昼間のスーパーマーケットはただでさえ混雑しているが、都心に位置するこのラクーンズデパートの混雑ぶりは、小規模ストアの比ではなかった。
さらに今日は週末が重なっており、幾層にもなる広いデパートに数多の老若男女が入り乱れている様は、さながら何かの巣のようであった。
ジムは、意を決して人波の中へ足を踏み入れる。
人波の誰もが慣れたもので、人の洪水押されながらも確実に我の買物をこなしていた。
だが、中には欲しい商品をバスケットに持っていくばかりに気を囚われ、自らの持ち物を無防備に曝してしまう者も多い。
ジムのねらいは、そういった田舎出の馬鹿な客にあった。
「あとはパパのシャツを買ったら終わりよ」
ベビーカーの中でぐずる赤ん坊に、疲れ切った顔で呼びかける母親は、一瞬、ハンドバックをショーケースの上に置いた。
「ええと、紳士服は何階かしら」
赤ん坊におしゃぶりを与えた母親が再び顔を上げた時、置いたはずのハンドバックは消えていた。
・・・
「またてめえか!」
通報を受けてやってきた警官は、ジムの顔を見るなり呆れたように言った。
ジムは少し笑い、母親から盗ったハンドバックを素直に警官に差し出す。
警官はバッグをむしり取ると、連れてきた持ち主に手渡した。
「中身は大丈夫だと思うが、どうだ?」
「……あ、はい。大丈夫です」
「そうか。言っとくが盗まれたものが無傷で戻ってくるなんて、地球に隕石がぶつかる確立より低いんだからな。今度は気をつけろよ」
「はい」
母親はとにかく安心したらしく、ベビーカーを押して去っていった。
「で、どういうつもりだ?」
警官は、デパートから離れた場所にジムを連れてくると、尋問するように睨めつけた。
「いつもの癖なんだ」
と、ジムは言う。
同じことをして警官を呼んだのは、これで58回目だった。
「58回目だぜ」
警官はいらいらと頭を掻く。
「しかも決まって俺の当番の日だ。警官の俺が言いたかねえが迷惑なんだよ。どうせなら水曜とか木曜にしな」
始末書にペンを走らせると、
「いいか、今度俺を呼びやがったら撃ち殺すからな!」
パトカーに乗り込んだ。
だが、ジムがその進行方向に回り込む。
「待って、まだ行かないで!」
フロントにしがみつく。
警官はエンジンを吹かした。
「ひくぞ!」
「実は、俺!人も殺したんだ!」
「はあ?!」
直後、警官は脱力したのか、ハンドルに頭を埋めた。
「殺した人の死体の場所とか、動機とか、留置場で話すよ」
ジムは助手席に乗り込んだ。
その頬は薄く紅潮している。
パトカーを走らす警官の横顔をまじまじと見つめる。
もし、自分の言ったことがすべて嘘だとわかったら、今度こそ撃ち殺されるだろうか。
だが、それでもいいと思った。
自分は、このためだけに毎回を懸けているのだ。
こうやって呼び出しているあいだ、精悍な警官の瞳には、たとえ短時間といえども自分しか映らない。
それがうれしくて堪らず、58回も簡単な盗みを繰り返していたわけだった。
だが、今度ばかりはこれが最後のような気がする。
何しろたいそうな嘘をついてしまったのだ。
どうせ、これが最期なら。
ジムは助手席から身を乗り出し、無理やり運転席に足を滑らせてブレーキをかけた。
パトカーが林道で急停車する。
To be..