気が付けばアリッサは二人と別れていた。
いつ、どこで別れたのかすら判らない。雲にまかれたような、そんな印象を受けアリッサはぞっと寒気を覚える。
先程からそうだった。この病院に辿り着く道中、霧にまみれた辺りの中にぼんやりと浮かび上がった記憶。
まるで森が”フラッシュバック”を見せているような、物語っているような、そんな幻想を見せられてからアリッサには
ある思い事が脳裏の奥でちらついていた。常識では考えられないが、この後に及んで常識などという言葉を出すのは
どうかと考えると少々自嘲気味に苦笑を漏らしたものだ。
……だが、どうにも不可解な事が多すぎた。病院に辿り着いた時も、その姿をちらつかせた森のフラッシュバック。
…異常なまでの霧、無秩序に増殖する植物、いつの間にか消えた二人。
そして、頭の隅を過ぎる何かの予感。カートの手帳。
…この病院には、何かある。
…自分はここを、訪れた事がある。
記者の勘などというものではなく、薄れた記憶の中でアリッサにはそう感じる思いがあった。
「あの二人は…」
しかし、取り敢えずは行方の知れぬあの二人を探さなければならない。
二人一緒、だとは思う。しかしながら普通の生活の人間なら当たり前の事というべきか、何しろ銃の扱いもまだ
不慣れな二人だ。銃を扱った事のある自分と違い何かあってはいけない。加えてここに来るまでに消費した
弾薬や装備では、何とも心許ない感が否めなかったのである。
引き返そうと踵を返す。扉へ向かい歩き出したはずの足が、徐々に歩幅を縮め、ゆっくりと止まる。
アリッサは違和感に気付いていた。神経を研ぎ澄ませ、扉の向こうの様子を息を殺して伺う。
微かに空間を伝わって響く、足音が聞こえる。アリッサはすかさず壁の影に移動すると、所持していた
ハンドガンを胸に構え、迫る何者かの気配を伺った。
その気配は、間違いなくこちらに近づいてきている。アリッサは再び壁から覗かせていた顔を戻すと、
天井を見上げ、深呼吸を一つ入れて、覚悟を決める。
扉がぎい、と鈍い音を立てた。足音はアリッサのいる廊下に足を踏み入れると、一歩、また一歩、こちらへ
向かってきている。アリッサは勢いよく壁から廊下へ飛び出すと、銃を構え足音の正体と対峙する。
その正体に、アリッサは目を丸くさせた。
「え…」
竦みあがり両手をあげ、その場に立っていたのは紛れもなく先程別れたヨーコだった。
「ヨーコ?」
アリッサは素っ頓狂な声をあげ、銃を下ろす。
その向こうで頼れるアリッサの姿を確認したヨーコは、アリッサに飛びついて興奮まじりに喚き立てる。
「アリッサ!良かった…」
「……脅かさないでよ」
「シンディが…!」
「……」
只ならぬヨーコの雰囲気に、アリッサは気押された。同時に最悪の予感が脳裏を過ぎる。
…まさか。
「…シンディが!……逸れたの…追われるうちに逸れたの」
そう切れ切れに搾り出すヨーコの言葉の隙間から、アリッサは再び気配を感じ取った。
どこかただならぬ気配の主は、荒げた吐息を扉の向こうから響かせ近づいてくる。
「…ここやっぱり何かおかしい。ねえ、早くシンディを見つけて逃げ出そう」
アリッサはヨーコの口を掌で塞ぐと、ヨーコを自分の後ろに移動させ、再び銃を構えた。
ヨーコもアリッサの行動からその気配の正体を理解すると、アリッサの影から震える手で
ポケットをまさぐり、ハンドガンを構える。
手元はおぼつかず、構えた銃口は小刻みに震えてかたかたと音を立てていた。
扉が蹴破られる。男は荒い呼吸でしきりに肩を揺らしながら現れた。斧を両手で握り締め、頭から
すっぽりと黒い覆面を被りゆっくりと床を踏みしめる。その様子からしてゾンビのような死した存在でない事は
伺えるが、手にした斧は明らかな殺意の表れと見える。どうやら同じ生きている人間としても
歓迎はしてくれぬ様子であった。
「何よ、こいつ……」
その姿に一瞬あっけにとられアリッサは眉を顰めながら、口元だけで笑う。引き攣っているともとれる
その笑みに向かって、男は斧を振り上げアリッサに迫っていった。
「止まりなさい!撃つわよ!」
アリッサの制止も聞き入れる様子は無く、男は興奮を隠ず突進してきた。
やむなくアリッサが銃のトリガーを引く。しかし勢いに押されてか、アリッサの放った弾丸は男の脇を
掠めて壁に突き刺さった。
「……っ!」
「あっ」
瞬間、アリッサはヨーコを突き飛ばすと、その反対に飛びのく。
振り下ろされた男の斧は間一髪で二人の間を掠め、ガチン、と激しい音を立て床に深々と突き刺さった。
アリッサはすばやく体勢を整えると、三度銃を構えようとした。しかしその瞬間、凄まじい振動とともに男の
位置していた床周辺が抜け落ち、辺りは一瞬にして埃と煙にまかれてしまったのである。
甲高い叫び声が煙の向こうから木霊した。
「ヨーコ!」
ヨーコの悲鳴にアリッサは一旦銃を下ろすと、声の方向へ駆け寄った。
「うっ…ゲホッ…ッ……ヨーコ」
飛び交う煙で辺りの視界は奪われ、ヨーコの姿は確認できない。男はどうやら下へ落ちたようだが
同時にヨーコも落ちてしまったのか。アリッサは煙で咽ながらもヨーコの姿を追った。
「ヨーコ!」
返事は返ってこない。もし男と一緒に落ちたのなら、ヨーコは命の危機にある。何とかして救い出さなければ。
思った途端、煙幕を裂いて予期せぬ何かがアリッサの足に絡みついたのだった。
「えっ!?」
気付くなり、アリッサの体はそのまま引っ張られると床に引きずられていく。
煙幕の中からずるずると引き出されると、纏わり付いたその”植物”はアリッサの足首を痛いほど締め上げた。
「あううっ!」
足だけでは無い。目を凝らせば更に数本の”ツタ”のようなものが壁の隙間から伸びてきている。
それは蛇のように柔軟性を持ち、獣が駆ける程の速さを持った意思のあるような動きだった。
それらはアリッサの体に纏わりつくと、首や右手、胴、太腿と、アリッサの体に次々と巻きついていった。
取り付かれた瞬間、アリッサは首に巻きついた植物の隙間にすばやく爪を立て抵抗するが、
表情は次第に苦悶の色を見せ始める。
「ぐう…っ……ふ…この……何だって…いうのよ!」
アリッサは左手でポケットから折りたたみナイフを引き抜くと、手当たり次第に切りつける。無我夢中だった。
こうして動きを封じられている合間にまだ幾つもこちらに向かってくる植物の姿を確認していたからだ。
一度。もう一度。…更にもう一撃。
植物の切り口から勢いよく液体が噴出すと、両脚に纏わりついていたツタは壁の隙間に消えていった。
間髪入れず今度は首の触手を掻き切る。どくどくと脈打つその植物はアリッサの体から次第に遠のいていく。
「んっ……はあ………はあ……っ」
残りの触手を踏みつけると、アリッサはその場から飛びのいた。
触手の手が届かない所まで退避した後、乱れた呼吸を落ち着かせ息を呑む。
ただ壁に張り付いていた植物が自分を襲ったのだから、意表をつかれた彼女の驚きは相当のものである。
信じられないといった感じで目を丸くさせたまま、切られてなおも蚯蚓(みみず)の様に這い蹲る触手を凝視し、
その場にへたり込んだ。
「…何なのよ……これは」
床に尻餅をついたまま、アリッサは汗を拭いながら蠢く植物をじっと見つめていた。
「…う……」
うっすらと目を開けると、そこは土色の煙が立ちこめていた。
ヨーコは痛みが走る腰に顔をしかめながら、ゆっくり立ち上がろうとする。
そこで、足首に何かが引っかかっている事に気がついた。落下の際のコンクリート片と鉄骨の間に
足が挟まって抜けなくなっていたのである。
「痛…っ…」
何とか足を引っ張り出そうともがく。小さいとはいえ重量のあるコンクリートは、ヨーコの足を圧迫し
ズキズキと痛みを増していく。まだ、この程度で済んだのが運が良かった。下手をすれば、辺りに
落ちているもっと大きなコンクリートが自分に覆いかぶさったかもしれなかったからだ。
煙の中で目を凝らそうとするが、その目すらも開けていられない程に埃が舞い散っている。老朽化が
激しかったこの病院の様子ではそれも頷けた。自分がどこにいるのかはわからないが、足元を見れば
一面の植物、床にツタのような、根のような太い緑色の植物が隙間なく張り巡らされており、体内を走る
血管を想起させてヨーコはぞっと震えを起こした。
脈打つ植物の上に手をついていることに気付き、思わず声をあげ手を床から離す。
「…何これ……」
ぼんやりと煙のひいてきた辺りの視界に、崩れ落ちた床の残骸ではない何か大きな塊が蠢いているが見えると
ヨーコはじっと様子を伺い、そしてその光景に言葉を失った。
ゆっくりと鼓動するそれは部屋の奥に巨大な株を据え、その至るところから伸びたツタは部屋の壁を突き抜け
網羅されていた。天井からは漏斗が逆さまに植わった様な、先端が大きく開かれた形状の植物が何本も首を伸ばし
壁に張り付けられた医者の亡骸であろうか、ツタに覆われたそれは絞り粕の様に朽ち、干乾びていたのである。
よく見ればそれだけではない。辺りをぐるりと見渡せば同じような死体が幾つも転がっており、中には鳥や犬の類、
動物の死骸が原型を留めぬまでに劣化し、引き裂かれ散らばっていた。
「…うっ」
加え、その植物の放つ青臭さと死骸の異臭が入り混じった相当の悪臭で、胃液の逆流を感じて
ヨーコは戻しそうになるのを必死に堪えた。目に涙を浮かべ、肩で息をする。見なければ良かったと
後悔するも遅く、その凄惨な光景を見せ付けられ何を考えているのかわからなくなる。
本能でこの場所に長居は危険だと悟った時、彼女は目に付いた部屋の扉から一目散に外へ逃げ出すべく
必死に足を引き摺り出そうと試みた。
その矢先に再び響く突然の音に勢いよく首を向けると、辺りのコンクリートの一片がガラガラと音を立てて
持ち上がる。その姿にヨーコは絶望した。
中から這い出てきたのはあの男である。息を切らしながら咆哮し鉄骨をぶちまけると、部屋の中央で
呆然とするヨーコをじろりと見つめ、ゆっくりとコンクリートの中から立ち上がろうとするのである。
ヨーコは視線を逸らさず、無我夢中で足を引っ張る。汗が頬を流れ、呼吸が次第に速度を速めていった。
「はっ、…あ、はっ、はっ…!」
焦りで思うように体が動いてくれない。焦れば焦るほど無駄な動きが増え、やがて足まで這い出た男は斧を
手に携え、ぎいぎいと先端を床に引き摺りながらこちらへ向かって来るのだ。
…早く。
…早く。
…早くしないと
……殺される。
ようやく足の自由が利くようになると、勢いで体を床に倒したヨーコは瓦礫の隙間を四つんばいで這い出た。
そしてそのまま走り出そうと立ち上がった瞬間、背後から物凄い力で肩を掴まれ、勢いよく向き直される。
視界にそれが写った時、悲鳴もあげられずに硬直する。ヨーコは心臓が止まる思いだった。
「…ひぐっ」
男の顔が鼻先数センチという所、ヨーコの瞳を凝視していたのである。
薄汚れた黒い覆面に開けられた二つの穴から、血走った眼球がぎょろぎょろと蠢いて
ヨーコを値踏みするように、恐怖に怯えた表情、首、胴から脚と上半身から下半身へ眺め回していく。
覆面の布越しに吹きかけられる男の呼吸が熱を帯びている。ヨーコは呼吸を震えさせながら
もとより動かぬ体が一層硬直していくのがわかった。男の目線から視線を逸らせぬまま次の行動を恐れる。
手にした斧からは血の匂いが漂い、男の覆面もまた近くで確認すれば返り血にまみれて所々染みをつくっていた。
ヨーコはかすれた叫びを訴える。
瞬きさえ出来ぬ瞳から涙がじわりとあふれ出す。振り上げられた男の腕の先には、抜け落ちた
天井から僅かに差し込む日の光を反射させた切っ先が見え、その光がヨーコの視界の自由を奪う。
影が彼女の体を徐々に埋め尽くすと、徐々に自重を傾け彼女の体を床に叩き付けたのだった。
「か…はっ」
瞬間、ヨーコは頭が真っ白になった。自分は死ぬと言い聞かせながら、脳髄から全身に駆け巡る
振動に支配され、そして何も考えられなくなった。
激しい金属音が鼓膜を痛いほど震わせる。男の斧がヨーコの顔先わずか横の床に突き刺さったのだ。
斧を手放すと男は呆けてしまったヨーコの全身に手を這わせ、弄った。
男の意図がわからぬまま、ヨーコは嗚咽をあげながら手を跳ね除けようとするばかり、
その節くれだった厳つい指はヨーコの胴回りから両足に至るまで隈なく触れ回る。
決してヨーコを傷つける様な動きではなく、何かボディチェックを受けるといったような印象を受ける。
やがて手が止まると、男はヨーコの胸ぐらを掴み、ぐい、と引き寄せて顔を迫らせた。
どこか耳に覚えのある声が低く、太く、ヨーコに囁きかける。
食事の時間だと、確かに男は呟いたのだ。
「…ひっ、…え……ぐっ…」
男の言葉が何を意味しているかもわからず、ぐったりと手を垂らしヨーコはただ泣き啜るばかりで
男は掴んだ両腕に力を込めるとゆっくり立ち上がり、彼女の体を赤子の様に軽々と持ち上げていく。
地から離れた足先を振らせ、ヨーコは男の腕を掴み振り払おうとした。呼吸が圧迫され、血の巡りを
遮られて顔は鬱血の様相を見せ始めみるみる紅潮すると、ヨーコの意識は徐々に遠のいていった。
「うぅっ、あっ……あ、あ、…ひ…ぐ…っ」
「ああ……ドロシー、見てみろ。久々の獲物だぞ」
男の声は喜びに上擦っていた。興奮を隠せず鼻息も荒く、覆面が呼吸で凹凸を繰り返していた。
男はヨーコを吊り上げたまま一歩、二歩と前進する。
その先は先程の異形の植物、臆する事もなく近づくと彼女を植物目掛けて放ったのである。
「……うっ…」
ヨーコの体は宙に舞い、床を擦り埃をあげて植物の根に打ち付けられた所で止まった。
痛みに気を取られる間も無く、ヨーコは体を起こそうと顔を上げる。近くで見ればはっきりとわかる。
馬鹿げた大きさの根株のような、植物中央に縦に走った裂け目から液を吹き零しながら植物は蠢いた。
その細胞組織一つ一つが唸りをあげるかの如く、獲物を獲た喜びに震える凄まじい音が部屋に響き、
辺りの植物達が一斉に動きを活発にさせていく。
全身にびりびりと空気の震えを受け、竦みあがったヨーコは男の存在も忘れて逃げ出そうと手をつき、
体を起こした。床を地割れの様な速さで触手が這い、その手首にくるくると巻きつき彼女の体勢を崩すと、
辺りの植物も次々に彼女に襲いかかっていったのである。
「きゃあっ!?…くは…っ…嫌あっ、あっ、ふあっ、あああああっ!」
後ろから何本もの触手が迫ると、首、両腕や腰にみるみるうち巻きつき、上体を仰け反らせると今度は
太腿や股下、足首と至る所で体を拘束し、きりきりと成す術の無い彼女の体を締め上げていく。
「うふうっ……くぅ……」
首に巻きついた触手に自由の利く片腕の指をかける。が、その手も呆気なく触手に捕らわれると、大きく
両の手足を広げられ体は徐々に宙に高く浮く。
両手両足の自由をあっという間に奪われ、磔のような状態に陥る。
「ふ……んっ…あぅう……!」
全身に巻かれた触手が体をぎりぎりと締め上げた。全身が圧倒的な外力を受け圧迫され、血流が遮られる。
骨が砕けてしまいそうな残酷な痛みが体中に響き渡り、酸素の供給を許さず機能不全を引き起こす。
やがて彼女の視界は白塗りに変わり、筋肉の弛緩を促すのである。
みるみるうちにヨーコの体力を奪い去っていくその触手はネジのように巻き幅を縮め、さらなる悶絶へと彼女を誘う。
苦痛で思わず叫び声をあげるヨーコは目を閉じて耐えた。
「…んんあああああう!」
「はぁははは…!気に入ったかドロシー。…さあ、………存分に味わうがいい」
男はヨーコから少し離れた下方で高笑いをあげ、歓喜に満たされていた。両手を広げ、肩を震わせて悦に浸る。
狂気の沙汰であった。
無我夢中でもがくヨーコの体になおも無数の触手が迫ると、彼女の体つきを縁取るかのように這い回り、
やがてその内の一本がシャツの中へ潜り込んでいく。
間近に見るその一本が男性器を連想させ、皮膚にじわじわと触れるその感触に全身を強張らせて背筋に寒気を走らせた。
その触手は一本一本が肥大化した植物の本体に比例した大きさを誇り、その太さは昂りの頂点にある男性器の
それよりもはるかに凌ぐほどである。
胸元で蠢き、肌を侵食していくと更に別の触手がシャツの隙間から侵入を果たしていく。
「う…わ………ひうぅ……っ…」
拳を握り締め、体をくねらせてそのおぞましい感覚に耐えようとする。一度体を屈めると、震える糸が
切れたかのようにびくっと弓なりに背筋が伸びる。
そんな彼女を見上げる形で、男の様子が一転していた。
「……ドロシー…?」
男は一歩、よろよろと植物に近づくと狼狽の色を見せ始める。
…こんな筈ではない。
……ドロシー、一体どうしてしまったんだ。
触手はヨーコの胸に触れると何かを確かめるように一度蠢き、今度はリュックを払い落とすと
器用に上着を脱がせ始めた。先程まできつく締め付けてきた触手はその力を弱め、次は彼女の履いている
ジーンズに矛先を向ける。
「…っ!?」
腰の隙間からずぶ、ずぶと静かに入り込むと、チャックを弾かせ、ゆっくりとジーンズを降ろしていく。
下着姿になったヨーコの体中を舐めるように丹念に這い、股間を弄るのである。
「ひ…いっ…い…いやああ……っ」
かたかたと歯を震わせ言い知れぬ恐怖に彼女は怯えていた。衣服を脱がされ、肌を弄られ、次に何を
されるかわかったものでは無かった。まず間違いなく捕食されるであろうと踏んでいた彼女にとっては
自分が何故こんな事をされるのか理解出来ない、そういった意味で予想を覆されたのは彼女だけの事ではない。
一方の男もまたその植物の行為に対し、彼女とはまた逆の見方で焦りを見せ始めていたのだ。
男がしきりにドロシーと呼ぶその植物は彼女の体を反転させると、丁度地面と平行を保つ体制で止まり、膝から
曲げられた脚の隙間からちらつく彼女の臀部を駆け上がると下着越しに股間を前後に撫で摩っていく。
ヨーコは時折その感触に小さく呻くが、何度も撫で摩られるうち彼女の声に次第に色が乗り、目線は頼りなく
眉を顰めながらも吐息に熱を帯びていく様子が伺える。
「う…っ……は……っ…あ…」
遠巻きにその光景を目にしていた男は苛立ちを隠せず何度も声をあげていたが、次第にその行為に見惚れ
始めると黙り込み、ヨーコの漏らす吐息に聞き入り、体を熱くしていった。
「く…んっ…」
頬に赤みがさし、顔をぴくんと振りながら唇を結んで声を抑える。股間だけに気を取られているうち、胸を這う
ツタが彼女の乳房の形を変え、頂点の蕾を執拗に突付いた。
天井から伸びた植物が片方の乳房をすっぽり覆うとそのまま乳房を吸引し始めた。植物の中から無数の
細かな”ひだ”が伸び、彼女の胸を余す所無く弄り回す。
「……ぁあんっ!」
堪えきれず口を開いた隙を逃さず、唇に触れていた触手が口内にねじ込まれる。
彼女の小さな口一杯に埋め尽くすと縦横無尽にねぶり、喉を突いた。
呼吸の自由を奪われ、顎が軋み目からは涙が零れ落ちる。彼女の首が口内の触手によりぐらり、ぐらりと振れ、
手足は痺れ始め力が込められず、その触手に巻かれるまま振動に合わせて揺れ動いていた。
「む……っ…うぶ…っ」
息も絶え絶え、ぐったりとするヨーコに更なる追い討ちをかける。股間を弄っていた触手が下着の隙間から
滑り込み、小さな陰唇を押し広げゆっくりと侵入を試みた。狭い内部に触手をくねらせ、少しずつ埋めていくと
滲み出ていた愛液に塗れ、緑色の先端がてらてらと光を受ける。動けぬまでも必死に抵抗を促すヨーコの意図に
反して全て飲み込まれ、じっくりと蜜壷を掻き回していく。その動きに合わせて空中で回るヨーコの腰の動きが
見つめる男に扇情的に映りこみ欲望を一層昂らせた。
「………っ…」
「むぐ…っ…くふうぅん…っ…」
精魂尽き果てたような、諦めと切なさの混じる悲痛な悲鳴をあげる。腹部で暴れまわる触手の動きに耐え、
全身の愛撫を逸らそうとするも加速する行為の中で意識が朦朧としてしまっていた。
加えて菊門を懸命にほぐしている触手の感触で絶望を覚え、もう自分には如何し様も無いという思いで
埋め尽くされてしまっていたのである。なすがままに体を犯され、蜜壷から溢れ出す愛液の量が激しくなっていく。
滴るその雫を先端から吸収すると、今度は臀部を突き出す様な体勢を取らせて菊門への侵入を促す。
彼女の侵入口よりもはるかに大きなその触手は強引に押し入ろうとしきりに蠢くが、なかなか果たせず
ヨーコは苦しそうに嗚咽を漏らした。
「…か……っ…」
悶える体を確りと固定させ、ようやくある程度入り込んだ所でお構い無しに抽送を始める。
血が滲み、両の穴を貫いた触手は下腹部でぶつかり合い、蠢く様子が隆起した下腹部の様子で伺えた。
空気と愛液とが相互に絡み合う、卑猥な抽送音が響き渡る。三度体勢を変え、大きく開脚したヨーコの
体を心置きなく貫いていく。
…何度も、何度も。
───やめて。
───もうやめて。
───壊れる。私が、壊れていく。
「ひゃめふえぇぇぇ!」
ぎっちりと口内に詰められた触手の隙間から、声にならぬ声で悲痛な叫びを漏らす。大きく形を歪められた
その蜜壷からちゅくちゅくと音を立て溢れ出る愛液を味わっていくそれは、触手から植物本体であろう
根株に水分を供給、体内での処理を経た後網羅したパイプラインである植物に伝えていくのだ。
それは有機的な植物の脈動としては別に、その活動はどこか無機的な、プログラムで制御された
コンピュータの印象に当てはまった。
植物は悦びに震え、さらに貪欲にその甘美な味覚を欲する。
地に根付き脈々と生を享受する有機性。併せ持ったコンピュータのような冷酷性。
そしてそれに加わった人間でいう感情のようなもの。
それらが一つに集ったこの塊は決して目標を手放す事なく、どっかりと腰を据えて
その見えない表情の隙間から悪魔のような微笑をにたりと零すのだった。
植物から伸びた糸ほどの”ヒダ”が、赤く濡れそぼったその花弁の頂点に位置する一つの蕾を取り囲む。
その様子は海中のイソギンチャクを想起させた。
その一つが近づいていく。度重なる愛撫によりぷっくりと充血し、丸みを帯びたその蕾の未熟な包皮をゆっくり剥いて
いくと現れる、最も隠された彼女の敏感な一面。
丸裸にされたそれを虐める様に大勢で追い詰め、逃げ場を失わせると無数のヒダが一斉に飛び掛る。
うねうね蠢くそれらは四方八方から彼女の蕾を攻め立てるのだった。
「きゃはあ……っ……ひ……ひぃああああああああううぅぅ!」
そこまで指一本で必死にぶら下がっていた快感の箍(たが)が外れ、彼女は底の知れぬ快感の闇へ消えていく。
抽送を続ける秘部の隙間から相当の愛液を勢いよく噴出すると、びくびくと全身を反らせてがっくりと項垂れた。
「……う……ん…っ……あは………っ…」
触手は放出された愛液をじゅっ、じゅっ、と音を立てて力強く啜ると満足した様に彼女の体を開放する。
久しく遠ざかっていた床の根に下ろされ、力を無くした彼女の体は複雑な体勢で放り出されたのである。
露になった肌から分泌した汗がじわりと浮き出て、雫になり体の曲線を伝った。
涙で濡れた頬や額に水分を受けた髪の毛が張り付き、息も絶え絶えに未だ果てた余韻を残して泣き咽ぶ。
…もう、何も考えられない。何も思い出したくない。
剥きだしになった張りのある臀部の隙間から、絶頂の残滓である愛液が
注射器から零れる薬品の様に床の根を濡らしていた。
───どうして。
気管からひゅうひゅうと、果ての吐息が何度も漏れる。瞳から最後の涙が、紅潮した頬に一つの線を引いた。
男は放たれたヨーコの体に近づくと、彼女の細い腰に手を回し、無造作に持ち上げる。
ヨーコにはもうそんな事がどうでもよくなっていた。
自分の裸を男の視線に曝け出している事も、淫らな光景を晒していた事も。
自分が死の淵にいる事は確かだとしても抵抗する気持ちも起きず、
またそういった気持ちに体が動いてくれなかった。
…もういい。もういいから。お願いだから、私に構わないで。
……何で。あなたの目的は達成されたんじゃないの。なら、それでいいじゃない。
…ねえ、お願い。放っておいて。私を……
男はヨーコの太腿を掴みながら、ぽつりと呟き出す。その言葉の裏に見え隠れする男の憤りは、
感情を露にすることは無くとも明らかな負の感情として姿を覗かせていたのである。
「……こんな事があってたまるか」
「…………っ」
「ドロシーは貴様を生かしたのだ。殺す事なく、あろう事か……!……これがどういう事か貴様にわかるか!?」
男の声はヨーコには届いていなかった。部屋は無音に包まれていたのだ。
男の声も、かすれるようだった自分の呼吸音も、うなるような心臓の鼓動も消えていた。
目の前の覆面の口元がしきりに振動している。強い口調に対し、ただうわ言のように許して、許してと
呟くばかりで、生気の抜けた目は男を捉える事は無く、抱えられた体から腕を垂らして揺れていた。
男はヨーコの顎を掴み向き直させると、さらに強い口調で彼女を睨み付けた。
「ドロシーがそうしたというのなら、お前を殺しはしない。……だが、私はお前を絶対に逃がさない。
例え逃げても私はどこまでも貴様を追い詰める。貴様がどれだけ泣き叫んでも、お前が助かるときは死を迎えた時だ。
命を自ら絶つことも許さん。貴様の一生は私とドロシーの為に死ぬまで尽くす事だ。いいか、…私は絶対に貴様を逃さない」
「う……あ……」
殺気に満ち溢れていた顔が歪んだ微笑を浮かべる。
男は歓迎の言葉を嬉々として口にした。
「……ようこそ。お前は今日から私達のものだ。さあ、今度は私を鎮めてみせろ」
男はヨーコの頭を押さえ込むと、そのままがっぷりと深く唇に貪りついていった。