今のオレ、毎日が楽しいんだ。なぜって?月並みな答えで悪いんだけど、  
それは「恋」してるからさ!もう、一世一代の大恋愛さ。  
命掛けちゃってるの!ってまだ片思いだけど・・・。ああ待って、  
まだ話は終わっちゃいない。続きがあるんだ。  
 
オレがいつも中番の時に見かける子なんだけどさ〜、もーーーーッ、  
か〜わいいんだ、ウブな感じでオレのタイプ。いつも同じ時間に  
同じ車両に乗っていく。ベンチで本読みながら電車待ったりしてさ。  
彼女、きっと学生さんだよ。学校へ通ってるんだ。アジア系かな?  
向こうの人たち、童顔が多くて若く見えるっていうから歳は  
全然わかんないけどね。すっごくキュートさ。もうオレ、  
彼女見かけるたび、胸がキュンと締め付けられるんだ。  
遠くから見つめるだけで精一杯・・・。我ながら歯がゆいよ。  
 
でも恋のパワーってすごいね!臆病でヘタレ、  
そんなオレでもある日思い切った行動に出る事ができた。  
映画だ。チケットを2枚買ってきた。これを持って彼女をデートに誘い、  
友達になろうってスンポーなわけ。きっとうまくいく。  
だって彼女読書家だから、頭がイイんだ!パズルの話で盛り上がれる。  
で、そのうち一緒に100年パズル解いちゃったりなんかして・・!  
正直ブルッてる。心臓バクバクさ。でも勇気を出して話し掛ける。  
今まで通り行くとあさっては彼女、学校休みだろうし。  
あした告ってあさってデートだ!これだ!完璧だ!  
オレ様の計画に穴はな〜い!  
 
次の日、いつもの時間に彼女はそこにいた。よし!いくぞ!  
ジ「か〜のじょッ」  
ヨ「・・・?(駅員さん?)」  
ジ「あ・・あのさぁ・・オレ、ジムってんだけど・・」  
ヨ「・・何か・・・」  
ジ「ここで・・良く、君の事見かけるんだよね・・・。ほら!  
オレここに勤めてるし。いや、つけたりしてないよ?ダイジョブ。  
その〜・・・。友達になりたくって・・声掛けたんだ、あの・・  
あのこれ、映画のチケット。これ受け取って!」  
そう言ってオレは無理繰り彼女にチケットを持たせる。  
あひゃ!手触っちゃった!  
ヨ「あの・・・私・・」  
ジ「明日!ここの場所で待ってるよ、明日ね!この時間!  
チケット持って来てね!絶対だよ?」  
ヨ「ダメ・・なの・・」  
彼女、照れた風に後ずさる。そこで電車を知らせるベルが鳴り、  
アナウンスが流れる。  
ジ「はい、危ないよ?白線の内側にーっと」  
オレ!ドサクサにまぎれて彼女の腰抱いちゃってるよオイ!ジム!お前!  
ヨ「これ・・・いりません・・」  
オレに哀願するような顔でチケットを差し出す彼女。そんなに  
恥ずかしがらなくってもいいんだよ?オレだって恥ずかしかったんだ。  
ジ「これは、君が、持って、来るんだ♪」  
オレは彼女の指をやさしく閉じ、両手で包み込む。  
はぁ、幸せだなあ。  
 
話してるうちに彼女の乗る電車が入ってきた。  
ジ「君の電車が来たよ〜?電車っていいよね?ね?ね?  
今度オレの一番好きな電車紹介するよ、シャイな奴なんだ〜」  
ヨ「あの・・困りますこんな・・・」  
ジ「そうだ!オレ、君の国の言葉勉強するよ!ナマステ〜?」  
ヨ「ごめんなさい、私・・・ほんとに・・」  
ジ「さぁさ乗った乗った、出発するよ?駆け込み乗車はーっと」  
肩をそっと抱いて車内にエスコートするオレ様。う〜ん渋い!  
ヨ「あの・・・受け取れません・・」  
ジ「右よーし左よーし。行ってらっしゃ〜い」  
そしてドアが閉まって電車が動き出した。  
 
彼女、最後までオレとの別れを惜しんでたな〜〜フフ。  
大大成功だ!これで明日はデートッ・・・・・!  
アッ!いけね!名前聞くの忘れちゃったよ!あんまり  
かわいかったから。でもいいんだ、明日、映画始まるまでに  
うんと仲良くなっちゃうんだもんね。あっそうそう、そうだよ。  
大切な事、身だしなみにも気を使わなくちゃ。強力消臭スプレー  
を買って、と。エチケットだよなー、初デートだし。それと  
一張羅のユニフォーム、とっときのクールなスニーカー!  
これで明日のデートはバッチリだ!!  
待っててくれよな、かわいこちゃん!  
 
私はいつものように、地下鉄で電車を待っていました。院の  
図書館で借りた「絶対出来る友人」を座って読んでいたら、  
駅員さんに話し掛けられました。ちょうど本の始めの所の、  
「これを読めば3秒後には友人が!」という文を読んだ直後  
だったので、本当に驚きました。本のせいでは無いと思うの  
だけれど・・・。  
 
駅員さんの私への用事は、映画のお誘いでした。私は  
人見知りをする方なので、お断りしたかったのだけれど、  
強引にチケットを渡されてしまったんです。どうしよう・・。  
私は座席に座って考えました。チケットは指定席で、明日の  
午後7時から上映される映画のものらしいです。題名は  
「死者の夜更け」とあります。もしかしてホラーなの?  
そんなの絶対に見られない・・・ムリよ・・。  
 
あの人に・・返さなくちゃ、でも・・・私一人で行ったら  
きっと、なし崩し的に行く事になってしまう・・。  
どうしたら?返しに行った方がいいの?それとも・・・・  
もう地下鉄には行かない方がいいの?  
 
私は悩んだ末に、院の同期生達に持ちかけてみました。  
でも、誰もこのチケットを貰ってくれる人はいませんでした。  
みなに、私がオカルトな趣味があると思われてしまいました。  
違うのに・・。  
 
授業が終わり家に戻ると、お茶を飲んで考える事にしました。  
捨てたいけど・・・呪われそう・・怖い・・。それならば  
観に行くの?行けるの?ううん、行けない・・。  
ああ、そう。そうよ。そうしたら。でも・・・・そっちも・・。  
いいえ、もうこれしか無いの。  
 
私は戻っていそうな時間を見計らって、ケビンに電話しました。  
ヨ「あの・・ケビン?」  
ケ「ああ俺だ、何だ?」  
ケビンの携帯電話は電波が届かなかったので、家に電話しました。  
ヨ「夜遅くごめんなさい、今電話大丈夫ですか?」  
ケ「いいぜ」  
ヨ「あの、私、人から映画のチケットを貰ったの。それが・・」  
ケ「映画のお誘いかい?そいつぁ嬉しいねえ、で、いつだ?」  
 
もう・・・違うの、署の人とでもって思ってたのに・・・。  
どうして私はマイペースな男性にばかり縁があるの・・・?  
私は結局ケビンと映画を観に行く事になってしまいました。  
待ち合わせはラクーンシネマの前です。翌日私は、  
少し早めの夕食を済まし、バスに乗って出掛けました。  
 
私はラクーンシネマの看板の上のホログラフを、  
ぼんやりと眺めてケビンを待っていました。  
私は時々ひどい頭痛がして、頭が割れそうになる事があります。  
そこで、人に勧められた薬を飲むようになりました。  
アンブレラ社製の、一番売れている頭痛薬です。  
この薬はすぐに良く効くので愛用しています。でも、  
記憶が飛ぶ様な副作用があるのかもしれません・・・。  
 
それは日記を読み返すとわかります。日記の中の私は  
全く記憶に無い事をしていて、恐ろしくなりました。  
気味が悪いので、日記を収納の奥に封印しておきました。  
しばらく忘れていましたが、大掃除をした時に無くなっている  
という事がありました。捨ててないはずなのに・・・。  
 
私は本当は誰なんでしょうか。失われた記憶が不安を  
掻き立てます。院での授業も、もう勉強し終わって、  
全て知ってる様な感覚に陥る時があります。新鮮さが無いのです。  
私は誰なの・・・?何をしてきたの・・・?  
どうして知っている事を勉強し直してるの・・・?  
 
はっ、また悪いクセ、考えすぎちゃいけないわ。  
ケビンにも会うんだし、暗い顔はもう終わりにしなくちゃ。  
私は気を取り直して、前を向きました。  
 
ケ「ヨーコさん?院のご学友が見えてますよ」  
無理のある裏声が聞こえて来たので、私はびっくりして  
振り返ると、物陰からケビンが現われました。  
いつも通り微笑みをたたえて、上機嫌な様子です。  
ヨ「・・ケビン」  
ケビンが学友?  
ヨ「どの学科でご一緒したかしら?」  
ケ「射撃学科だ!」  
そう言うと、銃を構えて撃つマネをします。いつもこう。  
ヨ「もう。そんな学科は無いわ」  
ケ「行こうぜヨーコ、そろそろ始まる」  
 
ケビンは特大のポップコーンとビールを買ってきてく・・  
ビール?またビール。私はジュースでもいいの、でも  
ケ「まあ飲めよ」  
いつもわざわざ開けて渡してくれるので、飲んでしまいます。  
ケ「死者シリーズか、人気作だぜ。しかも一番のいい席で」  
館内はすぐに暗くなり映画が始まりました。  
 
死者の夜更けは、とても怖いものでした。人々がゾンビに  
追いかけられたり、容赦なく食べられてしまったり・・・・。  
胃がよじれそう・・・見てられない・・。私は残酷なシーンに  
なると、知らずにケビンの腕にしがみ付いて目を伏せていました。  
危機また危機を生き延びる主人公達、それでも逆転に次ぐ  
逆転で、愛する人との悲しい別れ・・・待ち構える運命・・・。  
 
ケビンは銃撃戦になったり、爆発シーンになったりすると、  
「yeah!」だとか「rock'n'roll!」と言って大騒ぎしていました。  
ケビンは平気なの?私は注目されそうで恥ずかしかった・・・。  
でもケビンは楽しんで観られたみたいで、満足そうでした。  
 
ケ「なかなかおもしろかったな!いい映画だったぜ!」  
ヨ「あんな終わり方・・・救いが無さ過ぎる・・・」  
ケ「いい終わり方じゃないか、傑作だぜ!ああいう終わり方が  
いいんだ。さ、もう帰ろうぜ」  
ケビンはそう言うけれども、私は恐ろしくて悲しくて  
仕方がありませんでした。もし本当にあんな世界になって  
しまったら・・・。そう考えると、とてもケビンの様には  
振舞えないのです。  
 
私はタクシーで帰ろうとしたのですが、この方が近いし安いから  
という事で、地下鉄で帰る事になってしまいました。  
気がすすまなかったのだけれど・・・。私はケビンの乗る  
電車が来るまで待つ事にしました。私の乗る電車はもう来て  
いましたが、今日はチケットを処理するのに協力してくれたので、  
ケビンを見送る事にしたのです。私は死者の夜更けの事を  
考えながら電車を待っていました。  
 
ケ「おいヨーコあれ見ろよ、何かシャカリキに走って  
こっち来るぜ?ハハ、何だありゃ」  
「・・・〜ぁのじょォ〜〜う!かわいこちゃーーーんん、  
djgvkcんヴ;g:おf!あんただよ!」  
私は聞き覚えのある声にハッと我に返り、戦慄しました。  
声の方には、凄い勢いで向かって来るバスケット選手が見えました。  
 
!?ジム・・・?いけない!  
ヨ「ケビン!こっち!」  
ケ「な、何だ?」  
ヨ「早く、こっち来て!こっちよ」  
私はケビンの手を掴み、出発直前の電車に駆け込み乗車しました。  
ケ「どうした、これは逆方向じゃないか?ヨーコんちの方だろ」  
ヨ「い・・・いいの・・」  
私は息が上がったまま答えました。  
 
電車が動き出し、かけて来たジムがだんだん遠くなって  
見えなくなりました。私ひどいかしら・・?会って、きちんと  
話した方が良かったの?ジム・・・ごめんなさい・・・  
私・・・どうしてもダメだったの・・・怒らないでね・・。  
私はジムへの罪悪感と、映画の恐怖の余韻を引きずったまま、  
ドアの窓から外の暗闇を凝視しました。  
 
ケ「どうしたんだヨーコ、ずっと黙りこくって」  
座席から立ち、ケビンが私の横に来ました。  
ヨ「・・・何でも無いの・・」  
ケ「さっきの知り合いか?」  
ヨ「知らないわ」  
ケ「きっとあれはゾンビだ、お前の肉を食いにきたんだア゛ア゛〜」  
ケビンがふざけて白目を剥いて、ゾンビのマネをします。  
ヨ「やめて」  
ケ「まだ映画の事考えてるのか?あれは映画だ気にすんな」  
ヨ「だって・・・本当にああなってしまったら、どうするの?」  
ケ「どうするもこうするも、生き残るさ意地でもな」  
そんなに嬉しそうに言われても・・・。  
ケ「あの登場人物達よりしぶとく生き抜いてやるぜ」  
ヨ「そんな・・・自信無いわ・・。私は・・・どうなるの?」  
ケ「武器がいくらでもあるんならちゃんと守り抜いてやるさ。  
な、もうそんな思いつめた顔すんな」  
それでも私は一縷の不安を拭い切れないでいて、窓の外を見ました。  
ケ「死んだ人間より生きてる人間の方が怖いの、  
良く知ってるだろヨーコ、俺を見ろ、なあ」  
ケビンは私の顎を引いてキスしました。ケビン、私の家へ寄る気なのね。  
ケ「ヨーコんちの玄関の電気、切れてるの取り替えてやるぜ、  
寄っていいだろ?」  
ヨ「自分で・・・出来るわ・・」  
ケ「届くのか?」  
私は目をそらすと、ケビンにフフと笑われました。  
 
電車を降りるとコンビニへ行き、電球を買って帰りました。  
ケビンが電気を直してくれているので、私はブルーベリー  
ティーを入れました。ただでは帰ってくれないのは、良く  
わかっているつもりです。  
ケ「終わったぜ」  
ヨ「ありがとうケビン、・・助かったわ」  
ケ「じゃあ次は俺を助けてくれ!」  
そう言って両腕を前に突き出し、足を小刻みに動かして迫ってきます。  
私はおかしくなり、笑って逃げました。  
ケ「肉!肉だ!!お前の肉を食わせろ!ア゛ア゛〜」  
私は笑いすぎてしゃがみ込み、四つんばいになって逃げましたが、  
ゾンビに捕まってしまいました。  
ヨ「助けておまわりさん!」  
ケ「残念だな、お前のおまわりさんはとっくにゾンビになっちまった。  
お前もゾンビになるんだア゛ア゛〜」  
ヨ「ケ・・ケビン!やめ・・やめてアハハ」  
ケビンは私の若草色のスカートをめくると、太ももに甘噛みしました。  
ヨ「くす・・くすぐったい!」  
ケ「ア゛ア゛〜うめええぇぇー!もっと食わせろ」  
ゾンビは映画で見たように、首筋に噛み付いてきました。  
そう。私、飢えたゾンビに食べられるんです。もがいてもダメでした。  
ゾンビは私の体を美味しそうに食べていました。ゾンビの食欲は  
貪欲で、私を貪るようにして食べ尽くしてしまいました。  
そして薄れゆく意識の中で、どんどん感染が高まっていくのが  
私にも感じられました。  
 
次の日の朝私は、院に向かう前にシャワーを浴びました。  
お風呂場の鏡に映った自分の体を見ると、  
幾つかゾンビに血を吸われた後が付いていました。  
シャワーから出て来ると、携帯電話にゾンビ警官からの  
メールが入っていました。  
「昨日は楽しかったぜヨーコ、ゾンビプレーは最高だった!」  
 
ほんとは・・・私も・・・少し、楽しかったの・・。  
怖い映画も忘れられたし・・・。私、やっぱり感染してるの?  
生肉が食べたくなったりする?そしたらきっと、  
おいしい生肉の味を占めて、ゾンビの様に夢中になって  
食べるのよア゛ア゛〜  
ふふっ!  
ばかね!  
 

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