レベッカは部屋の入り口で所持するショットガンを構えていた。その狙いは前方で蠢く巨大な怪物だ。
彼女は震えていた。何しろ相手は見た事も聞いた事もない生き物である。虫が巨大化した形態の異形の
怪物は、レベッカの姿を野球のボールのような眼球で捉えると、体勢を低く身構え、”狩り”の姿勢を崩さなかったのだ。
徐々に怪物はレベッカとの距離を縮める。長くて甲殻に覆われたその足には、先端に鋸(のこぎり)の様な鉤が
いくつも生え、その表面は毛でまみれていた。ちらちらと蠢く触覚は、レベッカとの距離を正確に把握している
事だろう。腹部はグロテスクに蠕動し、今から味わうであろうレベッカから漂う匂いに興味を抱いて早くも
活発になりつつある事が伺えた。
レベッカは子供の頃からの虫嫌いも祟って、完全に硬直していた。こんな巨大化した虫の体を細部まで拝める
ような事態に陥ったのだから、彼女にとってはショックどころの話ではない。加えて命を脅かされる絶体絶命の
窮地に陥った事で、レベッカの思考回路は全て短絡したように、何も考えられなくなっていたのである。
呼吸が何度も不規則に止まりかけ、気管がひゅっ、ひゅっ、と酸素を求めていた。
足は立っているのが奇跡的な程だ。構えた銃口はどこに狙いを定めているのかわからない程に震え、
残弾も把握していなかった。
レベッカは構えながら泣き咽た。かすれた悲鳴を上げながら、迫りつつある怪物の姿が視界に大きくなると鼓動が
警鐘を訴え始める。
そして怪物は動かぬ獲物を前に臆する事無く接近、足元まで迫ると大きな顎を開くと、巨大なその身を立ち上げる。
前脚でレベッカの両肩をがっちりと掴み、自重に任せて彼女の華奢な体を床に押し倒していったのである。
レベッカは悲鳴をあげ、近づく怪物の体を必死に押し返そうと足掻いた。
顔先にまで迫った怪物の顎はがちん、がちんと凄まじい音を立ててレベッカの柔らかな肌を脅かした。全身に
どっと汗が吹き出し、怪物の油臭い体臭がつんと鼻を突く。こうなってしまってはもうレベッカは無力に等しいもので、
怪物の圧倒的な圧力と重さに際しレベッカは声さえ失った。例えるならば、巨大なコンクリート片が体の上に載った様な
女の腕力ではどうしようもない程の圧力。レベッカの腕は前足に捕らわれ、あっという間に捻じ伏せられてしまった。
容赦なく怪物の顎が目前に迫る。レベッカは痙攣を起こし、瞳からすうっと意識が薄れていった。鋭利な顎が彼女の
首筋に食い込むと、怪物はその桃を突く様な感触に狂喜したように腹部を震わせたのである。
レベッカは朦朧とする意識の中、短い唸りをあげた。肌に食い込んだ怪物の顎と、自分の心音が同期したように
どくん、どくんと鼓動した。その鼓動は全身に大きく響き、その度にレベッカの体がびくんと跳ねた。
怪物の腹が自分の下腹部に押し当てられ、やはり鼓動していた。腹部に発生した膨らみは、波打つように
腹部を前後に移動させる感触が伝わってくる。自分の血液を吸われているのか、それとも何かを送り込まれているのか
はわからなかったが、レベッカは体が徐々に麻痺し、全身の筋肉が弛緩していくのが理解できた。
レベッカの心の中は絶望に埋め尽くされていく。声は途切れ途切れに震え、言葉らしい言葉はもう出てくる事はなかった。
怪物がゆっくりと体を離すと、レベッカはぐったりと項垂れて動かなかった。
押さえつけられていた手は前脚に食い込み、血が滲み出ている。肩口には怪物の噛傷が残り、周囲の肌は赤く
染まっていた。
レベッカは顔を床に投げ出し、震えている。先程から徐々に熱を失っていった体はとうに冷え切っており、彼女は
目を閉じたまま歯をかちかちと震わせていた。
毒だ。
怪物に、毒を注入されたのだ。
彼女は咄嗟に、そう思った。今、この症状を治癒する手立ては勿論あったのだが、動かぬ体では腰に取り付けた
サイドパックまで手は届かず、そうこうする間にみるみる体力が失われていく。
その頃、怪物は触覚で彼女の体を弄っていた。胸元から徐々に南下し、体中を探っていくと、レベッカの体は
ぴくりと反応を見せる。
やがて怪物は彼女の股間をしきりに弄り始め、狙いを定めると、彼女の着衣を無造作に裂いた。
ぽっかりと曝け出された陰部に頭を近づけ、両脚を太腿に食い込ませると、顎の下からさらにもう一つの突起物
を伸ばし始めたのだ。
その先端は塗装用の刷毛(はけ)の如く細毛がびっしりと生え、突起表面には粘液が絡みついている。
恐々と薄目を開けたレベッカはそのグロテスクな光景に恐怖した。
乱暴に玩具を扱うよう、レベッカの股間が怪物の目前に差し出されると彼女はいよいよその意味を知り、
呼吸を詰まらせながら大粒の涙をぼろぼろと零し始めた。
静かに、先端の細毛が彼女の陰唇に触れた。体を動かす事も出来ないレベッカは、その生々しい感触に
途切れ途切れの悲鳴を上げるのみである。部屋内には彼女の声だけが響いていた。
先端部が秘部に飲み込まれると、いよいよ怪物は突起を伸ばし、みるみるその姿を彼女の内部へ沈めていく。
異様に長く、そして太いそれは彼女の許容を超え、それでもなお奥に踏み入ってくるのだ。
彼女はその苦しみに死んでしまうかと思われるほどに絶叫していた。ぐっ、ぐぶっ、と、入り込んでいく異物は彼女の
膣を埋め、震える。やがてその動きが止まると、彼女の下腹部に不可解な力が加わっていくのだった。
レベッカの内部から、怪物は彼女を吸い上げていた。
下腹部表面がぐっと沈み込み、差し込まれた異物の形が肌に浮き彫りになっていく。その形は複雑に角度をつけて
やがてとぐろを巻くように到達していた。下腹部が静かに動き、それを目にした彼女は子供のような悲鳴をあげ
恐怖に泣きじゃくった。腹部に感じる、未だ感じた事の無い力は冷え切った彼女の秘部に直接働きかけると、
愛液の分泌を促すのである。怪物はレベッカの体液を吸い、異物がそれにあわせて脈動していた。
彼女の体から残る力が消失し、やがて感覚すら鈍くなると、股間に挿入された管の苦痛すら感じなくなり、麻酔を
受けたように眠気がレベッカを襲うようになる。
彼女は股間で体液を啜る怪物にあわせて震えながら、投げ出した視線を必死に凝らした。
意識を失ったら最後、待っているのは怪物の餌食となる”死”のみである。
更に怪物は彼女の腰に脚を食い込ませ、貪るように啜り上げてくる。腰から血が浮かび上がると、その僅かな感触に
レベッカは再び意識を振起した。が、同時に弛緩しきった陰部から込み上げるものがあった。
管の上方からぽろぽろと液体が零れだす。腰の刺激と筋肉の弛緩により、彼女は失禁してしまっていたのである。
だが尿道口から溢れるその液体さえも管の上に零れ落ち、細毛に纏わりつき吸収されていった。
レベッカはもう下腹部を見ないように勤めた。指を動かそうと意識し、視線で自分の指を追った。
感覚は無いが、微かに指が持ち上がる様子が見える。そしてその手にはショットガンが握られていた。
重いトリガーを引くためには、こんな力では引けるはずも無い、が、それでもレベッカは諦めずに何度も何度も
トリガーに指をかけた。もう死は目前に迫っている。これが最後の抵抗であると言う事は彼女自身が理解していた。
もう助かる術はない。
助けも来ない。
怪物がレベッカを堪能する間中、朦朧とした意識の中で彼女は諦めずに何度も繰り返した。
その時だった。
急に視界がずらされていき、ショットガンを握った手は上方へと視界から外れていくのだ。
怪物は管を通したまま、彼女の脚を掴んで引き摺り始めたのである。
目指すは部屋の壁にぽっかりと大口を開ける空洞。
途端、レベッカは何も考えられなくなった。
怪物は、彼女の体を巣穴へ引き摺り込もうとしていた。ずるずるとレベッカの体は引き寄せられ、
みるみる壁へと近づいていく。彼女の血の跡が床に残された。
そしてそのままレベッカの姿は穴に隠れ、部屋には誰も居なくなったのである。
レベッカには、意識という意識は既に無かった。
ただ目をぼんやり見開いているという、ほぼ気絶に近い状態である。視界は闇に覆われ、何も見えなかった。
きりきりと、虫の鳴き声が無数に聞こえる。後に聞こえるのはじゅくじゅく何かを啜る音のみ。
レベッカの体に無数の脚が纏わりつき、口内に管が差し込まれると、虫達は獲物を獲て腹を一斉に震わせた。
レベッカは鼓動だけを感じていた。
無数に群がる音の中で、唯一つはっきりと伝わる、自らの心音。
どくん、どくん。
ゆっくり、確かめるように響くその音はレベッカにまだ息づいている。
その他の音はもう聞こえない。この音さえ、聞こえればそれでいいのだ。
確かに自分は生きているのだ、という事を唯一確認できる術だった。
───私はまだ生きている。
レベッカは安堵に包まれると、何も見えない空間の中、ゆっくりと瞼を下ろしていった。