真上から真下へ一直線のスポットライト。
それ以外に明かりの無い、真っ暗な部屋だ。
床には巨大なアンブレラのロゴマーク。
その真ん中、丁度スポットライトの当たる位置に黒光りする革張りの
大きな椅子が置いてあり、座っていた背広に白衣姿の男が
椅子ごと振り返る。足を組み、肘掛けに腕を立て片方を乗せていた。
「ようこそ、私の診察室へ」
「何馬鹿言ってるのよ!」
分娩台に縛り付けられたアリッサが叫ぶ。
両手両足を鎖に繋がれ、大の字に寝かされた姿は
普段の気丈さからは想像もつかないほどにあられもなかった。
身に着けているのも入院患者用の薄手の寝巻きだけ。
サイズ違いのそれはシンディにも優るとも劣らぬ見事な起伏に張り付いている。
「意外と着痩せするんだね。用意してたものが合わなくて申し訳ない」
「ワザとでしょ! そんなことはいいから、早く私を放しなさい!」
悪態をつきながら暴れるが鋼鉄の縛めはビクともしない。
唯一自由になる首を左右に振ってせめてもの抵抗を示すが
彼女の髪が乱れるだけだ。そんなアリッサを不思議そうに見ていた男が
やおら椅子から立ち上がる。
「さて、診察の時間だ。今日の患者さんは手強そうだ」
そう言いつつ、手術用の手袋をはめる男。
「いい加減にして! ジョージ! この****!」
眉を顰めて男が答える。
「以前から言おうと思ってたんだが、君の口の悪さはラクーン1だ。
せっかく女性に生まれてきたんだから、もっとおしとやかでないと」
「大きなお世話よ!」
「それから、ここではハミルトン先生と呼びたまえ」
気がつくと、彼の側には小柄な看護婦が大き目のトレイを
両手で持って立っていた。
「ヨーコ! っどうしてここに?」
脱出行を幾度も共にしてきた彼女は悲しげに、そしてどこか楽しげに答えた。
「…ごめんなさい。でも、あなたがもっと綺麗になるトコ、見たかったんです」
「!!」
絶句したアリッサを面白げに見ていたジョージはヨーコの持つトレイから
注射器とアンプルを取り出して言った。
「これは私が友人ブライアンのために調合した特殊な薬品だ。
筋弛緩剤の一種だが痛覚と一部の筋肉機能を停止させるものだ」
そう言って彼はアリッサの首筋にそれを注射する。
「ブライアンは別の目的に使っているようだが、
この薬の本来の効用は極めて強力な媚薬なんだよ。特別な目的の」
ヨーコは看護婦の制服を脱いで下着姿になると、
アリッサの側にやってきて彼女の縛めを解き始めた。
精緻な作りの黒レースの下着は東洋人らしい絹のようなミルク色の肌と相まって
普段の泥臭いヨーコとは別人のようだった。
ご丁寧にガーターベルトまで着けてストッキングを吊っている。
チャンスとばかり逃げ出そうとしたアリッサは首から下が動かないことに気がついた。
「こ、これは?」
「言っただろう? 特別な目的の薬だって」
「アリッサさん、きれぇ」
焦点の合わない目で夢見心地のようなヨーコがアリッサに肌を合わせてくる。
同性趣味無いアリッサにとっては鳥肌の立つような行為だが、ジョージ特製の媚薬のせいか
全身が性感帯のようになっている今は僅かに肌に触れられるだけで絶頂に達してしまいそうだ。
「や、止めなさいヨーコ!」
上擦った声で叫ぶアリッサ。
だがヨーコはそんな声には耳を貸す気もない。
「無理だよ。その子は君に打った薬に脳まで侵されているからね」
「で、でもさっき筋弛緩剤だって」
「ああ言った。だが、ある程度Tウイルスに耐性のついた身体にとってはその活動を活発化させ、
宿主の意識と同化して本来の欲望に正直に行動するようになるんだ。元の宿主の意識を残したままね」
「じゃあ、それって」
「そうさ。自分に正直になる薬。君もやがてこの子のようになるよ」
その間もヨーコは執拗にアリッサを愛撫し自らの敏感なところを擦りつけてきては
幾度もその小さな身体を震わせている。
「わかったわ。それじゃあ、あたしも正直にならせてもらう」
「そうか、それは嬉しい。実は君のために看護婦の制服を用意してあるんだ。
これからずっと僕のために働いてくれ」
「そうね。でもその前にやらなきゃいけない事があるのよ」
いままでは全く動かなかったアリッサの身体が起き上がり、抱きついていたヨーコを自分の代わりに寝かせる。
ヨーコの頭からナースキャップを取り、自分の頭に載せる。
「?」
そのまま立ち上がったアリッサはおもむろにジョージの顎に握った拳を叩きつけた。
「うがッ!」
部屋の隅まで飛ばされるジョージ。ロッカーなどの診療室の備品を巻き込んで
器具や書類があたりに散乱する。
「ど、どうして?」
血を流しながら慌てふためくジョージ。
「自分で言ったでしょ? 自分に正直になる媚薬だって」
尻餅をついたままのジョージへ向けて、右手の中指を立てて答えるアリッサ。
「それじゃ、薬の正しい使い方を実践させてもらうわ」
ジョージの股間へと跪き、彼のズボンを降ろしはじめる。
「ま、待ってくれ」
「駄目よ。患者のニーズに答えてくれないのは医者として失格よ」
ジョージ・ハミルトンの最後の診察はこうやって始まったのだった。
「さて、取材の時間よ」
パイプ椅子に縛り付けられたジョージに
いつものスーツ姿のアリッサが迫る。
ジョージの座る椅子の他には無骨なスチール製の机だけ。
コンクリ剥き出しのそこはまるで警察の取調室のようだった。
吊るされた裸電球が唯一の照明の小さな部屋。
「なぁ、アリッサ。我々は話し合う必要があると思うんだが」
いつの間にか、きっちりといつもの背広姿に着替えさせられていたジョージが
机の反対側に立つアリッサへ話し掛ける。
「ダメよ。この部屋ではそんな話はしない事に決めてるの」
天井や壁にドス黒い染みが飛び散り、窓の無い頑丈なドアには
いくつもの手形が残っている。
「質問するのはあたし。答えるのはあなた。それだけよ」
そう言うアリッサはポケットに留めてあった愛用の万年筆を取り出す。
キャップを外し、器用にクルクルと指で回し出した。
「それでは、何から話してもらおうかしら」
「わ、私は何も話す事なんてないぞ!」
力むジョージ。アリッサは軽く笑い、諭すように答える。
「大丈夫よ。この部屋ではね、誰でもみんな、
ある事無い事話したくなるのよ。貴方もじきにそうなるわ」
ジョージの傍らに寄ったアリッサは、彼の片手だけの縛めを解き、
その手を机に載せて指を広げさせる。
「でもね、ちょっとウソをつく度にその人の腕が少しずつ軽くなるのよ。不思議なものね」
机の上面には血の飛び散った痕と幾つもの小さな穴が空いていたのだった。