、と思いながらも。(オゴリだということもあってか)悪い気はしなく、  
今日くらい付き合ってやってもいいか、と思い始めていた。  

 

「それで、キョウコはですね、そこで言ってやったんですよぉ!」  

既に食事が終わり、時刻も1時を回っていた。  
テンションが高く、握り拳をぐっとみせたキョウコは、透き通った声で熱弁していた。  
ししし…と、笑いながらその様子を眺めているトレイン。  
微笑ましい光景に気が抜けて、話のおかしさに「なんだそりゃ…」などと相槌をいれながら。  
しかしキョウコはその続きをすぐには紡がず、少し表情がしぼんだ。  

「…どうした?」  

「キョウコは…その時、キレませんでしたよぉ…約束、きちんと守ってます」  

おずおずとそう言う。頬が微かに桃色に染まっているのが見て取れた。  
恋愛沙汰には鈍なトレインはそこには反応しないものの、「約束」についての事柄に、  
丸くしていた目を細めて、静かな笑みを向けた。  

「よーしよし、いい子だなー」  

多少ふざけての行為だが、手をのばして頭をなでてやった。きちんと手入れされている黒髪の感触が心地よい。  
トレインにとってはあまりたいした事無い行為でも、キョウコにとっては至上の幸福で、えへへ…と顔を真っ赤にして笑っていた。  

 

…記憶はそこまで。  

 

目覚めると、どこかのホテルの一室だった。  
トレインは大きいベッドに体を横たえており、うっすらと目をあけると、立派な模様の天井が目に入る。  
体を起こし、ベッドから出る。、頭に鈍い痛みが走った。酒を飲んだときの症状。  

「痛ぅー…っ」  

頭を抱えて、あたりをうかがう。今の状況はとりあえず"キケン"ではないと勘が告げていた。  
まだ時計は3時を回ったところだ。睡眠時間は丁度1時間40分程度。  
冷蔵庫に、ベッド。テレビに棚…小さいテーブルをはさむソファ。愛用のアンパンつきの上着はクローゼットの中にかかっている。  
そして小さなテーブルの上には、キョウコの携帯が置いてあった。  
恐らくここは、クロノスがとったキョウコの一時的な住まいなのだろう。  
セフィリアが色々しているとリンスから聞いたのだ。  

「っかしぃな…まさか…いや、ないない。それはない」  

想像し得る最悪の状況を想像して頭を振る。恐らくなんらかの形で酒を飲んだのだ。  
確か…頭を撫でていたら、ウェイターが何かを運んできたような気がする。  
真白な、ミルクと同じ色の飲み物。風味は違ったがすんなり喉を通ったような…  
と、記憶を漁っている途中に、かちゃりとドアノブが回る。  
ゆっくりと、恐らくはトレインを気遣って、音を立てずに開く。ドアの向こう側にいたのはこの部屋の使用者。キョウコだった。  
トレインが起き上がっているのを確認すると、あっ、と声をあげて、慌ててドアを閉めてぱたぱたと近づいていく  

「おい、ここはー…」  

「クロ様っ…心配したんですよぉ?お酒飲んだら、急に寝ちゃうんですもん。」  

質問が途中でかき消され、ぐっと両手を胸のあたりにもっていきうるんだ瞳で言ってくる。ここまで過剰に心配すんのか…と、余計頭が痛む。  

(勢いで飲んじまったからな…ちゃんと確認しときゃよかった)  

ブラックキャットともあろう者が、一生の不覚であった。  

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