カートが居なくなってからどれぐらい経つかしら。あたしはその  
ショックからなかなか立ち直れず、傷心旅行に出た。会社から長期休暇を  
貰い、何の計画も用意も無しにフラフラと車に乗り、北の地を踏んだ。とにかく  
人の居ない所に行きたかった。カートとは入社の時に出会い、憧れの  
先輩であり恋人でもあった。あたしはカートが目の前で殺された現実を  
受け入れたく無いだけ、わかってる。でも今は放っておいて、旅行先で  
ふさぎの虫は捨ててくるから。  
 
いつの間にかこんな所まで来てしまった。ここはラクーンからはだいぶ離れた  
僻地の山あいの村。でもここは実は村では無く市、ラクーンシティ。何年か前に  
ラクーンとは何の繋がりも無いこの地がラクーンと合併し、飛び地のラクーン  
が生まれた。全くおかしな話ね、どれだけ離れてると思ってるのよ。  
「ラクーンから逃げたつもりがまたラクーン、皮肉だわ。最悪ね」  
観光客はここをミニラクーンとか、ノースラクーンとか呼ぶらしい。  
あたしは強くなり始めた雪の中、集落を突き抜け構わず森の中へと進んだ。  
ラジオからは吹雪の情報が流れてくる。あたし何を考えてたのかしらね?  
暫らくして、案の定事故ったわ。  
 
タイヤはもちろん夏タイヤのまま、スピードも出てる、地吹雪で視界も悪い。  
車体が横に流れたかと思うともうコースアウトして、岩にぶつかり斜面に滑り落ちた。  
運が良かったのは数本の樹がボディを支えてくれたので、崖に転がり落ちずに  
済んだ事。助かったわ。あたしは外に出て助けを呼ぼうとした。ドアが開かない?  
最悪ね。パワーウィンドウを開けようとセルを回す。エンジンがかからない!  
あたしはパニくり始めていた。そうこうしてるうちに吹雪は勢いを増し、窓はすぐに  
真っ白になった。カート助けて、違う、生きてる人間なら誰でもいい!誰か助けて!!  
 
もちろん叫んだわ。時計も電話も置いてきたので、どれだけそうしていたのかわからない。  
そのうち疲れと寒さで眠たくなってきた。眠っちゃいけない事ぐらい知ってるわ、  
でも抗い難い眠気にあたしは遂に眠ってしまった。カートが来てあたしを引っ張り出して  
助けてくれたのを、夢うつつで見たわ。体を揺さぶられてあたしは目を開けた。  
 
「おい!しっかりしろ、起きろ!」  
つかまれ、と言うその男の首につかまると車まで運ばれ、毛布でくるまれた。  
意識はあるか、とあたしの顔の前で何度か指を鳴らして、あたしが無事だとわかると  
また外に出て行った。男は戻って来ると車を出した。  
「死ぬんならよそでやれ」  
 
あたしは助けてくれた事に感謝した。話し掛けても男は黙ったままで  
何も言わず、ただ前だけを見て運転している。寒かった体も車の  
暖房で暖まってきた。凍傷になる前に助け出されて本当に良かった。  
「助かったわ・・・本当に、ありがとう」  
それから無言のままだいぶ経ち、車はロッヂの前で停まった。  
 
「降りろ」  
男はさっさと降り、中へ入って行った。  
あたしも降りてあわてて追いかけた。部屋の中は暖炉があり、とても  
暖かい。男は暖炉にいくつかの薪を投げ入れるとあたしに言った。  
「ここへ座れ」  
あたしが暖炉の前に座ると男はしゃがみ込み、目線を合わせると  
噛んで含む様に言った。  
「いいか良く聴け。ここで勝手なマネはするな、詮索もするな、地下  
には入るな、外部と連絡を取るな、帰れる様になっても俺の事は人には  
話すな・・・・・これが守れるんならここに置いてやってもいい、守れない、  
または約束を破った場合はすぐに出て行ってもらう。吹雪でもだ」  
そんなに一度に言わないで、メモらせてよ。さっきまでだんまりを  
決め込んでいたくせに。  
「・・・いいわ守れる、アリッサよ。よろしく」  
「フン・・・・・・デビッドだ」  
 
デビッドは夕食に、かんづめの豆と鳥様の肉を煮込んだ物を食べさせてくれた。  
疲れていたあたしはシャワーも浴びずにベッドへもぐり込んだ。  
翌朝デビッドは居なくなっていた。外に出てみると吹雪は止み晴れ渡っていた。  
スノーモービルの行った跡だけが残っている。ロッヂ横にはデビッドの四駆と  
大破したあたしの車が停まっている。あの斜面からどうやって持ってきたの  
かしら?  
 
近寄って四駆を見るとスコップは当り前、クレーンやらウィンチやら大きなライトやらが  
ごちゃごちゃ付いている。それにタイヤはどこ?何これキャタピラ?まるで装甲車ね。  
あたしの車はドアをバールでこじ開けたらしく、ドアが開いたままになっている。  
あたしは車からほとんど無い荷物を全部持って部屋へ戻った。  
九死に一生を得た後には捕虜と軟禁、とんだ傷心旅行よ。  
おまけにデビット法を破ろうものなら王様に国を追われちゃうしね。やれやれだわ。  
 
勝手なマネ、って言うけど、  
「シャワーぐらい浴びたっていいわよね」  
あたしはお湯が出るか確かめてみた。カランからはお湯どころか水も出ない。  
どういう事?電気のスイッチを入れる。やっぱり付かない、変ね。  
昨日の嵐でどこか壊れたのかしら。あたしは外へ出てロッヂの回りを調べてみた。  
すると薪小屋の中に発電機があった。  
「なあんだ、良かったわ」  
ディーゼル燃料のそれを動かし、あたしは無事シャワーを浴びる事ができた。  
暖炉の前で髪を乾かしていると、デビットが帰って来た。  
 
「メシだ」  
デビットは大きな皮袋を床に置くと、かんづめがぶつかり合う様な音がした。  
青物は無さそうね。デビットは食料調達ついでに村の様子を見て来たと言う。  
「村は雪で交通が麻痺している。その先の高速も玉突きで封鎖、空港も封鎖だ。  
飛行機が落ちた」  
スクープね。いつもならとび付きたい事件よ。それで?  
「今日の天気次第では雪崩れが起きるかもしれん」  
冗談じゃないわ!巻き込まれたく無い、あたしはまだ死にたくないのよ!  
「ちょっと待って、ここは安全なの!?」  
「ここは安全だ。村が危ない」  
 
車で村に行こうにも崖崩れで道が塞がっていて進めず、スノーモービルで買出しに  
行って来たデビットは、緊急事態だというのに平然としている。あたし達  
冷凍庫に閉じ込められたのよ?なぜ落ち着いていられるの・・。  
「もう一度村へ買出しに行って来る。何か入り用な物は無いか」  
「でも雪崩れが・・・いつ来るかわからないじゃない」  
「俺の勘だと3時までは来ない。もう行くぞ」  
デビットは皮袋の中身を床に出し始めた。  
 
「待って!」  
あたしは部屋を見回した。  
「何か書くもの無い?」  
デビットは引出しからメモ用紙とペンを持ってきた。あたしは思いつく限りの物を  
急いで書いて番号をふり、財布と一緒にデビットに渡した。  
「お金は使い切ってもいいから、優先順に買ってきて」  
デビットの言う「俺の勘」がどこまで鋭いのか知らないけど、まるでコンビニに  
でも行くかの様に出掛けて行った。  
「・・行って来る」  
頼んだわよデビット。あたし、替えのパンティが無い生活なんて考えられない。  
 
あたしは立ったり座ったり、爪を噛みながら歩き回ったり、ため息をついたりして  
デビットを待った。早く帰って来て欲しかった、独裁政権でも一人よりはいいから。  
3時を回ったのでベッドに臥せっていると、デビットが帰って来た。  
「おい、来てみろ」  
デビットはドアを開けるなり言った。あたしは急いで外に出てみた。  
「・・・何か聞こえる」  
「雪崩れだ」  
あたしは息を呑んだ。急に恐ろしくなり音が止むまで立ち尽くした。  
 
「荷物を持て、入るぞ」  
「村は?村はどうなったの?」  
「村は死んだ、だが村人は避難している。いいから来い」  
今夜からはまた雪が降る。避難直前のノースラクーンラジオが言っていたらしい。  
デビットは薪を大量に運んだり食料の残量を計算したりしている。  
あたしの役割は火を守る事、時々換気をする事。今はそれだけ。  
夜が来て、夕食を済ますと眠くなった。低気圧のせい?疲れのせいよ。  
もう眠りたい、後の事は明日でいいでしょデビット。  
 
「ねえデビット、あなたどこで寝てるの」  
「そこだ。そこは俺のベッドだ」  
「ええ?じゃあたしはどこで寝ればいいのよ」  
「どこでもいい、好きにしろ」  
「じゃここで寝るわよ」  
「・・・フン」  
「疲れたわ、おやすみ」  
 
こんな調子で毎日が始まった。あたしが無駄遣いしたせいで、ディーゼルは  
4日で無くなった。電気の無い暮らしになり、トイレは外、シャワーは  
無しになった。  
「フロが無くても死なん」  
暖炉でお湯を沸かし、タオルで体を拭くだけ。デビットはそれすらしない。  
昼間はライフルを持って狩りに出掛け、夜は銃を手入れしたりナイフを  
研いだり、事故車から取ったパーツで何か作ったりしている。そんな  
王様がある日言った。  
 
「ついて来い」  
デビットが踏みならした雪道をついて暫らく歩くと、ちょっとした  
川に出た。一部湯気が上がっている。  
「ここだ」  
そこには温泉が沸いていた。何て素晴らしいの!こんな事なら  
タオル持って来たのに。そうしてお風呂の問題は解決した。  
「入る時には気を付けろ」  
「何を?」  
「不眠症の熊が出る」  
 
少し経ち、スノーモービルで村に行ける様になり、村の様子が壊滅的  
では無い事がわかった。デビットは、しとめた鹿の角を漢方薬局に  
売りに行ったり、熊を敷物に加工して貰いに行ったりした。その頃には  
あたしもハンドガン程度の得物は使いこなせる様になっていた。  
野ウサギをしとめて持っていくと、デビットは上手にさばいてくれる。  
あたしもすっかり野生に馴染んでしまったようね。  
 
生き残っていける自信がついて生活に余裕が出てくると、他に気が行く様になる。  
ある日デビットが出掛けている時、あたしは好奇心にそそのかされて  
地下室の前に立った。あたしが寝入ってから地下でこそこそやってるのは  
知ってる。誰かと通信して喋ってるのとか、武器や弾薬が目いっぱい  
置いてあるのとかは、かすかに聞こえてくる音でわかる。見たい!  
でも見ちゃいけない。きっとデビットは何らかの組織の一員で誰かを  
見張ってるか、誰かに追われてるかしてるんじゃないかと勝手に推測してみる。  
デビットって名前もほんとかどうかわからない。でもどうでもいい、今は。  
本当は悪い奴かもしれない、でもいい。命の恩人、今はそれだけでいいわ。  
あたしは5分くらいドアの前に固まっていた。  
「さっきから何してる」  
 
ハッとして振り返ると、腕組をしたデビットが壁にもたれかかっていた。  
「デビット・・・あたし・・・」  
「話がある、来い」  
暖炉の前に座るとデビットが言った。  
「約束を覚えてるか」  
「ええ・・・覚えてるわ」  
「破ったのか」  
「違う。ねえ聴いて、あたし、このままじゃいいコちゃんでいられなくなる、  
きっと約束を破るわ。悪い事出来ない様にして!」  
 
あたしは荷物の中からカードケースとピッキングツールを取り出すと、  
デビットに押し付けた。  
「これがあると鍵を開けてしまう。あたしは記者で、何でも知りたがりなの」  
デビットは黙ってあたしを見ている。  
「ここに居る時だけは記者である事を忘れさせて。・・・命の恩人の秘密を  
暴きたくない」  
デビットは暫らくそれを見てから地下へ持っていき、出てきて鍵を掛けた。  
これでもう大丈夫、あたしの蟲は出ようが無い。でも・・・この先の身の  
ふり方を考えなくちゃなんないわね、どうしたら?きっと追い出される、  
約束は約束だから。  
 
デビットは戻ってくると床の上に座りベッドに寄りかかった。  
「お前は何者だ」  
「ただの新聞記者よ」  
「中を見たのか」  
「見てないわ、あのドアに近づいたのも今日が初めてよ。生きていくのに必死で  
それどころじゃ無かったわ」  
「仲間がいるのか」  
「そんなものいないわよ。唯一の仲間もあんたが撃ち殺しちゃったじゃない。  
今ごろ平たくのびてるわ」  
「なぜ約束を破った」  
「・・・・好奇心には勝てなかったのよ。謝ったら許してくれる?ここから  
放り出されたら凍死しかない。・・・まだお礼もしてないのに」  
「・・・」  
 
デビットはずっと黙って考えていたけど、やっと口をきいた。  
「よし」  
そう呟いて立ち上がるとベッドに腰掛け直した。  
「今すぐ出て行くか、俺と寝るか選べ」  
「ハン?」  
「女日照りが長いんでな、せっかくのチャンスだ生かさせてもらう」  
なるほどね?道に迷って凍死か体を投資かって話ね。もちろん死にたか無いわよ。  
「やるわ」  
「フッ・・・」  
デビットはニヤリとした。  
 
「その前に体力付けさせて。あの肉を食べたいわ、いいでしょ」  
「・・いいだろう」  
熊肉。要は共食いね。こないだ村へ持っていった熊を解体して肉を貰ってきたのは  
いいけど、デビットはあたしには食べさせたがらなかった。なぜ?  
「肉に負ける」  
それってどういう意味?死んだ肉に負ける訳が無いでしょう。  
「体力が充実していなければ、食ったつもりが逆に食われるはめになる」  
肉に「あてられる」という事らしかった。パワーがありすぎて消化しきれなく  
なるのね。その時はあたしが風邪をひいていて、胃が荒れてたから止めたんでしょう  
けど、今はちゃんと回復したからもう平気よ。冷凍された肉を調理し、  
夕食に少し食べてみたわ。何でも経験してみなくちゃね。  
 
滅多に入らないデビットがシャワーから出るのを、あたしは妙な気持ちで待ってた。  
実際抱き合ってみても、何とも言えない変な感じだった。毎日添い寝してると  
いうのに、いざ致すとなると何か気恥ずかしいわね。あたしがキスも満足に  
出来ないでいるとデビットが言った。  
「カートとやらと寝てると思えばいい」  
その言葉でリミッターが外れ、あたしは大胆になる事ができた。デビットは意外に  
着やせするタイプらしくて、躍動する筋肉を手でなぞるのが楽しかった。そして  
どういうわけか体の相性はいいらしい。久しぶりの女体のせいか、  
執拗ではあったけれど。  
 
熊肉を食べ始めててからというもの、あたしは元気だった。タフネス。それは男も同じ事。  
天候が悪くて狩に出られない日は一日中してる事もあった。蛇のようにずっとからんで、  
上になり下になり・・・・・・。そしてどろどろにとける様に眠る、最高だった。  
もうすっかりカートとの夜の事なんて忘れたわ。死人とファックは出来ないしね。  
 
ある朝あたしは庭の雪で遊んでいると、遅く起きたデビットがのっそりと出て来た。  
あたしが物陰に隠れていると、何も気付かずにスノーモービルの方へ歩いていく。  
あたしはいたずら心が湧いて、雪団子を背中に投げつけた。  
「ウァッ!」  
驚いたデビットはあたりを見渡す。以前のあたしならすぐに見つかっていたのだろうけど、  
獲物を捕る為に気配を消す事を覚えたので絶対に見つからない。  
「アリッサか?」  
あたしは小屋の後ろからスノーマンの後ろに隠れた。  
「かかってらっしゃいよ!」  
 
「俺とやる気か」  
あたしはもう一発だんごを投げた。当然だけど、ひょいとよけられてしまった。  
「フッ・・・・アリッサジャックフロストか・・」  
「ちょっと!何笑ってんのよ、待ちなさいよ!逃げる気!?」  
「後でやってやる」  
デビットはスノーモービルにまたがると村へ行った。  
 
帰って来たデビットの情報によると高速も空港も再開し、村までの崖崩れの  
あった道も積雪のおかげで岩が埋まり、四駆で抜けられるという。  
休暇が残り僅かなので、あたしは明日帰る事に決めた。  
その晩は最後のセックスを名残惜しみながら堪能した。だって、カートより  
ずっと良かったから。  
 
街へ戻ったら上司から持ちかけられている仕事を受けよう。それは、民族間の  
争いの激しい地区で、社の人間は誰も行きたがらない様な所。行っても誘拐されたり、  
争いに巻き込まれたりで死者が絶えない。でもここを生き抜いたあたしなら  
きっと大丈夫、やっていける。デビットの四駆で空港まで行くと  
何やら尋問されかねないので、村でレンタカーを借り送ってもらった。  
 
「もう行く」  
「ええ・・・」  
あたしはデビットと軽いキスを交わした。飼いならした野生のオオカミを  
森へかえす時の心境は、きっとこんなだろうと思いながら目を開けた。  
デビットはもう人込みの中に消えていた。あたしは背を向けて歩き出した。  
「アリッサッ!!!」  
後ろの方からデビットの声がする。  
「死ぬなッ!」  
振り返ると人の行き来に見え隠れして遠くにデビットが見えた。  
「絶対にだッ!!」  
あたしは軽くひたいにピースしてみせると、再び背を向けて歩き出した。  
 
カートからは記者の世界で生き残るすべを教えてもらい、デビットからは  
極限状態で生き残るすべを教えてもらった。あたしは死なない。  
さよならカート、あたしはあなたを乗り越えて行くわ。あなたのしてきた事も  
ムダにはしない。そしてデビット、縁があればきっとまたどこかで会える。  
それまでちゃんと生きてなさいよ!次会う事があったら今度は覚悟して。  
やられる前にやってやるから_________  
 
fin  

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