チェック柄のパジャマを着た、金髪の愛らしい少女が居間に入ってきた。  
少女は寝起きだからか、幾分まとまりの無くなった長い髪を落ち着かせようと  
しきりに右手で撫で付けていた。  
「おお、イヴ起きたか」  
ソファに腰掛け、なにやら拳銃を分解した部品のようなものをいじっていた  
スヴェンがイヴに気づく。スヴェンのいつもの無精ひげは心なしか濃くなって  
いるように見える。  
「・・・スヴェン、また寝てないの?」  
「まぁな、新兵器の開発なんだがどうもうまくいかなくってぁ」  
スヴェンはふうと息をつくと部品を机に置いて、大あくびをした。イヴはその  
様子を見てかすかに微笑んだ。イヴはスヴェンのほうに歩み寄っていく。  

イブはスヴェンの顔を覗き込みながら言った。  
「いつも大変だね」  
「まぁ、別に嫌じゃねえんだけどな。待ってろ今朝メシ作ってやるからな」  
腕を伸ばし、一回大きな伸びをしてスヴェンは立ち上がった。イヴはスヴェンが  
通りやすいようにそそくさとソファの端に寄る。スヴェンがイヴの脇を通り過ぎ  
ようとしたとき、イヴが声をかけた。  
「あ、ちょっと待ってスヴェン・・・」  
「ん?何だ?」  
イブのすぐ横で立ち止まり、イヴを見る。イヴはなぜかうつむいていた。  
目を伏せてなにやらもじもじしているようで様子がおかしい。いつもの  
イヴには見られない態度だった。  
「ちょっとお話があるんだけど・・・いい?」  
ほんの少しの沈黙の後、イブが口を開いた。  
「なんだ急に改まって。話?」  

明らかにいつもと様子の違うイブの態度に戸惑いながらスヴェンが  
聞き返した。急にイヴはあたりをうかがうようにきょろきょろと首  
を振った。  
(トレインはまだ寝てるよね)何かを決意したかのように、唇をキュッ  
とかみ締めてイヴは口を開いた。  
「あ、あの・・・」  
「なんだ?どうしちまったんだ?イヴ」  
スヴェンはそのただならぬ雰囲気に戸惑いを隠せない。  
「・・・セ、セーリ」  
「は?」  

今にも消え入りそうなか細い声でイヴがつぶやいた。うつむいて話を  
しているので余計に聞き取りにくい。スヴェンはイヴの顔を覗き込ん  
だ。見るとイヴの顔が耳まで真っ赤になっている。  
「な、なんだ?どうしたんだイヴ?」  
内心オロオロとしつつも、スヴェンはできるだけ優しく諭すように  
イヴに尋ねる。イヴはギュッと目を閉じると振り絞るような、かす  
れてしまいそうな声で言った。  
「わ、わたし・・・セ、セーリになっちゃったみたいなの・・・」  

「・・・・」  
言葉を失い絶句するスヴェン。イヴも唇をかみ締めて、目をギュッと  
閉じ、顔を真っ赤にしながらうつむいている。呆然と立ち尽くす二人。  
そして沈黙。二人には周囲の空間が固まってしまったような錯覚さえ  
覚えてしまうほどだった。  
「・・・だ、大丈夫か・・・」  
スヴェンはなんとか口を開いたものの、なにやら自分でも意味の分から  
ない言葉を投げかけてしまった。イヴはうつむきながらこくんとうなず  
いた。また、しばらく沈黙が続いた。  
「・・・でね、下着・・・下着、汚しちゃった・・・。ど、どうしよう」  
イヴが相変わらず消えてしまいそうな声でつぶやく。少女のその赤裸々な  
言葉の内容に、ますますスヴェンは茫然とする。こんな内容の話はいかに  
スヴェンといえども初めてだった。  

 

自分に渇をいれ、なんとか気を取り直し始めたスヴェンは、なんとか  
困惑する頭で考えた。  
「そ、それなら気にすんな・・・。お、俺らも血で洋服を何枚もダメに  
しちまうことなんてよくあるこった。だ、だからなんでもねえよ」  
無理に笑顔をつくったスヴェンの顔はみっともないくらいに引きつって  
いた。うつむきながらイヴが話した。  
「・・・でも、たんびに汚してたら、何枚あっても足りないよ・・・。  
洗わなきゃ・・・」  
スヴェンが石のように固まる。スヴェンは必死に頭をフル回転させる。  
「あー、それならな、あー、・・・血ってのは染みになっちまうから、  
そうならねえうちに水かなんかにつけとくもんだ」  
これでいいのかと疑問に思いつつもスヴェンは必死に説明する。  
「・・・わかった・・・。じゃあ、わたし別にして水につけておくね  
・・・ごめんね・・・」  
「あ、ああ、そうしたほうがいいな!まぁ、気にすんな」  

ようやく場の緊張が和らいで、気が楽になってきた。スヴェンは襟元の  
ボタンをはずし、ふーっと息を吐いた。イヴも自分を落ち着かせようと  
長い髪を撫で付け、落ち着かせた。  
「・・・でね、お願いがあるんだけど・・・スヴェン、いいかな・・・」  
「お、おう、なんだ。なんでも言ってみな」  
緊張がほぐれてきたせいかスヴェンの気持ちも変に大きくなっていた。  

「・・・セーリヨウヒン買わなきゃいけないんだけど・・・」  
「ゴホン、あー、おう、そうだな必要だな!じゃあ、金やるから・・・」  
わざとらしく咳払いをして、上ずったような声で話すスヴェンの声を  
イヴがさえぎった。  
「・・・スヴェンに一緒に来て欲しいんだけど・・・」  
イヴのその一言にスヴェンはギョッとした。  

「かっ・・・、はぁ?」  
言葉にならない意味不明な声を出してスヴェンが問い返す。イヴは唇を  
かみしめ、潤んだような泣きそうな目でスヴェンを見上げていた。少女  
の目には必死な、哀願するような気持ちが見て取れた。スヴェンはその  
表情から少女の気持ちを察すると、ふぅと聞こえないため息をついて、  
覚悟を決めた。この少女の必死の願いを拒否するのは、スヴェンの紳士道  
に反することだった。  
「じゃあ、とりあえず着替えて来い」  
スヴェンがそういうと、イヴの顔にみるみる安堵の表情があらわれてきた。  
そしてイヴの表情がぱっと明るくなると、イヴは無言でうなずいてパタパタと  
自分の部屋に走っていった。  

無精ひげの男と、金髪の少女が並び歩く。傍目には奇妙な取り合わせだった。  
街はまだ午前中なためかそれほど歩いている人は少なかった。二人は無言だった。  
「・・・って、言われてもなぁ・・・。俺はそのテについて教えてやれることは  
できないぜ?イヴ」  
沈黙を解いたのはスヴェンだった。イヴがふいっとスヴェンを見上げる。  
「・・・うん。わかってるよ・・・。ただ一人で買いに行くのが恥ずかしかった  
から・・・」  
(俺だってそんな買い物に付き合うのは恥ずかしいんだがなぁ・・・)だが  
スヴェンはそう思っても口に出すようなことはしなかった。  
「・・・ごめんね、変なお願いして」  
「まぁ、別にいいんだけどよ・・・」  
そうこうしているうちに二人は店に着いた。  

「いらっしゃいませー」  
二人が店内に入ると店員が声をかける。が、その客の奇妙な取り合わせ  
に一瞬怪訝な表情を見せた。スヴェンもイヴもそういったことにはもう  
慣れてしまっていたのだが、今日は用件が用件なので、どうしてもぎこ  
ちない不自然な態度となってしまった。  
「ほら、イヴ」  
スヴェンがイヴの方を肘でつつく。イヴは振り返りもせずそそくさと店  
の奥に歩いていった。スヴェンはなんでもないかのように手近な商品を  
手に取り、わざとらしく商品を品定めするかのようなしぐさをしていた。  
たたた、とイヴが小走りで歩いてきた。ん?とスヴェンがイヴを見る。  
「どっちがいいのかな・・・」  
イヴが二つの商品を手に持ってスヴェンに見せる。その表情はいつになく  
真剣だった。  
「ばっ、男の俺に聞かれてもわかんねぇよ」  
スヴェンが小声で噛み付く。  

「ナプキンとタンポンってどうちがうの?」  
「し、知らん。店員に聞けよ、ホラ、女の店員がいるじゃねーか」  
くるっとイヴが振り返ると、女の店員がこちらをいぶかしげに見ている。  
「・・・あ、そっか」  
イヴはその店員のほうへ歩いていった。やれやれ、とスヴェンは大きく  
ため息をついた。(こりゃ、下手な掃除よりもキツイ仕事だぜ・・・)  
しばらくするとイヴが包みを持って戻ってきた。  
「買ってきたよ」  
「おう、じゃ帰るか」  
スヴェンはちらっと店員のほうを見た。運悪くさっきの女の店員と目が  
合ってしまい、スヴェンはあわてて目をそらした。二人はそそくさと店  
を出た。  

「最初はナプキンのほうがいいよってあの人が教えてくれたよ」  
「・・・そ、そうか」  
スヴェンはさっき目が合ってしまった店員のことを思い出し、一人気ま  
ずくなっていた。  
「で、あの人、スヴェンのことお父さんですかって聞いてきた」  
「はぁん?」  
スヴェンが間の抜けた声を出す。  
「わたし、はいそうですって答えておいたよ」  
イヴはくすくすといたずらっぽく笑った。それが今日始めての、イヴの  
自然な笑顔だった。  
「そうか」  
その笑顔を見て、やっとスヴェンも緊張から開放されたような気がした。  
イヴもさっきまでうつむいて歩いていたが、もう安心したのかいくぶん  
すっきりしたような表情で歩いている。  
「そしてらね、優しいお父さんですね、って言ってくれたよ。その人」  
そういってイヴはまたくすくすと笑うのだった。  

二人は公園のそばを通るとホットドッグ屋が店を出し始めたところだった。  
スヴェンは何か思いつくとホットドッグ屋へ歩いていった。  
「スヴェン?」  
「ちょっとそこで待ってな」  
しばらくしてスヴェンはホットドッグと飲み物を二人分買ってきた。  
「ついでだから朝メシも買っておこうかと思ってな。それにもしトレイン  
が起きてたら、言い訳になるだろ」  
「・・・そっかあ。さすがスヴェンだね」  
出来立ての、温かい、ホットドッグの包みを受け取りながらイヴは感心した  
ように言った。  
「たしかに、何のお買い物かって聞かれたら答えにくいもんね・・・」  
「そういうことだな。さ、行くぞ」  

二人は自分たちの家に戻ってきた。玄関に入ると、トレインが二人を見  
つけて駆け寄ってくる。トレインは買い物袋を見て言った。  
「どーしたんだ?スヴェンに姫っち、朝っぱらから買い物かぁ?」  
「まーな、たまにはな」  
「おやおや、仲のいいことで。お、この匂いはホットドッグ?やりい」  
トレインがイヴの持ってる買い物袋を手に取ろうとする。それを、  
ひょいっとイヴがすかす。  
「私たちのぶんしかないよ。スヴェンと、私の」  
「なにぃ?」  
トレインが驚愕の表情をあらわにする。  
「あー、いいぜ、トレイン俺は食わねえから」  
スヴェンが奥の居間から声をかける。  

「ほんとか?ラッキー!さすがスヴェンちゃん、優しいねぇ。んじゃ姫っち」  
しぶしぶイヴがホットドッグと飲み物を袋から取り出す。  
「はやくはやく、姫っち」  
トレインが袋の中身を覗き込もうとした。その様子をみてイヴが驚きの声を  
あげる。  
「ダメっ!!見ちゃ!!」  
その迫力に押されトレインが一歩二歩、後ずさる。  
「な、なんなんだよ・・・。それに朝っぱらからどこほっつき歩いてたんだ?二人とも」  
トレインがイヴに尋ねる。イヴは包みからホットドッグを取り出し、  
トレインに渡しながら言った。  
「二人だけの秘密。トレインには教えてやらないんだから」  

(END)  

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