寒い。体に異常な寒さを感じる。  
クレアは眼を覚ました。  
「あ・・・つっ!!」  
首に鈍い痛みを感じる。  
「お目覚めかね?」  
驚く事に、すぐ隣にウェスカーが座っていた。  
「あ、あなた・・・・!!」  
とっさに身を構えようとするが、体が動かない。どうやら何かに縛られているようだ。  
手を後ろに回して、這うように、地面に転がっている。  
「・・・・なぜ、殺さないの!!」  
「・・・・・・・・・」  
「・・・・何故よ!!答えなさい!!」  
大きく声を張り上げると、こちらを向き、表情も変えずにウェスカーが答える。  
「君は・・・、なかなかT−ウイルスに対しての免疫力が高いようだ」  
「・・・・・・・?」  
「・・・・・殺してしまうのは勿体無いと思ってね」  
「な・・・・」  
「君の体は利用価値がありそうだ。既にあの男の体も収容している。  
君にも組織の方で色々と協力してもらおう」  
「く・・・・・・!!」  
自分も、あの化け物たちのようにされてしまうのか・・・・!!考えただけで背筋が寒くなる。  
ウェスカーは突然、クレアの口をものすごい力でこじ開け、中に布を押し込む。  
「んぐうー!!ぐ、ぐぐーー!!!!!」  
しまった。自殺する自由すら奪われてしまったのか。  
早く自分の舌を噛み切ってしまわなかった自分を呪った。  
 
「・・・・・・それともうひとつ理由がある。いま、舌を噛み千切って死ぬような  
真似はよしたほうがいい」  
「・・・・・・」  
「君は、これからあの潜水艦に乗り、組織へと運ばれる・・・・だが、それは  
私がこの基地でやり終えるべきことをすべて片付けたあとだ」  
「・・・・・・・」  
何が言いたいんだ・・・・・?この男は  
ウェスカーはクレアの視線からまるで全てを理解したように、不気味に笑う。  
「これからここに妹思いの君の兄が来るだろう」  
「・・・・・・」  
「・・・・・クリスをこの手で殺した後、私は君を連れて“組織”に帰還する。そこでだ。  
チャンスをあげよう。もし奴が私を倒すようなことがあれば、君は奴と共に脱出  
するがいい。万が一にも、そんなことは無いがね」  
「んん・・・・・・・!!んんううううっっ!!!!ふぐううん!!!」  
あんたなんかに、兄さんが・・・・クレアは、顔を真っ赤にして抗議する。  
だが、ウェスカーは全て聞こえたように答える。  
「私は・・・・・・・人を越えた」  
ゆっくりと顔のサングラスを外す。その下に見える瞳は炎のように赤く、燃えている。  
「・・・・・・・・!!!」  
「驚いたかね・・・・・皮肉なものだ。私をこの体に追い込んだ張本人が  
これから、この肉体によって・・・・・殺されるのだからな」  
その時、見覚えのある姿が、クレアの目に飛び込んできた。  
ああ・・・・、なんだか、何年も会っていなかったような感覚だ。  
 
「んひぃふ!!!」  
口を縛られたまま、大声で兄の名を呼ぶ。  
クリス・レッドフィールドが、視線の奥に・・・・立っていた。大急ぎで走ってきたの  
だろうか。肩で大きく息をしている。  
「ウェスカー・・・・・・貴様・・・・・・!!」  
「やっと来たか。待ちくたびれたよ・・・・・クリス」  
「クレア!大丈夫か!!!」  
クレアは兄の声に、涙を流しながら何度もうなずく。  
兄さんが・・・・・兄さんが、来てくれた・・・・・・  
「感動の対面、というところだろうが・・・・すまない。あまり時間が無いのだよ、クリス」  
顔のサングラスをゆっくりと外し、クリスを睨みつける。  
「だが、嬉しいよ。こんなにも早くお前を殺せる事になるとは・・・・」  
「えらく調子に乗ってんな・・・・クレアを離せ、ウェスカー」  
「・・・・・・フフフ、お前を殺した後・・・・」  
そういうと、クレアの方を一瞥してからまた顔をクリスの方に振り返す。  
「この女に色々と、私の組織の土産話でも持たせてから・・・・おまえの所に送ってやろう。  
最も・・・そのときはお互いに兄弟とは分からないだろうがな・・・・・」  
「!!!!」  
クリスは怒りの形相で、腰の銃を抜き、構えて発砲する。一発、二発。  
頭を狙った弾は全て当たらない。いや、ウェスカーはそれを全てかわしたのだ。  
少なくともクリスにはそう見えた。ウェスカーの顔がブレて見えた。  
「かわした・・・・・!?」  
「くくく・・・・・・無粋だな、クリス・・・・・」  
ウェスカーは、驚いているクリスに凄まじい速さで近寄った。  
「な、なん・・・・・」  
「この戦いに、銃など必要ないだろう」  
 
ウェスカーの強烈なボディがクリスの腹にヒットする。  
クリスの手から銃が放り投げられ、体も何メートルも後方に吹き飛ばされる。  
「ふぅぅぅああぐぐーーーーーっっ!!!」  
クレアはまたも涙が溢れそうになり、絶叫する。死んでしまったのか  
と思うほどの飛び方だった。  
「ぐ・・・・・・はあぁ・・・・・・っ」  
だが、クリスはすぐに両手をついて、血を口からぼたぼたと垂らしながら起き上がる  
どこかの骨が折れたに違いない。  
「・・・フフフ、妹が心配そうに見てるぞ、クリス。私を殺すんだろう?」  
「くそおおああああ!!!」  
ウェスカーに突進し蹴りと、突きを繰り出す。何発もヒットするがその体は  
まるで鉄板にでも攻撃をしているように硬く、手ごたえが無い。  
ウェスカーも全く苦にすることなくクリスを見据える。  
それとは対照的に、クリスの指からはどくどくと血が噴出していた。  
「な・・・・・・どうなって」  
「なに、簡単さ。こうゆう事だクリス」  
クリスの肩を軽く掴む。次の瞬間、あごに鋭く、強い衝撃を感じた。  
クリスの大きな体が垂直に軽く浮き上がる。拳が見えなかった。  
アッパーが入ったらしい。  
そのまま、受身もろくにとれず、自由落下する。  
「が・・・・・・・はっ!!」  
「ふむむうううぅぅぅぅっっ!!!!!」  
「く・・・・・・クレア・・・・」  
クリスは、すまないといったように、クレアの顔を見る。だが、すぐに起き上がり、ウェスカーを睨みつける。  
しかし、足元に力が入っていないようで、体はフラフラしている。  
このままでは、クリスが・・・・。  
クレアは自分の今の状況を恨む。なにか、なにかできないか・・・・・。  
自分のとなりに紐でくくりつけられた資材が目に入った。これを倒せば・・・・。  
角度は・・・丁度今がチャンスだ。やるしかない。クレアはなんとか資材に寄りかかった。  
 
「(・・・く、クレア・・・よし!!)」  
5メートルはあるような、まとまった鉄骨がウェスカーに向かって倒れこむ。  
「む?・・・・・」  
気づいた時には遅かった。素速さも関係ない。ウェスカーはその直撃を受け、鉄骨ごと  
地面に倒れこむ。  
やった!!!!クレアはあまりの嬉しさに飛び上がりそうになる。だが・・  
「ふざけた・・・・真似を・・・・!!!!」  
ウェスカーは資材を背中で持ち上げ、すぐさま起き上がろうとする。  
「敵の隙を生み出し、すかさず突け。あんたの言葉だぜ。隊長」  
クリスはいつのまにかクレアの隣に来ていた。手にはピンを抜いた手榴弾が握られている。  
「おおおおおおおおおおおおお!!!!!!!」  
「くたばれ!!!」  
クリスはそれを投げつけると同時に、クレアの上に覆い被さるようにして倒れこむ。  
 
爆発音。  
 
・・・・・終わったのだろうか。すぐにクリスは起き上がり、後方を確認する。  
「・・・・・・・終わった」  
今度はすぐにクレアのさるぐつわをとってやる。  
「・・・・・ぷはぁ!!クリス!!!」  
「待て、今・・・・・」  
腕をくくりつけられている縄も切ってやる。   
「クリス!!・・・・・遅い!遅すぎよ!」  
耐えかねたようにクリスに抱きつき、顔を擦り付ける。  
「いい、痛ててて・・・・・・・」  
「ああ、ご、ごめんなさい!!」  
「いいんだ。・・待たせて悪かった。大丈夫か?」  
「・・・・・うん、まあギリギリ許してあげるわ。あくまで「ギリギリ」だからね?」  
「ああ・・・・・・・ありがとな」  
 
「クリス。なにかして欲しいことある?」  
「・・・・・・いや、特に無いよ」  
あれから、二人は南極基地から無事に帰還する事ができた。  
帰還後は、クリスは自らの負った怪我の治療に専念していた。  
体のあらゆる部分に打撲、または骨にヒビが入ったり折れたりしていたが  
持ち前の頑丈さと回復力でみるみるうちに怪我は治っていった。  
その日の夕食をベッドの上で終え、ここのところ兄につきっきりのクレアが  
クリスに話し掛ける。  
「クリス、どう?調子は」  
「ああ、まあまあってとこだよ。あと何日くらいこのままなんだろうな・・・  
かったりいよ。これくらいの怪我で」  
「私は嬉しいな」  
「あ?なんで」  
「だって・・・・クリスと一緒に居れるんだもん」  
「お前、いい年過ぎてそんなこと言ってんじゃ・・・・」  
「なによ、いけないの!?」  
「いや・・・・言ってくれんのは嬉しいけどよ・・・」  
「本当?本当に?」  
クレアは目を輝かせて尋ねる。  
「・・・・・変わってんな、お前さ」  
「それをいうならクリスの方が変わってるわよ。普通のお兄さんは、  
南極まで戦闘機で迎えになんてこないわよ?」  
「はは、うちぐらいのもんだな。確かに」  
 
「フフ・・・・・ねえ、クリス」  
「ああ、行くよ」  
「まだ何にも言ってないじゃない!!」  
「どうせ どうしても行くの? だろ?」  
「そうよ・・・・、ねえ、なんでクリスなの?他の人じゃ駄目なの?」  
「ああ、・・・・あいつらが待ってるからな。俺だけ外野ってのは耐えらんないんだ」  
「・・・・・・」  
クリスは今にも泣きだしそうなクレアの手をとって、言う。  
「なあ、クレア・・・・これは義務でもないんだ」  
「・・・・・・・・」  
クレアはうつむいたまま、何も言わない。  
「・・・・・バレンタインさんなの?」  
「・・・・・・・え?」  
「・・・・・あの人が・・・・・・好きだから?」  
「じ、ジル?なんで・・・・」  
「・・・よく私に2人で撮った写真とか送ってくるじゃない」  
「そりゃ、同じ仲間としては大切な人間だけど・・・」  
「・・・・・・」  
「・・・・恋人とかって訳じゃない。別にあいつだけの写真送ってるわけでも  
ないだろう?あいつも、付き合ってる奴いるみたいだしな」  
「そ、そうなんだ・・・・私、てっきり・・・」  
「・・・・・・・・・」  
「・・・クリス?」  
「あん?」  
「わ・・・・私、兄さんに・・・言いたかった事が・・・あるの」  
 
クレアはいつからか、クリスに兄妹以上の関係を求めるようになっていた。  
昔から、何をするにも兄が自分をかばってくれた。常に自分のことを愛してくれていた。  
ボーイフレンドも何人か作ったが、肉体関係を迫ってくる男には「あなたにレイプされたって特殊部隊の兄に言ってやるんだから」と言って、誰も近づけようとしなかった。  
しかもそう言われた全ての男は情けなく身をひいていったのだ。周りの、いや恐らくは  
世界中の誰でも・・・兄と一緒にいるときのような安息感、それに体も心も躍りだすような  
気持ちは・・・得られなかった。  
「ああ、任せな。きっと無事に帰ってくるよ。まずは怪我を治・・・・」  
「そのことじゃないの・・・・」  
「・・・・?なんかあったのか?」  
言うんだ。今しかない。兄にこの思いを・・・・・伝えるんだ。二人は決して  
結ばれないないのも分かっている。結果がどうなろうと・・・この、愛する人に  
私の気持ちを知って欲しい。  
「ラクーンに行ったのも・・・、アンブレラに潜入したのも・・・・・  
あなたが・・・・・あなたのことがわたしにとって大切な人だったから・・・」  
クレアは顔を紅潮させて、言う。・・・顔を下に向け、上目遣いに反応を待つ。  
「・・・分かってるさ。ありがとうな。でもあんまり危険な事はやめろよ。今回だって・・・」  
クリスは満面の笑顔で私の頭を撫でてくれる。・・・・違う!  
「そ、そういう事じゃないの!!」  
「・・・・・ええ?じゃあ、何だよ」  
「・・・・・男の人として、愛しているのよ。もう、隠しているのは・・・嫌」  
「・・・・・・・」  
クリスは呆然と私の顔を見つめている。当然だ。誰だって驚くだろう。  
「クレア、それは・・・・・」  
「分かってるわよ・・・・・でも、どうしようもないの!!  
でもせめて・・・・知って欲しかった・・・・・・・」  
 
クレアの目から次々と涙が溢れてくる。誤魔化すように、そのまま兄の胸に飛び込む。  
「・・・・クレア」  
何と言っていいものか。クリスは彼女の体を抱きしめてやるのも、なにか・・・  
してはいけないことのように思えてきた。  
「・・・・・・・俺は・・・・・」  
「うぅ・・・・・う・・・・・・ううぅぅ・・・・・・・」  
彼女は予想してたとはいえ、その悲惨な結果に、後悔の念が頭を埋め尽くす。  
もう・・・以前の関係ではいられない。心を打ち解けて、何でも話し合うことも・・・  
二人でじゃれあう猫のように、誰が見ても仲のいいカップルのように、ショッピングに行くことも・・・・。兄が気にしないと言ってくれても、全てが嘘らしく見えてしまうだろう。  
やはり、言わないほうが良かったのか・・・・  
「クリス、お願い!・・・・・・・・私のこと・・・嫌いにならないで!・・・・・お願いよ・・・」  
「・・・・・・・・・・・」  
「お願い・・・・・・うう・・・うぅぅぅ」  
クリスは、眼を閉じている。・・全ては終わってしまった  
彼女は自分の行動を呪った。さっきまで、時間を戻したかった。これから・・・  
兄の自分を見る眼や態度がぎこちなく、他人のようになってしまうのか。  
永遠にあの笑顔を見ることはできないのか・・・・。  
その時、クリスが自分の体を抱きしめるのがわかった。強く。優しく・・・。  
「・・・・クリス」  
クレアは兄を見ようと顔をあげる。クリスはこちらを見て、微笑んでいた。  
抱きしめた腕を、頭に置いて撫でながら言う。  
「・・・・ったく。お前がそんなんだから、バカ兄妹なんて言われんだよ」  
「クリス。・・・・・私・・・・ごめんなさい。でも、今まで通りに接して?私・・それだけが・・・・」  
「いいや、そんな必要は無いな」  
「クリス・・・!?」  
ああ。もう・・・・終わりなんだ。彼女は全てを理解した。一度は止まりかけた涙が  
またも、洪水のように溢れ出す。  
 
「わたしって・・・・・バカだね。こんなこと・・・・・うぅ・・・・・」  
「違う。バカ兄妹なんだ、構やしないって事さ」  
そういうとクリスは、クレアの顎を優しく持ち上げると、唇にキスをしてやった。  
「!!!・・・・・・ふっ・・・・・う・・・!?」  
「・・・・・・つらかっただろうな、クレア。俺は・・・・考えもしなかったよ」  
驚いてクリスの顔を見る。そこにはいつもの兄の顔があった。  
「・・・愛してるよ。クレア」  
「ああ・・・・、ああ・・・・!!」  
彼女は理解した。兄は・・・・受け入れてくれたのだ。自分の事を。  
例えそれが同情だとしても、構わない。兄が、笑顔を掛けてくれることが嬉しかった。  
クレアは怪我をしている兄の体に構う事無く抱きつき、押し倒して何度も、何度もキスをする。クリスもそれにあわせて貪るようにクレアの体を求めてくる。  
「クレア・・・・・・好きだ。誰よりも愛してるよ・・・・・」  
「・・・・・クリス!」  
この状況が嘘のようだった。何度も、こんなことを頭の中で思い浮かべはしたが  
まさか・・・本当にこんな日が来ることになるとは・・・・あそこから生きて帰れたことに  
クレアは大きく感謝する。  
二人は互いにもつれ合い、キスをしながら獣のように、お互いの服を剥ぎ取ってゆく・・・。  
 

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